45、成長
仁くんと同棲を始めて4ヶ月が経ってもう8月。
仁くんの二十歳の誕生日を過ぎて、付き合って3年記念日も過ぎてお盆休みに実家に帰った。
仁くんも夏休みで1週間休みらしい。
今日はヒナと一緒にカフェに来ている。
ランチプレートの割引券があったからそれを頼むことにした。
「ヒナ、ドリンクどうする?やっぱりブラックコーヒー?」
「ううん。久しぶりにアップルジュース飲もうかなって」
「私もグレープジュースにしよ」
それからランチを食べて仁くんたちの実家に帰った。
玄関で大福が出迎えてくれて私が両手を広げておいでと言うと、大福は私の腕に飛び込んできた。
そのままヒナとリビングに行くと、仁くんがソファに横たわって寝ていた。
ダイニングの方には結愛さんと唯とジュン兄がいて楽しそうに話している。
「おかえり。ヒナ、蓮」
「ただいま」
荷物を置いて洗面所に行って手洗いうがいをしてリビングに戻った。
「仁くんのお昼寝って長いよね」
「時々昼寝じゃないからな」
ジュン兄は苦笑して仁くんの方を見やった。
すると、着信音が聞こえてきた。
誰のスマホだろうと音のする方に行くと仁くんのポケットに入っているスマホだった。
ソファで寝ている仁くんを揺らした。
「仁くん、電話掛かってきてるよ」
「ん、でんわ?」
「ずっと鳴ってるよ」
仁くんはあくびをしながら体を起こすと、ポケットからスマホを取り出して電話に出た。
「はい、」
『仁!今日って暇?』
スマホ越しにタクミンの声が聞こえてきた。
「暇じゃない。昼寝するから切る」
『ちょっ、せっかく二十歳になったんだからどっか飲みに行こうよ。今日の夕方から』
仁くんは少し悩むように時計を見た。
今は3時半だ。
きっと、あと何時間寝られるか計算しているのだろう。
「5時半ぐらいからにしたら?」
「そうだな。 拓海、5時半からでいいか?」
『いいよ。てか、蓮ちゃんいるならおいでよ。侑希も呼ぼうと思ってたし』
「蓮、行くか?」
「うん!」
『じゃあ、5時半に仁の家に迎えに行くね』
「ああ」
仁くんは電話を切るとまたソファに横になった。
話し掛けようと仁くんを見ると、もう寝息を立てていた。
相変わらず寝落ち早いな。
結愛さんがタオルケットを持ってきて仁くんに掛けた。
仁くんの頭の前で大福も丸まって昼寝を始めた。
ホント、仁くんと大福って兄弟みたい。
2ショットを撮ってダイニングの椅子に座った。
「仁が知ったら消せって言うんじゃない?」
「まあ、言われるけど、ダメ?って言ったら何も言ってこないから」
「反則でしょ」
「いや、仁くんの方が使ってくるから」
この前デート行ったときも、恋人の聖地ってところでハグしたいって言い出してちょっと恥ずかしかったから迷ってたら私の顔覗き込んできて “ダメか?” とか可愛い顔して訊いてくるから “いいよ” って答えるしかなかったし。
「仁くんってなんだかんだ甘え上手なんだよね」
「とか言いながら、レンの方が甘えるんでしょ?」
「まあ、仁くんがテレビ観てるときとかはくっつきに行くかも。なんか、仏頂面でいるときにすごく構いたくなる」
「想像できるわ」
ヒナは可笑しそうに笑った。
ジュン兄と唯も想像したのか笑っていた。
仁くんって仏頂面になることが多いけど、それがなんか可愛いんだよね。
話しているうちに、町内の5時のチャイムが鳴った。
「仁くん、起きて」
「………」
小さい声で言ったから聞こえてないのかな?
