36、雨宿り
高校3年生になって、完全に受験モードに入ってきた。
俺は、できれば愛理と同じ大学に行きたいけど今の成績をキープしてギリセーフぐらいだから不安しかない。
デートしたいなと思いながらもお互い受験勉強と部活の練習でそんな時間がない。
会うのは登下校の電車だけだ。
まあ、毎日会えるだけまだマシだよな。
姉貴と潤は同棲始めるまでは隣の家なのに1週間ぐらい顔合わせてないときあったし。
梅雨に入ってジメジメしてくるとなんかダルくて勉強が捗らなくなってくる。
今日もいつも通りどうよりした雲で雨は降ってないけどすごく蒸し暑い。
この気候の中する部活はマジでキツい。
朝練のために春雪よりも早く家を出て駅に向かった。
改札を通って、ホームに行くと愛理がスマホで時間を確認しながら電車を待っていた。
「愛理、おはよう」
「あ!唯!おはよう!」
愛理が笑って俺の顔を見上げた。
マジで、愛理の笑顔がないと勉強とか絶対挫折してる。
ガチで癒されるわ。勉強のストレスも梅雨のジメジメしたこの気候へのイライラも。
「愛理、今日一緒に勉強しよ」
「唯も今日部活ないんだっけ」
「うん。職員会議」
「そっか。じゃあ、家でいい?彩里もいると思うけど」
「うん」
愛理の隣に立って笑った。
それから電車に乗って話しているとすぐに愛理の学校の最寄り駅に着いた。
この時間がもっと長かったらいいのにって何度も思った。
愛理と同じ学校だったら、休み時間とかも一緒に過ごせるんだろうなって思うと本当に羨ましい。
俺も自分の学校の最寄り駅で降りて歩いて学校に向かった。
学校に着いて着替えて体育館に向かった。
「キャプテン!おはようございます!」
「おはようございます」
「おはよう。虹叶、類」
虹叶と類は春雪と同じ1年生で小学校のクラブチームのときから一緒だった。
中学までは敬語は使わなくていいと言って普通にタメ口で話してくれてたけど、高校に上がってからは敬語じゃなかったら周りのやつがうるさいからと、部活中は敬語で話し掛けられる。
正直すげえ違和感だし、少しやりにくい。
朝練を終えて、片付けて着替えていると類と虹叶が周りに他の部員がいないのを確認して話し掛けてきた。
「唯くん、昨日のテレビで試合やってたの見た?」
「見た!めちゃくちゃ良かったな!あのレシーブ最高だったわ!」
「橋本選手カッコ良かった」
類が目を輝かせて言った。
俺はドヤ顔で去年のクリスマスのことを少しだけ話した。
「俺、橋本選手と喋ったことあるぞ。めちゃくちゃ優しかった」
「唯くん、羨ましい。俺も橋本選手と話したい」
「俺も」
話しながら時計を見ると結構時間がギリギリだった。
急いで着替えて走って教室に向かった。
なんとか予鈴前に教室に着いた。
虹叶と類は1年で俺よりも教室までの距離近いから多分間に合っているだろう。
授業を終えて、駅に行ってホームで電車を待っていると朝よりも雲が黒くなっていることに気付いた。
電車に乗って愛理の学校の最寄り駅に着くと、愛理が乗って来て隣に座った。
「外、暗いね」
「折り畳み持ってきた?」
「うん。唯は?」
「ある」
「なら良かった」
電車を降りて、そのまま愛理の家に向かう途中で雨が降りだした。
折り畳み傘があったけど、風が強くて斜めぶりだったからとりあえず公民館に避難した。
「とりあえず雨弱まるまでここで待とうか」
「だね。」
公民館には同じように雨宿りで来たらしい人たちがいた。
空いてるテーブルと椅子があったのでそこで勉強することにした。
少し冷えたのか、愛理がくしゃみをしていた。
「俺の部活のジャージ羽織るか?使ってないやつだし」
「ありがとう」
「どういたしまして」
しばらく勉強して、少し休憩することにした。
自販機でコーヒーを買うと、愛理はコンポタを買っていた。
しかも、最後の一本だったらしく、愛理が買った直後に売り切れのランプが光った。
「今日、星座占い12位だったのに」
「占い外れたとか?」
「そうかも」
席に戻って少し休暇をしてまた勉強を再開した。
閉館時間になっても雨は止むどころか強くなったけど結局そのまま帰ることにした。
