40、モデル
私が大学に入学して半年以上が経って9月の終わりがやって来た。
今月は私の誕生日があったからその日は仁くんと久しぶりに遊園地に行った。
楽しかったな。
仁くんも、仕事に慣れてきたようで週に1回くらい会うけど前ほど疲れきった顔をすることは減ってきて安心だ。
ちなみに、仁くんの働いている会社は仁くんの父親である大和さんの弟が建てた会社。
つまり、仁くんの叔父に当たる人が社長さん。
主にオーダーメイドのスーツを作ったり、アクセサリーを作って販売している会社だ。
広告とかも自分たちで作っているらしく、モデルも社員の中から選んでいるそう。
入ってすぐのときに、仁くんがモデルを担当してすごく好評で予約が殺到して以来、モデルも仁くんの仕事の1つらしい。
仁くんはめんどうだけど、その分ボーナスが入るからまあいいと言っていた。
今日は学校もバイトも休みで、仁くんの家に遊びに来た。
インターホンを鳴らすと、仁くんが出てきて私に抱きついた。
「蓮がいないのはまだ慣れない」
「まあ、家隣だったから毎日仁くんの家に遊びに行ってたもんね」
部屋に入って鞄を置いてソファに座った。
やっぱこのソファいいな~。
ふぅ、と溜め息をつくと隣に座っていた仁くんが私の肩に頭を乗せた。
「うちの会社、今度レディースのスーツとかアクセサリーも始めるらしくてモデル探してるんだけど、蓮しないか?」
「………え、モデルを?私が?」
モデルならヒナに頼めばいいのに。
スタイル良くて美人でめちゃくちゃ姿勢綺麗で立ち姿カッコいいし。
「アクセサリーの方、カップル向けっていうのもあってそのモデルと絡みあるらしいから」
「絡みって?」
「………分かんねえ」
まあ、その絡みが何なのか分からないけど、仁くんが他の女の子とカップルっぽい感じで写真撮ってたらちょっと女の子が羨ましいっていうか、嫌だからモデルやってみようかな。
「いいよ。私で良ければ」
「助かる。あ、社長に連絡してもいいか?」
「うん」
仁くんはいつも使ってるスマホとは違うスマホを取り出して電話をかけていた。
電話を終えて戻ってくると私の顔を両手で挟んで笑ってキスをした。
なんでわざわざ変な顔にさせてキスしたんだろ。
てか、不意打ちのキスって破壊力いつもの倍以上かも。
「可愛い」
「仁くんの方が可愛いよ」
「蓮にはカッコいいって言ってほしい」
「その台詞がもう可愛い」
「………社長が空いてるときに1回会社に来てほしいって言ってたから、来週の金曜日の午後でもいいか?」
「うん。いいよ」
数日後、仁くんの会社に行くことになった。
今日は仁くんは仕事だけど、会社の場所が分からないから仁くんが駅まで車で迎えに来てくれた。
あ、スーツだ。
「仁くんのスーツ姿、カッコいい」
「ありがとう」
「そのスーツって会社で作ったやつ?」
「ああ」
カッコいいデザインできっちりしてるけど、仁くんらしさがある。
すごいな。
スーツなんてみんな同じだと思ってたけどこんなに変わるんだ。
助手席に座ってシートベルトをつけた。
駅からしばらく走っているとビルが建ち並んだ通りに入った。
「そこのビル」
「へ~、おしゃれ」
仁くんはビルの前の駐車場に車を停めた。
車から降りてビルの中に入ってエレベーターに乗った。
5階まで行って降りて社長室と書かれた部屋にやって来た。
「失礼します」
仁くんの後に続いて入ると、大和さんに似た雰囲気の男性が椅子に座っていて私に気付くと立ち上がった。
そして、こっちにやって来て私の手を握った。
「初めまして。社長で仁の叔父の蒼井大雅です。」
「初めまして。倉橋蓮です」
「蓮さん。今回はモデルを引き受けてくださりありがとうございます」
「私で務まるか分かりませんけど、頑張ります!」
大雅さんは私の手を離すと仁くんの顔を見てもう一度私の顔を見た。
なんだろう。
何か顔についてるのかな?
「もしかして、蓮さんが仁の彼女?」
「え、あ、はい」
「会いたかった。仁、彼女ができてから笑うようになったんだよ。昔から全然笑わないから普通に笑ってて驚いた。きっと蓮さんのお陰だな」
「そう、なの?」
仁くんの方を見るとスーッと顔を背けられた。
すると、ドアを叩く音が聞こえて大雅さんが返事をするとスーツを着たカッコいい女性と男性が入ってきた。
「蓮、広報担当の坂下さんと水野さん。」
「あ、初めまして。倉橋蓮です」
「坂下です。今回カメラマンを担当させていただきます。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「スーツを作らせていただく水野です」
「よろしくお願いします」
そうだった。
スーツはオーダーだから今日は採寸もするんだった。
水野さんという女性について行くと他にも女性のいる部屋に着いた。
「仁さんは退室してください」
「なんでですか?」
「採寸をするので」
「嫌です。誰か覗きに来るかもしれないからここで見張ってます」
「では、部屋の前で見張ってください」
「………分かりました」
仁くんは渋々部屋から出ていった。
てか、仁くんが敬語使ってる!
