証薹寺(下)
徹は周りの学生に比べて頭半分背が高いので、どこにいてもすぐわかる。
話をする時、体を斜めに向けていかにも通りすがりという風なのに、よく「へえ」と言う顔をしてじっと私を見た。
生田神社へ初詣に行って、お詣りもしないで
「神社って、神様とかではなく依り代の鏡などを祀ってあるんだ。
だから僕はあまりお祈りはしない」
と言うから
「罰が当たるよ」
と言って私が「徹が幸せなお爺さんになれますように」と祈って顔をあげると、やっぱり「へえ」と言う顔をして私の顔を見ていた。
シェルブールの雨傘と言えば、ひとつの思い出がある。
徹は一回生の夏に北海道旅行をした。
男子学生とはいえ友達も誘わずに一人で夏休み中、北海道を回るのは変わっている。
今のように市街地に熊が出る時代でもなかったから、公園や駅で寝泊まりしたらしい。
カルデラ湖の美しさを繰り返し話したが、徹の若い心に何の求めるものがあるのか私はわからないままだった。
その時、お土産に徹はシェルブールの雨傘のオルゴールを作ってきた。
小樽のオルゴール館で製作体験をしたという。
付き合っている女の子に贈るのに物悲しい曲は変だな、と思っておかしかった。
透明な正方形のアクリルボックスに自分で飾りをつけたオルゴールを、徹は私の目の前でがさがさとテープを剥いで袋から出した。
せっかちにぜんまいを巻いて私の手に乗せると、九時開始の第一回の製作体験に入ったのに二時までかかったこと、緑色のビーズは芝生を表したこと、白い犬はお父さんが一週間で捨てた徹が小学生の帰りに拾った仔犬であることを、また話した。
「あいつだけは、絶対に許さねえ」
とお父さんのことを言う、悪ぶった彼の若い健康な眉の背景に朝の夏空があった。
円居では、二人一組になって一年間で一巻の現代語を訳出して「何々の巻(山名・藤原訳)」というタイトルの冊子を作った。
桐壺や若紫は人気でなかなか希望の巻をとれない。
あの年、浮舟を選んだのは私と徹の二人だった。
そもそもこの時は、宇治十帖を選んだ学生が二人だけだったのである。
それで、二人で浮舟を担当することになった。
初めて大学の図書館で待ち合わせた時、私はパラコードで編んだ入型の総角結びの栞を徹にプレゼントした。
「入型と人型があってね、入型は幸運とか福とかいい運を呼び込むんだよ。
人型は魔除けとか護符みたいな効果があるんだって」
と言って私が掌に乗せてあげた栞を、徹は黙って見ていた。
フィールドワークにしても研修会の参加にしても浮舟の巻の担当の二人には、円居からはほとんど補助金は出なかった。
マイナーな扱いを受けることこの上ない。
いつも自分の前に立ちはだかって戦っている徹に、私は徐々に惹かれていった。
月刊の少女漫画に掲載された「光る君」が評判になった時に
「最初から最後までラブシーンばかりだ。
ラブシーンなんか一個も出て来やしないのに。
大体が訳文でもまともな物はありやしないんだ。
だから僕は原文を読むんだ。
紫式部と対峙したいから」
と言って、裸足に引っかけたサンダルで河川敷を蹴って怒った。
私はいつか「火中に立ちて問ひし君はも」とは、徹みたいな人を詠んだ歌だと信じてやまなかった。
私の二十歳の誕生日にお婆さんの生家がある吉野へ連れて行ってやると言い出したのは、春浅い宵だった。
桜が終わったばかりでまだ寒い日で、マクドナルドの明かりの前を通って川の側へ出た時だった。
徹はやっぱり裸足にサンダルで私の前を歩きながら振り返って、後ろ向きになって歩きながら
「吉野へ行こう」
と言ったのである。
後ろ向きでも、やっぱり速足だった。
「あそこには、ハコネサンショウウオやオオダイガハラサンショウウオがいる。
僕は子どもの時お婆ちゃんの家で夏休みに飼ったことがある。
産卵の時期だから、うまくゆくと卵塊もあるかもしれない。
僕は、お婆ちゃんの弟が岩魚釣りに連れて行ってくれた時に見たんだ。
岩の下の窪みに岩魚が逃げ込んだものだから覗き込むと、アケビの実みたいなのが岩にくっついて揺れてた」
