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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
二章 ニフテリザ
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4.介入者

 塵の降り積もる中、バルバロの唸り声を聞きながら、涼しげな顔でカリスは私達を見つめている。

 小馬鹿にするような表情で、私とバルバロとを見比べる。

「何だ、見せ物じゃねえんだ。とっとと消えな」

 バルバロに恫喝されても、カリスの表情は変わらなかった。

 武器も持たずに丸腰で、彼女はゆっくりと近づいて来る。その思わぬ行動に、バルバロが若干慌てた。

「おい、聞いているのか? 幾ら同族の姉ちゃんでも許さねえぞ?」

「別に許して貰うつもりはないよ」

 カリスはぼそりと言った。

「ただ、その女を黙ってくれてやるわけにはいかなくてね」

 笑みを深めてカリスは私を見つめた。

「相談しに来たんだよ」

「相談?」

 バルバロは訊ね返す。

 隙を見て逃げ出そうとする私をしっかりと取り押さえ、彼はカリスを見つめていた。

 そんなバルバロをカリスは見つめ返す。

「バルバロだったかな。私はカリスという。そいつを追ってこの町に来た。そいつは夫の仇でね。どうせ殺すのなら、私に殺させてくれないか?」

 そう言って、カリスは笑みを漏らした。

「もちろん、存分に楽しんでからでいい。私はただ、その女の身体が欲しいだけ。売り物になる部分はきちんと返すと約束する。どうだ?」

 カリスの持ちかけにバルバロは黙りこんだ。

 考えているのだろうか。どちらにせよ、このままでは私の未来は非常に暗い。私が死ねば、すぐにルーナの居場所も突き止められるだろう。こんな魔物だらけの町にルーナを一人置いて死ぬわけにはいかない。

 私は必死に自分を落ち着かせて、覚えている限りの魔術を探った。

 使える術と、方法と、展開を予測して、どうすればいいかを考える。けれど、上手く考えがまとまらなかった。

 それだけ、視界に入る魔女殺しの剣が脅威だった。

「カリス……だったな」

 バルバロが口を開いた。

「非常に申し訳ないが、断らせて貰う」

 きっぱりと彼は告げた。カリスは表情を変えずに小さく相槌を打った。予想外なわけではなかったのだろう。

 バルバロは続けて言った。

「存分に楽しんだ後に魔女を殺すのも楽しみの一つだ。その楽しみを今会ったばかりのお前にくれてやる義理はないねぇ」

「そっか。でもまあ、想像していた通りの答えだ」

 カリスは空虚に笑い、そして目を光らせた。

「しかし、引き下がるわけにはいかない。その女を殺すのは私だ」

 カリスの声が低くなる。

 もしかしたら、逃れることが出来るかもしれない。そう思った時、カリスが走り出した。狼の姿へと変貌し、鋭い牙でバルバロに迫る。バルバロはそれを剣で防ごうと動いた。その瞬間、バルバロの腕の力が抜けた。

 私は全力でその手を弾き、逃れた。

 すぐにバルバロが振り返ったが、私を追う暇は与えられなかった。狼の姿で襲いかかってくる同胞を剣で払いのけると、彼はカリスに向かって吠えた。

「どういうつもりだ。仇の命を守るなんて」

 その問いを受け、カリスの姿が人間のようなものに戻る。

「勿論、後で存分に壊すためだ。その前に余所者に取られては意味がないだろう?」

 カリスの煽るような声に、バルバロは注意を引き寄せられる。

 私は静かに力を溜めた。

 カリスに助けられた。その理由が例え私を殺すためであったとしても、彼女が作った機会を無駄にするつもりはなかった。

 この状況で欲求を満たしてもらう相手は、ただ一人しかいない。

 その相手は今、カリスによって完全に注意を引き寄せられていた。奇妙なものだと私は思った。伴侶を奪われて心の底から私を憎んでいるはずなのに、ここまで力を貸せるものなのだろうか。

 それとも、憎んでいるからこそ、一人きりで殺してしまいたいのだろうか。全ての恨みと悲しみを、私にぶつけ切りたいのだろうか。

 どうであれ、私が力を向けるべき相手は、バルバロただ一人だった。

「バルバロ」

 彼の名を呼んだ時、私の中で魔力が溜まりきった。

 私がしている事に気付いて、バルバロは我に返った。

「さようなら」

 恐れを顕わにしてバルバロが私を見つめる。

 だが、もう遅かった。私の手より離れた魔力は、真っ直ぐバルバロの身体へと飛び掛かり、その内部へと侵入する。

 それは、風に紛らせた毒なんかとは全く違う。

 少しも間を置かずして、魔術は彼の命を奪った。破裂音と共に、彼の身体を粉々に砕くと言う形で。血と内臓が飛び散り、私とカリスに降りかかる。その感触が妙に心地よく感じて、私はしばし時を忘れた。

 バルバロは死んだ。

 その存在の全てが私の手中に収まった。

 魔女狩りの剣は虚しく地面に落ちている。それを握っている手はすでになくなっていた。粉々になった肉体は次第に塵の中へと浸み込んでいき、殺したという感触は私の身体へと吸い取られていく。

 その瞬間、欲求は満たされた。

「おぞましいさがだな……」

 カリスが頬についた血を拭いながら言った。

 相変わらず美しい。欲を満たす対象としてはこの上ない。だが、今は彼女を殺そうと言う気にはならなかった。バルバロを手に入れたばかりだからだ。

 それが分かっているのだろう。

 カリスは焦ることなく動き出し、地面に落ちた魔女殺しの剣を拾い上げた。じっと刃を見つめた後、私へと視線を移す。

「この剣が、お前の弱点なんだろう?」

 しっかりと握りしめ、何度か楽しそうに塵を切り続ける。

 私はぼんやりとしたまま、彼女に答えた。

「そうよ」

 カリスの視線が再び私に戻る。

「その剣を使えば、今ここで私を殺せるわ。どうするの? 愛しい旦那の仇を取りたいのでしょう?」

 私の煽りを聞きながらも、カリスは動じない。

 再び塵を見上げ、剣を払い続けた。重さを確かめているのかもしれない。後々は私を殺すために使うつもりだろう。

「そうしたいところだが」

 カリスは言った。

「今日は止めておくよ。お前を殺すには時間がかかりそうだしね」

 塵が止み始めた。

 カリスは私へと目を向けると、剣を持ったまま、闇の向こうへと消えていった。足元の塵も少しずつ消えていく。バルバロの血肉を含んだ赤い塵も消え始め、彼がいた形跡の殆どが失せようとしていた。

 ただ、血だまりと彼の所持品だけは地面に転がっている。

 私は今一度、カリスの気配を探った。だが、彼女の気配はすでに私から距離を置いた先へと逃れてしまっていた。

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