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第1話 自主鍛錬

 剣と剣のぶつかり合う音、そして少年たちの歓声が修練場に響き渡る。


「しまった、やられた!」

「もっと腕を伸ばした方がいいよ」


 修練場の中では二十人ほどの少年たちが剣技の鍛錬をしていた。彼らは一様に鼠色の服を着て、首からは数字の書かれた金属製の認識票をぶら下げている。


 ここはリィア軍特殊任務部の候補生を育成する機関、通称特務予備隊であった。ここに在籍する8歳から成人する16歳までの少年たちは、日々厳しい訓練に励んでいた。


「休養日だってのに、本当にみんなよくやるよな」


 修練場の壁際で試合用の模擬刀を手に、14歳くらいの鳶色の髪の少年が呟く。彼の胸には29番の認識票が下がっていた。


「自分だって鍛錬に来てるじゃないか」


 29番と同じ年頃の、灰色の髪の小柄な少年がそれに答える。彼の認識票は32番だった。


「だって、もうすぐハーシアが特務にあがるし、少しでも一緒に稽古したいじゃないか」


 32番のティロは、29番のシャスタに応える。少年たちの中でも目立って体格の大きい11番のハーシアは、来月16歳を迎えて正式な特務隊員となることが決まっていた。そして、今は残り少ない予備隊での生活を惜しむよう後輩たちと鍛錬を重ねていた。


「そうだけどさ、鍛錬以外にも有意義な休日の過ごし方とかあるだろ?」

「例えば?」


 ティロに問われて、シャスタは考え込む。


「例えば……のんびり休憩室の本読むとか、のんびり部屋で語らうとか……」

「それならのんびり鍛錬してたっていいじゃないか」

「ん、まあ、なあ……」


 週に一度休養日が設定されていたが、予備隊に所属する少年たちに自由はなかった。一度入隊させられたら高い塀の中で厳しい訓練に励み、脱落しなかった者だけが特務に上がれることになっている。


「それに、のんびり鍛錬するのも悪くないよ」


 少年たちは普段の訓練と違い、のびのびと剣を交えている。世間では剣技が得意な者が重宝されるため、男児は大体が憧れの剣豪を目指して剣を振るっていた。それは予備隊の少年たちも例外ではなく、修練場では「剣豪ごっこ」が始まった。


「じゃあ、コリト・アーロの伝説の三連撃やろう!」

「じゃあ俺、コリトやります!」


 伝説の剣豪、コリト役に立候補したのは45番のノットだった。彼は予備隊に所属してから剣技を始めたが、天賦の才を発揮して予備隊内でも彼に敵う者は少なくなっていた。場をまとめていたハーシアは、彼に釣り合う実力の者を探した。


「それじゃあ……ティロ、デイノ・カラン役を頼めるか?」


 ハーシアから声をかけられた瞬間、ティロの背中から冷や汗が吹き出した。


「え、ええと……うん、わかった。でも、やるならコリト役のほうが、いいかな……」

「負けるのがイヤなのか?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「俺はデイノ・カランでもいいですよ」


 ノットはコリト役をティロに譲った。剣聖デイノ・カランの公開稽古にて、伝説の剣豪コリト・アーロがなかなか倒せないデイノ・カランに通常では考えられない三連撃を仕掛けたという名勝負の逸話は広く伝わっていた。


(伝説の三連撃かあ……よく話をしていたけど、なあ……)


 ティロはノットと対峙し、模擬刀を構える。


 6年前に一夜にしてリィア軍に制圧されたエディア国を代表する優秀な剣聖、デイノ・カラン。その名前は各地に轟き、剣技を志す少年たちの憧れであった。しかし、エディア国の陥落と共に王家と主立った関係者らは一族郎党処刑された。その中に、一線を退いていたがエディア軍の中枢に近いところにいたデイノ・カランも含まれていた。


 手合わせが始まり、ノットが踏み込んでくる。時計が時を刻むように正確な彼の剣撃を捌きながら、ティロはデイノ・カランに思いを馳せていた。


(でもあの爺さんはたまに話を盛るから、どこまで本当なのか。父さんに聞いておけばよかったな……)


 実は32番のティロこそ、エディア王家の血を引き、かつ剣聖デイノ・カランの正当な孫であった。家族も親戚も死んでしまった中で彼だけどうにか生き延びることができた。しかし正体を知られると祖父同様処刑されてしまう恐れがあったため、偽名を用いて現在は特務予備隊の厄介になっていた。


(デイノ・カランの公開稽古、か……)


 大きな闘技場で月に一度、エディア中の精鋭たちが集まって技量を競いデイノ・カランや彼の息子たちから講評をもらえる大規模な公開稽古が開かれていた。本来であれば、ティロも父からこの公開稽古を受け継ぐはずであった。


「ティロ、そこで三連撃だ!」


 通常、三回連続で剣を大きく振ることはあり得ないとされていた。前人未踏の三連撃を達成したコリト・アーロは伝説となり、その場に立ち会ったデイノ・カランも公開稽古の偉業から今でも彼らを慕う声は大きかった。


(でも難しいんだぞ、三連撃は。まあ俺くらいなら、やれるけどさ)


 ティロはデイノ・カラン役のノットの剣をしっかり捌き、後ろに大きく飛ぶと踏み込んで一の撃、更に踏み込んで二の撃を相手に受けさせたところで素早く第三の突きを繰り出す。もちろんティロも三連撃に憧れ、幼い時からよく従兄弟たちと練習したものであった。


(それに、爺さんはもっと速かった。多分今の三連撃くらいじゃすぐに止められるだろうな。それに、こいつも止めてくる)


 ティロの三連撃は、全てノットに止められてしまった。攻撃もさることながら、ノットの剣は相手に合わせることにかけてはティロより優れていた。


「すごい……」

「流石だね」


 剣技に限れば、予備隊内でもティロとノットに敵うものはいなかった。予備生たちは二人の手合わせを前にため息をつき、惚れ惚れと剣捌きを眺めていた。

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