なんか違う人みたいだけど、言ってることとか行動はまんま仁くんだ。
「なんか、すみません。仁くん、いつも迷惑をかけてますか?」
「いえ、そんなことは。普段は表情を全く変えないし少し驚きました」
「あ~、私も驚きました!仁さんってすごくクールな方だと思ってたので」
クールはクールだと思うけど。
私も付き合ってから意外と甘えたがりなこと知ったし。
それから採寸をしてもらって部屋から出ると少し拗ねた顔をした仁くんが待っていた。
「社長に番犬みたいって言われた」
「ふ、番犬」
堪えきれずに笑ってしまうと仁くんはさらにムッとした顔をして右手で私の顔を挟んだ。
「はなひて(離して)」
「可愛い」
仁くんはふっと笑いを溢して手を離した。
そんな仁くんを見た社員さんたちは驚いた顔をして私と仁くんの顔を交互に見た。
「あの、何か顔についてますか?」
「いや、仁さんが笑ってるところ初めて見たから」
え~、もう仁くんが入社して半年以上は経ってる筈なんだけど。
「仁くん、愛想は大事だよ」
「分かってる」
ホントかな?
それから撮影日について話してから社内見学をさせてもらうことになった。
まあ、仁くんはどうしても抜けられない会議があるらしいから水野さんに案内してもらうんだけど。
「ここでスーツを作ってます」
「え、機械じゃないんですか?」
「はい。全て製作部の社員が手作業で作ってます」
「すごい」
ビルから出てすぐ隣の建物に案内された。
「こちらはアクセサリーを作っている工房です。蓮さんの今つけているイヤリングも仁さんがデザインしたものなんですよ」
「え、そうなんですか!?」
通りで私好みすぎるデザインなわけだ。
仁くんが手掛けてくれたんだ。
なら、渡すときに言ってくれたらいいのにな。
大体まわって近くのカフェで時間を潰すことにした。
仁くんの仕事が終わるのは5時らしいから、5時前に会社のところまで迎えに行く。
それにしても、ここのケーキ美味しいな。
あ、もう4時47分だ。
「ありがとうございました」
お店を出て仁くんの会社の前に行って少し待っていると仁くんや他の社員さんたちも出てきた。
仁くんは私の方にまっすぐ歩いてきた。
すると、それに続くように他の社員さんたちもこっちにやって来た。
「仁の彼女?」
「美人~」
「俺もこんな可愛い彼女ほしいな」
「羨ましい」
仁くんのこと名前呼びの人は仁くんの同期かな?
「あ、俺、仁と同期の日南」
「同じく同期の大西」
「東梨佳です」
「僕は中山です。仁さんの先輩です」
先輩も仁くんと仲良さそうだな。
なんか、いいな。
会社っていうか学生の集まりみたい。
「倉橋蓮です」
「仁さんの彼女さん?」
「そうだ」
「仁さんには聞いてませんよ~」
東さんはケラケラ笑って仁くんの肩を叩いていた。
仁くんは鬱陶しそうに東さんの手を払って私の手を握ってスマホを触りだした。
「蓮、今日の晩飯お袋に呼ばれてるんだろ?」
「そうだけど。」
「明日休みだから俺も実家帰る。お袋にはもう連絡した」
「そっか」
「ドライブがてら一緒に帰ろうぜ」
「うん。じゃあ、じゃんけんだね」
「ああ」
じゃんけんの結果、勝った私が運転することになった。
仁くんの同期の人と先輩さんに挨拶をして仁くんの車に乗った。
しばらく車を走らせていると疲れていたのか仁くんは寝てしまった。
やっぱり仁くんの寝顔、可愛いな。
家の近くの駐車場に停めて仁くんを起こした。
「悪い。寝てた」
「いいよ。早く帰ろ」
「ああ」
蒼井家に直行すると、ジューと何かを焼く音が聞こえてきた。
手を洗ってからリビングに行くと、リオ兄がホットプレートで餃子を焼いていた。
春雪と唯は中華サラダを盛り付けていて、結愛さんはスープを作っていた。
「あ!蓮ちゃん!仁兄!」
「おかえり」
「2人とも、ご飯食べる分入れて」
「箸並べて」
それから晩ごはんを食べ終えて、唯はリビングのテーブルで受験勉強をして分からないところはリオ兄に教えてもらっていた。
私は邪魔にならないように仁くんの部屋に行ってゆっくりしていた。
「蓮、キスして」
「餃子食べたばっかでニンニクの匂いするんだけど」
「俺もするから気になんねえ」
「まあ、いいけど。目閉じて」
仁くんは私の方に顔を向けて目を閉じた。
恐る恐る仁くんに顔を近付けてキスをした。
少し恥ずかしくて、仁くんから目を逸らすと、仁くんは私を抱きしめた。
「蓮と一緒に住みたい」
「え、冗談………?」
「本気」
「………じゃあ、いいよ」
「マジ?」
「けど、すぐには無理だよ。冬休み入るまで待ってくれるなら」
「待つ」
仁くんは笑って私にキスをした。
