33、旅立ち
卒業式まであと1週間。
仁くんたちのクラスは2限目が体育らしくて早めに終わったのかうちのクラスの前を通るときに手を振ってきたので振り返した。
「倉橋、この問題をそんなに解きたいのか?」
「ち、違います」
「蒼井と仲が良いのはいいことだが、授業に集中してくれ」
「すみません」
私が頭を下げるとどっと笑いが起こった。
恥ずかしい。卒業間近だから平穏に過ごしたかったのに。
休み時間になると、侑希と翔弥が私の席の前に来た。
「もう卒業か~って感じだよな」
「そうだね。皆離れ離れになるとか実感湧かない」
「私とレンレンは大学近いけどね」
「うん」
「一緒にご飯食べに行こうね」
「うん!」
ちょっと大学生活が楽しみになってきた。
不安だけど、まあ、リオ兄も同じ大学だしきっと大丈夫だよね。
あ、そうだ。あの日、祖父母に会った日以来、翔弥家族とはよく交流をするようになった。
晃叔父さんも桜子さんもそれぞれ翔弥と似ていてあまり人見知りをしなかった。翔弥の妹の桃花ちゃんも私に懐いてくれていてめちゃくちゃ可愛い。
そういえば、お父さんの弟の岬さんと伊吹さんも少し交流をするようにはなった。
2人ともお父さんに似てとても優しい人だ。
お父さんも桜子さんも祖父母と縁を切ると言っていたけど、連絡を経つだけだ。
それは、岬さんと伊吹さんとは連絡を取るためでもあると思う。
どれだけ祖父母を嫌ってても兄弟の縁は切りたくないんだろうな。
あっという間に卒業式本番になった。
卒業生が退場の言葉を聞いて私たちは教室に戻った。
やっぱ、寂しいな。
楽しかったな。色々あったな。って、思い出が蘇ってきて頑張って泣くのを我慢した。
最後のホームルームを終えて教室で皆で写真を撮ってグラウンドに出た。
グラウンドに行くと部活の先輩に色紙を渡し終わったらしい唯に会った。
「卒業おめでと」
「ありがと」
「蓮のことだから泣いてると思ったわ」
「我慢した」
苦笑いを浮かべると唯も同じように苦笑いを浮かべた。
もう高校の制服を着て唯と並ぶことはないけど唯は家が隣のままだし私が高校で唯が中学のときとあんまり変わらなさそうだな。
「兄貴に袖ボタン貰いに行かなくていいのか?」
「くれるかな?」
「くれるだろ」
私の学校では好きな人に袖ボタンを貰う風習がある。
それがカップルであれば2人は結ばれるっていうジンクスもある。
中学では学ランの第2ボタンだったけど、仁くんの学ランは唯のお下がりになる予定だったのでボタンを外すことを結愛さんに禁じられていた。
けど、今年は違う。
私は仁くんを探すとすぐにクラスメートたちに囲まれている仁くんを見つけた。
「仁くん!」
私が叫ぶと一斉に視線が集まった。
けど、そんなの気にしてられない。
最後の青春イベントを逃したくはない。
顔をあげるとすぐ前に仁くんが立っていた。
「蓮、どうした?」
「あの、ボタン」
「蓮もか?もうねえんだけど」
「え、」
仁くんのブレザーの袖を見るともうボタンは1つも残っていなかった。
「誰に?」
「後輩の男」
「そっか。良かった。」
「なんで?」
仁くんに事情を説明すると申し訳なさそうな顔で謝られた。
そもそも、私が先に言ってればよかっただけだし。
けど、やっぱり欲しかったな。
自分のブレザーの袖ボタンを見て苦笑いを浮かべた。
すると、仁くんは私の制服のリボンのホックを外した。
そして、自分の着けていたネクタイを私の首に結んだ。
驚いて顔をあげると仁くんは少し気まずそうな顔をしていた。
「春雪の持ってた漫画でネクタイあげてたから、好きなやつにあげるのはネクタイだと思ってた。だから、ネクタイは渡さなかったし。けど、悪い。知らなくて」
「ううん。ありがとう、仁くん。めちゃくちゃ嬉しい。ホントにありがとう」
私は仁くんに抱きついた。
確かに、漫画とかだとネクタイ貰うのが多いよね。
それでネクタイを残しててくれたと思うと嬉しいな。
「あ、そうだ」
