46、母親
この間まで夏だったのに気が付けばもう秋になっていた。
私と潤は約2ヶ月ぶりに実家に帰省した。
今回の帰省は全員来てもらった。
「なんだよ、姉貴。リビングに集まれって」
仁はめんどくさいという顔で私と潤の前に立った。
潤は仁を睨んでいて、少し喧嘩が始まりそうだったから早く報告することにした。
「私ね、今妊娠してるんだ。女の子で4月頃には生まれる予定」
「え、」
「ごめんね。安定期に入るまではママたちにしか言ってなかったんだ」
すると、さっきまで潤と睨み合っていた仁が驚いたように口を開けていた。
レンとリオは顔を見合わせて、また私と潤の顔を見た。
唯と春雪は嬉しそうに笑っていた。
そして、せーのなんて言わずに
「「おめでとう!」」
とみんな同時に言った。
相変わらず仲が良いみたい。
「てかヒナ、夏にカフェ行ったときにコーヒーじゃなかったのって妊娠してたから?」
「まあね」
あのときはまだ、妊娠初期でレンたちに隠してたからなあ。
それにしても、レンたちの様子を見てると潤に報告したときのことを思い出すな。
~~~~~
生理が2週間以上遅れていて、検査薬を試すと陽性だった。
すぐに潤に言いたかったけど、ちゃんと病院で検査をしてからにしようと思って2日後に産婦人科に行った。
妊娠6週と診断された。
エコー写真と母子手帳をもらって家に帰った。
そして、いつも通り潤が帰ってきて玄関で出迎えた。
『おかえり、パパ』
『ただいま、ヒナ』
潤は私を抱きしめた。
あれ?気付いてない?と内心焦っていると、潤は急に私から離れて何度も瞬きをした。
『黄雛、今、なんて言った?』
『だから、パパおかえりって』
『パパって俺が?』
『他に誰がいるの?』
潤の目から涙がこぼれ落ちた。
そして、さっきよりも強く私を抱きしめた。
『そっか。俺がパパになるんだな』
『そうだよ。これからは3人家族になるんだからしっかりしてね』
『うん。ヒナ、赤ちゃん、何としてでも2人を守るからな』
~~~~~
妊娠報告後、全員揃って会うのは久しぶりなので実家のソファに集まってみんなで近況を話していた。
すると、胎動を感じた。
「あ、今蹴った」
潤はえっ!と私のお腹に手を当てた。
少しポコポコしてるのを感じたのか嬉しそうに笑っていた。
けど、少し複雑そうな顔になった。
「俺が手を置いた瞬間めちゃくちゃ蹴られたんだけど。嫌われてんのかな?」
「パパだって分かって喜んでるんだよ」
「ええ~、まあ、それなら仕方ないな」
また嬉しそうに笑っていた。
赤ちゃん、聞こえてる?
君のパパはあなたを大好きなみたいだよ。
もちろん、私もパパに負けないくらい君のことが大好きだからね。
心の中でそう話し掛けてお腹を撫でて微笑んだ。
それからしばらく経って、赤ちゃんの名前を考えることになった。
「潤は、どんな子になってほしい?」
「花が咲くみたいに笑う可愛い子になってほしいな」
「そうだね」
「ヒナは?」
「人に寄り添える優しい子になってほしいな」
「ヒナみたいな?」
「潤みたいな」
笑って顔を見合わせた。
そして、漢字の意味などを考えて約1ヶ月後に決まった名前は
『咲茉』
潤曰く、ドイツ語でエマという名前に優しいという意味があるらしい。
そして、咲という漢字に笑うという意味があるらしい。
もう4か月もすればエマに会える。
元気に生まれてきてくれるといいな。
あっという間に臨月になった。
予定日まで、もう1週間もない。
正直緊張しすぎてご飯も喉を通らない、と思っていたけど全然そんなことはない。
私の100倍は緊張してそうな潤を見てたら冷静になってくる。
昨日、誕生日を迎えて成人(18歳)になった春雪にプレゼントを届けに行く準備をしていると、急に破水した。
そして、痛みが襲ってきた。
「ヒナ~、何時くらいに家出る?……って、ヒナ!陣痛!?」
「多分。破水したから病院に電話して。あと、入院セット」
「分かった」
潤はテキパキと動いて、車の鍵を持った。
忘れ物ない?と訊く潤に、春雪のプレゼントと言うとそういう意味で言ったんじゃない!と怒られたけど取りに行ってくれた。
すごく不安そうな顔つきで病院まで車で送ってくれた。
今は少し陣痛が引いているからその内に着替えた。
それから分娩室に行って潤に立ち会ってもらって2時間もしないうちに無事にエマが生まれた。
潤よりも濃いめの栗色の髪をした可愛い天使が私の腕の中で泣いていた。
「ヒナ、お疲れ。ありがとう」
