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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
二章 ニフテリザ
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6.処刑の妨害

 作戦を考える暇なんて殆ど残されていなかった。

 国教を守る祭司が祈りを捧げ終わった時、彼女の処刑は執行されてしまう。その手段は縛り首のようだが、恐らくそれだけではない。処刑台の足元は燃えやすい素材が摘まれており、近くには松明を持った人間共が待機している。さらには斧を持った人間までいる。

 首を縛ったうえで、火刑に処するのだ。斧はその後使われる。黒こげになってもう絶対に息を吹き返さない遺体をバラバラにする。

 ああいった手段を私は何度か見たことがある。

 多少地域で違いはあるが、吸血鬼の殺し方によく似ている。そういえば、この町には吸血鬼がいると言われていた。その疑いをかけられたのだろう。だが、当の吸血鬼は彼女ではない。自分の代わりに処刑される女をこの何処かで見つめている。そんな気配がした。

 そう、この場に本物の吸血鬼が来ている。

 私はその気配の主に気付かれないように、力を溜めて、ルーナにそっと触れた。

 人々は処刑台に気を取られて誰も私達を振り返らない。私達を見ているのは、この面倒な依頼をしてきた鬼達だけだ。

 お礼に人間の通貨をくれる、と彼らは言ったが、大して期待はしていない。どうせ、彼女を助けたらそのまま町を去るつもりだから、受け取る暇なんてないだろう。

 それでも、私はもうこの依頼をこなすつもりでいた。

 ルーナがそうして欲しそうだからだ。それ以外に理由はない。可愛いしもべの頼みなら、それを聞いてやるのが魔女……いや、魔族というものだ。

「ルーナ」

 短く指示を送り、私は魔力を放った。

 指示に従ったルーナの姿が大きな黒豹へと変わる。それとほぼ同時に私の魔力が彼女を覆った。私は彼女の背に跨って、さらに指示を送った。

「跳んで」

 私を乗せたままルーナは跳躍し、処刑台を目指す。しかし、誰もルーナと私に気付かない。それもそのはず。私の魔力が私達を隠しているからだ。誰の目にも私達は見えない。そう、彼らは今から摩訶不思議な体験をすることになるだろう。

 ルーナが高く跳躍した時、私は更に魔力を放った。

 広場に集った全ての人間達を覆っていく。これは幻術。私が以前、カリスに対して使ったのとほぼ同じものだ。彼らは今から白昼夢を見る事になる。それも、とても恐ろしくて気味の悪いもの。

 ルーナが処刑台に到達した。

 私はすぐにルーナから飛び降り、拘束されている無実の女に触れた。その瞬間、女の身体が強張った。

「誰……?」

 低めの声が漏れる。見えていないのだ。

 私は答えずに女の拘束を解いた。突如、縄が解け、女はますます困惑していた。私は周囲を窺った。民衆たちがどよめいている。処刑台の下でも、祭司が祈るのを中断していた。誰もが混乱し始め、女の拘束が解かれた事にも気付いていない。

 幻術が効力を表し始めたのだ。

 そう判断し、私はついに女の額に触れた。その直後、女の瞳孔が開いた。彼女にはもう私の姿が見える。

「誰なの……?」

 困惑する女に微笑みかけ、私はその手を引っ張った。黒豹姿のルーナに共に跨り、指示を送る。

「行こう、ルーナ」

 女は怯えつつも、大人しく私に従った。

 風のように町を走り抜けるルーナにしっかりとしがみつきながら、私を拒むことなく、黙ってなるままに任せているようだ。

 広場での喧騒が大きくなっていくのを感じながら、私はルーナに指示を送り続けた。

「このまま全力で町を出ましょう」

 人間でない者達の気配が動き出している。

 一つは鬼達。無邪気な彼らは真面目にも対価を渡すつもりなのかもしれないが、あまり信用はしたくない。無視してもいいだろう。

 もう一つはカリス。私が動き出したのを感じて、彼女も動き出したのだろう。こちらも気にしないでいい。もうすっかりいつもの事になっていた。

 そして最後の一つ。こればかりは、私も無視できなかった。カリスや鬼達の他に、私達を追いかけてきている魔物がいる。それは、処刑が行われようとしていた広場にいた気配。自分の代わりに人が殺される所を見守るつもりだっただろう人物。

 吸血鬼。

 厄介な相手が私達を追いかけている。

 人間達には通用した幻術も、吸血鬼には無意味だったらしい。

「もうこの町には留まれない」

 私は人間の女に言った。

「それでもいいかしら?」

 早口な私の問いに女は困惑したまま肯いた。

「別にいい。ここに思い残す事はもうないよ」

 当然だろう。

 無実の罪で殺されようとしていたのだから。

「それより、どうして私を……」

「説明は後でするわ。今はとにかく気配を殺して、ルーナに振り落とされないようにしていなさい」

 私がそう言うと、女は素直に頷いた。

 どうやら、人間にしては柔軟な性格をしているらしい。鬼達は彼女の事をピュアだと称していただろうか。

 少しだけこの女に興味がわいてきた。

 だが、彼女とゆっくり話せるのはずっと後の事になりそうだ。

 ルーナが町を抜けても、追いかけて来る気配は消えそうにない。唯一消えて欲しい吸血鬼の気配が迫れば迫るほど、私の中にも恐怖は芽生えていた。

 町を離れてしばらくすれば、辺りは緑の覆う美しい平原が広がる。

「ルーナ、もういい」

 私はルーナに指示を送り、地面に降りた。追って来る気配を見つめ、そっと力を溜める。私の幻術にもかからなかった吸血鬼はもうすぐ近くまで来ているようだった。

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