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29、仁くんの傷


中間テストが終わって少しずつ進路に近付いてきた頃。


仁くんの部屋にお邪魔していた。

私は深呼吸をして漫画を読む手を止めて仁くんの方を見た。


「仁くん、ちょっといい?」

「ん?なんだ?」


仁くんはローテーブルに漫画を置いて私の方を見た。

私はもう一度深呼吸をして仁くんの目を見つめた。


「仁くん、ごめん。もう別れよ。幼馴染みに戻ろう」

「……は?」

「自分勝手でごめんね。」

「待てよ。理由は?」

「……」


私は仁くんに掴まれた腕を振り払って仁くんの部屋を出た。

私が仁くんに別れを切り出したきっかけは今から遡ること1週間前。



 ~~~~~



1人でスーパーまでお散歩をしていると、中学の頃、仁くんと仲が良かった吉良(きら)翔真(しょうま)と偶然会ってしまった。

知らないふりをして通りすぎようとすると、1人に腕を掴まれた。


「久しぶりだな、倉橋」

「ど、どうも」

「仁と付き合ったんだって?マジ?」

「まあ、」

「仁が彼氏とかウケる」


吉良くんは声を上げてお腹を抱えて笑った。

私、帰っていいかな?

こっそりその場を離れようとするとまた腕を掴まれた。


「付き合えよ」

「用事があって、」

「暇だな~って顔して歩いてただろ?昔、仁とよくいた基地みたいなのあるけど見たいだろ?」

「いや、別に」

「そんなに見たいか。連れてってやるよ」


そんなこと一言も言ってないよ!なんなら早く帰してほしい!

結局、腕を引っ張られて河川敷に連れてこられた。


「喧嘩とか懐かしいな」


知らないよ。てか、ホント帰りたい。

なんでここに連れてきたか意味分かんない。

この人たち、苦手なんだよね。

仁くん曰く悪い人ではないみたいだけど。


「倉橋さ、仁と別れた方がいいぞ」

「嫌だよ」

「けどさ、この前仁に会って話したらさ、進路は料理の道じゃなくて普通に就職するっつってたぞ。倉橋を養えるようになりたいからって」

「え、そうなの?嬉しい」


私、思ってた以上に仁くんにめちゃくちゃ好かれてる!


「喜ぶところじゃねーよ。料理の道進まねえって言ってんだぞ?お前、仁の飯食ったことないのか?」

「何回もあるよ。美味しいよね」

「じゃあ作ってるところは見たことあるか?」

「まあ、楽しそうに料理するよね」


笑って言うと吉良くんに睨まれた。

え、なに?なんかヤバイこと言っちゃった?


「分かってんなら早いな。仁、中学の頃、料理人になりたいって言ってたんだよ。けど、お前と付き合ったせいで諦めたんだよ」

「そうなの?でも、仁くんから聞いたわけじゃないし、本人に確認していい?」

「いいけど、仁が素直にお前に話すと思うか?」


つまり、吉良くんが言いたいのは“仁くんは私のために夢を諦めてるから別れて夢を応援してやれ”ってことだよね。


「仁と付き合ってるっていうなら身を引いて夢を応援すんのも彼女の役目なんじゃねえの?」



~~~~~



まあ元々?仁くんと釣り合ってなかったし?仁くんにピッタリな相手探す絶好の機会じゃん。

喜ぶべきだよね?

