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第二話 聖女マリアの純真

 廊下にでると、ルチアはアンディを睨みつけた。



「あんたって、ほんとにデリカシーってものがないわね」


「重戦士にそんなもんあってたまるか」


「お黙りこの脳筋! ちょっとはマリアちゃんの気持ちも考えなさいよ」


「あん?」


「ホントに気づいてないの? あの子の気持ち」


「マリアちゃんがヒイロを好きだって言いたいのか?」


「言いたいも何も、好き好きビーム出まくりじゃない。言っとくけどアレ、出会った瞬間からだからね」


 王都を出発したヒイロとルチアが神託を受けて辺境の修道院へと向かったのは、一年ほど前のことだ。聖女マリアは半ば監禁状態でそこの院長にこき使われていた。ヒイロに助け出されたときのマリアの表情は今でもはっきり覚えている。


 人が恋に落ちた瞬間を見たのは、後にも先にもあの時だけだ。


「まあ、リアルで王子様が助けに来たんだから、好きにならない方が無理ってものよね。ヒイロって顔だけは無駄に綺麗だし」


 だがそれを聞いたアンディは苦虫を嚙み潰したような表情になった。


「まいったな」


「えっ? もしかしてあんたマリアちゃんのこと好きなの? 戦い以外興味ないって言ってたのに? まあマリアちゃんは可愛いし優しいから惚れちゃう気持ちはわかるけど、あんたじゃ無理でしょ。だってあんたの第一印象、人間の言葉をしゃべるオーガだもの」


「誰がしゃべるオーガだ。別に俺はマリアのことなんてどうとも思ってねえよ。そうじゃなくて、じゃあどうするんだって話さ。マリアがヒイロを好きだとして、聖女様にFさせんのかよ」


「それは……」


 ルチアは思わず口ごもった。


 たしかにマリアにそんなことをさせるわけにはいかない。聖女は文字通り聖なる乙女だ。いかがわしい行為のせいで聖女の資格を失ってしまう可能性は十分ある。


「俺だって人の恋路を邪魔する気はねえ。マリアとヒイロがくっつきたきゃ好きにすればいい。でもな、それは魔王討伐が終わってからだ。それまでは聖女様には純潔を守ってもらわなきゃならない。違うか?」


「……違わないわ」


「だろ。ならルチアが――」


「ええと! たしか隣町のにはそーゆーお店があったわよね。そこの女性に出張で来てもらうとか!」


「バカ野郎。ヒイロはこの国の次期国王だぞ。店の女に金で〇〇〇しゃぶらせるわけにいかないだろ!」


「そんな直接的な言い方しないで! あたしだって伯爵令嬢なんですからね!」


「ルチアがアホなことを言うからだ」


「アホですって、あたしは王国一の才媛と名高い――」


 言い返そうとしたが、たしかにアンディの言うとおりだった。


 王子と一夜だけでも共にすれば、側妃として扱われるのがこの国のしきたりだ。それだけじゃない。こちらで依頼したのがFだけでも、女性側がご落胤懐妊を主張する可能性は十二分にある。


 いらぬ世継ぎ争いの種をまき散らすのは愚の骨頂というヤツだ。


「まあ、さっきの発言はあたしが考え無しだったわよ……」


「じゃあどうすればいいか。王国一の才媛と名高いルチア様なら、わかってるよな」


「それは、そのぉ」


 自分なら、Fをしても魔導士としての力を失うわけじゃない。


 そもそも勇者パーティーの入った時から、命すら捨てる覚悟だったのだ。


 魔王軍に苦しめられる人々を一刻も早く救うため、ヒイロのナニをナニするくらい、どうということはないはずだ。それに自分は幼い頃からヒイロと結婚すると言われて育ってきた。Fなんて結婚すれば普通にすること、それをちょっと前倒しするだけだ。


 心の準備はできていたはず……


「いや無理! 絶対無理だから!」


「何言ってんだ。魔王軍に苦しめられる人々を一刻も早く救い出すために全力を尽くすと旅立ちの日に誓っただろ!」


「それとこれとは全然別! こう見えてあたしは伯爵家の御令嬢なの。それが結婚どころか婚約もしてないうちに場末の宿屋でFだなんて、領民が聞いたら泣くわよ!」


 思わず声を荒らげるルチア。すると、扉がすうっと開いた。


「……あのぅ」


 隙間から顔を出したのは、聖女マリアだ。


 彼女の大きな青い瞳には、確固たる意志の光が宿っていた。


「ええと、わたし、Fします。いえ、したいんです。わたしのFで、ヒイロ様に起きてもらいたい。お願いです。わたしにFさせてください!」


「ええとマリアちゃん、Fってなんだと思ってる?」


「わかりません、でもきっとエッチなことなんですよね。もしかして……キスとか?」


 穢れを知らぬ乙女の頬がポッと恥じらいに朱く染まる。


 そのあまりの尊さに、アンディとルチアは天を仰いだ。


「無理だぁ!」


「無理よぉ!」


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