潤は涙混じりの震えた声でそう言って涙やら鼻水やら大変な顔で微笑んでいた。
潤はエマよりも泣いていて子供が2人もいるみたい。
「潤」
「ん?」
「春雪にプレゼント渡したいから連絡して。あと、ママたちにも生まれたよって報告して」
「分かった」
潤は分娩室を出て連絡をしてくれて、話が終わったのか分娩室に戻ってきた。
「ごめんね。春雪の成人のお祝いだし、なるべく早く渡したくて」
「いいよ。ヒナのそういうところが好きなんだし。今日は余裕なかったから口調キツくなったけど。ごめんな」
「ううん」
エマは泣き疲れたのか、私の腕の中で眠っていた。
早く、ママたちに会ってほしいな。
病室に移動して少しすると、ママとユリアさんと春雪が来てくれた。
春雪の制服を見て、今日が平日だったことを思い出した。
「春雪、学校からわざわざ来てくれてありがとう。誕生日プレゼント渡したくて」
成人のお祝いということで、長持ちしそうな物をあげたくて選んだのは可愛くて人気なブランドの財布だ。
春雪には13歳の誕生日にも財布をあげたけど、そのときの財布はそんなに長持ちしない筈のものなのに皮がめくれてきた今も使ってくれている。
だから、今度はもっと長く使えるものにしようと5年間の修理保証付きプランにしておいた。
ちなみに、イニシャルが彫ってある。
「可愛い ありがとう!お姉ちゃん!」
春雪は泣きながら私に抱きついた。
ここまで気に入ってもらえるなんて、渡し甲斐があるな。
すると、ママたちからは出産祝いのオムツケーキの写真を見せられた。
「黄雛が退院する前には持って行くね」
「ありがとう」
「父さんと大和さんは?」
「それがね、今、東京に出張中なのよ。予定日は空けてたんだけど2人ともついてないわね」
「そうだね」
それから、1週間ほどで退院して家に帰った。
私が出産したのと一緒に潤は育休を取ってくれて慣れない育児も少し心強い。
授乳を終えてまだよく見えていないらしい目を私に向けた。
エマの瞳の色は潤と同じじゃなくて、少しブラウンっぽい光の当たり具合ではグリーンに見えるかなって感じの色をしている。
パッと見は私より少し薄いブラウンだ。
可愛いなあ、と見ているとエマは眠そうにまぶたを閉じた。
「ヒナ、洗濯終わったよ」
「ありがとう」
「それにしても、寝顔はホントにヒナそっくりだね」
「そう?」
「うん。小さいヒナがいるみたい」
「そんなに?」
自分の寝顔は分かんないからな。
まあ、こんなに可愛い天使と似てるって言われるのは悪い気はしないかな。
エマが生まれて我が家は賑やかになった。
オムツを変えるのか、ミルクがほしいのか、機嫌が悪いのか、なんで泣いているのか分からなくて焦ってたけど潤が『泣いていてもエマは可愛いな~』と言っているのを聞いて確かにそうだなと思って焦らないようになった。
私も潤も日に日に親バカになっていってる気がする。
まだ家に来て1ヶ月しか経ってないのに、スマホの写真フォルダの要領がもうエマでいっぱいになっている。
今日はママとユリアさんにエマを見てもらって、潤とデートに行くことになった。
最近は時間がなくて髪を巻けてなかったから、久しぶりに軽めに巻いてワンピースを着た。
潤も潤で、いつもと違ってヘアセットをしてシャツとジャケットとパンツをあわせていた。
シンプルだけど、スタイルっていうかルックスがいいからめちゃくちゃカッコよく見える。
「潤、いつもよりカッコいいね」
「ありがとう。ヒナは日に日に綺麗になるね」
「ありがとう」
車で実家に行って、エマを預けて水族館に向かう。
また後でね、とエマの額にキスをした。
ぐずられると困るけど、ここまですんなり預けられているのもなんだか寂しい。
潤も同じ考えだったようで、少し複雑そうな顔をしていた。
ママとユリアさんに手を振って車に乗った。
実家から高速道路を使って30分もしないところにある水族館やって来た。
去年できたばかりの水族館だから、施設がすごく綺麗で可愛い。
チケットを買って中に入った。
薄暗い廊下を歩いて行くと大きな水槽が目の前に広がった。
イワシの群れがライトを反射しながら泳いでいる。
「綺麗」
「………そうだな」
ウミガメがこっちに泳いできた。
可愛い。
大きい水槽を通り過ぎて、クラゲや熱帯魚のコーナーに行った。
少し肌寒いなと思っていると潤が肩にジャケットをかけてくれた。
「ありがとう」
「うん。風邪引かないようにね」
それから、イルカショーを見に行った。