どうやって起こそうかと考えていると、唯が私に耳打ちをした。
とりあえず、その案を採用することにした。
「起きて!和真!あ、仁くん!」
わざと仁くんの名前を間違えて呼んで起こした。
すると、すぐに起き上がって聞き間違いか?と眠そうに首をかしげていた。
「おはよう!かずま、じゃなくて、仁くん!」
「おはよう。てか、和真って?」
「さあ?」
唯の方に視線を向けた。
「なんで和真?」
「春雪に借りた少女漫画の当て馬が日野和真って名前だったから」
「その漫画面白い?」
「面白い」
「じゃあ私も春雪に借りよ」
タクミンが迎えに来る前に急いで準備をして、チャイムが鳴ってすぐに玄関のドアを開けた。
てか、車の音が聴こえた気がするけど、タクミンはお酒を飲むから車なわけないよな~と思っていたけど車が停まっていた。
だけど、運転席から降りてきたのはタクミンじゃない若い男性だった。
「親戚の集まりだったから、水野さんが送ってくれるって。あと翔弥も来た」
「水野さんって誰?」
「母さんの実家のお手伝いさん」
………あ、そっか。
タクミンって翔弥と従兄弟なんだった。
それで、翔弥のお父さんは名家出身らしい。
タクミンのお母さんは翔弥のお父さんの妹だから同じく名家出身なんだ。
いい意味でお金持ちに見えないんだよね、タクミンも翔弥も。
「でも、翔弥も来るなら詩音も誘えば良かったね」
「誘ってるに決まってるでしょ」
「さすがタクミン!」
水野さんの運転で詩音の家まで迎えに行くと、侑希も一緒にいて車に乗ってタクミンおすすめの居酒屋に行った。
私と翔弥と侑希以外は誕生日が来てるからお酒を飲めるけど、私たち3人は飲めないのでソフトドリンクを頼んだ。
「乾杯!」
「「かんぱ~い!」」
ジュースを飲んで届いた唐揚げや焼き鳥をそれぞれ食べたいのをお皿に盛った。
「そういえば、じんじんってお酒強いの?」
「強い」
「強くはないでしょ。酔うし」
「強いし。酔わねえし」
酔ってる自覚なかったのかな?
まあ、私がいるときはいいけどいないときにどう酔うか分からないから気を付けてほしいんだけどな。
「同棲慣れた?」
「うん」
「楽しそうで何より」
「喧嘩するときもあるけどね」
「家事とかで?」
「ううん。アイス食べたでしょ!とか」
「何その可愛い喧嘩」
可愛い喧嘩?
まあ、仁くんは間違えてアイス食べたら代わりのデザートを作るか買ってきてくれるから大きい喧嘩に発展する前に終わるけど。
しばらく話していると、顔が薄く赤くなった仁くんが私の隣に座って肩にもたれかかってきた。
「蓮は俺の彼女だからな」
「………始まった」
「他のやつ見んなよ」
「見ないよ」
「口説かれるなよ」
「口説かれないよ」
仁くんは満足そうに笑うと私の手を握った。
酔わないって言ってたくせに、めちゃくちゃちゃんと酔ってるじゃん。
なんだか可笑しくて笑ってしまうと仁くんも笑みを溢した。
「可愛い」
「ありがと、」
「蓮、世界一好き。全部好き。ワガママなとこも好き。全部可愛い」
「もう分かったから好き好き言わないで」
「愛してる」
「そういうことじゃない、」
仁くんは愛の告白をしていつの間にか寝てしまっていた。
それを見ていた、侑希、詩音、タクミン、翔弥はニヤニヤと仁くんと私に視線を向けた。
まだ、身内でからかわれるだけならいいんだけど酔った仁くんって距離感がいつもより近いから会社の飲み会とかで他の女の子にもこうやって甘えたりしないとは言いきれないし心配なんだよね。
ただ私に甘えてるのか、酔って甘えん坊になってるのかどっちか分からないし。
「仁も寝たし、そろそろお開きにする?」
「そうだね」
お会計を済ますと翔弥が仁くんを立ち上がらせて私の方を見た。
「蓮、帰り大丈夫か?」
「うん。リオ兄が車で迎えに来てくれるから」
仁くんが酔うこと見越して先に頼んでおいたんだよね。
「莉央くんが来るなら安心だな」
「うん」
寝ぼけている仁くんに肩を貸してお店の外に出た。
仁くんは眠そうにあくびをして侑希たちを見送ると私の前髪を指でなぞるように耳に掛けて私の顔を見下ろした。
「迷惑掛けたな。悪い」
「いいよ。でも、5杯は飲みすぎ」
「ああ」
「帰ったらちゃんと水飲んで寝てね」
「分かった」
リオ兄が迎えに来てくれて仁くんは後部座席に座って寝ていた。
私は助手席に座ってふぅ、と息を吐いた。
「リオ兄、迎えありがとう」
「いいよ。それにしても、大丈夫だった?」
「まあ、酔っても告白されるだけだから。心臓以外大丈夫」
「心臓大丈夫じゃないのはヤバいな」
「うん」
仁くんを送り届けて、私とリオ兄も家に帰った。
翌朝、というか昼前に起きて明後日からオーストリアに行くための準備をした。
ジュン兄は仕事の都合で行けないけど、私はオーストリアに行くのはもう2年ぶりだ。
まあ、今年の6月にあったジュン兄とヒナの結婚式でお祖母ちゃんとお祖父ちゃんには会ったけど従兄弟にはしばらく会ってないから楽しみだ。
