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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
一章 ルーナ
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8.目くらまし

 カリスが私の身体に爪を喰い込ませる。

 その瞬間を私は待っていた。

 溜めこんでいた魔術を解きはなち、カリスの身体へと浸み込ませる。

 その途端、カリスの注意は逸らされた。喰らいつくべき私の身体ではなく、宙へと視線を取られ、茫然自失となっていく。その手からは次第に力が抜けおちていき、やがて、私の身体は解放された。私が逃れたのに気付き、すぐに手を伸ばすが、その手は私とは全く違う方向へと伸びていく。

 私は音を立てずにルーナに近寄り、すぐにその手を握った。

「待て……!」

 意識を乱されながら、カリスは私の姿を捜す。

 カリスには私の姿が見えていないのだ。今、彼女が見ているのは幻術。彼女にとって、おぞましい記憶のものが幻となって、自我を壊そうと取り囲んでいる。そんな中で、カリスはどうにか自我を保ち、私の存在を捉えようとしていた。

 息を殺すルーナの手を引いて、私はそっとカリスから距離を取った。

 ルーナは私に従い、音を立てないように歩む。

 相手が人狼でなければ、このまま距離を取って逃れることが出来るだろう。だが、相手は人狼だ。それも、私達の事を知っている人狼。冷静さを取り戻せば、すぐに嗅覚に頼るという術を思い出す。

 そろそろカリスもそんな能力を思い出してくる頃だった。

「ルーナ、アマリリス……」

 カリスがゆらりと私達の方向を捉えた。

 見えてはいない。まだ幻術は解けていない。匂いで感じ取っているのだろう。その証拠に、歩み出す彼女の動きはたどたどしいものだった。

「二人とも絶対に逃がさない。今すぐにかかってこい」

「――止めておくわ」

 ルーナの手を握りしめて、私はカリスに向かって告げた。

「欲求は違う人狼に解消してもらう事にする」

 距離を置くべきだ。

 せめて、ルーナが怯えずに身を守れれば違うのだろうが、少なくとも今の精神状態では無理だ。

 それに、戦うにはこの林は狭過ぎる。

「じゃあね、カリス」

 ルーナの手を引いて、私は歩み出した。

 すると、カリスが唸った。

「待て! 動くな!」

 鼻に頼るようだ。たどたどしくても追いかけることは出来るだろう。私はルーナの手をしっかりと握って走り出した。ルーナも転ばないようについて来る。そんな私達を追って、カリスも動いているようだ。

 狼の気配。

 私の欲が求めている狼が追いかけてきている。けれど、その欲に流される気にもなれなかった。自分はともかく、今はルーナを失う事はそれだけ怖いことだった。

 どれだけ走っただろうか。

 カリスはまだ追いかけてきている。幻術が解ければ、私達の負けだ。木々に囲まれ、死角の多いこの場所では、戦うのは難しい。

 しかし、ふと私は思いついた。林を抜けて応戦すれば、さっきよりもずっと有利に立てるのではないだろうか。直後、私は林を抜ける方向に逃げ出した。目指すのは、町と林の間にある平原だ。そこならば、存分にカリスと戦えるだろう。

 けれど、しばらく逃げ続けて、私はふと気付いた。

 カリスの気配が遠ざかっている。

 幻術は消え行こうとしているというのに、追うことを止めようとしているのだ。もしかしたら、私の狙いに気付いたのかもしれない。

「カリス!」

 私は背後に向かって叫んだ。

「クロの仇をとるんじゃないの?」

 けれど、カリスの動きが強まる気配は全くなかった。

 ルーナの手を握りしめて、私は立ち止まった。追いかけては来ているのかもしれない。林を抜ける方角へと進み続け、始終周囲へと注意を向ける。

 先程のようにルーナを奪われることがないように、手を絶対に放さない。

「アマリリス……」

 ルーナがそっと私に告げる。

「わたしが誘き出そうか。もう怖くないよ?」

 私は周囲を窺ったままルーナに答えた。

「駄目よ。今は私の手を離れないで」

「でも……」

 ルーナが言いかけた時、平原は見えてきた。

 平原を抜ければすぐに町は現れる。町に向かう人間達に見つかれば面倒事は避けられないが、カリスを誘き出すには格好の場所に違いない。私はそんな平原に足を踏み入れると、ルーナを引き寄せてカリスの追って来る気配を探った。

 カリスもまた町に行きたがっているはずだ。

 人間を喰わなくては人狼もまた生きてはいけないからだ。

 その為か、カリスは確実に私達の後を追っていた。しかし、姿を現そうとはしない。幻術はとっくに解けているはずなのに、私達を襲おうとしない。

 どうやら彼女の狼としての警戒心が、その行動を縛っているらしい。

「カリス。あなたは臆病者ね」

 気配のみがする方向へと私は語りかける。

「目の前に最愛の人のかたきがいるというのに、復讐の一つ出来ないでいるの?」

 返答はない。こんな安い挑発に乗るほどに混乱してはいないのだろう。

 だが、それでも私は煽り続けた。乗るつもりのない挑発でも、ずっと聞かされれば嫌になるだろう。来るなら来る、でいいし、来ないのならばさっさと何処かへ行って欲しかった。

「臆病者のあなたに私達は捕まえられない。あなたは一生、私達の肉の味なんて知ることはないわ。あなたにある未来は、私に殺されることだけ。そうでしょう?」

 私はじっと気配の元を見据えた。

「あなたの伴侶クロは立派な男だったわ。最期まであなたを想っていたようよ。あなたを殺すつもりだと知ってからやっと、彼は絶望的な顔を見せてくれたの。美しくて愛しい顔だった」

 伴侶の事を言われ、カリスの気配が揺らいでいる。

 だが、来るつもりはないようだ。

 私の言葉に動揺しはじめた彼女は、その場を離れる道を選んだらしい。

 やはり、カリスは冷静のようだ。日々殺し続けている血の気の多い人狼達とは違って、一筋縄ではいかない。けれど、そこが楽しい。

 カリスを手に入れた時、私は一体どのくらいの快楽を得ることが出来るのだろう。

 そんな未来を想像しているうちに、カリスの気配は風の向こうへと消えてしまった。

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