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「制服を見てもしかしたら、って思ってたんだけど……学校で見かけたことがなかったから、驚きだ」


本宮椿、この世界のもう一人の彼女。

森園学院は中等部と高等部で関わることはほとんどないが、それでも共有スペースはたくさんある。グラウンドや図書室、登下校時や学祭など、どこかで見かけてもおかしくはないはずだ。

たとえ一瞬の邂逅だとしても、僕が彼女を見過ごすはずはない。

一年もの間、なぜ僕は彼女と出会うことができなかったのだろう。


「もしかして水瀬さんって、高入生ですか? 椿ちゃん、しばらく留学してたんです。去年一年間、学校にはほとんど登校してないんじゃないかな……」

「あ、うん、僕は高校から森園に入ったんだ。そっか、留学……なるほど、どおりで……」


どおりで出会えなかったわけである。しかしこうして今日、巡り合うことができたのだ。彼女はいつ帰国したのだろうか、そう日は経っていないのではないだろうか。帰国早々出会えるなどと、やはり僕と彼女には運命的な繋がりがあるに違いない。


「――……ん? ちょっと待って、今日制服を着ていたってことは、彼女は今日学校に行ったのかな? そのまま森園に内部進学するんだろうか? それに君も彼女と同じ高校にいくってことは……」

「はい。私たち二人とも、森園の高等部に進学するんです。水瀬さんの、後輩になりますね」


同じ高校ということで緊張がとけたのか、彼女はとびきり可愛らしい、気さくな笑みを向けてくれた。

ここまできたら、間違いない。

僕と彼女たちは、運命の赤い糸で結ばれている。


「先輩だったとは私も驚きです。それに私もおんなじ、高入生なんです。ちょっと心強いかも」


彼女はにこにこしながらそう言うけれど、僕のほうがどれほど嬉しいかわからない。

森園学院は中等部からの持ち上がりが大多数であり、高等部から入学する生徒は少ない。入学後しばらくすればみな打ち解けるものの、高入生はやはり多少の萎縮をしがちである。


「本当に――同じ高校なんて、すごく嬉しいよ。でも高入生ってことは、君は彼女と……椿ちゃん、と、中学は違うんだよね?」


それにしては、随分と詳しかったように思う。


「学校は違ったけど、幼馴染なんです。家が近くって」


どうやらこの世界の彼女二人は、近しい間柄らしい。

同じ魂を持つ二人であるから、やはりどこかで引かれ合っているのだろうか。


「その……椿ちゃんはあの子と……勘違いをしている子と、仲がいいの?」


親しい友人のために義憤にかられ、彼女は幼馴染に平手打ちをしたのだろうか。

打たれた彼女の頬も、打った彼女の掌も、ともに痛みがしのばれる。


「さあ……椿ちゃんは可愛いしかっこいいし、頭もいいしお金持ちだし……いつも色んな人に囲まれてて、男女問わず人気者なんです。だからあの子と直接仲がよくなくても、友達の友達づてで頼まれて……とかもあるかもですね」


さすがは彼女だ。とても顔が広いということは、みなに好かれる人柄なのだろう。


「なるほど……彼女経由で誤解を解いてもらうことはできないかな、と思ったんだけど」

「いいんですよ、もう。ほんとに誤解なのかどうかもわからないし。そもそも私、昔っから椿ちゃんに嫌われてるので」

「嫌われてる?」

「はい、ものすごく。昔から大嫌いだった〜って、さっきも言われちゃったし。私が森園に受かったって知った時も、すごく怒ってました。まあ私はこんな性格なので、嫌われても仕方ないんですけどね」


彼女は自分の頬を指しながら、あははと笑った。

二人は近しい間柄ではあるものの、親しい間柄ではないようだ。


「なるほど……でも、入学前にトラブルは解消しておいたほうがいいんじゃ? もし彼らと同じクラスになった場合とか……」


森園学院内で、イジメなどの類は聞いたことがない。しかし先ほどの彼らの荒っぽさを見るに、やはり彼女のことが心配でならない。


「別に大丈夫ですよ、嫌われたり避けられたりするのは慣れてますから」


彼女は変わらず、飄々としている。

僕は彼女の代わりといってはなんだが、とても悲しい気持ちになる。なぜ、そんなことに慣れなくてはならないのだ。


「あ、ほんとに私、気にしてないんで大丈夫ですよ。他に楽しいこともたくさんあるし。高校生活も楽しみなんです。森園って、けっこう学則とか緩いんですよね? 制服も可愛いのに、着こなしとか割と自由がきくみたいだし。早く着たいなあー……あ、私は入れそうなところを偏差値で選んじゃったんですけど、見学に行った時に……――」