と言うのである。
「オオサンショウウオみたいにオスが子育てをするわけやない。
せやけど、多分この近くに親がいるやろ」
と言って、おじさんは藪を這って探した成体を両手で包んで上がってきたそうである。
徹はお婆さんが好きだ。
お父さんは大嫌いだ。
お母さんの話をするときは、普通に話す。
それがお婆さんの話になると、うちのお婆ちゃんはきれいだとか、友達がたくさんいるとか、女学校で和装でソフトテニスをしている写真があるけれど可愛かった、などとめちゃくちゃ笑顔で話し続ける。
徹はお婆さんのお茶室で大きくなった。
しゅんしゅんと炉の沸く茶室で過ごした幼年時代は、徹にとって幸福なものであったらしい。
好きな人から二十歳の誕生日に、男の子が友達に言うみたいにサンショウウオの卵を見せてやると言われたって嬉しくない。
だが、彼のお婆さんの生まれた土地へサンショウウオなどと言う原生類みたいなのを見に行くことにはロマンを感じた。
そして、五月には珍しく雨の日が続く肌寒い日に、延々と続く山道と湿原を吉野の奥へ歩いて行ったのだ。
その日は朝六時半に近鉄のホームで待ち合わせた。
会った途端に
「山へ行くのに、そんなローファーを履いてきて」
と叱られて、大和八木駅前へ着くと主人が店の前の通りを履いている履物屋に入って、緑色のゴムサンダルを買ってくれた。
こんな風呂屋へ行くようなぺちゃんこのサンダルを履いて、誕生日プレゼントの自然観察に連れて行ってくれても全然ロマンチックじゃない。
もうすっかり徹ワールドである。
駅前から奈良交通バスに乗った。
何時間もバスに揺られてしばらくぶりに家が見えてきたと思ったら、すぐ前で停まった。
昼近かった。
バス停で降りると小さな看板の地図には目もくれず、徹は白っぽいアスファルトの道を登り始めた。
バス停の前の家の裏から白いまだ小さい犬が出てきて、ずっと二人の後を付いてきた。
私は家に犬を飼っていたので、気になって
「迷子にならないかなあ」
と何度も振り返った。
「利口だから大丈夫だ。
犬の子とか猫の子とか、蛇でも蛙でも、親のいない子は賢い、ってお婆ちゃんが言ってた」
と徹は言った。
「小学校の帰りに子犬が排水溝に隠れていたのを捕まえて連れて帰ったら、一週間くらいして学校から帰ったら親父が捨ててやがってね。
裏山探し回って、全体許さねえと思って大暴れしたら、コリーを買ってきやがったんだ。
絶対にあいつだけは許さねえ、白い犬だよ」
と言う。
それからも、付き合っている間この子犬の話は何度となく聞いた。
根に持つタイプだな、とおかしかった。
距離を置いて付いてくる犬のあどけない顔が哀れだ。
下宿で飼えないだろうかなどと考えながら、そうでなくても風のような速足の徹の後を離れながらついていく。
緩やかな上りの山道が、歩くと意外に応えた。
「僕ももう十年以上来ていないんだけれども。
こういうのは勘がものをいうから、ぼくはどこへ行けばいいか大体わかるんだ」
と心細いことを言いながら、右手の藪の中へ平気で踏み込んでゆく。
覆いかぶさるような茂みの中をついて行くと、すぐに川底が透けて見えるきれいな渓谷が見えた。
渓谷の向こうに、十件ほどの家が見える。
自然になじんだ、実に控えめで優美な集落であった。
徹は
「あの大きな木が見えるのが樅で、その向こうにあるのがおじさんの家」
と指さした。
足元のさっぱりとした、葉の空いた涼しげな木が確かに立っているが、どれがおじさんの家かわからない。
しかしこの集落は確かに徹のルーツなのだ。
河原にゴアテックスのシングルヴォールテントを張ると、徹は藪から枯れ枝を拾ってきた。
それを蔓で結わえて器用に椅子を作る。
先輩がブッシュクラフト講座のボランティアをしていて、徹も時々参加しているという。
「山の中へ入ったって、魚を採ったって、僕は家族くらい養っていける自信があるんだ。
研究をしていたって生活はして行ける。
