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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
二章 ニフテリザ
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2.人食い鬼たち

 夕暮れ時、私は一人で町を歩いていた。

 ルーナは宿に預けてある。危険が迫らない限り、宿の部屋から決して出ないように言いつけて閉じ込めた。宿屋の亭主にもルーナの事は病弱で繊細なのだと告げ、部屋で静かに居させて欲しいと頼んできた。

 きっと大丈夫だろう。

 宿には沢山の人間達がいたが、そんな場所に人狼は現れない。彼らが現れるのは人気ひとけのない場所と決まっている。

 カリスだって、あの場所ならばルーナに近づけないだろう。

 ただ、過信は出来ない。人が多くても死角は生まれる。人々が見ていない場所があれば、カリスは堂々と近づいて来るだろう。

 幸い、カリスの気配は私を追っているようだった。

 恨んでいるのは私。死ぬほど殺したい相手は私だけなのだろう。そして、恐れている相手も私。殺気に満ちた私の気配に警戒しているのかもしれない。

 ふと、私は空を見上げた。

 再び塵が降ろうとしている。人間達が早くもその臭気に気付き、物影へと隠れ始めた。私もまた隠れるふりをしてカリスではない人狼の気配を探した。

 雄か、雌かも分からない。

 私に分かるのは、それがただ人狼であるという事だけ。見つけることが出来れば、すぐにでも殺してしまいたい。出来れば、この塵が降りしきっている間がいい。それならば、人の目なんて気にしないで済む。

 辺りがすっかり白くなってきた。

 日の光は覆われ、白と黒だけの世界が広がる。

 私の感じることが出来ない悪臭のせいか、人間達は誰一人として姿を見せなくなった。殆どが物陰に隠れている。私は隠れていた影から身を乗り出した。

 動いているのは魔族と魔物の気配だけ。この塵の世界を動けるのは、人間以外の者だという証拠。

「ルーナはいい子にしているかしら」

 塵の気配を感じると若干興奮する所がある。

 そんな所を宿の人間達に不審に思われていないか少しだけ心配だった。だが、ルーナならば心配せずとも上手くやっているだろう。幼く見えて、案外しっかりしている所があるのがルーナだ。

 今はルーナの事は考えなくてもいい。

 私はじっと人狼の気配を追った。一か所に留まっているようだ。何かを狙っているのだろうか。狙われているとも知らず、獲物をあさっているのかもしれない。

 早く行こう。

 私は歩み出した。もしかしたら、カリスが余計な口出しをするかもしれない。同族には妙に肩入れをするのが人狼というものなのだ。

 ここで逃がしてしまえば、また私は飢えを覚える事になる。

「絶対に逃がさない……」

 一匹殺せば、三日は持ちこたえられる。

 けれど、一度欲望を掻き立てられれば、長くは持たない。カリスによって掻き立てられた欲望は、すでに私の精神を侵し始めていた。

 落ち着こうと意識していないと焦ってしまいそうだった。

 魔女の破滅はこういう所から生まれるらしい。魔力と引き換えに各々に課せられたさがによって、自滅に追い込まれる。

 私の場合は、どんな最期を迎えるのだろう。

 考え事をしながら歩いていると、人狼の気配が動き出した。何処かへ向かっているらしい。ゆっくりと近づいて、気付かれないように進まなければ。

 そう自分に言い聞かせた時だった。

「お姉さん」

 不意に声をかけられ、私は歩みを止めた。

 聞き覚えのある声だ。私の行く手を阻むようにその主はいる。数名の仲間を引き連れて、塵の中から姿を現した。

「何処へ行くんです?」

 現れたのは町の入り口で話しかけてきた町娘とその仲間たちだった。魔物であることを隠すつもりも無いらしい。

「あなた達には関係ないわ。悪いけれど、通してくれる?」

「相変わらず冷たいんですね」

 へらへらと笑っている。

 その姿は歪み、本来の姿が見えてくるようだった。鬼達。人食いとして知られる低俗の魔物の若者たち。塵の影響か、妙に高揚した声で騒いでいる。

 私は溜め息を吐いた。

 こうしている間にも、人狼が動き出している。逃がしてしまえば腹立たしいどころではない。もしも欲望が満たされないと、たちまちカリスに復讐されるだろう。

「あなた達、人食い鬼でしょう? こんな塵の中だと人間なんて引っかからないわよ」

「そのくらい知ってるよ」

 青年の姿をした鬼が口を開いた。

「俺達は別に、喰うに困っているわけじゃないんだ。ただ、あんたと話したくて来たってわけさ」

「話……?」

 私は少々身構えた。

 鬼が親しげに話してくることは別に珍しい事ではない。けれど、その多くは下心や何らかの狙いがあっての事だ。人を小馬鹿にしたような腹立たしいだけの事から、命を奪われかねない恐ろしい事まで。

 彼らはどうだろう。見たところ、人を馬鹿にして退屈しのぎをしているチンピラのようにしか思えないけれど、ともすれば魔女をも殺す残虐な遊びをする輩かもしれない。

「お姉さん、ちょっと有名な魔女なんだろう?」

 少年の姿をした鬼に訊ねられ、私は首を傾げた。

「さあ、どうだろう。でも、魔女っていうのは合っているわ」

謙遜けんそんはいいよ。知っているんだ。人狼狩りの赤い魔女。アマリリスっていうんだっけ?」

 少年姿の鬼に訊ねられ、私は視線で頷いた。

 何のつもりか知らないが、低俗な鬼達に一方的に知られているのはあまり気分が良くないことだった。

 そんな私の気持ちをよそに、町娘姿の鬼が口を開いた。

「今も狼を捜しているのでしょう?」

 薄っすら笑みを浮かべ、人狼の気配が漂う方向を見やった。

「あの向こうにいます。暴虐な雄狼ですよ。あたし達も、あいつには困っているのです。ここは長年、あたし達鬼の隠れ家だったのに、いつの間にか狼が住みついちゃって」

「つまり、私に狼退治をお願いしたいってわけかしら?」

 訊ねてみると、鬼達はほぼ同時に頷いた。

 私は溜め息を吐いた。塵が積もる時間はまだ続きそうだ。けれど、こうしている内にも時間は過ぎていく。

「言われなくてもそのつもりよ。だから引っ込んでなさい」

 無下に言ってその場を通り過ぎようとすると、鬼達が再び道を塞いだ。

「待ちなって。話は最後まで聞けよ」

 青年姿の鬼が言った。

「あの人狼は、ただの人狼じゃない。人間の振りをして魔女狩りの剣士として働いているんだ。国家に属する正式な魔女狩りの剣士なんだよ」

「魔女狩りの剣士?」

 私は思わず訊ね返した。

 人狼が人間の国家に潜り込むと言うのはないわけではない。ただ、多いわけでもない。況してや、魔女狩りの剣士になるなんて一風変わっているどころじゃない。

 どうやら、ここにいる人狼もカリスのように面倒臭い奴のようだ。

「奴は国から剣を貰っている。魔女狩りの剣だ。あんたの身体にとっちゃ猛毒だ。一回でも斬られちゃだめだ」

「忠告ありがとう。ついでに言っておくけれど、私の連れを食べたりしたら絶対に許さないからね」

 私の言葉に鬼達がけらけら笑いだす。私はそんな彼らから視線を逸らし、再び歩き出した。もう阻まれる事は無かった。


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