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断罪されて地獄に堕ちた悪役令嬢ですが、モフモフが可愛いくて天国です  作者: 星井ゆの花


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 ネイルアートが終わったマリアンヌは、自分自身が何者なのか、少し気づいてしまう。


(私って、もしかして……。ううん、そんなはずないわよね)


 すると、マリアンヌの事をチラチラと見つめていた女子大生らしき人間二人組が、おずおずとマリアンヌに声をかけてきた。


「あのぉ……もしかして、人気乙女ゲームの悪役令嬢マリアンヌさんですかっ」

「えっ……私は確かにマリアンヌですが」

「やっぱりっ。私、あの乙女ゲームの大ファンなんですっ。マリアンヌさんは断罪されてゲームでは途中退場しちゃうけど、キャラデザは伝説の姫をモチーフにしてるだけあって超美人だし大ファンなんですぅ。この攻略本にサインして貰えますか」


 突如として現れた自分のファンを名乗る女子大生二人組にサインを迫られて断ることも出来ない。無難に異世界文字でマリアンヌと書いて、攻略本を返すと女子大生は大喜び。


「ああっ。本物の異世界文字だっ。私、ゲームのやりすぎで地獄堕ちしたけど、推しキャラのマリアンヌさんに会えて嬉しかったです。このリゾート複合施設はいろんな地獄から魂が遊びに来れるって本当だったんだぁ」

「そう。私は畜生道にいるから人間の女の子とお話し出来る機会は少ないの。喜んでもらえて良かったわ。ふふっご機嫌よう」


 一応、ファンの子達のイメージを崩さないように、悪役令嬢らしく颯爽と立ち去るマリアンヌ。


 その毅然とした後ろ姿を見て、きゃっきゃっとはしゃぎながら『やっぱり本物は可愛かったね〜』『ご機嫌ようなんて挨拶されたの初めて。ご令嬢とお話ししちゃったよぉ』などと話している。彼女達乙女ゲームのユーザーが、マリアンヌのファンという設定は嘘ではないらしい。


 だが、喜ぶ女子大生のテンションとは裏腹に、乙女ゲームの攻略本という決定的な証拠を見てしまったマリアンヌはますます落ち込んでしまう。


(私は、乙女ゲームの悪役令嬢マリアンヌ。攻略本の表紙にも私のイラストが載っていたわ。私の正体は、実在の人物ではなくゲームのキャラクターにしか過ぎない。馬鹿ね、きっと本当は何処かで気づいていたはずなのに。すっかり忘れていたというの?)


 本来的には、人間が人の姿を維持した状態で堕ちることは殆どないという畜生道。だが、マリアンヌがゲームキャラクターなら、このままの状態で畜生道堕ちしても不思議ではない。マリアンヌは人間ではなく『乙女ゲームのキャラクター』なのだから。


(これから私はどうすればいいの、いやどうにも出来ないか)


「奇遇ですね、マリアンヌさん。如何されました? 心なしか、お疲れ気味のようですが」


 フラフラとした足取りでテラス席に座ったマリアンヌに、今度は男性が声を掛けてきた。だが、それは先程の女子大生達とは違い、既にマリアンヌが見知った顔だった。


「シャア・チンクさん! 今日はここで、営業を? やだわ、まさか県外でお会いするなんて。こんなことなら、あの栄養ドリンク今日飲んでおけばよかった」

「ははは。ここで会ったのも何かの縁です。製薬会社の営業としても、元気のないモニターさんを見過ごすわけにはいきません。僕でよかったら、相談に乗りますよ。もっと合う試供品も提供出来ますし」

「……実は」



 * * *



 マリアンヌは自分が実在の人物ではなく、あくまでも乙女ゲームのキャラクターとして存在していただけ、という事を素直に話した。それなりに知名度のあるキャラのようだし、隠しても仕方がないと考えたのだ。

 シャアからすると、乙女ゲームだろうがなんだろうが魂の存在はあまり変わらない気がしたが。気づいてはいけない『何か』に気づいたマリアンヌは、昨日に比べて元気がないように見えた。


「そうですか、マリアンヌさんの正体は乙女ゲームキャラクターだったんですね。もしかすると、異世界が乙女ゲームとリンクしているのかも知れませんが」

「ええ、異世界が実在している可能性もまだあるけれど、私の魂の原点は乙女ゲームのキャラクターだと思うんです。さっき私のファンを名乗る女の子達にサインを求められて。一気に自分の立場を理解してしまって。この複合施設って、畜生道以外からもお客さんが来るから、情報交換の場になっているのかも」

「弊社の医薬品でも治せない症状ですが、何か対処法を考えましょう。これでも僕……前世では薬剤師の勉強をしていたんです。結局、高い学費を払って資格を取得したものの、製薬会社の営業を選びましたが。まだ、人の役に立ちたい気持ちは辛うじて残っています」


 プライベートな感情を勤務中に持ち出すのは御法度だが、せっかく縁があってモニターになってくれた弱っている人を見捨てるほど、シャアはまだ腐ってはいなかった。

 少なくとも、社畜という畜生として営業をしているシャア・チンクからすれば、今の彼女は落ち込んでいる女性に他ならない。


「シャアさん……ありがとう」


 涙ぐむマリアンヌは悪役令嬢と呼ぶには頼りなく、誰かが支えなければ倒れてしまうだろう。だが、異性で恋人ですらないシャアが支えるのは何か違う気がした。


 狆様のトリミングが終わるまで、まだ時間がある。テラス席でトリミング利用者サービスのアイスジャスミンティーを飲みながら、マリアンヌの傷ついた心をケアする方法を考える。


 ふと、マリアンヌが先程してもらったばかりのネイルアートに目がいく。指先にちょこんと描かれたパピヨンは、きっと彼女の心の拠り所なのだろう。


「アニマルセラピー、なんて言うのはどうでしょう。幸い、ここはアルパカ牧場が併設されていますし。狆くんを連れながらでも、挑戦しやすい環境です。うん、それがいい! 僕もペット系のアイテムに興味が出たところですし、アニマルセラピーにしましょう!」


 動物と触れ合い、心を癒すアニマルセラピー。それは、畜生道堕ちしても喜んでしまうほど動物好きなマリアンヌには、ピッタリのケア方法だった。


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