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ピピピッ! ピピピッ!
「おや、呼び出し装置が鳴っていますね」
「ああ、狆様のトリミングが終わったんだわ。シャアさん、いろいろ相談に乗って下さってありがとうございます」
「いえいえ、では僕は先にアルパカ牧場に行ってきます。触れ合いコーナーがありますから、そこでアニマルセラピーを試してみましょう」
テラス席のテーブルが電子音と共に少し揺れる。狆様のトリミングが終わった合図だ。シャアに礼を述べて、一旦狆様をトリミングコーナーまで迎えに行くことに。
パピヨン並のふわふわ毛並みがチャームポイントだった狆だが、胸元の毛は残し手足の毛が短めにカットされてパピヨンとは別の風貌になった。
「まぁ狆様、何だか毛がカットされて男前が上がったわね」
「この種類のお犬様は、耳の毛が毛玉なりやすいのでその辺りも重点的にカットしておきました。しばらくは、毛が絡まってストレス……なんてことはないと思いますよ」
「きゃわんっきゃおん」
トリミングを終えて耳の裏までスッキリした狆は、何処か自慢げな表情だ。一見すると女の子に間違われる雰囲気から、ふわふわ感を残しつつ少しだけ男らしくなり嬉しいのかも知れない。
「ところで、アルパカ牧場には触れ合いコーナーがあると聞いたんですが。この子も連れて行って大丈夫でしょうか」
「ええ。なんせ、お犬様が大きな動物に慣れるのが目的の触れ合いコーナーですから。あっ……ただ、最近牧場にやってきたヤギさんだけは触れ合いは難しいかも」
てっきりアルパカしかいない牧場だと思い込んでいたが、ヤギがいるらしく想像している牧場とは異なっている様子。詳しく事情を訊いてみることに。
「ヤギさん? アルパカ牧場なのにヤギさんもいるんですか」
「はい。最初はアルパカしかいなかったんですけど、だんだんと他の動物も増えていって。オーソドックスに羊とかヤギとか、あとトナカイなんかも飼育されているんです。気難しいと評判のヤギ以外なら小型犬でも平気だと思います」
* * *
ヤギの情報が引っ掛かるものの、それ以外は安全だそうで取り敢えずは予定通りアルパカ触れ合いコーナーへ向かう。モフモフとした毛並みのアルパカは、白だけでなく黒もいて鬼族も人間も癒やされているようだ。
「マリアンヌさん、コッチです。整理券貰っておきました」
「まぁ、何から何まですみません」
「ふっ……社畜ですから!」
先に着いていたシャアが触れ合いコーナー前で、整理券を受け取ってくれていたようでスムーズに入場出来た。係員がアルパカに関して注意事項を呼びかける。
「大人しい子が大半ですが、たまに唾を吐くので気をつけてくださーい」
触れ合えるとはいえアルパカとお客さんの間には柵があり、タックルなどの直接攻撃を受けることはないだろうが、唾くらいは飛ばせる距離だ。
「狆様、この子達がアルパカよ! 羊みたいにモフモフだけど、結構大きいでしょ」
「きゃんきゃん!」
「ぱかぱか……ぱかぱか……きゅいん」
白いアルパカと何かを会話しているのか、動物同士でしか分からない何かがあるのか。情報を得た狆がマリアンヌをクイッと引っ張って、列をズレて他所に誘導しようとし始めた。
「きゃっ。狆様どうしたの急に。何かアルパカさんに言われたの」
「きゃおんきゅーん」
「おやおや、このままでは列からズレてしまいますよ。一応、後ろも控えてますしそのまま進まないと。ワンちゃん、アルパカさんは怖くないよ」
列をズレたことで、係員に注意されてしまう狆。
まだマリアンヌと狆は出会ってからの日は浅いが『いつもは良い子なのに、何故』とここまでの狆の素行を振り返って疑問に思う。アルパカも瞳はウルウルで、狆に対して敵意があるようには見えない。が、何かを伝えたい雰囲気は漂わせていた。
「ふむ。どうしたのだ? 騒がしい」
「ああ、山羊沼さん。それがアルパカのアルルンが、お客様のお犬様に何かを吹き込んだようで」
柵の奥から現れて当然のように従業員に状況を問うたのは、上半身裸で二足歩行のヤギ族の男だった。肌色は日サロ帰りのように浅黒く、額に逆五芒星のオシャレなタトゥーをいれており、立派なツノと肩ぐらいの黒い髪が特徴のイケヤギだ。
『やだーあのヤギ族誰っ? すっごい良い声してるんですけど。しかも顔まですごいイケメン』
『なんでヤギのCVと作画にこんな予算導入してるの?』
ほぼヒトに近い容姿の山羊沼さんは別次元の作画レベルと鋭い目つき、そして程よい甘さの低音ボイスを誇っていた。あまりのイケメンイケボ振りに、後ろの列に並んでいる女の子達が驚いて反応している。
驚くのも無理はない……だが別に乙女ゲームじゃあるまいし、ヤギの声は誰かが声を当てているわけではなく、天然でイケボなだけだと思うが。
「ふん。アルルンよ、貴様は余がこの触れ合いコーナーに配属されてから妙に反抗的ではないか」
「パカカ。ふんっ」
触れ合いコーナーという名前には似つかわしくない、派閥争いが展開されている様子。
動物の世界にはボス制度やナワバリ制度があるらしいが、長閑な小屋も例外ではないようだ。
「其方は、余がこの小屋のボスで一体何が不満なのだ。其方は隣の小屋のさまよえる子羊と、黒き山羊族の象徴である余とどちらにつくのだ? それとも羊のメスに色香で惑わされたか。どちらにつくのがこの牧場ライフで賢い選択か、アルパカ脳でも分かるだろう。そろそろ決断の時期だと思うが」
「ぱかんぱかかん! きゅーん」
「ふっそうやってパカパカ鳴けば誤魔化せると思って。これだからアルパカは……くくく、どうやらお仕置きが必要なようだな」
チラッと羊小屋を見つめて、山羊沼さんがほくそ笑む。
すっかり悪者扱いされたアルパカのアルルンが、自身の無実を訴えてパカパカと泣き始めた。
マリアンヌはきっと忘れていたのだろう……ここが地獄である事を。




