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第一話 勇者王子、Fされないと目覚めない呪いにかかる

 勇者が「Fされないと目覚めない呪い」にかかった。

 残ったメンバー、魔導士・聖女・重戦士・魔物使いでなんとか宿屋まで連れ帰ったが、目覚めさせるためにはやはり誰かがFしなきゃいけないらしい。

 さあ、パーティーの絆が試される時がやってきた。


 三日目の朝になっても、勇者は目を覚まさなかった。


 宿屋の粗末なベッドで昏々と眠る幼馴染の長い睫毛をみつめながら、魔導士ルチアはぐっとコブシを握りしめる。


(何のんきに寝てんのよ、このバカ王子)


 先の戦闘で、勇者パーティーは魔物たちを蹴散らした。圧倒的な勝利だったが、逃げる淫魔を追いかけた勇者ヒイロが騙し討ちにあって呪いを浴びてしまったのだ。


 眠りに落ちたヒイロを重戦士アンディが担いでなんとか近くの村まで戻ってきたというわけだった。


 油断、慢心、気の緩み。


 ルチアは王都を出る際の師の言葉を思い出し、唇を噛んだ。


『神託の五人が揃えば魔王以外に後れを取ることはまずなかろう。だがいかんせん皆まだ若い。意外な搦め手に足を掬われぬよう、君が目を配るのだぞ』


 要するに、自分が悪いのだ。


 そんなルチアの胸中を代弁するかのように聖女マリアがつぶやいた。


「ごめんなさい。わたしの力が足らないばかりに」


 王子の手を取りながらデスペルを唱え続けているせいで、その表情は疲労困憊だ。しかし女神の加護を持つ聖女の力でも勇者を目覚めさせることはできなかった。


「マリアちゃんが悪いわけじゃないわ。これはいわゆる妖精の悪戯だもの。同じ呪いでも黒魔法や暗黒神の呪法と違って悪意がないから光魔法では解除できないの」


「でもぉ……」


「おい、おまえら一晩中起きてたのか?」


 突然ドアが開いて、重戦士アンディがしかめ顔を覗かせた。


「いいかげん寝とけって。大丈夫だ、放っておいてもヒイロは死にやしねえよ」


 妖精の悪戯で命を落とすことはない。その証拠に勇者の寝顔は穏やかで、ときおり口から出る寝言は楽しそうですらある。


「……でも、このまま目を覚まさなかったら」


「だからって、そばで見ててもどうにもならんだろ。妖精の悪戯はエルフか精霊術師にしか解けないって話だし」


「ここから一番近いのはエルフの里ね。片道五日ってところかしら」


「畜生、せっかく五人揃ってこれからってトコなのに」


 アンディの言う通り、魔王討伐の旅はようやく道半ば。予言された五人の戦士が揃い、戦闘の息が合い始めた頃合いだ。後戻りは避けたい。そもそも途中には険しい山道がある。眠ったままの勇者を担いで戻るというのは現実的ではなかった。


 重苦しい空気の中、マリアがおずおずと口を開いた。


「あのぉ、やっぱりあの淫魔の言うことを試してみるしかないんじゃないですか?」


 ルチアとアンディは思わず顔を見合わせる。


 三日前、泣き真似からの毒霧という古典的な手口に成功したサキュバスは、自らの尻を叩きながら大喜びでこう言ったのだ。


『キャハハ、そいつはFの呪いだ。呪いを解くにはFするしかないよ。それもごっくんするまでちゃんとね』


 いかにも淫魔らしい呪いと言えるだろう。


「でも、Fってなんなんでしょう?」


 マリアは首を傾げた。


 幼い頃から女ばかりの修道院で育ってきた彼女には、当然ながら男女の事柄に関する知識がまったくなかった。


「博識なルチア様ならご存じなのではないですか?」


「それはそのぉ」


 一方、伯爵家に生まれたルチアは魔法の天才と呼ばれ、国の魔術研究機関である魔法塔に最年少で入局した。魔法だけでなくすべての学問に優れ、世俗の文化にも造詣が深い。


 F、という頭文字にも心当たりがないわけじゃなかった。


「もしかして、アレのことかしら」


「だな」


 アンディがうなずく。彼は諸国を渡り歩いてきた剣闘士だ。


 戦うことがすべてであり、より強い敵を求めて勇者パーティーに参加した戦闘狂。 常日頃から色恋沙汰には興味がないと公言している。


 しかしさすがに若い男性だけあって、そっち方面についてはルチアより知識も経験も豊富だった。


「サキュバスが言うFならそれで間違いないだろ。ごっくんするまでってことならなおさらな」


 さらに言いにくそうに続けた。


「とりあえずルチアが試してみたらいいんじゃないか? ダメもとで」


「なんであたしがっ!」


「だって婚約者なんだろ。噂で聞いたぞ。伯爵が掌中の珠をパーティーに参加させたのは、魔王討伐後に王子と結婚させる内定が取れたからだって」


「それは、お父様たちが勝手に言ってるだけよ」


 勇者ヒイロは、イングルート王国の第一王子でもある。


 イングルート王家は300年前に魔王を討伐した勇者が建国した国で、以降も国難の際には度々勇者を輩出してきた。王家と伯爵家で交わされた密約の真偽はともかく、魔導士として勇者王子とともに戦うルチアが次期皇后の第一候補であることは間違いない。


「けどおまえら仲いいじゃん。幼馴染なんだよな。前にヒイロのやつが言ってたし。舞踏会で初めて踊ったのはルチアだったって。それってほら、お貴族様的にはそういうことなんだろ、知らんけど」


 アンディの言葉に、無言でうつむいていたマリアの肩がぴくんと動いた。


「ちょっとアンディ、こっち来て」


 見兼ねたルチアがアンディの腕をつかんで部屋の外に引きずり出す。


 本来ならパーティーの盾を担う重騎士を伯爵令嬢の細腕でどうこうできるはずがない。そんなときルチアは指先に軽い雷撃をまとわせることにしていた。


「いてて、それやめろってマジで」


「いいから来る!」


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