21時の幼女は、どこへ行ったのか
その日、残業を終えて地元の駅に着いたのは21時を廻っていました。
毎日、ろくに残業代もよこさないブラック企業で奴隷のように働く私のささやかな楽しみはガラケーの無料パズルゲームでした。
当時はまだスマホのない時代だったのです。駅に着いてからも、ホームのベンチに腰掛けてピコピコと遊んでいました。誰も私のことなど気にしていません。
ゲームの勝負がついた時、周囲にはまばらに人がいるだけでした。案の定、階段を上がっても、降車客どころか駅員もおらず、妙に広い改札口を一人、私は定期をかざして抜けました。ベッドタウンとは言え、少しタイミングがずれるとあたりは静まり返っています。
そして地上へ向かっての長い階段。この駅は地上までの距離が妙に長いのです。いつもの慣れた道、うざいなぁと思いながら、一段、また一段と自分の足音だけが響く中、私はふと、あることに気づいて足を止めました。
くの字に曲がった階段先。
前から小さな5歳くらいの女の子が視界に現れ降りてきたのです。一人で。
……こんな時間に子供が一人?
大人にとっては21時はまだ宵の口でしょう。しかし、こんな小さな子が一人で歩いていていい時間でしょうか?
私は子供を遠くからですがよく見ました。幼い女の子は妙に綺麗な格好をしています。ピンクのワンピース、藤色のポシェットと可愛い靴、レースのような白い襟が、少女の可愛らしさを引き立てていました。そこで私は思いました。
ああ、なるほど。きっと、お友達の誕生パーティーとかだったんだな。きっと駅の入り口まで誰かが送ってきて、下の改札口にお迎えの人が待っているんだな……と
一人で納得しました。まあ、この曲がりくねった長い階段を一人で歩かせるのはどうかと思うけど…
などと思いながらも、少女とすれ違ったあとは、私の思考は明日の仕事のことへと囚われていったのです。
私はその長い階段を登り切り、いつもの出口に出ました。
少し雨がパラついていました。
私は慌てて折りたたみ傘をカバンから取り出して広げました。
その時ふと先ほどの幼い少女を思い出しました。
⋯⋯あの子、雨は大丈夫だったのかしら。と⋯⋯
その時でした。
「⋯⋯わたしのこと、気になるの?」
すぐ耳元で、冷たい吐息と一緒に湿った声が響いたのです。
私は後ろを振り返ることなど到底できず、開いたばかりの傘を握り締めて、雨の中を震えるように踏み出しました。走ることなど、体が強張ってできなかったのです。
背後には誰もいないはずなのに、あの階段の底から、冷え切った視線がずっと私をいつまでも追いかけてきている気がしてなりませんでした。
終わり