愛理を家まで送ると、ちょうど愛理のお母さんの柚希さんが愛理の双子の兄の海里と車で帰ってきたところだった。
「唯くん!こんばんは、雨すごいね」
「そうですね。公民館で雨宿りしてたんですけど先に帰った方が良かったかもしれないです」
笑って言うと、ちょうど後ろを車が通って水しぶきを浴びてしまった。
そのままだと制服にシミができるからと母さんに連絡して愛理ん家の風呂に入らせてもらうことになった。
着替えは海里のを借りることになった。
なんか、人ん家の風呂って変な気分だな。
風呂からあがって着替えていると、ドアが開いて彩里が入ってきた。
「あれ?唯くんだ!お姉ちゃん!唯くんと結婚したの~?」
「そんなわけ、それもいいか」
ニッと笑うと愛理が走ってやって来た。
愛理が彩里の口を押さえて俺の顔を見た瞬間顔が赤く染まった。
「早く服着て!風邪引くよ!」
「あ、悪い」
半裸状態だったのを思い出して急いで服を着た。
家では半裸が普通だから、違和感なくて忘れてた。
着替え終えて髪を乾かそうとしていると、愛理がジーッと俺の顔を見た。
間違ってたら恥ずかしいけど、
「愛理、乾かしてくれるか?」
「うん!彩里、リビング先に戻ってて」
「は~い」
彩里が洗面所から出ていくと、愛理が椅子を引いて座らせた。
半透明のヘアオイル?みたいなのを塗ってから俺の髪を乾かし始めた。
「愛理のヘアオイルって半透明なんだな。姉貴のは透明だけど半透明のもあるんだな」
「ヘアミルクだよ。ベタベタするの苦手だから」
「いい匂い。てか、愛理と同じ匂いだな」
「うん。お揃い」
愛理はドライヤーを止めて、俺の頭に鼻を近付けた。
急に近付くから心臓が止まったかと思った。
愛理は顔を上げてドライヤーを片付けた。
「乾かし終わったよ」
「あ、ありがとう」
「私ももうお風呂入ろうかな」
「じゃあ、俺は出るわ」
「うん」
愛理は笑って手を振った。
洗面所を出てその場にへたりこんだ。
なんだ?さっきのは。愛理の行動も表情もマジで破壊力ヤバいわ。
「唯、大丈夫?」
「海里。なんで愛理ってあんな強いんだ?」
「母さんに合気道教えてもらってるから」
「そういう意味じゃ、ってそうなのか?」
「うん。知らなかった?」
「知らなかった」
武道やってるとかカッコいいな、愛理。
てか、柚希さん合気道やってたんだ。意外。
おっとりした感じで武道とか一番縁がなさそうに見えるのに。
海里とリビングに行くと、柚希さんが困った様子でテレビのニュースを見ていた。
「どうしたんですか?」
「あ、唯くん。あのね、雨も風も結構強くなってきたみたいで今帰るのは危ないのよね」
「唯、泊まって行ったら?」
「そうね。それがいいわ。唯くん、私から親御さんに連絡させてくれる?」
「あ、はい」
スマホを渡して柚希さんは母さんに電話をした。
意外と気が合ったのか少し盛り上がっていて俺を介して連絡先まで交換していた。
コミュ力高い人ってガチですげえな。
「長話になっちゃってごめんね。」
「いえ、ご迷惑をおかけします」
「迷惑じゃないわよ。ずっと、唯くんにはお礼がしたかったの。愛理は唯くんと付き合ってから毎日楽しそうで羨ましいくらい。愛理を好きになってくれてありがとう」
スマホを受け取って人差し指で頬を掻いた。
好きになったというか
「好きにさせられたというか」
「あら、愛理は意外と積極的なのね」
「愛理のあれは天然です」
「そういうところは亮介似なのね」
柚希さんは笑ってキッチンに戻った。
それから愛理が風呂からあがってくるとほぼ同時くらいにリビングのドアが開いて愛理のお父さんである亮介さんが入ってきた。
いや、帰ってきたの方が正しいかも。
「唯くん、いらっしゃい」
「お邪魔してます」
「アイス好き?」
「はい!」
「良かった。夜ご飯食べ終わったら皆で食べようね」
「ありがとうございます!」
それから、夜ご飯を準備してもらった。
キーマカレーでめちゃくちゃ美味かった。
ご飯を食べ終えてアイスを食べて片付けを手伝って少し休憩をしていると、彩里にお姫様抱っこをせがまれた。
特に断る理由もなかったから言われた通りお姫様抱っこをすると、愛理が少し拗ねた。
もしかして彩里にヤキモチ妬いてるのか?
