第三話 雨の代役 -やさしい雨- 三
雫を落としながら
奥へと歩いた。
靴底が床に吸い付く音が
不快だった
一番奥の棚は
ほかと少し違っていた。
雑然とした空間の中で
そこだけが妙に静かで
整っている。
棚の一枠を占めて
一冊の本が置かれていた。
黒い表紙だった。
革のようにも見えるが
触れると少し湿っている。
誘われるように
手を伸ばす
表紙に
銀色の文字
『ひとりの夜は、読んではいけないポエム』
誰に向けた注意なのか
その一文は
警告というより
招きのように感じられた。
本を開いた。
ぱらり
紙のすれる音が
やけに近くで響いた
開いたページには
小さく題が記されていた。
「優しい雨」
文字は整っているのに
どこか揺れて見えた
読もうとするほど
内側から滲んでくるような揺れだった。
――お礼はいらないわ
雨は おちるものよ
その一行に
胸の奥に溜まっていたものが
ほんのわずかに揺れた。
ずっと固まっていた泥水の表面に
小さな波紋が広がる。
外の雨音が、少しだけ近づいた気がした。
――泣けないあなたの代わりに
わたしが 泣いているだけ
その言葉は
紙の上にあったのか
空間の奥から聞こえたのか
それとも自分の中で響いたのか
喉の奥に引っかかっていたものが
ほんの少しだけ位置を変える。
痛みは消えない
けれど、動いた
息を
大きくゆっくりと吐き出す
店の中は相変わらず静かだった。
水滴の音だけが
規則正しく続いている。
私は本を閉じた。
そのまま元の場所に戻す




