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「はあ……」


クレマチスに水をやりながらも、自然とため息が出てしまう。


昨日の部活動説明会は、無事滞りなく終了した。

観山先輩の挨拶は堂に入っていたし、久保寺兄弟もプランターを落とさず彩りを添えてくれた。僕も噛まずに原稿を読み終え、園芸部についてしっかり説明できたと思う。


「はあ……」


なんて、なんて美しかったのだろう。

ああ、昨日の光景を思い出しては、なんともため息が止まらない。

壇上からの、あの光景。春休みぶりに見る、彼女たちの姿。


体育館内には高等部と中等部の一年生たちが集合し、みなこちらに目を向けていた。だがどれだけ人が集まろうとも、彼女たちの姿はすぐにわかる。

やはり彼女は、僕にとっての特別だ。彼女たちの周りだけ、不思議と輝いて見えてしまう。


「ちょっと先輩、水かけすぎじゃないですか?」

「クレマチスなら、そのくらいで充分だと思いますけど」

「えっ……ああ、本当だ。ありがとう」


いけない、ついつい彼女たちのことばかり考えてしまう。

久保寺兄弟の指摘通り、クレマチスにばかり水をやってしまっていた。ジョウロの中はすっかり空だ。


「しっかりしてくださいよ、今日は待望の新入部員が来るかもしれないんですから」

「そうですよ、どうせ今日も観山先輩は来ないし……水瀬先輩が実質部長なんですから」


そうだ、今日から部活動体験期間なのだ。


「観山先輩はいつものこととして……佐々部さんも今日は休み?」


佐々部さんは、久保寺兄弟と同じ中等部三年の女子生徒だ。

花が好きで園芸部に入ったそうで、植物の世話も丁寧であるし、ほとんど休まず活動に参加してくれている。


「ああ、佐々部さんは今日遅くなるらしいですよ」

「手芸部の都合だそうで」


彼女は園芸部と手芸部を掛け持ちしている。いつもはうまく活動日時をずらしてくれるが、今日は新年度につき何かやることがあるのだろう。


園芸部は一応月水金が活動予定日だが、植物の世話は毎日するのが望ましい。有志で活動がない日も手入れに来たり様子を見たりしているのだが、佐々部さんは授業や手芸部の合間を見て、特にこまめに世話をしてくれている。


園芸部はその活動の緩さや自由さから、幽霊部員が何人かいる。僕を除いた主要部員が、久保寺兄弟と佐々部さんなのだ。


「何人くらい来てくれるかな、体験入部」

「体入は何人でもいいけどさ、一人でも本入部してくれたらまたりんりんラジオに投稿しよう」

「さすがに一人は入部して欲しいね。昨日頑張ったし」

「ほんとだよ、プランターけっこう重かったな。でも、女王様は結局見られなかったなー」

「僕も。新入生のほうガン見してたけどさ、やっぱあれだけ人いたらわかんないね」


そうか、久保寺兄弟は彼女を見つけられなかったのか。

あんなに高等部の制服が似合っていたというのに、見ることが叶わなかった二人に同情する。

しかし、同時に得意げな気持ちもわいてきた。僕が彼女を見つけることができたのは、やはり特別に愛情深いためなのだと。


それにしても彼女たちの制服姿といったら――森園の制服は、彼女たちのためにデザインされたものなのだろうか。


春休み中に見た本宮さんは、中等部用の赤いスカーフをしていた。しかし昨日は高等部用の赤いリボンに変わっていて、それがまたとても似合っていたのだ。


真崎さんのほうは、昨日初めて制服姿を目にした。壇上からの遠目であってもわかるほどに、文句のつけようがない着こなしだった。まだ袖を通して間もないだろうに、全くそれを感じさせずに自分のものにしていた。


ああ、二人に会って直接褒め称えたいものだ。

ああ、しかし駄目なのだ、そんなことをしては。

この世界でいきなりそんなことをしては、奇異の目で見られるどころではないだろう。


しかしそれにしても彼女たちの制服姿といったら……――。


「「――……先輩、水瀬先輩! 先輩ってば!」」


しまった、また彼女たちのことばかり考えてしまっていた。


「ごめん、ちょっと考えごとを……」

「もう、ほんとしっかりしてくださいよ!」

「考えごとどころじゃないんですよ! あそこ、見てくださいってば!」

「え?」


久保寺兄弟は慌てているのか焦っているのか、僕の制服の裾をひっぱってくる。

僕は言われるままに、食堂のほうへ振り返った。


「どうしたんだよ、いったい…….――」


――そうして振り返った先にいたのは、僕が今しがた考えていた人――紛れもない、真崎さんその人だった。


彼女は食堂から中庭へ出ようと、扉をがたがたといじっている。彼女はおそらくここへ来るのは初めてなのだろう、開け方がわからないのか悪戦苦闘しているようだ。


だが僕たちが見ていることに気がつくと、ふと手を止めて顔を上げる。

ガラス扉越しに、自然と視線がぶつかった。


そして彼女は僕と目が合うと、あの春休みの日に見せてくれたように、とびきり可愛らしくほほえんだ。

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