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初恋


 ヒナは俺の初恋だった。俺がヒナを好きだと気付いたきっかけは本当に些細でちっぽけでありきたりな事だった。


俺が中2、ヒナが中1の夏。その頃のヒナは見た目は黒髪ストレートの大人しい美少女って感じですごく目立ってた。そんなある日、いつも3人で帰っていたけど莉央は委員会があってヒナと2人で帰ることになった。


「ジュンって恋の7秒ルールって知ってる?」

「ん?何それ」

「異性で7秒見つめ合ったら恋に落ちるってやつ」

「へ~。そんなんで好きになる奴いないだろ」

「じゃあ、やってみる?」


ヒナはイタズラっぽく笑って長い髪を揺らしながら俺の前に来た。


「いいけど。もしも、俺がヒナのこと好きになったら嫌じゃないのか?」

「リオはちょっと嫌だけどジュンならいいよ」

「分かった」


そして、ヒナはいーち、にーい、と数え始めた。5秒が過ぎる頃には俺の心臓は信じられないくらい早くなっていた。マジかよ。こんなバカなルールでヒナを好きになるとか俺チョロすぎねえ?


「……なーな。やっぱ嘘だったか~」

「そうだな………」


ヒナが好きになってないってことは俺、ずっとヒナのこと好きだったのか?え、いつから?なんで今まで気付かなかったんだよ。鈍感かよ俺~!


それから数日後、夏休みになった。

俺は、ヒナの家に行って一緒に夏休みの宿題をした。その途中で疲れたのかヒナは寝息を立てながら居眠りをしていた。俺は無意識でヒナにキスをしそうになって慌てて自分の口を手で覆った。


ヒナに何かをしてしまいそうで怖くなって、それ以来ヒナ以外を好きになろうと告白されたらその子と付き合うようになった。付き合うって言っても女友達みたいな感じで楽しかった。まあ、2週間もすれば相手から『友達と変わらないから』とか『シスコンすぎて無理』とか言われてフラれたけど。その頃にはヒナを女の子として意識しなくなっていた。


………いや、意識しないようにしていただけなのかもしれない。もしかしたら心の奥底ではずっとヒナを好きだったのかもしれない。



俺が高1になると放課後、バイトがないときは受験生のヒナに勉強を教えるのが日課になっていた。この頃にはヒナを好きだったことなんてとっくに忘れてた。そして今日もヒナの部屋で勉強を見ていた。


数学のワークを解いていたヒナは急に立ち上がって拳を握った。


「ヒナ、高校入ったらギャルになる!」

「へ~。で、問10は?」

「6。それで、髪染めて、メイクもネイルもする!」


ヒナは、メイクしなくてもすでに可愛いのに。まあ、高校生にもなればメイクをする女子も増えるよな。


「ヒナ、全問せいかい」

「知ってる。で、夏にプール行くときもビキニ着る!」

「へ~」


変な奴に絡まれそう。ヒナが怖い目に遭わないといいけど。ただでさえナンパされてんだからマジで気を付けないとって分かってんのかな?


「あと1番の目標は彼氏作る!」

「………まあ、それは合格してからだな。うちの高校は校則緩いけど、頭いいし倍率高いぞ」


俺も彼女いたしヒナに彼氏が出来るのも普通だよな。ヒナなら可愛いしすぐに彼氏も出来るだろって、いつもの俺なら言うのに。


「ジュンは?今も彼女いるの?」

「いや。振られた」

「………悲しくないの?」

「別に」


悲しいなんて思ったことがない。彼女が出来てから知ったけど俺は結構薄情みたいだ。


今回の彼女は結構長く続いていた。向こうも俺を好きじゃないと言っていたけど罰ゲーム期間が過ぎてもずっと振ってこなかった。その彼女に振られたのはつい2日前だ。理由はヒナの話ばかりするからだそうだ。全く自覚がなかった。

