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「――……でさあ、なんで君たちまでいるのかなあ? 私、水瀬くんにしか頼んでないんだけど」
体育館の舞台裏には、さまざまな部活動の面々が集合していた。
そして呆れ顔の観山先輩の前には、よく似た顔が二つ並んでいる。そ二人はまたよく似た声で、口々に言った。
「昨日、水瀬先輩に聞いたんですよ」
「そう、聞いたんです。先輩が、説明会で壇上に上がる部員を募集してるって」
観山先輩がじとっと僕を見る。
違う、言っていない。僕は観山先輩と一緒に説明会に出ることになったと伝えただけだ。
しかし僕が何か言う前に、二人は口上を述べ続ける。
「たしかに、観山先輩だけじゃ心許なかったですもん」
「ほんとですよ、水臭いなあ。もっと早くに声かけてくれたらよかったのに」
「僕らももう中三ですからね、本来であれば園芸部の部長でもおかしくないですし」
「そうですそうです、もっと僕らを頼ってください」
園芸部は中等部と高等部、合同で活動している。そのため、部長も高等部から選任されているのだ。
「いや中等部から部長を選ぶなら、君らじゃなく佐々部ちゃんでしょ」
観山先輩が冷静に言うものの、よく似た二人――久保寺兄弟はおかまいなしだ。
「園芸部の番はいつなんですか? ちょっと緊張してきたな。僕は翠と違って、緊張しやすいんですよね」
「いや、碧のほうがこういう場は得意でしょ。僕のほうがほら、手汗かいてる」
この兄弟、久保寺翠と久保寺碧は一卵性双生児である。
しかし便宜上兄弟と呼んでいるが、二人はどちらが兄でも、どちらか弟でもないのだそうだ。はじめに空気に触れたのがどちらかというだけで、この世に生を受けたのは同時だという考えらしい。
「……おーい君たち。緊張するなら別に出ないでいいんだよ? そんなに説明することもないしさ、四人でぞろぞろ出ていって順番に説明するっていうのは、なんかこう……滑稽じゃない?」
「大丈夫ですよ観山先輩、心配しないでください」
「そう、大丈夫です。僕たちは壇上に立つだけでいいんで」
「園芸部の説明とか、そこらへんは先輩たちにお任せします。僕らは部活説明会で説明したっていう、実績が欲しいだけなんで」
何を言っているんだこの子たちは、という顔で、観山先輩が僕のほうを見てきた。
いや、僕にも何を言っているかわからない。だがこの兄弟がこういうことを言う時は、だいたい理由は決まっている。
「――あかりん関係でしょうか」
「あかりん? ああ、二人が追いかけてるあのアイドル?」
観山先輩も、なんとなく察したようだ。だが、久保寺兄弟はすかさずその発言を否定した。
「違います、あかりんはアイドルじゃありません」
「あかりんは女優です! 観山先輩、何度言ったらわかるんですか」
「……ああそう、ごめんごめん」
あかりんというのは、久保寺兄弟が好いている明里某という女優のことだ。僕は芸能人についてはさっぱり疎いのでよく知らないが、兄弟いわく巷で人気沸騰中らしい。
なんでも毎週「園芸タイム」なるものを配信していて、久保寺兄弟はその配信を見て園芸部に入部したそうだ。僕も見るよう勧められてはいるものの、課金をしてまで見る気にならず、いまだにあかりんの顔すらわからない。
「この前も地上波のドラマに出てたじゃないですか。一話だけのゲストだったけど、目立ってたなあ」
「でも衣装が微妙だったよね。普段のあかりんの私服のほうがさ……――」
いけない、あかりんの話になると二人は止まらなくなってしまうのだ。
「まあ、二人が登壇したいっていうのはよくわかったよ。でも観山先輩の言うように四人で順に喋っていくのも何だし、何も発言せずただ立ってるだけっていうのも……――」
「ああ、大丈夫です大丈夫です。それならほら……」
「ちゃんと準備してきましたから」
二人が指差した足元には、チューリップが植えられているプランターがあった。白とピンク、二色が混じった色のチューリップが、五本ばかり咲いている。これはおそらく、玄関横に置いてあったものだろう。
「このプランターをほら、こうやって……」
二人は両脇をそれぞれで抱えて、よいしょと立ち上がった。
「ね? 先輩たちが説明してる間、こうして僕らは横でこのプランターを抱えて立ってるんです」
「これを園芸部が育てました、ってアピールするんですよ」
なんとも得意げな顔である。
「……まあ、君らがそれでいいならいいけどさ……――」
観山先輩はもはや突っ込む気力もなくなってしまったのか、呆れ気味に二人の登壇を認めた。
「よかった、これであかりんりんラジオに送るネタができる! 次こそ採用されるはずだ」
「うん、今度こそ採用だよ。これで新入部員が増えたら、あかりんも喜んでくれるかな」
「園芸の普及に一役買ったも同然だもんな。園芸タイムの視聴者も増えるし、あかりんファンも増える!」
久保寺兄弟はまたプランターを床に置くと、またあかりんの話をしはじめた。やはり登壇の理由は、あかりん関係に間違いなさそうだ。
「……ねえ水瀬くん、君が一緒でまだよかったよ。私、あの子たちと三人で壇上に上がるとか絶対嫌だったもん。園芸部の魅力をアピールするどころか、逆効果にならないといいけど」
あかりんトークを弾ませている二人に聞こえないように、観山先輩は小声で僕に言ってきた。
「まあまあ、いいじゃないですか。あの二人は二人で、園芸部員を増やしたいんですよ」
好いた女性のために何かしたいという気持ちは、僕にも痛いほど理解できる。
それにあかりんのためという理由であれど、彼らは真面目に部活動に取り組んでくれていて、「園芸タイム」で得た知識を役立ててくれることもままあるのだ。
先程のチューリップも二人が世話をして咲かせたもので、園芸部の実績として示すには十分な出来栄えだ。
「そうだ! 壇上からさ、女王様の顔も見られるかも」
「そうか! 女王様は何組になったんだろう?」
「僕の予想ではA組だね」
「なんで?」
「もちろん何となくだよ」
――女王様。
その呼び名はもしや、彼女のことではなかろうか。




