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死神の終末  作者: 白唯奏
2/6

君が好きだったこと

 『死ねよ』

そう言われて線路に飛び出した。

なのに、死んだのは俺じゃなくて君だった。 

あの日から俺は『自分』を殺して生きた。

明るく振る舞って、くだらないことで笑って。

それは、『他人』を見ているようだった。


 「で、翔はどうやって彼女作ったの?」

前の席の樹が椅子を傾けながら聞いてきた。樹の周りの男子が期待を込めた眼差しで見てくるのが分かった。

「雪のこと?雪とは告られたから付き合っただけだけど」

「はあっ!?」

「あれ?言ってなかったけ?」

と、わざとらしく言った。

『ジジッ……』

教室のスピーカーからノイズが走った。

だが、誰もその小さな音には気づいていないのか、気にも留めていなかった。多分、誰かの声に掻き消されるほど小さかったからだろう。

ノイズが聞こえてから数秒後、スピーカーから少女の声が響いた。

一瞬で教室が静かになる。

『みんな〜、聞こえてる〜?これから楽しいゲームの始まりだよ♪』

「なにこれ」と誰かが呟いた。

スピーカーから聞こえてくる少女の声は嬉々としていて、まるで歌うような声だった。

『ルールは簡単。とある鍵を探し出すだけ♪タイムリミットまでに鍵を探し出すことができれば君たちの勝ち。タイムリミット中は一人ずつ死ぬ。一人も生き残らなかったら私の勝ち。じゃあ、ゲームスタート!』

そう言って放送は止まった。

クラスメイトは互いに顔を見合わせながら、戸惑うように笑った。

「なあ、死ぬってガチ?」

「ただのイタズラじゃない?」

コソコソと話していたのが、段々騒がしくなり始めた。

「なあ、翔は本当だと思うか?」

「何が?」

そう聞くと、樹が興奮気味に語り始めた。

「あの放送だよ。鍵探しの。なあ、一緒に鍵探しに行こうぜ!」

「………分かった。行けば良いんだろ」

「ヒュー、さすが翔。分かってるやん」

断っても、ずっと誘ってくる樹の性格はもう知っている。足掻いたって無駄なのだ。

半ば樹に引っ張られるようにして立ち上がった時だった。

止まっていたスピーカーからまた、あの少女の声がした。

『ちゃんと動いてる〜?早くしないと死んじゃうよ〜?と、そうそう。手の甲にトランプのマークをつけといたからね♪一番大切な事を思い出せたらそのマークが消えるよ。しかも、マークが消えると鍵探しに役立つかも♪』