私は仁くんから離れて、バッグから修理したばかりのブレスレットを取り出して、仁くんの腕に着けた。
「遅くなってごめん。ほら、お揃いに直した」
私も同じブレスレットを着けて仁くんに見せると、勢いよく抱きしめられた。
「蓮、ありがとう。」
「どういたしまして」
「マジで好き。」
「ありがと。私も好きだよ」
それから、侑希と詩音と写真を撮って翔弥とタクミンと仁くんも混ざって6人で記念撮影をした。
この写真、宝物にしよう。
* * *
レンたちが卒業して数週間後、私の専門学校の卒業式がやってきた。
春雪の卒業式とも重なったため、パパとママにはそっちに行ってもらった。
てか、パパなんて成人式でめちゃくちゃ泣いてたから友達の前で同じことされると恥ずいし。
袴の写真はめちゃくちゃ撮られたし。
ちなみに、卒業後はアパレルショップの販売員になる。
「黄雛!写真撮ろ!」
「うん」
友達と集まって写真を撮っていると、周りの背が高い男子よりもさらに高い身長の男がこっちに歩いてきた。
その男はこっちを見ると嬉しそうに笑いながら花束を持って走ってきた。
「ヒナ!可愛い!あ、卒業おめでとう。ヤバい、可愛すぎる。可愛い!」
ジュンはパシャパシャ写真を撮りながら花束を渡してくれた。
てか、卒業おめでとうがついでみたいに聞こえたんだけど気のせいだよね?
「ヒナはマジで可愛いな。世界一可愛い」
「うるさい。恥ずかしいから可愛い可愛いって連呼すんな!」
「え、じゃあ、美しい」
「そっちのが恥ずいわ!」
慌てて花束で赤くなった顔を隠した。
てか、この花、私の好きな花だ。
「黄色のデイジー。ヒナの名前の由来なんだろ?」
「なんで知ってんの?」
「結愛さんに聞いた。ありのままってヒナにぴったりだな。黄雛、俺はあなたの人柄に惚れました。強くて優しくて、繊細なところもある世界一カッコよくて可愛い黄雛が大好きです」
珍しくジュンが照れていた。
しかも、耳まで真っ赤になって恥ずかしそうに笑っていた。
いつもポーカーフェイスっていうかヘラヘラ笑ってて、なのにプロポーズもどきなこと言うときは声が真剣で戸惑う。
けど、今日は表情を見れば全部分かる。
私のこと大好きでいてくれてるんだって。
「私も、………好きだよ。」
「ヒナ、可愛い。照れてるの?」
「うるさい。私、袴返しに行くから」
「車で送る」
ジュンの車に乗って袴をレンタルしたところに行って袴を返して私服に着替えて家まで車で送ってもらった。春雪がお昼は友達とご飯を食べるらしく、夜はお祖父ちゃんが作ってくれたご飯を食べた。
* * *
卒業式が終わってから、仁くんの引っ越し準備が始まった。
引っ越し準備の手伝いで段ボールに色々詰めていくけど、やっぱり寂しいな。
仁くんの部屋はもう箱と捨てる物を入れたビニール袋ばかりだ。
「家具見に行くけど一緒に行かないか?」
「行く」
仁くんは2学期の間に車の免許を取っていて家具屋さんまでは仁くんが結愛さんに車を借りて運転してくれた。
家具屋さんに行くと結構たくさん人がいた。
「結構人多いね」
「まあ、引っ越しが多い時期だからな」
「あ、そっか」
新社会人とか大学生とかいるもんね。
私は変わらず実家暮らしだけど、ヒナとジュン兄も同棲するかどうか検討中みたいだし。
とりあえず、近くのソファに座ってみた。
ヤバ、座り心地良すぎる。疲れてこのソファ座ったら絶対寝るやつだ。
「蓮、このソファ気に入ったのか?」
「うん。最高」
「俺も気に入ったしこれにする」
「うん」
仁くんはお取り寄せの紙を1枚取って、私の腕を引いて立たせた。
次はテレビ台を見にきた。
とりあえず保留になった。
それから家具を1通り見てネットでも探すことになった。
結局買ったのはソファだけだ。
「悪いな、付き合ってもらったのに」
「ううん。デートみたいで楽しかった。それに、家具見るの結構好きだし」
「なら、よかった」
家に帰って仁くんのパソコンでカーテンとテレビ台を見ていた。
