『貴女が選んだ結末だから』
(近日、加筆修正を予定しています)
王都を見下ろす塔の上、サイファは風に髪をなびかせながら佇んでいた。眼下には花開く祝祭の広場。その中心に、赤いドレスの少女──アデルの姿があった。
数刻前、王宮の謁見室。
「妃候補の座を、妹に譲っていただきたい」
言葉を放ったのは、アデルの姉、リセリアだった。王太子ヴァルトと婚約していたアデルに、家族から突きつけられた事実上の退場宣告。アデルは拒否せず、ただ一礼して退いた。
「……はい。お幸せに」
だがサイファは知っていた。アデルが何も知らず、何も考えていない女ではないことを。あの穏やかな微笑の裏に、どれほどの怒りと悲しみが宿っていたか。
アデルとサイファは、王立学院の同期だった。
小さな体で周囲の期待を一身に背負い、何度も潰れかけながら、真面目に前だけを見て歩く少女。彼女が、王家の策略に気づかないわけがない。
その夜、王都に雷鳴が轟いた。
ヴァルトが主催する祝宴で、アデルは微笑みながら広場に現れた。だがその姿に、誰もが息を飲む。
赤いドレスは、王族の女性が着るには不適切とされていた色。しかもその胸元には、失われたはずの王家の秘宝《燈玉》が揺れていた。
「アデル殿……その石、どこで……」
ヴァルトが声をかける。
彼女は微笑む。
「ええ。貴方が捨てた石です。価値がないと断じられ、燃え残った灰の中から拾い上げたものです」
「そんな……!」
アデルはゆっくりと広場の壇上に上がった。
「リセリア様。貴女は妃に相応しいと称されました。でもそれは、誰のためにですか? 貴女の幸せは、他人の犠牲に築かれたものです」
リセリアは言葉を失い、会場には沈黙が満ちる。
サイファは塔の上からそれを見ていた。彼は元々、妃候補選抜の監査役だったが、今はただ一人の友人として、彼女の選択を見届けていた。
炎のような視線で群衆を見下ろしながら、アデルは言う。
「私は、誰の許しもいらない。私は私の道を選び、自ら歩く。──だから、もう振り向かないで」
それは復讐でもなく、赦しでもない。
王家が築いてきた虚構の平穏に対し、たった一人の令嬢が突きつけた“再定義”だった。
祝祭は、アデルの宣言によって崩れ去った。
王族の威信が揺らぎ、貴族たちはざわめく。けれど、誰も彼女を止められない。なぜなら、彼女の言葉には、何一つ虚偽がなかったからだ。
サイファは最後に彼女に問うた。
「君は、王妃になれたのに。それでも、この道を選ぶのか?」
アデルは微笑んだ。
「私の幸せを、誰かに定義させたくないの」
彼はその言葉に頷く。彼女は、誰よりも強かった。
そして──もう、振り返らなかった。
4MB!T/アンビットと言います。
今作は、“婚約破棄”や“もう遅い”といった王道の要素を踏まえながらも、より静かで強い意思を持ったヒロインの姿を描きたいと思って書きました。
恋愛感情を前提としない選択、誰かに愛されるためではなく、自分を守るために立ち上がる姿。その力強さが、少しでも胸に残っていただけたなら幸いです。
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長期のものは少年の成長を中心にした
"「宝石がなきゃ魔法は使えない」って誰が決めたの?"を連載しています。
短編は週に1度、週末ごろに1つ更新したいと思っています。
また別の物語でお会いできることを願って。
ありがとうございました。