プツ、と放送が切れる。

「うお、ガチやん。かっけぇ!」

樹が拳を上に掲げた。その拳にはダイヤの6が刻まれていた。

俺も恐る恐る、手の甲を見た。

スペードの2。

まるでトランプの一枚をそのまま貼り付けたようで、擦ってもマークはびくともしなかった。

「なあ、ジョーカー見たくね?ぜってぇカッコイイだろ」

「あ、おい。まてよ、樹」

樹が一人で教室を飛び出していってしまった。しかたなく、残った男子と樹を追いかけようとした。

「ねえ、翔くん…」

後ろから声がした。振り向くと、少し恥ずかしそうにしている雪がいた。

「一緒に居たいの。お願い?」

雪が首を少し傾げ、にこりと笑う。

「………っ」

一瞬だけ、『君』に見えた。そう、ほんの一瞬だけ。

「どうしたの?」

「あ、いやなんでもない。ただ……」

樹を追いかけようとしているクラスメイトの男子に視線を送った。すると、「いーよ。僕達で樹のこと探しとくから」と言って行ってしまった。

「わたしたちもどっか行こう?」

「そうだな」

雪と並んで廊下を歩いた。

廊下は騒然としていた。泣き出している女子や騒いでいる男子。放送室に行こうとしている人。だが、その中に先生の姿は一人も見当たらなかった。

「どこ行く?」と雪が呟いた。その声は震えていた。

「人がいないところ行こうか。屋上、とか」

雪の手を引きながら、屋上に続く階段を上った。

屋上はいつも解錠してあり、出入り自由となっている。

屋上には案の定、人はいなかった。きっと、鍵探しとかをしているのだろう。

「翔くん」

フェンスにより掛かりながら空を眺めていると、雪が俺の前に立ってまっすぐと見つめてきた。

乾いた風が、彼女の髪を揺らす。

眩しいくらいの青い空が、彼女を引き立たせていた。

__そこには『君』がいた。

「帰ろう」

「え?」

「ここにいたらまた死んじゃうんだよ。もう『君』を失いたくないんだ」

フェンスからは飛び降りれない。出口はひとつ。

早くしないと、『君』はまた『僕』を庇って。

「ねえ、おかしいよ。いつもの翔くんじゃない」

「同じだよ」

「違う!」

『君』が叫ぶ。

_違う。『君』じゃない。

「ねえ、翔くん。『誰』を見てるの?」

「………ごめん、雪」

そう言いながら、目を伏せる。垂らしていた手の甲に、視線が映る。

「こっちこそごめんね。こんなこと聞いて……」

「___」

「……私、ちょっと教室戻るね」

取り繕った笑みをして、雪は踵を返した。扉の前で少し躊躇う素振りを見せていたが、何も言わず扉の向こうに消えていった。

『お前なんか生きてても、不幸にするだけだな。お前なんか死ねよ』

脳の奥に仕舞い込んでいた言葉が、不意に蘇った。

「死ねば、『君』に会えるよな」

振り返る。少し登れば()()()に行ける高さのフェンスだ。

指先に力を込めて、フェンスを掴んだ。鉄製のフェンスが軋む。

「きゃぁぁぁ!!」

フェンスに足を掛けた時だった。悲鳴が聞こえた。声は雪が消えていった扉の方からだった。

嫌な予感がした。

フェンスから離れ、屋上の扉を勢いよく開ける。

「雪!」

3階の廊下に、しゃがみ込む雪がいた。

「大丈夫か?何があったんだ?」

「翔くんっ」

駆け寄ると、雪が泣きついてきた。

「化け物がいるのっ。だから、早くここから逃げて!」

「化け物って…。幽霊か何か?大げさだな」

「違うってば。ほら、あそこ……」

雪が震える手で、廊下の奥を指さした。

そこには小学生ぐらいの少女がいた。

金髪で、青い瞳。一見するとただの少女のように見えるが、手には短銃。そして、表情は狂ったような笑顔だった。

「一人目発見♪」

スピーカー流れた声と同じだった。鈴を転がすような声。

「雪、逃げろ」

「翔くんは?翔くんはどうするの?」

少女が銃口をこちらに向けた。

「逃がすと思ってんの?」

同時に引き金が引かれた。

雪を庇うように頭を下げた。

「チッ」

銃弾が左肩を掠めた。

「ふざけるなよ」

撃たれた箇所を抑えると、ベタつくような感覚が走った。隣で雪が「ひっ」と言う。

「庇うんだね。…じゃあ、一つ。面白いことを教えてあげる♪」

少女が短銃の引き金部分を指に通して、クルクルと回し始めた。

「ダイヤのK」

少女は雪を軽く見て言った。

「もしその子が、君をいじめていた一人だったらどうする?」

「は……?」

「君の大事な子に、君が線路に飛び込むと言ったのがその子だったらどうする?」

そこまで言うと、少女は「どうする?スペードの2」と言いながら俺を見た。

「雪は、雪はそんなことしない」

「だってよ、ダイヤのK」

少女に睨みつけられた雪が、小さく息を呑んだ。

その肩は震えていて、青ざめていた。

「…………ごめん、なさい。ごめんなさいごめんなさい」

雪の震える声が廊下に響きわたった。

顔を押さえて泣く雪の手の甲には、ダイヤのKのマークが刻まれていた。だが、そのマークは明らかに薄い。

「思い出してきたんだね。でも、ざんねーん♪」

少女が雪に向かって銃口を向けた。

「雪っ!」

叫んだが、雪はこれでいいと言うかのように動かなかった。

「じゃ、サヨナラ」

銃声が響いた。

目の前の雪がゆっくりと倒れていった。

制服が赤く滲んでいた。

「だまし、て、…ご、めん……」

「喋るなっ!今助けるから」

肩の痛みを堪えながら上着を脱ぐ。

「いい、の。もう……いい、の」

雪が伸ばしてきた手をそっと握った。

その手の甲に目をやると、あったはずのトランプのマークが消えていた。

「雪…」

返事は帰って来なかった。

冷たくなった雪の手を、ただただ握りしめた。

「君の番だよ」

少女が隣にやって来た。

硬いものが頭に押し付けられる。

「…何がしたいんだよ」

少女は何も言わず、銃口を当て続けた。

短い沈黙。

__少女は結局、何も言わずに引き金を引いた。


 沈んでいく意識の中、『君』の笑顔が浮かんだ。

『君が好きだったこと』も知らないまま、『君』が好きだった。

____ただ、それだけだった。

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