テーブルはダイニングテーブルを買って今、仁くんの部屋にあるローテーブルも持っていくらしい。
「1LDKだっけ?」
「ああ」
「荷解きも手伝いに行くね」
「ありがとう。助かる」
それから2週間後。
とうとう、仁くんの引っ越しが始まる。
テーブル以外、特に大きい物は運ばないし兄弟が多いから人手もあるので引っ越し業者は頼んでいない。
私はあまり力になれないけど段ボールを運ぶのと平行してカーテンを着けていった。
レールはリオ兄が着けてそこにカーテンをセットする感じだ。
夕方になるまでには家と仁くん家の往復で段ボールを運ぶ作業が終わって、荷解きは翌日になった。
仁くんは段ボール箱だらけの中寝られないからと一旦家に帰った。
翌朝、仁くん、私、ヒナ、リオ兄、春雪、唯、結愛さんの計7人で荷解きを手伝った。
ちなみに、お父さんとお母さんはオーストリアのお祖母ちゃん家に行っていてジュン兄と大和さんはお仕事だ。
「おっも!仁、漫画持って来すぎ」
「タオルどこ置く?」
「ハンガーってどの箱?」
「ドライヤー開けてみていい?」
と、まあ、騒がしい。
けど人手が多く、しかも私を除いて全員体力があるから1日でほとんどの荷解きが終わった。
夕方には、ベッドとマットレスが届いて男子3人であっという間に組み立ててしまった。
テレビと調味料セットと掃除機も明日届くらしい。
日用品は明日買いに行くらしく、私もそれに付き合いたいと言って一緒に行く事になった。
仁くんは明日からここに住み始めるんだ。これまでみたいに会いたいと思ってすぐに会える距離じゃなくなる。やっぱり寂しい。
「蓮、帰るぞ」
「うん」
翌朝、いつもより少し早く目が覚めた。
こんなことで寂しがってたら大学生なんてやってられないよね。
朝ごはんを食べて着替えてから家を出た。
「おはよう、仁くん」
「おはよう」
仁くんは新しい家に住むので、車ではなく歩いて向かう。
駅に行って電車に40分ほど乗って最寄り駅で降りる。
その途中で私の大学の最寄り駅もある。
仁くんの家は駅からは少し遠いし、坂があるけどスーパーとコンビニからはすごく近い。
仁くんの家に行かず、駅からバスに乗ってスーパーに行った。
スーパーとは言っても、ゲームセンターや100均など専門店も併設されていてフードコートもある。
ショッピングモールの小さいバージョンみたいな感じ。
近くに映画館もあるみたいだし、春休みの学生っぽい人が多い。
「何買うんだっけ?」
「トイレットペーパーと歯ブラシとシャンプーとリンスとラップとティッシュとゴミ袋とシンクのネットと洗剤とか。あとは食材」
「多いね。手分けする?」
「蓮、迷子にならないか?」
「ならないよ!」
「じゃあ、メモ送ったから頼む。レジで合流な」
私は頷いてスマホを片手にカゴを置いたカートを押しながらキッチン用品とお風呂掃除のところにやって来た。
洗濯用の洗剤と、お風呂掃除のスプレーと、シャンプーとリンスとボディソープと色々カゴに詰めた。
これでも、ネットで買って物を減らしているらしい。
お米とか重たいものは今日の夕方に配達されるって仁くんが言っていた。
引っ越しって大変なんだなって思った。
「これで全部かな?」
カゴとスマホのメモを確認してレジの近くに行った。
すぐに仁くんを見つけて合流した。
一緒にレジを通してお会計をして家に運んだ。
私はなるべく軽いものを渡されて持って帰ったんだけど、仁くんは重そうだった。
もう少し持つよって言ったら、蓮がつぶれるのは嫌だとか意味分かんないこと言ってた。
学校の荷物の方が重かったからそんなに心配することないのに。
家に着くとそれぞれ収納して新品のソファで一休みした。
やっぱこのソファいいな。
私も一人暮らししたら同じの買おうかな。
その頃にも残ってたらだけど。
「蓮、昼飯パスタでいいなら作るけど」
「食べる」
「了解」
仁くんはレシピも見ずに料理を始めた。
多分、カルボナーラだと思う。仁くん得意だし、牛乳と卵と粉チーズとベーコン買ってたし。
