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死神の終末  作者: 白唯奏
4/6

ヒロインごっこだったなら

 カーテンの隙間から差し込んできた光が、ベッドの上で境界線をつくる。

私は大量のプリントを整理しながら、ベッドの周りで騒ぐクラスメイトの話に耳を傾けていた。

「今日は如月先生だから、授業サボろーぜ」

「なら、ゲームしよ!こっそり持ってきたんだーあおいもおいでよ」

「あっ、でもあたしたちがこっち来たほうが良くない?ね、あおいちゃん」

顔を上げると、クラスメイトたちがにこりと笑った。

「うん。ありがとう、みんな」

そう言って笑い返していると、戸が開く音がした。

しばらくすると、カーテンが開き、保健室の先生が顔を覗かせた。

「ちょっと君たち。綾瀬さんが休んでるから静かにしなさい。先生は職員会に行ってくるから、それまでにはクラスに戻ってるのよ」

「「「はーい」」」

そう元気よく答えるクラスメイトに呆れつつ、先生はカーテンを閉めた。

「じゃあ、あたしたちも教室戻ろ」

と、クラスメイトの一人のが立ち上がった。

その時だった。スピーカーからノイズが走った。

その音に気付いた男子生徒が「もうSHR始まるのかよ」と言って、床に広げていた鞄を拾い上げた。それに続けて、他のクラスメイトも鞄を拾う。

だが、放送はいつもと違っていた。

『みんな〜、聞こえてる〜?これから楽しいゲームの始まりだよ♪ルールは簡単。とある鍵を探し出すだけ♪タイムリミットまでに鍵を探し出すことができれば君たちの勝ち。タイムリミット中は一人ずつ死ぬ。一人も生き残らなかったら私の勝ち。じゃあ、ゲームスタート!』

無邪気さの残る幼い女の子のような声にみんなが立ち止まる。

「え?なにこれ、ゲーム?」

「あっ!もしかして、先生たちのドッキリじゃない?誰が声やってたか放送室に見に行こうよ!」

「それいいね、あおいちゃんも行こ」

ぐいっと女子生徒に腕を引っ張られた。

「あっちょっと」

そう声を漏らすと、みんながじっと私を見てきた。

逃さない、まるでそう言われているような気がして、首を横に振った。

「なんでもない…」

クラスメイトに引っ張れつつ、保健室を飛び出した。廊下は人気がなく、少し薄暗い。

入学式からずっと保健室登校だった私は、教室どころか二階や三階に行ったことがない。

「あおいちゃん、無理しないでね」

階段の途中で、前を歩いていたクラスメイトの一人が言った。

すると、その隣を歩く男子生徒が「てかさ」と呟いた。

「あおいはなんで保健室登校なんだ?病気?」

その言葉にビクリと肩が震えた。

何も言えずに下を向いていると、別の、私の手を握っている女子生徒が、男子生徒を軽く叩いた。

「コラッ!あおいに向かってそんなこと聞かないの!」

「でもさ、あおいってめっちゃ可愛いじゃん?教室来たら、ぜってぇーモテるだろうに、って思っただけ」

「えぇー、それじゃあ、あたしたちのあおいちゃんがみんなのものになっちゃうじゃん。よかったぁ。入学式で仲良くなれて」

「それもそうだなー」

踊り場まで来ると、手を握っていた女子生徒が私の背中を軽く押してきた。

「ほら、ちょーかわいい。顔面国宝だよ!」

踊り場にあった鏡に私とクラスメイトが映っていた。

その中の自分と目が合う。

「うっ…」

気づいたらその場に崩れ落ちていた。

クラスメイトが駆け寄ってきたけれど、声は耳に届かなかった。

誰かが先生を呼んでくれたのかもしれない。気がつけば、私はベッドに戻されていた。


 しばらくして落ち着いてくると、保健室の先生がやってきて声をかけてきた。

「あなた達も放送が聞こえたでしょ?今は安全じゃないから、ここから出ないこと。それと、綾瀬さん。何かあったら無理しないで言ってね」

先生がカーテンを閉めると、クラスメイトが各々、左手を見せてきた。

「さっき変な放送で言ってたんだけど、手の甲にマークができたんだ。あおいはなんのマークだった?」

言われたとおりに手の甲を見た。

そこには、赤々としたハートと『A』という文字があった。

「なんか、一番大切な事を思い出したら消えるって言っててさ…」

「ま、気にしないでおこーぜ。授業も潰れたし、ゲームゲーム」

クラスメイトの声がどこか遠くに聞こえる。

自分の心臓の音が大きく聞こえ、やがて小さくなっていく。まるで、深海に沈むように。

気づいた頃には、瞼が閉じていた。


 「_あおい」

誰かに呼ばれた気がして、目を開けた。

目に映った世界の中は、見慣れたようで見慣れてはいない場所だった。

「良かった。起きたのね」

カーテンで仕切られた部屋の真ん中にベッドが置かれていた。そこには、管が何本も取り付けられた少女が横たわっていた。その傍らには男女が一人ずつ立っていた。だが、二人とも普通ではなかった。男は左腕がなく、女の方は右目に眼帯が付けられていた。

その二人が『もういない』両親だということは、すぐに分かった。そして、ベッドで眠る少女は昔の『私』だということも。

「お母さん」

手を伸ばそうとすると、病室がぐにゃりと曲がった。

気がつくと、そこには両親だけではなく、小学生の時のクラスメイトや先生がいた。クラスメイトたちは『私』の周りに集まって、心配の言葉を掛けた。その様子を両親たちは優しく見つめていた。