僕に気を遣ってか、彼女は明るい話題を振りまいた。楽しそうに話す彼女の笑顔には屈託がない。その顔にかげりはなく、気にしていないということも本当なのだろう。

それがどうにも悲しくて、僕は自分の無力さを実感した。

いくら彼女に対する愛があろうとも、この世界で僕が彼女にしてあげられることが、何もないのだ。


彼女が受けている誤解を解こうにも、いきなり部外者である僕がそんなことをしたら、更に話がややこしくなるだろう。

もし進学後にいざこざが起きたら一番に庇いたいが、学年が違っていては後ろ盾くらいにしかなれない。

そもそも同性間のトラブルに異性が出張ってしまっては、それ自体がトラブルの元だ。


「……あ、ごめんなさい。私喋りすぎました?」


黙り込んでしまった僕の顔を、彼女は心配そうに覗き込む。

今の僕にできることは、彼女の意向を汲むことだけだ。


「……いや、そうじゃなくって……――あの、君が気にしてないならそれでいいんだ。でももし大丈夫じゃなくなった時があったら、その時は何か助けになれたらなって……ほら、あそこで会ったのも何かの縁だし」


僕は努めて明るく、そしてなるべく軽く聞こえるようにそう伝えた。

本音を言えばこの出会いは縁や偶然ではなく運命だと思っているし、彼女が望めば今すぐその頬の手当てをしたい。


「心配かけちゃってすみません、ありがとうございます。高校でも、お会いすることがあったらいいですね」


彼女はおそらく、社交辞令やお世辞の類と受け取っただろう。

今はそれでも構わない。でもいつかちゃんと、君に僕の心からの気持ちを伝えるよ。


「うん、ぜひ。それからお礼を言うのは僕のほうだよ。駅まで案内してくれて、ありがとう」


僕らの目の前にはいつのまにか、駅の看板が見えてきてしまっていた。

彼女と話すことに夢中で、彼女を見ることに必死で、ここまでの道のりはさっぱり目に入っていなかった。実際のところはどのくらい時間が経ったのだろう。驚くほどにほんの一瞬で着いてしまった。


「いいえ、全然。帰り道、気をつけてくださいね」


それはこちらの台詞である。

今来た道を引き返し、彼女を家まで送り届けたい。次はいつ出会えるだろう。入学式の日は会えるだろうか。ようやく出会えた彼女であるのに、ここでまた別れなければならないなんて。

会えずとも連絡先を交換し、毎日やりとりができたらどれだけ幸せだろう。しかし、それはきっと今ではない。ここであからさまなアプローチをしても、彼女を困らせてしまうだけだろう。先程彼女の懊悩を聞いたばかりなのだ。それに今、僕は彼女の眼中にない。


「じゃあ、ここで大丈夫だから。本当にありがとう。君も帰り道、気をつけてね」


改札前にて、僕は思いを押し込めながら彼女に告げた。冷静に、落ち着いた態度で振る舞えているだろうか。

僕はまるで未練などないかのように、彼女に軽く手を挙げて、振り返らずに改札をくぐった。


――だが。だけども。どうしても。

せっかく格好良く去れたというのに、一つ、言い忘れていたことに気づいてしまった。


改札内から振り返ると、まだ彼女はこちらを見送ってくれていた。目が合うと、にこっと微笑んで手を振ってくれる。


「――真崎、さん……!」


僕は、彼女の名を呼んだ。

ぼたんという美しい名も呼んでみたかったけれど、適切な距離感は大切だ。


「――あのさっ、森園の制服……君に――真崎さんに、とっても似合うと思う!」


僕が突然大きな声をだしたものだから、彼女はぽかんとした顔をした。

しかし少し遅れて、まさしく牡丹のように華やかに笑った。


「ありがとうございます、嬉しいです」


――ああ、君が好きだ。

その笑顔に僕はまた、何度だって恋をしてしまうのだ。

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