まあ、他にもケチャップとか買ってたからナポリタンかもしれないけど。
あっという間にいい匂いがしてきて、仁くんがカルボナーラの入ったお皿を持ってきてくれた。
「いただきます!」
「いただきます」
フォークに巻いたカルボナーラを口に運んだ。
「美味しい!やっぱ仁くんの作る料理は美味しいね。毎日食べたい」
「プロポーズか?」
「違うよ。結婚したら私も作るから毎日じゃない」
私がすぐさま否定すると仁くんは少し嬉しそうに笑っていた。
「蓮は、結婚したらどんな家に住みたいんだ?」
「駐車場の広い家。そこで仁くんと皆とバーベキューしたい。ジュン兄に設計してもらいたい」
「それは俺も思ってた」
仁くんは笑って頷いた。
ホントに、仁くんは笑うようになったな。
初対面の人にはこれまでより少し口調が優しくなったくらいだけど、幼馴染みの前でも全然笑わなかった仁くんが今、私の目の前で笑ってる。
ただそれだけのことなのになぜかすごく嬉しいのは、仁くんのことが大好きだからかな?
「「ごちそうさまでした」」
お皿を片付けて、仁くんは住所変更の手続きの書類を書き始めた。
邪魔になったらいけないと思って帰ろうとすると、仁くんに腕を掴まれたので帰るのをやめてソファに座っている仁くんの隣に座った。
少し、構ってほしいなと思いつつ仁くんの邪魔したらダメだと思って我慢していると、仁くん書類を書く手を止めた。
ヤバ、声に出てたかな?
「今日は俺、頑張ったよな?」
「え、うん」
「じゃあ、書類明日でいっか」
仁くんは私の肩に寄り掛かってそのまま目を閉じた。
釣られて私も目を閉じた。
仁くんの隣はすごく居心地がいい。きっと仁くんもそう思ってくれているのだろう。
こんなに居心地がいいなんて運命かな?なんて、私結構ロマンチストなのかも。
~~~~~
って、居心地がいいからって寝落ちしてた!
もう部屋真っ暗なんだけど!
スマホを見るともう9時を過ぎていた。
4時過ぎにお米の配達来てから記憶ないから5時間弱寝てた!?
急いで電気を着けて仁くんを起こした。
「仁くん、もう9時だよ」
「じゃあ寝ないとな」
「私はもう帰るから、戸締まりしてね」
ソファから立ち上がろうとすると、仁くんに腕を引かれて膝の上に座らされた。
「帰れないんだけど」
「泊まればいいだろ」
「着替えないし無理」
「俺の貸す」
「し、下着は仁くんの借りれないし」
もうこれ以上は仁くんも引き下がる、
「今日行った店で売ってた」
そうだ。売ってた。売ってたけどさ。
別に泊まりたくないわけじゃないけど急に泊まるのは気が引けるっていうかさ。
「今から帰るよりうちに泊まった方が安全だろ。なんかあったら心配だから泊まれ。」
「う、ん」
「安心しろ。手出したりしないから。ちゃんと叶多さんに言うし」
別にそんな心配はしてないんだけどな。
とりあえず、お父さんに電話で事情を話して下着を買いに行った。
仁くんが泊まれって言いだしたからとお金を払うと聞かなかった。
けど、仁くんに下着を見られるのが恥ずかしかったからなんとか断って自分で買った。
「レシート」
「だから、いいって」
「俺が引き留めたから買うことになったんだろ?」
「………じゃあ、仁くんの家に置いといてよ」
「え、」
「また泊まったとき買わないで済むように」
仁くんは驚いたように立ち止まって固まっていた。
私は仁くんの隣を通り過ぎて家に向かった。
仁くんは走って追い掛けてきて私の手を握った。
「次いつ泊まる?」
「それは、分かんないけど」
大学始まって仁くんも仕事が始まったら予定が合う日って限られるし。
私もバイトしようと思ってるからそしたらさらに合わなくなるし。
けど、置いてれば心配ごとが減るし。って言うのは黙っとこ。
仁くんの家に帰って、夜食におにぎりを食べた。
「蓮、風呂先入る?」
「後でいいよ」
「一緒に入るかどっちか選べ」
「先入る」
「分かった」
先に入らせるつもりなのになんでわざわざ訊くかな?