「お父さん」

伸ばした手は両親に触れることなく、虚空を切った。

世界がまた、軋むように歪み始めた。

次は遊園地らしい。軽快な音楽が響き渡り、人々の楽しそうな声が聞こえてくる。その中に両親と『私』がいた。

幸せそうで、笑顔で、きっと愛されてたんだと思う。

今度は言葉すら言う前に、場面が変わった。

今度はトンネルの中を走る車の中だった。どうやら後部座席にいるようだ。運転席には母が、助手席には父がいた。そして、その隣には眠っている『私』がいた。

「きっと疲れちゃったのね」

母がルームミラーで後ろを見ながら言った。

「ああ、そうだな。家に着くまで寝かせてあげよう」

二人は幸せそうに笑った。

これから起こる地獄も知らないで_。

 トンネルの中をゆっくりと走る。私は等間隔に流れるライトを横目に、ただぼんやりと座っていた。

触れることもできず、ただこの景色をフラッシュバックのように見ているだけ。

何台かの車にすれ違った時、その地獄は始まった。

低いクラクション、母の叫び、父の『私』に伸ばされる手、前方からの強い光。

強い衝撃で車が横転する。

思わず目を閉じた。

 「あのご家族、前にも事故にあったのよ」

人の話し声が聞こえて、目を開けた。

喪服に身を包んで、パイプ椅子に一人で座る『私』が目に入った。足をブラブラさせ、キョロキョロと周りを見回していた。

視線を上に滑らせると、花に囲まれた両親の遺影が目に止まった。額縁に入った両親は、優しい笑みを浮かべていた。

「一年前かしら?海外行きの客船が爆発した時に巻き込まれたらしいわよ。ご両親は結構な怪我を負ったらしいけど、あの子は無傷だったんだって」

「まあ。あおいちゃんは気の毒ね。今回はご両親も失っちゃうなんて」

「ところで、あの子は誰が引き取るんだ?まだ小学生なんだぞ」

「ウチは嫌よ。子供なんて大嫌い」

「でも、あの家はお金持ちだから遺産がたんまりついてくるわよ」

「けど、あの子障害者よ。たしか…、名前を覚えられないとか」

座っていた『私』が話し込む大人の方に歩いてきて言った。

「お母さんとお父さんはどこ?」

「それ、は…」

気まずそに下を向く大人たちの横を通り過ぎて、私は『私』の肩に触れた。

「       」

あなたはこれから、いや、これまで以上に愛される。でも、それは本物の『愛』じゃない。でも、知らないフリをして愛され続けないといけない。笑い続けないといけない。でも、きっと、いつかは壊れる。

そして、あなたはこう思う。

____ヒロインごっこだったら良かったのに、と。


 「ごほっ、……はぁ、はぁ……」

胸を押さえて必死に空気を吸った。頭が痛い。それにひどい耳鳴りもする。

「…っ」

鼻を刺すような鉄の臭いが、喉の奥に纏わりつく。

反射的に周囲を見回す。

「!」

血だらけのクラスメイトがベッドの上や床に倒れていた。

「ねえ、…大丈夫、なの…?どうしたの?」

そのうちの一人の肩を揺すったがびくともしなかった。ただ、冷たい感触が伝わってくるばかりだった。

声も出せずに呆然としていると、静かな拍手が聞こえてきた。

顔を上げると、カーテンがひとりでに開いた。

「……だ、れ?」

カーテンの向こうから一人の金髪の少女が現れた。

赤と黒が基調のワンピースドレスを身にまとい、なにより透き通るような青い瞳が強く目を引いた。

「ふふっ、よくやったじゃない。元ハートのA♪」

少女の声は歌うようだった。でも、その中に言い表せないような狂気じみさもあった。

「え…?」

「まだ気が付かないの?よく自分の手を見なさいよ」

少女に言われるがまま、手の甲を見た。

「ほらね?ないでしょ。あなたのマークが」

少女が言った通り、手の甲にあったマークが跡形もなく消えていた。

「一番大切なことを思い出したんだね」

少女が近づいてきて、私の横に立つ。そして、「そんなことより」と少女が言葉を落とした。

「愛されてていいね」

「良くないよっ」

良くない良くない良くない。なにも良くない。

咄嗟に口から言葉が出た。でも、後悔なんてしてない。

「愛されなかったことがないくせによく言えるね」

少女は驚く様子もなく、さっきと変わらない調子で答えた。

「それはこっちのセリフっ。勝手に期待されて、ずっと笑ってないといけなくて、それに答えるために努力してきたっ。……これが愛なら、こんなものいらないよっ!」

吐き捨てるように言った。

「…………そっか」

真横に立つ少女の顔は見えなかった。だが、その口調は少し残念そうに聞こえた。

「言いたかったことはそれだけ」

数秒間の沈黙のあと、少女は淡々とそう言った。

「ねえ…」

私は少女の方を見た。少女はいつの間にか拳銃を持っていた。

「あなたは愛されたことがないの?」

少女が指先で器用に拳銃を回し始めた。拳銃に取り付けられている青い宝石が、キラキラと蛍光灯に照らされて光っている。

「どうだろうね」

少女の拳銃の銃口がゆっくりと私に向かってくる。

少女は笑っていた。心の底から何かを楽しむ顔だった。

「さよなら♪楽しくはなかったけど、良い時間潰しになった」

耳を劈くような音が響いた。

頭に空洞ができたような感覚がした。

衝撃で、私の体はベッドに崩れ落ちた。赤く広がるシミが霞んで見える。

ゆっくりと私は瞼を閉じた。

もう何も、考えたくない。


 ハートのAが瞼を閉じた時、少女_ユイラはクスクスと笑った。

「そういえば鍵のことなんだけど…って、もう聞こえないか♪」

ユイラが、ワンピースの裾を翻して死体に背を向けた。

少女は笑いながら、保健室を飛び出していった。

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