まあ、仁くんのマンションに行くために電車に乗っていくから交通費が浮くし。
定期も12月までだし。
家に帰ってからリオ兄にそれとなく話すと驚いたように固まっていた。
「リオ兄?」
「あ、父さんは拗ねそうだな。蓮、もう少し家にいてくれ~って」
「言いそう」
「まあ、良かったな。引っ越しは手伝う」
「ありがとう」
それから数週間後、とうとう撮影日がやって来た。
先にオーダーのスーツを着て写真を撮って服を着替えてアクセサリーをつけて写真を撮る。
「蓮、スーツ似合ってるな」
「仁くんも。カッコいいよ」
「ありがとう」
スーツの写真はそれぞれ1人で撮ってからワンピースに着替えて仁くんとお揃いのネックレスをつけた。
撮影スタジオに入ると、仁くんは髪をセットして大人っぽい服装に着替えていた。
撮影をしてくれる坂下さんに指示されて仁くんの前に立った。
「見つめたまま顔を寄せてください」
結構近付けたな、と思っているともう少し近付いてくださいと言われてしまった。
もう、キスしそうな距離なんだけど。
「あ、そのまま少し止まってください」
それから何枚か写真を撮って、今度はお揃いの指輪を薬指にはめて仁くんと恋人繋ぎをして手の写真を撮った。
これで撮影は全部終わりだ。
「お疲れ様です」
「倉橋さん、仁さん、ありがとうございました」
元々着ていた私服に着替えて挨拶をして、何故か仁くんの同期の人と先輩と一緒にご飯を食べに行く事になった。
今日の仕事は撮影で終わりらしく、大雅さんおすすめのすき焼き屋さんに連れていってもらうことになった。
個室に案内されて、端の方に座ると広報部の岳本さんが隣に座った。
「いいの?」
「なにがですか?」
「ほら、東さんと仁、仲良さ気だし」
「仲が良いのはいいことでは?」
「けど、東さん明らかに仁のこと狙ってるじゃん」
「そうなんですか!?」
気付かなかった。
そういえば、やたら仁くんにボディータッチしてたかも。
それに、今もちょっと距離近いし。
「嫉妬してる?」
「………ちょっとモヤッとは」
「言いに行かないの?」
「………仕事の話してたら邪魔したくないので」
仁くんたちの方を見ると嫌なことを考えてしまうから目の前のお鍋に視線を移した。
グツグツしてきて野菜やお肉を卵を割ったお皿にとってもらった。
美味しい!
お肉柔らかい!
「蓮さん、ここのすき焼きどうだ?」
「あ、大雅さん。めちゃくちゃ美味しいです!」
「良かった。あ、そうだ。仁がいない内に聞きたいことあるんだけどいいか?」
「あ、はい」
大雅さんは食べていた白菜を飲み込んで私の顔を見た。
「なんで仁を好きになったの?」
「仁くんだからです」
私が即答すると、大雅さんは驚いたように瞬きをすると急に楽しそうに笑い出した。
「そうか。なるほどな」
「まあ、仁いいやつだもんな。彼女放って女子社員と楽しそうに喋ってるけど」
「岳本、蓮さんを虐めるな」
「すみません。可愛いからつい」
絶対に岳本さんの言う可愛いは褒め言葉じゃないな。
すき焼きを食べながら仁くんの座っている方に視線を向けた。
それからすき焼きを食べ終えてお開きになった。
お店を出ると、東さんがフラフラした足取りで仁くんの背中から抱きついた。
「仁さんごめんなさい。少し酔ったみたいです」
そこまでくっつかれるのはさすがに嫌だな。
泣きそうになったのを必死に堪えて仁くんから視線を逸らそうとすると、仁くんは東さんを振り払ってこっちに歩いてきた。
「蓮、どうした?しんどいのか?」
「いや、しんどくはないけど」
「………なんで、そんなに泣きそうな顔してるんだ?」
「そんな顔してない」
仁くんから顔を背けて深呼吸をした。
こんなことで泣くとか、私どれだけ子供っぽいの?
「すみません。俺、蓮と先に帰ります。お疲れ様でした」
「お疲れ~」
「お疲れ様」
仁くんは私の手を引いて車に乗せた。
車を走らせて仁くんの住んでいるマンションまで来て仁くんの部屋に入った。
すると、仁くんが私をソファまで連れていってそのまま抱きしめた。
「なんか嫌なことあったか?」
「東さんと仲良さそうにしてるのがちょっと嫌だったっていうか」
「悪い。不安にさせたか?」
「そういうわけじゃないよ。私が勝手に嫉妬してただけ」
「そうか」
仁くんはどこか嬉しそうに笑って私にキスをした。
そして、そのままソファに押し倒してキスをした。
「俺は蓮しか好きじゃねえよ」
「分かってるよ」
「蓮、顔赤い。可愛い」
「顔赤いのは仁くんもだよ」
結局、泊まる予定もなかった仁くん家に泊まって次の日は仁くんが仕事だったから朝に電車で家に帰った。




