プロローグ
「賢妃様、皇后様に対する毒殺未遂の嫌疑により、冷宮へお下げ申し上げます」と皇后付の宦官に言われた。
嵌められた…………!
いや、たとえ冷宮に幽閉されようとも陛下ならわかってくださるはず……。ここは大人しく従うしかない。
数日後、私が幽閉されている冷宮に陛下が来てくださった。
「陛下!」
「賢妃よ、大人しく罪を認めるならば後宮から出すだけに留めておいてやろう」
一瞬、何を言われているのかわからなかった。大人しく罪を認める……?誤解だと言うのに……。
「陛下、その件は誤解でございます」
「証拠もあるのだ。其方以外におるまい」
その冷たい声音で説得は無理だと悟った。でも、罪を認める訳にはいかない。そんなことをすれば、私の生家がどうなってしまうことか……。
双方黙りこくった後に陛下が説得を諦めた。
「もういい。二度と会うことはないだろう」そう言うとこんな所にもう一秒たりとも居たくないという風に、足早に去って行ってしまった。
あれから一体どれだけの月日が流れてしまっただろうか。最低限の水と食料が与えられるだけの日々……。最近咳もよく出る。もう喋ることさえままならない。死期が迫っているのを感じてしまう。
床に伏せってると、視界の右端に何やら煌めくものが見えた気がした。死ぬ寸前に見るにはいい景色ね……。
そちらの方に顔を向けると、美しい、光り輝く蝶が舞っていた。その蝶を視界に入れた瞬間、何やら頭の中に直接声が響いた。
『汝、この世に未練はあるか』
思いがけない現象に気づけば体を起こしていた。まだ私の体にそんな元気があっただなんて……。
「はい、あります」自分でも驚くほどにすんなりと口から言葉が出た。
『ならば、やり直す機会を与えよう』
そう頭の中で声が響いた瞬間、蝶は消え失せていた。
なんだったのだろうか。蝶がいなくなった途端、体が先ほどよりも重く感じた。もう今のことは忘れて寝よう。
再び横になって目を閉じる。眠りに落ちる瞬間まで、蝶の残像が瞼の裏に残っていた。そしてそれが、彼女にとって永遠の眠りになってしまった。
それが賢妃翠玉の最期の瞬間のことであった。