まあ、別にいいんだけどさ。
お風呂場に行って、服を脱いで畳んで置いた。
洗濯しちゃったら明日着てく服がないし。
頭と体を洗ってお湯に浸かった。
「優しいけど強引なんだよなぁ」
きっと、私が風邪を引かないように先に入らせれてくれたんだろうな。
お風呂からあがって着替えて髪を乾かしてから部屋に戻った。
仁くんの部屋着を借りてるからぶかぶかだ。
ズボンとかずり落ちそうだし。
「仁くん、次いいよ」
「ああ」
仁くんは頷いてお風呂に行った。
ズボンはホントに手で押さえてないと脱げそうだったから結局脱いだ。まあ、パーカーが長めだからミニ丈のワンピースと思えばなんとかいける。
思ってたよりも仁くんは早くあがってきた。けど、髪が少し濡れている。
「仁くん、髪乾かしなよ」
「めんどくさい。てか、蓮、ズボンは?」
「脱げるから脱いだ」
「寒くねえの?」
「あんまり」
洗面所からドライヤーを持ってきて仁くんをソファに座らせて髪を乾かした。
「仁くんの髪ってサラサラだよね」
「そうか?」
「うん。染めてるのに傷まないのなんで?私、染めてたときちょっと傷んだ」
「染めるときは勝手に一緒にトリートメントされるから」
「仁くんってどこの美容院通ってるの?」
「叔母の店。夏休みの写真の」
あ~、あの人か。てか、結愛さんの妹って2歳下って言ってたよね?てことは36歳?
仁くんの浮気相手って間違えるくらいには若見え美人だったな。
けど納得。仁くんが美容師さん相手にちゃんと注文とかしてたらなんかちょっと笑いそう。
切ってる間も知らない人相手にお喋りとかしなさそう。
「乾かし終わったよ」
「じゃあ寝るか?」
「寝過ぎて寝れない」
「アニメ観るか?」
「そうだね」
ソファに座って1つの毛布に2人でくるまって深夜アニメをリアタイで見た。
それから2時をまわって寝室に行った。というか、私はソファで寝るって言ったら無言でキレられたから寝室に来た。
「蓮が枕使えよ」
「あ、はい」
「電気消すぞ」
「了解です」
仁くんは眠いのかすぐにベッドに入って目を閉じた。
もう寝たのかな?
仁くんに向かい合うように横になってキスをした。
仁くんは変わらず目を閉じていた。やっぱ寝てた。秒で寝落ちじゃん。
「おやすみ、仁くん」
小さい声で呟いて私も目を閉じた。
翌朝、なぜか仁くんの腕の中に収まっていた。
途中で起きたのかな?それとも寝相?
スマホを見ると午前8時だった。
朝ごはん作ろうにも腕の中から出られないんだよね。
仁くんの顔を見上げると眉間に皺を寄せて眠っていた。
「なんか嫌な夢でも見てるのかな?」
仁くんの怖い顔、今は慣れすぎて怖いと思わなくなった。
むしろ、その顔に隠れた不器用な優しさが大好きになった。
「大好きだよ、仁くん」
私が仁くんにキスをするとほぼ同時に仁くんが目を開いた。
あ、ヤバい。キスしたのバレた。恥ずかしい。数秒前の私をぶん殴りたい。てか、寝込みを襲うのと一緒だよね。気付けなくて昨日と今日で2回もしたから警察に自主しに行くべきだよね!?