けど、そう言われたときにやっとヒナが初恋だったことを思い出した。それでも、告白してフラれると思ってたし、幼馴染みの今の関係を壊すのが怖くて告白するつもりはなかった。


ヒナと莉央が高校に受かって、ヒナは本当に髪を金に染めていた。毛先はピンクで意外と似合っていた。そのせいか、可愛いけど話し掛けやすいと思われてチャラチャラした野郎に話し掛けられることが増えていた。


電車でも、ヒナになら必要がないのかもしれないけど、ずっとガードをしていた。部活もやめてその時期は誰からの告白も断っていた。梅雨に入ったある日、ヒナが嬉しそうな顔をして俺のクラスにやって来た。


「ジュン、私好きな人できた」

「へ~。同じクラス?」

「ううん。他校。同中出身で向こうも服とか好きらしくて今度一緒に買い物行くことになったんだよね。」


それから、ヒナが出掛ける日に変な奴か心配で途中まで見に行った。見た目は黒髪でヒナと大して身長が変わらなくていかにもチャラチャラしてそうだった。

だから、乗り込もうとも思った。けど、この日のためにヒナはメイクやネイルの練習をしてあいつに可愛いって思ってもらうための努力をしてた。それを俺がぶっ壊せるはずもなかった。

ヒナが嬉しそうな顔でそいつと話しているのを見てると苦しくなって電車を降りてすぐにまた帰りの電車に乗った。


それが飛鷹の第一印象だった。


翌日、ヒナからそいつと付き合ったと聞いた。昔から勘が良かったし、そのとき思ってたまま『いつか傷付く、やめろ』って釘を刺しておけば良かった。そんなことも知らず、ヒナは毎日あいつの話をするようになった。そのときに名前も聞いた。


それから2年。ヒナと飛鷹は思ってたよりも長く続いていた。飛鷹もちゃんとヒナのこと好きなんだろうなって安心した。俺も大学生になってからは適当な付き合いをしなくなった。高校生までは許されたけど、大学生になったらキスとか求められるようになったからそんな簡単には付き合えなくなっていた。気を紛らわす相手がいなくなったお陰で、ヒナへの気持ちはずっと膨れ上がって抑えられなくなっていた。

だから、飛鷹に浮気されたと言って泣いているヒナを見てこれまでになかったほどの怒りが込み上げてきた。


ヒナをかき氷に連れていっても、ヒナは無理して笑っていた。かき氷美味しいねって写真を撮って、嬉しそうなふりをしていた。そんなヒナを見るのは苦しくて辛かった。


「ヒナ、俺はヒナのこと好きだよ」

「ありがとう。でも大丈夫だよ。私に気遣わなくていいよ。大丈夫だから」

「そういう訳じゃ………」


ヒナがこんなに傷付いてる姿を目の当たりにするのは初めてだった。ヒナを抱きしめたかった。けど、好きでもない子と付き合うような不誠実なやつに抱きしめられるのも嫌だと思って出来なかった。



それから約1ヶ月。いつもは回ってこない合コンの人数合わせがたまたま俺に回ってきた。断ろうと思ってたけど相手が高校生と聞いて少し嫌な予感がして参加することにした。

勘が当たって女子メンバーの中に参加していた。またヒナを傷付けるのが怖くてヒナを店から連れ出した。

他の奴がみんなヒナを見ていたことを分かってたから帰れと言うと拗ねた顔で彼氏が欲しいと言われた。ヒナに訊くと飛鷹を忘れるためだと分かった。俺に頼めばいいのに他の奴に頼ろうとしてるのがムカついて気付いたらヒナにキスをしていた。