席が後ろの方しか空いていなかったけど、前の方の席にいた人たちは全員ずぶ濡れだったから後ろに座って良かったかもしれない。
潤にジャケットを返すと、私の匂いがするとか言っていた。
香水つけてないんだから、そんな少し借りたくらいで匂いつかないし。
同じ柔軟剤だからその匂いでしょ。
お昼は水族館のすぐ横にあるカフェに行った。
ちょうど、テラス席が空いていてそこに座ってランチセットを頼んだ。
ランチセットを食べ終えて、水族館の目の前の広場に行った。
海に面していて水平線が見える。
「潤、水族館楽しかったね」
「そうだね。エマがもう少し大きくなったら、今度は3人で来たいな」
「うん」
波打つ音が聴こえてくる。
心が穏やかになる感じ、好きだな。
「ヒナ、飲み物買ってくるけど何がいい?」
「オレンジジュース」
「オッケー。すぐ戻ってくるね」
潤の背中を見送って、また海を眺めているとカメラを持った人とリポーターらしい人がこっちにやって来た。
リポーターは最近よくテレビで見るお笑い芸人だ。
「街中の美男美女を探せって企画なんですけど少しお話を伺ってもよろしいですか?」
「え、あ、はい」
「ありがとうございます」
リポーターがそう言うのとほぼ同時にカメラマンの後ろにいた潤と目が合った。
いつからいたんだろう。
あ、と思わず声が漏れてしまった。
リポーターは私の視線の先を見た。
「彼氏さんですか?」
「いや、旦那です」
手招きをすると、潤は驚いた顔をしてこっちにやって来た。
「街中の美男美女を探せって企画なんですけど、旦那さんもお話を伺ってもいいですか?」
「もちろんです」
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「黄雛です」
「潤です」
そして、インタビューが始まった。
「お二人のモテエピソードがあれば是非教えてください」
「潤は高校のときとか私のクラス来て騒がれてたし、卒業式とか告白の列できてました」
潤は少し気まずそうに目を逸らした。
「けど、ヒナも結構人気あったんだぞ。高校のときにヒナのこと紹介しろって何人も頼んできたし」
「え、紹介されてないけど」
「(カメラの前でヒナを取られるのが嫌だったからなんて幼稚なこと言えないし) 大事な幼馴染みに変なやつ近付けたくなかっただけだから」
「何焦ってんの?」
私にはモテ期来ないのかと思ってたけど来てたんだ。
知らなかったな。
それにしても、なんで潤はそんなに顔が赤くなってるんだろう。
潤の額に手を伸ばすと真っ赤になって固まった。
「………ヒナ?」
「熱はなさそうだけど、顔赤くない?」
「そういうんじゃないから。むしろ悪化する」
「え、もしかして照れてただけ?」
「訊くなよ」
照れる要素どこにあったの?
いや、潤って変なところで照れるから私に分かるわけないか。
なぜかインタビューを終えるとリポーターの芸人やカメラマンからごちそうさまでしたと言われた。
そんなに面白い話したっけ?
潤はもういつもの顔に戻っていた。
照れてるのも可愛くて好きなんだけどな。
微笑んで潤の左手に指を絡めて恋人繋ぎをした。
「そろそろ帰ろっか」
「そうだな」
「夜ご飯、何食べたい?」
「しょうが焼き」
「好きだね」
「好きだよ」
「私も好き」
笑って潤の顔を見上げると、潤は私にキスをした。
なんだか高校の頃を思い出して少し懐かしくなった。
それから、高速道路を使って実家に戻るとエマはぐっすりだった。
ママとユリアさんにお礼を言って家に帰った。
「先にご飯の準備するね」
「ありがとう。じゃあ、エマお風呂入れてくるね」
「ありがとう」
起きて少し不機嫌なエマを連れて、潤はお風呂場に向かった。
その間に夜ご飯の支度をした。
潤とエマがお風呂からあがってきて、エマに授乳をしてから晩御飯を食べた。
そして、私もお風呂に入って髪を乾かしてリビングに行くとエマはマットの上ですやすやと気持ち良さそうに寝ていた。
さすが私たちの天使。
最高に可愛い。
その隣で潤も一緒に寝ていた。
こっちもこっちで可愛い。
2人の写真を撮って待ち受けを変えた。
エマ、ママにしてくれてありがとう。
潤、一緒に親になってくれてありがとう。
2人の頬にキスをしてエマはすぐ隣のベビーベッドに運んだ。
潤は運び用がないのでタオルケットを持ってきてかけた。
私もここで寝ようと思って隣に横になった。
おやすみ、2人とも愛してるよ。