ぜいたくを言わなければ、充分に食べていけるんだ」
と私を振り返る。
あきれるほど、正直で魅力のない結婚生活だ。
それでも彼にしては珍しく、精一杯甘い話として
「量子力学っていう分野は、慢性的に人材不足で成功する率は非常に高いんだ。
国際会議なんかにも出席することがあるから、その時は奥さんも一緒に行かないといけない。
そんな時には、日本の伝統的な工芸品が必要になるけれど、寄木細工のバッグだとかコリヤナギのバッグとかだけれど、それは経費として奥さんの分も出るから買ってあげる」
と言う。
徹のお婆さんはとびっきり上等の杞柳細工の鞄を持っているらしい。
ふむふむと思う。
私は別に一生、徹と一緒に貧乏暮らしをしたって構わない。
質素倹約を旨として静かな学究生活をして、生活にゆとりができたら伊藤屋で徹のクリスマスプレゼントのペンケースを買う。
そうして年をとる。
与謝野晶子は
「筆硯煙草を子等は棺に入る 名のりがたかり我れを愛できと」
と詠んだけれど、私はその筆のようにお爺さんに添い寝をして消えよう。
そんなことを思いながら、徹が張ってくれたテントの中で横になっていた。
地面の冷たさが背中に伝わる。
どうせ眠れないし、一人でサンショウウオの気配を見張っている徹に悪くてテントからを出して
「寒くない」
と声を掛けると
「馬鹿っ、そうでなくてもこんな月夜はサンショウウオは受精しにくいんだ。
雨とかじゃないと。
音なんかさせちゃ、なおさらいけないんだ」
と声を潜めて叱られた。
それならどうして今夜来たのだろうと思って黙っていると、怒ったと思ったらしく立ち上がってそこらをうろうろした。
「眠れないんなら、ここへ来て座るといい。
時々、魚がはねて月が鱗に当たってキラキラしてきれいだ。
じっと見ていても、どうせいつも違う方で跳ね上がるんだけれど」
と言う。
そんなロマンティックなこともできるのだ。
徹は、私を自分が作った椅子に座らせた。
思ったより安定していて、座り心地が良い。
いつのまにか、背後の山に隠れていた五月の満月が頭の上に登っていた。
椅子の後ろに屈みこんで、耳元で徹が囁いた。
「北米のネイティブアメリカンは、満月に名前をつけるんだ。
農作業や祭事をそれで覚えておくんだよ。
一月は、雪が降って狩りができないので空腹の狼が遠吠えをするからウルフムーン。
二月は、大雪になるのでスノームーン、ワームムーン、ピンクムーン」
そして
「今夜の月は様々な花が開き始めるので「フラワームーン」と呼ぶのだ」
と言った時、左の方で何かがきらりと光って消えた。
「小さいな」
と徹が言う。
小魚が跳ね上がって、川に落ちたのだ。
「森々と生い茂る木々」「煌々と照る月」と言う言葉も、今ここに生まれたように、吉野は全霊で夏の言触れをしていた。
ふいに私は、死ぬのは怖いなと思った。
はつなつの吉野は、冥界と常世の境目にあったのに。
次の朝、徹は流れの畔を私に先立って歩き
「ここにはオオダイガハラサンショウウオとハコネサンショウウオがいるんだ。
四国にはブチサンショウウオというのと、ここの二種類の三種類の高山性サンショウウオが一緒に生息している所があるって。
一回、行きたい」
と振り返って、私を見て微笑んだ。
昨日は昼も夜も食パンと、徹が背負ってきたホエーブスのシングルバーナーで淹れてくれたリプトンのティーバッグの紅茶だった。
カフェインのせいかほとんど眠れなかったのに、鼻の奥がツーンとしてに頭が冴えている気がする。
夜の間中、満月に照らされた流れの向こう岸に白い子犬がちょろちょろしていた。
今朝は
「今日は誕生日だから豪勢に行こう。ハッピーバースデー」
と言ってカップヌードルを作ってくれて、河原で向かい合って食べた。
子犬が傍へ来てカップヌードルを覗き込んで興味を示したが、腹を空かせているようではなかった。
それから,もう四時間近く山道を歩いてきた。
徹はサンショウウオの話をしなくなった。
尋ねることもできずに、何をしにここへ来たのだろうと思った。