その後、ヒナからファーストキス奪ったんだから責任取ってって言われてめっちゃくちゃ安心した。飛鷹とはキスしたことなかったんだって。




 * * *




「ジュン、」

「え、ヒナ!?なんで!?」


俺の質問を無視してヒナは胸ぐらを掴んで揺らしてきた。なんか怒らせてる?焦っていると蓮と莉央がお腹を抱えて笑っていた。


「リオがビデオ通話で繋いでたから来てみたら。何言ってんの!?」

「何ってヒナが初恋だって話してるだけだけど」

「ファーストキスとか余計なことまで言わなくていい!」

「余計じゃねえし!嬉しかったから言っただけだし!」

「なっ、もう!バカ!」


ヒナは真っ赤な顔で俺を怒鳴り付けた。あ~、やべ~、可愛すぎる。怒った顔も天使だ。ホント、ヒナ見てると癒されるな~。疲れ溜まってたけどヒナ抱きしめると全部リセットされるんだよな~。


「暑っくるしい!離れて!」

「酷いな~、ヒナ。こうして面と向かって会うのは5日ぶりだっていうのに」


ヒナはそうだっけ?と首を傾げながらスマホのカレンダーアプリを見ていた。てか、俺と会った日とかデートした日にマークつけてる。ヒナ、俺のこと大好きじゃん。めっちゃ可愛いんだけど。


「なあ、ヒナ。スマホのアルバム見せて」

「はあ?嫌だし」

「え~、もしかしてなんかヤバい写真隠してんの?」

「はいはい。勝手に言っとけば」

「例えば俺の寝顔の写真とか?」


ヒナの手からスマホが滑り落ちてそのままヒナの足に衝突した。ヒナは無言で屈んで足を押さえていた。つい、可愛すぎて笑ってしまった。ヒナを抱き抱えてソファまで運んで保冷剤を渡した。ヒナはゲラゲラ笑っている俺の(莉央)を睨み付けて心配そうにこっちを見ている優しい()には親指と人差し指を合わせたOKサインを見せていた。


「可愛すぎる」

「いたい、」

「悪い。からかいすぎたな」


ヒナの頭に手を置くとヒナは無言で俺の顔を見てため息をついた。そして、スマホのアルバムを開いて俺に見せた。


「叱られた犬みたいな顔して見ないでよ。」


ヒナはハァ~、とため息をつくと莉央は堪えきれないように吹き出して声をあげて笑った。しかも、それに釣られて蓮まで笑い出した。まあ、蓮は可愛いから許すけど莉央はムカついたから置いてあったクッションを投げつけてアルバムにあった写真を見た。


寝顔だけじゃなくて運転してる横顔とか、俺が牛丼屋のメニューで悩んでるところとかなんてことない普通の日常を切り取った写真がたくさんあった。俺にとっては普通の出来事だけど、ヒナはそれを愛しく感じてくれたから写真を撮ったのかと思うと少し恥ずかしい。

ヒナの顔を見ると真っ赤になって照れていた。そんなヒナが愛おしく感じてしまうのが俺という生き物だったりもする。


「あ~、もう、マジでヒナ可愛い。」

「ジュンの可愛いは信用できない。」

「いや、ヒナはマジで可愛い。カメラ通したり加工するよりも実際に目の前にいるヒナの方が1000倍可愛いし。あ、すっぴんでもガチで可愛いけどな」

「あっそ」


ヒナは顔を背けて足を擦った。耳が真っ赤だ。照れてるんだ。あ~、マジで俺の婚約者可愛すぎる。


しばらく足を冷やしてヒナはもう大丈夫と笑って家に帰ってしまった。本当に大丈夫なのか明日確認に行こ。ヒナって無理するから心配になるんだよな。けど、人に心配掛けないようにするのはヒナが優しいからって知ってるから怒ったりしない。俺は無理してても気付けるから。


「ヒナってなんであんな可愛いんだろうな」

「恋する乙女は可愛いんだよ」

「そっか。確かに蓮も春雪も可愛いもんな~」

「ジュン兄もヒナと付き合って変わったよね。口調が柔らかくなった。」


柔らかくなったかは分からないけど少しヒナの口調に似てきたかも。付き合ってまだ2年目だけど、ヒナといる時間が俺にとって一番印象に残ってて大切なのかもしれない。

ヒナもどこか俺に似てきたところあるかな?

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