そして、2日後。
朝早くの飛行機だったのに、ジュン兄が車を出してくれてヒナと仁くんも空港まで一緒に乗って見送りをしてくれた。
「仁くん、また1週間後にね」
「………ああ」
「お土産買ってくるから」
「待ってる。楽しんでこいよ」
「うん!」
手を振って飛行機に乗った。
無事、お祖母ちゃん家に到着して遊びに来ていた従兄弟たちと一緒に近くに買い物に行くことになった。
久しぶりだから、ドイツ語を忘れてないか心配になったけどお祖母ちゃんとお祖父ちゃんと電話をしているお陰か意外と覚えていた。
「ねえ、レン。ラウラ、今好きな人いるんだよ」
「え!そうなの!?」
「理想の王子様なんだって」
「どんな人?」
「エレナの友達なんだけど、すごく優しいの。それに、困ってるときは助けてくれるし、一緒にいると自然と笑顔になるの」
「運命じゃん!」
「レンもそう思う?」
ラウラとエレナは私より4歳年下で、従兄弟の中では最年少。
ラウラはお母さんの上の兄の子供で、エレナは下の兄の子供だ。
2人とも4人兄妹の末っ子。
そして、私と同じ青と緑が混ざった色の瞳をしている。
「その人がラウラの恋人になったら教えてね」
「うん!」
オーストリアに来て3日目。
お昼ごはんを食べて少し経った頃、エレナとラウラと話していると、2人が仁くんと話してみたいと言った。
確か、日本は夜の9時頃だから大丈夫かな?
一応メッセージで確認してからビデオ通話を掛けた。
「仁くん、こんばんは」
「「コンバンワ~」」
仁くんが少し驚いた様子で画面を見ていた。
すると、ジュン兄とヒナもやって来た。
そっか。仁くん明日まで実家いるんだ。
ジュン兄とヒナは昨日は仕事の筈なのに実家に帰ってるのは春雪のためかな?
「夜にごめんね」
「いいけど」
早速ラウラから仁くんに質問があるらしく、私が代わりに伝えることになった。
「レンのどこが好きなの?ってきいて」
「え!」
「お願い!」
画面に映っている仁くんの顔をあまり見ないようにした。
「私のどこが好きなの?ってラウラが訊いてます」
「全部」
仁くんがそう言うと、ジュン兄が「全部だって」とラウラたちに伝えた。
てか、ジュン兄いるんだから私が訊く必要なかったじゃん。
私のどこが好きなの?って訊くの恥ずかしかったんだけど。
「じゃあ、次はジュンの奥さんに質問したい」
「ジュン兄に直接訊いたら?」
「うん」
エレナはジュン兄に「奥さんを好きになったきっかけは?」と訊いていた。
ジュン兄は驚いた顔をしてヒナを見て、少し照れたように笑いながら「ヒナの笑顔を見たときかな」と言った。
ヒナは何て言ったの?とジュン兄に訊いていたけどジュン兄は内緒と言って笑っていた。
しばらく話していると、仁くんは眠そうにあくびをした。
向こうはもう10時半過ぎだろう。
「じゃあ、また4日後だね。おやすみ」
「「おやすみ」」
電話を切って、またお喋りを再開した。
オーストリアに来て6日目のお昼、お祖母ちゃんの家を出て空港に行く途中に観光した。
ちなみに、お母さんとお父さんはお祖母ちゃん家に来てから家の仕事(大衆食堂)の手伝いをしていて観光はあまりできていなかった。
だから、車を出してくれているリオ兄と同い年の従兄弟のルーカスがおすすめの観光地に案内してくれた。
ちなみに、エレナのお兄ちゃんだ。
空港まで送ってもらってハグをしてルーカスと別れた。
「エレナたち、最近日本語の勉強してるんだって」
「昔、ちょっと教えたことはあったな」
「うん。だけど、学校でも日本語の授業取ってるんだって」
「じゃあ、日本来たときは案内しないとな」
「だね」
それから飛行機に乗って日本に帰った。
空港に着いたのは翌日のお昼過ぎで、空港で昼食を採ってから電車で仁くんと同棲している家に向かった。
途中までお母さんたちも一緒だったけど、乗り換えのときに分かれて1人でぼーっとしながら最寄り駅まで行った。
ちなみに、仁くんが一人暮らししていたマンションは一人暮らしじゃないとダメだったからそのときの駅よりも手前の駅の近くのマンションで同棲をしている。
駅から徒歩10分。
マンションがあるのは坂の上だからキャリーケースを押して上るのは少しキツい。
しかも、真夏の5時ってホントに暑い。
少しイライラしながらも何とかマンションに着いてエレベーターで5階まで上がって家の鍵を開けた。
リビングに行って冷房をつけて、すぐにシャワーを浴びた。
髪を乾かしてリビングに行ってソファでそのまま寝た。
目が覚めると、外が暗くなっていた。
時計を見ると8時をまわっていた。
仁くん、仕事立て込んでるのかなと思っていると電話が掛かってきた。
「もしもし」
『蓮、もう帰ってるか?』
「うん。仕事長引いてる?」
『いや、病院来てて。 あ、悪い。呼ばれたから後で連絡する。晩飯は先に食ってて』
仁くんはそう言うと電話を切った。
え、てか、病院?