二時過ぎになってバス停で立っていると、またあの犬が川の方から上がってきた。
やっぱり、二人の近くをうろうろする。
徹が急に大股で犬に近寄り、小さな顎の下に両手を入れた。
犬はゆっくりと尻尾を振りながら、旧知にあったように徹を見上げている。
「可愛いんだからなあ」
と言う。
白いTシャツの大きな背中が俯いて、汗で引っ付いていた。
首を落として両手で忙しく犬の腹を撫でながら、鼻を犬の鼻に付けた。
「可愛いんだからなぁ、幸せになれよ」
「君はお茶を習っているから、お婆ちゃんのお茶室に連れて行ってあげよう」
と言い出したのは、三回生の秋であった。
姫路で新幹線を降りて在来線に乗り換えた。
六つ目の駅で降りて、ホームを歩いた。
電車が通り越していく。
ホームが切れると当たり前のように線路に降りて、登りの線路を渡って道へ出た。
また、長く歩かされる予感がする。
徹は健脚だ。一時間ぐらいなら平気で歩く。
自分一人なら二十キロ位歩く。
体感を鍛えるためだと言って、電車の中では席が空いていても座らない。
そして飛ぶように歩く。
地下鉄の駅で別れる時など、一陣の風のように見えなくなってしまう。
そして森を抜けるのは平気である。
一年中裸足にサンダルなのに、平気で藪の中へ入る。
蚊に刺されるとも枝で突いたとも言わない。
徹は子どもの頃からスポーツ少年団で剣道を習っていた。
高校までは剣道部で、全日本剣道連盟の三段である。
緊張すると、徹は左足の踵を浮かせた。
今日は線路沿いの小道から住宅街へ入り、東へ東へ曲がって町はずれに出て坂を登った。
坂は直ぐに下って、別の町へ出た。
公園の裏手の林の中を歩いていると思った時、ふとそれが屋敷林であることに気付いた。
お婆さんのお茶室は家の一間ではなくて、独立したものかもしれない。
この林の続きに茶室はあり、その向こうに徹の両親が住む家があるのだ。
手土産も持たずに来た自分の迂闊さが悔やまれた。
裏から回って茶室の左手の平屋に、玄関の前から「ただいまあ」と徹が声を掛けると、茶室の方から
「あ、お帰りなさい」
と低いかすれた優しい声がした。
法隆寺の釈迦如来のような微笑を浮かべた面長で褐色の肌の女性が出てくる。
素朴でありながら高邁な人柄が現れていた。
「どうぞこちらへ入って。遠い所をようこそ」
と言いながら、茶室へ案内する。
裾に刺繍の入った鶯色の付け下げであった。
「こちらへどうぞ」
と二人を席へ通すと、すぐに出て行った。
ややあって茶道口に現れて、一礼して水指を運ぶ。
潔いすり足に、人柄をしのばれる。
すぐに出て行って再び棗と茶碗を持って出てくる。
建水を持って点前座につくと
「ようこそおいでなさいました。一服差し上げます」
と両手をついた。
わざと改まった調子で言っているように、親しみやすい懐かしい感じがした。
「徹さん、今日は新幹線」
「うん、九時に向こうを出て」
「そう、お疲れでしたなあ」
と、どちらにともなく言う。
「頼子さんは、ご実家はどちらですか」
「岡山です」
「いい所ですなあ、果物がおいしいですなあ」
と振り向いて微笑む。
「はい」
と言って、手前に見とれていた。
真面目な修練の後が見て取れる見事な手前だ。
優しく振舞っても、人品のただならぬことが感じられる。
当たり障りのない話をしてくれるので、そう緊張することなくお茶を頂いた。
二人でお婆さんに円居のことを話していた時、外から
「お母さん」
と言う男の人の声がした。
「はい」
と答えて、お婆さんは茶室を出ていった。
また現れて、茶道口に手をつくと
「徹さん、お父さん」
と言う。
それから、少し体を斜め後ろへ向けて
「栄司さん、徹さんのお友達」
と言って、私を見て微笑んだ。
徹が席を立ったので、私も立ち上がった。
路地へ回ると蹲の後ろの楓を見ていたお父さんがこちらを振り向いた。
飛石の徹の左足の踵が浮く。
また火中に立って問おうとしてくれている。