「仁くん、ごめん。ちゃんと罪は償う」
「はあ?何言ってんだ?」
「ちょっとした出来心だったの。なんか、仁くんにキスしたくなったの」
「別にいいけど。てか、昨日の夜も起きてたし」
さらっと衝撃告白をされて今度は恥ずかしくて目の前から消え去りたくなった。
仁くんから昨日夜から今日の朝の記憶だけ消えてくれないかな?
「蓮、顔赤っ」
「うるさい。見ないで」
「嫌だ。」
仁くんは私を抱き寄せてキスをして起き上がった。
そして、そのまま寝室を出ていった。
寝起きの仁くんの破壊力はヤバい。
心臓が止まるかと思った。顔熱い。
「ハァ~、ヤバ。まだバクバクしてる」
少し落ち着いてからリビングに行くと、仁くんが朝ごはんを作ってくれていた。
せっかく落ち着いたのに、仁くんの顔見たらまたドキドキするんだけど。
「おにぎりと味噌汁でいいか?」
「うん!」
「もうすぐ出来るから顔洗ってこい」
「タオルは?」
「置いてる」
「分かった。ありがとう」
顔を洗ってリビングに戻ると、お味噌汁とおにぎりが並んでいた。
ホントに美味しそう。
「「いただきます」」
仁くんのお味噌汁ってホッとする味なんだよね。
結愛さんの味が受け継がれてるからかな?
お母さんも和食は結愛さんとひいお祖母ちゃんに習ったって言ってたからうちのお味噌汁も同じ味なんだよね。
「「ごちそうさまでした」」
お皿を片付けて洗濯物を干すのを手伝った。
下着は室内で干させてもらった。
乾いてからすぐに片付けてもらった。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
「あ、待て」
仁くんは寝室に行ってすぐに戻ってきた。
手には小さい紙袋を持っていた。
紙袋の中には小さい箱があってその中には同じデザインのピアスとイヤリングが片耳ずつ入っていた。
あれ?なんか文字が彫られてる?
「JinとRen?仁くん、間違えてない?イヤリングに仁くんの名前彫ってあって、ピアスに私の名前彫られてる」
「蓮の彼氏は俺で、俺の彼女は蓮っていう証」
「うん、ありがとう。でもまた浮気みたいな写真送りつけないでね」
「そっちこそ送ってくんなよ」
仁くんは私の耳にイヤリングをつけてキスをした。
私も仁くんにキスをして少し離れて目を逸らした。
それから仁くんは書類を持って行くついでと行って駅まで送ってくれた。
市役所は通り過ぎるんだけどな。
「蓮、これ」
仁くんは私の手に鍵を置いた。
驚いて仁くんと鍵を見比べていると、急に抱きしめられた。
「いつでも来ていいから。暇だったら大学から直接来てもいい。浮気疑いそうなら殴り込みに来てもいいから」
「信じてるから大丈夫だよ。それに、浮気なんてしたら仁くんがヒナに殺されるだけだし」
「そうだな」
「だからそこは心配してないよ。仁くんも心配しないで。私、男女関係なく仁くん以外恋愛対象外だから」
もちろん、2次元も含んで。
私は無言ってホント苦手で、何かに集中してるときならいいけど他は喋ってないと落ち着かないんだよね。たとえ幼馴染みや兄弟、親子でも。
けど、仁くんとだったら逆に無言でただ手を繋いだり、肩を寄せたりするのが落ち着くんだよね。
運命があるなら仁くんが私の運命の人なんだと思う。
「またね」
「ああ。気を付けて帰れよ」
仁くんに手を振ってホームに行った。
来週から、私も大学生だ。不安と期待だけじゃない色々な感情が要り混ざったこの気持ちは案外嫌いじゃない。
旅立ちって寂しいだけじゃないんだな。