だとしたら可愛すぎるだろ。
「唯くんよりお兄ちゃんのお姫様抱っこの方がいい」
「え、マジで?」
「うん」
少しショックを受けていると彩里が愛理の手を引いて俺の前まで連れてきた。
「お姉ちゃんのこともお姫様抱っこしてあげて」
「彩里、何言って、」
「分かった」
愛理にお姫様抱っこをすると、少し赤くなった顔で俺の顔を見上げた。
愛理をドキドキさせてやろうと思ってたけど、俺の方がドキドキさせられた。
ゆっくり愛理を下ろして顔を両手で覆った。
「唯、どうしたの?」
「いや、別に」
「耳赤いけど」
「見ないで」
それから、9時を回ると彩里は寝に自分の部屋に行った。
俺と愛理と海里はリビングのテレビの前のテーブルで一緒に勉強することになった。
ちなみに、海里の部屋に俺の寝る用の布団を敷いていて空いてるスペースにローテーブルがあって海里の学習机があるから2人なら勉強できるけど、愛理に一緒に勉強しよと言われて断れるわけもなく一緒に勉強することになった。
「ここの翻訳どうすんの?」
「私が教えようか?」
「いいんですか?」
「いいわよ。本業なんだし」
柚希さんは英語教師らしい。
海里の通っている私立高校で教師をしてるのは知ってたけど教科は知らなかった。
言ったら先生に悪いと思うから言わないけど、柚希さんの教え方の方が分かりやすい。というか、俺に合わせて教えてくれてるからマジで理解できる。
お陰で昨日、ずっと頭悩ませて無視したところの英訳も教えてもらった直後にしたらスラスラ解けたし。
「ありがとうございます。お陰で英語が少し好きになりました」
「そう?それなら良かった」
それから、しばらく勉強しているとココアを淹れてくれた。
ありがたくいただいて少し休憩することにした。
休憩した後、復習と予習をして海里の部屋に行った。
「唯ってホントに愛理のこと好きなんだね」
「当たり前だろ。好きじゃなかったら付き合わない」
「それは分かってるけど。愛理って周りから可愛いって言われることがあるから唯も顔が好きで付き合ったのかなって」
海里がベッドに座って俺の方を見た。
「まあ、可愛いって思って好きになったけど、それだけじゃない。愛理にはマジでダサいところばっか見せてたけどそれを受け止めてくれることがすごい嬉しかった。なんか、俺の全部を受け入れてくれそうな気がして安心した」
海里はそっか、とどこか嬉しそうに笑っていた。
てか、なんかこんなガチの恋バナを彼女の兄とするとかなんかすげえ変な感じ。
「てか、俺も話したんだから海里もなんか話せよ。恋バナな」
「俺は、別に。」
「その反応、絶対好きなやついるだろ」
「別に好きとかじゃないけど、なんか気になる女の子はいる。けど、好きな人いるって前に言ってたから」
「付き合ってないんならまだチャンスある」
「そうかな」
なんて盛り上がっていたけど明日も学校だから12時を回って寝ることにした。
翌朝、目が覚めると海里がちょうどカーテンを開けたところで日差しが顔に直撃した。
眩しいけど、めちゃくちゃ晴れてるな。
そういえばそろそろ梅雨明けって言ってたな。
昨日の雨はヤバかったけど最後だったなら良かったわ。
海里と一緒にリビングに行くと、彩里が起きてきて海里の背中に飛びついた。
その勢いで海里が転けそうになったのはなんとか笑いを堪えた。
「お兄ちゃん!唯くん!おはよう!」
「おはよう」