私は何があっても耐えようと思った。
後ろから徹のお母さんが出てきた。
お父さんは徹に、帰るのに連絡もしなかった事について一言二言言った。
二人は、私とは話をせずに母屋へ帰った。
茶室に戻って、子どもの頃就いていたお茶の先生のことや稽古のこと、源氏物語の話をした。
穏やかで朗らかなお婆さんと和やかな時を過ごして玄関で暇を告げている時、またご両親が出てこられた。
今度来るときにはちゃんと連絡をして母屋へ来るように、とお父さんが徹に言っていた時、茶室へ引き返したお婆さんが出てきた。
お父さんの横を通って私の所へ来るのを、お父さんが目で制した。
お婆さんは微笑みながら私の前へ来た。
「徹さんのお友達に」
と言って、私の手をとって懐紙に包んだ干菓子を握らせた。
思ったより大きな手だった。
苦々し気な顔をしたお父さんの後ろに下がって、お婆さんはずっと微笑んでいた。
釈迦三尊像の微笑だ。
それからまた、じゃくじゃくと音を立てて落葉を踏んで林を抜けた。
道に出て徹の後ろを歩きながら懐紙を開けると、私が握り潰してしまった薄紅と白い長生殿が包まれていた。
新幹線に乗ってしばらくして、トイレに立った。
車両の端のトイレの前にある洗面所に入ってカーテンを閉めた。
床に座り込んで、膝に顔を押し付けて泣いた。
あのお婆さんの善意を私は無駄にすまいと思った。
あの人の大切な徹への思い、お父さんの機嫌を損ねてまで私に託した善意と願いを私は拒むまいと思った。
結ばれるのは難しい。
例え、さねさし相模の小野に燃ゆる火の火中に立ちて問うてくれる人であっても。
徹は箒の柄に手を掛けたまま、重要文化財の木造不空羂索観音菩薩像の話をしたり、ここの寺は次男が医者で学生時代にたくさん犬の解剖をしたので野犬が来ても保健所には連絡をしないのだと言って犬を振り返った。
白い犬である。
この寺の掃除をしている時、徹の心は安らかなのだろう。
「そこにWEEKができて、夕方になると焼きそばが安くなる。
蒜山焼きそばみたいに、味噌ダレの鶏肉の入ったので旨い。
妻がいた時はなかなか食べさせてもらえなかったのだけれど、今は夕方になったら自由に売り場をうろうろして、半額になったら買って帰る」
と笑う。
下宿の側にあったスーパーの蒜山焼きそばが私は好きで、徹はアルバイトの帰りに寄ってよく買ってきてくれた。
あなたの奥さんが、あなたに半額の総菜を食べさせる人でなくて良かった。
三人のお嬢さんは結婚したり就職したりして家を離れて一人暮らしだというが、徹の暮らしは充実しているようだ。
良かった、貴方がモンベルのサンダルを履いたお爺さんになっていて。
「そしたら、もう失礼します。今日中に帰りますので」
と挨拶をした。
「ああ、そしたらどうぞお体お大切に」
と、至極静かに言って徹は真顔になった。
その顔を見て、私は
「本当に、貴方もお元気で」
と言って、背中を向けた。
山門が遠い。
あの日、私は振り返らないと決めていた。
そして、天満町の陸橋の端まで来て階段を降りようという時になって、振り帰って向こう端にいる徹の背中に
「殺せばいいのに」
と叫んだのである。
徹の背中は少し止まって、そのまま陸橋を降りていった。
背後で、箒が土に触れる微かな音がする。
私にはもう、滞りなく死んでゆける自信がある。
何かに支えることもなく不自然な死を企てることもなく、健康に老いて死ねるだろう。
この町はどこの家にもどの畑にも、長かったり丸かったり、大きかったり小さかったりする柿がある。
木の実も果実もたわわに実って、この世は豊かだ。
私のなりたかったお婆さん。
私のなりたかったお婆さんは、始めての年金でお爺さんにプレゼントする伊藤屋のペンケースを買うお婆さん。
私のなりたかったお婆さんは、ミルクティの好きなお爺さんに杏のジャムを煮るお婆さん。
私のなりたかったお婆さんは、鉄幹の筆のように、お爺さんに添い寝をして煙になるお婆さん。
あなたはなりたかったお爺さんになれましたか。




