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柚月から話を聞き終わった頃には、教室内の人影はまばらになっていた。
今日は始業式とホームルームくらいだったので、みな早々に部活動へ行くか帰宅するかしたのだろう。
柚月はせっかく早くに学校が終わったのだから、どこかへ寄ってから帰ると言っていた。
彼は放課後よく寄り道をしていて、しょっちゅう僕にも声をかけてくれる。僕だけでは知り得なかったこの世界のあれこれを教えてくれるので、いつも大変ありがたい。たとえば流行しているという食べ物や服、新しくできた遊戯場に、おすすめの書籍。
柚月は今日も今日とて僕を誘ってくれてはいたものの、残念ながらパスをした。
今日は、部活の活動日なのだ。
僕が森園学園に進学した一番の理由は、園芸部があったからである。
この世界の植物は、元の世界に比べて非常に多様性に富んでいる。食用の作物もさることながら、観賞用の草花の豊富さには驚かされた。地域や季節によっても異なる様相を示すものだから、目新しくも目に楽しく、僕の好奇心は刺激されてやまない。
森園学園の園芸部は決して活動的とは言えないが、僕は十分満足している。
プランターを置く場がいくつもあるし、中庭で園芸をする許可も与えられている。部員数が多くない分、自由が効くのも嬉しいところだ。
僕は教室を出て柚月と別れた後、至る所に置いたプランターの様子を確認しなが中庭へと向かった。
春休み中に目にした彼女の現状、そして柚月から聞いたもう一人の彼女の現況。どちらも芳しいとは言えないだろう。
どうかどうにか少しでも、彼女たちの心を和らげたい。彼女たちの日々に彩りを、わずかばかりでも潤いを。
今年はたくさんの球根をプランターに植えることができた。チューリップにフリージア、ラナンキュラス。どれも立派に咲いてくれて何よりだ。
彼女たちの目に留まるだろうか。彼女たちを楽しませることはできるだろうか。彼女たちは、どんな花が好みなのだろう。
そうして学内をぐるりと周って中庭へと辿り着くと、変わらず繁る緑が僕を迎えてくれた。
春休み中、毎日は手入れをできず心配だったのだ。
「……うん、みんな元気だ」
中庭は食堂に面していて、食事をしながら緑を眺めることができる。テラス席もいくつか設けられていて、学舎にしては小洒落ていると思う。
しかしこの中庭は、僕が入学するまでは荒れ果てていた。草木が伸び、枯葉が積もり、とても庭とは呼べない程だったのである。せっかく肥沃な土であるのに、残念でならなかった。
そこで園芸部として学校側に交渉し、この中庭に手を入れる許可を得たのだ。自らの手で荒廃した庭を甦らせることは、とても楽しくやり甲斐があった。
今では季節ごとの草花に加え多様な緑が繁り、なかなかの見栄えになったと自負している。
僕は中庭の端に設置された物置からじょうろを取り出して、片隅の水道から水を汲んだ。今朝も撒いたのだが、少し土の乾燥が気になる。
彼女たちが入学してくれば、この中庭を目にすることもあるだろう。もしかしたら、中庭を眺めながらテラス席に座り、食事をとることもあるかもしれない。ああ嬉しくも大変だ、今まで以上に手をかけねば。
「――やあやあ水瀬くん、今日も来てくれたんだね」
そうして植物たちに水を撒いていたところで、食堂の扉が開く音とともに声がした。
食堂の中からこちらに笑いかけるのは、我らが園芸部の部長である。
肩をこす長さの髪は艶があれど、無造作で少し乱れている。太陽光に反射して、その髪の間からきらりとピアスが光った。
セーラー服のリボンは今日もしておらず、袖口のボタンも止めずに袖を持て余している。反対にスカート丈はとても短く、学則が緩いとはいえ見咎められそうな出立ちだ。
「ああ、観山先輩。こんにちは」