「おはよう!てか、彩里は朝から元気だな」
「うん!」
彩里は海里の背中からおりると大きく頷いた。
すると、彩里に続いて愛理が階段を駆け下りてきた。
何事かと思ったら、愛理は俺の手を引いて窓の前まで来るとカーテンを開けた。
「見て!唯!虹だよ!」
「あ、ホントだ」
「消えてなくて良かった」
愛理は笑って俺の顔を見上げた。
俺に虹を見せるために走って来てくれたのが嬉しくてつい、抱きしめてしまった。
幸い、海里たちは虹に夢中で誰も見てなかったからすぐに離れた。
彼女の家で、彼女の家族がいる前でハグとか、俺どれだけ愛理のこと好きなんだよ。
朝食を食べて、洗濯してもらった制服を着た。
亮介さんと柚希さんは愛理たちよりも早く家を出て彩里を俺と愛理と海里の3人で見送ってから俺たち3人も駅に向かった。
「俺、こっちのホームだから」
「ああ。またな」
「またね」
海里と分かれてホームに向かった。
すると、もう触れられないと思っていた話題に愛理が触れた。
「唯、さっきなんでハグしたの?」
「なんか、嬉しかったから」
「何が?」
「愛理が虹を見せるために走って来てくれたのかなって思ったら。あと、寝癖ついてて可愛いなって」
愛理は慌てて髪を手で押さえた。
もう寝癖は直ってるのに。てか、自分で直したくせに。
手鏡で何度も確認しているのが可愛すぎて笑ってしまった。
「寝癖、もうないよ」
「なんだ。良かった~」
「愛理のそういうとこ、好き」
「ど、ういうとこ?」
「可愛いとこ」
笑って愛理の手を握った。
電車が来るまでまだ時間があるからこのまま少し愛理に甘えることにした。
愛理は少し照れたように笑って俺の顔を見上げた。
やっぱり俺、愛理のこと好きだな。
「ねえ、唯」
「ん?」
「私、唯のことダサいなんて思ったことないよ。可愛いかカッコいいのどっちかだよ」
「昨日、聞こえてた?」
「さあ、どうでしょう」
愛理は楽しそうに笑って俺の腕に抱きついた。
絶対聞こえてたな。
まあ、別に、いいけど。
愛理本人には多分、恥ずかしくて言えないから逆に聞こえてて良かった。
電車に乗り込んで空いている席に座った。
愛理の学校の最寄り駅に着くと愛理は小さくため息を着いて立ち上がった。
「早く同じ駅で降りて同じ学校に通いたい」
「そうだな」
「そのためにも勉強頑張るね。だから、唯も頑張ってね」
「分かった。頑張る。愛理も頑張って」
「うん」
愛理は手を振って電車を降りていった。
可愛すぎるわ、マジで。
今日はいつも以上に頑張れる気がする。
絶対に愛理と同じ大学行く。
最寄り駅で電車を降りて学校に向かった。
学校に着いてホームルームを受けて授業が始まった。
今日の4限目は英語で、昨日、柚希さんに教えてもらったお陰で当たったけど無事に答えれた。
昼休みになって、クラスメートの圭介と徹哉と弁当を食べていると圭介が俺の髪を指で指した。
「唯、今日髪サラサラすぎねえ?」
「てか、なんかいい匂いする。美少女っぽい」
「なんだよ美少女っぽい匂いって」
「なんかの花?」
なんかの花って。
俺も知らねえけど。
自分の髪を匂おうとしたけど、髪が長めではあるけど鼻を近付けられるほどは長くないから分からなかった。
自分じゃ分かんねえけど、愛理と同じ匂いなはずだからいい匂いなのは間違いない。
『………お揃い』
「ん?唯、なんか言ったか?」
「別に。早く受験終わるといいな」
「マジでそれな」