大丈夫なの?怪我したとか?
声は元気そうだったけど、迎えとか行かなくて大丈夫なのかな?
仁くんにメッセージを送ってみたけど、呼ばれたって言ってたし気付いてないのかな?
それから9時を過ぎても帰って来ないからさすがに心配になって電話を掛けたけど出ないから、マンションのエントランスで待つことにした。
しばらく待っていると軽自動車が走ってきてマンションの前に停まった。
そこから仁くんとお母さんより少し年下くらいの女性とギプスをした中学生くらいの男の子が降りてきた。
仁くんは車の前でその2人に頭を下げられていた。
男の子が顔をあげたときに目が合うとその子が仁くんに耳打ちをした。
仁くんは驚いたように振り向くと私の方にやって来た。
私は安心して腰が抜けて、その場にしゃがみこんだ。
「蓮!?なんでこんなとこにいるんだ?」
「なんでって、仁くん、病院いるとか言うし、何があったか分からないから心配だし、連絡しても繋がらないし、全然帰ってくる気配なかったからじゃん」
「悪い。慌ててたから。あと、スマホの充電切れた。心配かけて悪い」
「………怪我してない?」
「ああ」
手を引かれて立ち上がると、涙が溢れてきた。
仁くんは申し訳なさそうな顔をして私を抱きしめた。
声を殺して泣いた。
我慢しないと。
男の子と女性が戸惑ってるから。
唇を噛んで涙を拭いて笑顔を作った。
「おかえり」
「ただいま」
その後、男の子と女性に挨拶をして家に戻った。
仁くんの話であの2人が親子だということが分かった。
仁くんが仕事から帰る途中に、男の子が友達とふざけて閉鎖中のビルに入ろうと柵を上っていたところを仁くんに見られて慌てて下りようとして怪我をしたらしい。
それで結構腫れてたから救急車を呼んで、お母さんに連絡が行ってちょうど出掛けていたらしく病院に着くまで時間が掛かったらしい。
仁くんは事情を説明するために男の子と一緒にお母さんを待っていてその途中でスマホの充電が切れたそうだ。
仁くんを洗面所に連れていって着替えを渡してドアを閉めた。
軽く素麺でも湯がこうと棚から素麺を取り出してお湯をお鍋で沸かした。
素麺とつゆの準備が終わると仁くんがリビングに戻ってきた。
「お腹空いたから早く食べよ」
「蓮、ありがとう」
「どういたしまして」
無言で素麺をすすって、食器を片付けてお気に入りのソファに並んで座ってテレビをつけた。
仁くんは明日は休みらしくいつもはとっくに寝ている時間だけどまだ寝ないようだ。
それよりも、少し気まずい雰囲気をなんとかしようとしている。
私は仁くんに手を重ねて指を絡めて、仁くんの肩に頭を乗せた。
少し驚きながらも仁くんも手を握り返してテレビ画面を見つめていた。
付き合ってすぐの頃は手を繋ぐのがドキドキして落ち着かなかったけど、今はそのドキドキが心地よいくらいだ。
恋も成長するのかな?
「仁くん」
「ん?」
「大好き」
微笑んで仁くんの顔を見ると、仁くんは少し赤くなった顔で私の顔に手を当てた。
「俺も愛してる、蓮」
仁くんはそう言ってキスをした。
愛してるって、仁くんから言われるなんて高校生の頃の私に言っても絶対信じてもらえないだろうな。
今は仁くんが私を好きでいてくれてる自信があるから素直に受け取れる。
これも成長かも?