明日と明後日は休日で休みだしひたすら家に籠ろう。



翌週、仁くんと会うのが気まずくて少し早く家を出ると駅で電車を待っていた唯と愛理を見つけた。

相変わらず仲良いな。私も仁くんと……。

仁くんのことをなるべく考えないようにするために2人にバレないように1号車の列に並んだ。



学校の最寄り駅に着いて改札を出ると、唯が柱にもたれかかっていた。

げ、バレてたか。


「蓮、兄貴となんかあったのか?昨日急に銀髪に戻してたから理由訊いたけど無視された」

「へ~」

「髪も切ってたから、失恋でもしたか?って訊いたら睨まれた」

「……そう」


どうしよう。仁くんのこと、傷付けたかったわけじゃないのに。

仁くんの重荷になりたくなかっただけなのに。

けど、もう戻れないよね。自分を振った相手から話しかけられたくないだろうした。


「蓮、マジ?兄貴と別れたのか?」

「……別れた」

「なんで?喧嘩でもしたのか?兄貴がウザくなったのか?」

「なってないよ。けど、仁くんならもっといい人と付き合えるしもっと好きになる人と出会えると思うから」


早歩きで校舎に入って自分のクラスに行った。

昨日、あんまり寝れてないんだよね。


~~~~~


「レンレン!おっはよう~!」


侑希の声が聴こえて目が覚めた。

教室内を見渡すと結構生徒が来ていた。


「ん、侑希、おはよ、」

「レンレン!色気ヤバいよ!ボタン止めて~!」

「あ、」


寝るのが苦しくて第2ボタンまで開けたんだった。

慌ててボタンを止めて顔に掛かっていた髪を耳にかけると侑希は前の席に座った。


「そんな色気出してたら彼氏が嫉妬するよ」

「……別れたよ」


一限目、体育か。

体操服を机の横に掛けて荷物をロッカーに片付けた。

私があまりにもいつも通りだったからか皆少し間を空けて驚いたような声を挙げた。


「「え~!」」


仲良しだな。


「レンレン!なんで!?」

「私が仁くんのこと振ったから」

「え、なんで!?」


侑希に肩を掴まれて前後に揺さぶられていると、先生が教室に入ってきた。

侑希は手を離して席に座り直した。



体育のため更衣室に移動中、偶然移動だったらしい仁くんとタクミンに会った。

わ、ホントに仁くん銀髪に戻ってる。しかも髪切ったのもめっちゃ似合ってる。仁くんのファン増えちゃうんだろうな。


「あ、侑希、蓮ちゃん」

「蓮、」

「あ~、私着替えるの遅いから早く行かないと間に合わないから~侑希、先に行ってるね」


走ってその場を通り抜けた。


なんで振ったか訊くつもりだったのかな?

なんか、言い訳考えないと。

実はオーストリアに許嫁がいるとか?ジュン兄たちに確かめられたらバレるか。


理由を考えているとあっという間にお昼休みになって侑希とお弁当を食べようとしていると、唯が教室まで呼びにきて私を中庭まで引っ張って連れてきたから唯とお昼ご飯を食べることになった。


「で?」

「なんで別れたの?」

「最近暑くなってきたね~」

「レンレン無視!?」


お弁当を食べ進めていると、前から仁くんが走ってきた。


「唯、里中、席外してくれ」

「うん」

「ああ」


2人が見えなくなると仁くんは私が逃げられないようにベンチの背もたれに手をついた。


「蓮、振った理由教えろ。5秒以内に言わなかったらキスする。」

「え!ま、待って」

「5秒待つっつってんだろ。5、4、3、2、1」

「え、ちょっ」


仁くんは私の言葉を遮るようにキスをした。


「振ったくせにキスは受け入れるんだな」

「っ!仁くんなんか嫌い!」

「あっそ」

「あ、いや」

「嫌いならそのまま嫌ってろ」


仁くんはベンチの背もたれから手を離すと帰っていった。

仁くんに、嫌いって言っちゃった。仁くんにそんなこと言いたくなかった。


「レンレン!」

「侑希……私、仁くんに嫌いって言っちゃった。仁くん、普段言わないような酷いこと言ってきて。私から振ったくせになんでショック受けてるんだろ。」


涙を拭いて侑希の顔を見上げると侑希はガシッと肩を掴んだ。


「じんじんさ、わざとレンレンが嫌いって言うように仕向けたんじゃないの?そうじゃないとじんじんがレンレンに酷いこと言わないでしょ」

「私のこと嫌いになっただけかもだよ」

「嫌いだったらキスなんてしないでしょ」


確かに。けど、どっちにしろ私に嫌いって言わせようとしたならもう何て言い訳しても聞いてくれないんだろうな。



家に帰るとすぐに春雪とヒナがうちにやって来た。


「蓮ちゃん!仁兄と別れたの!?」

「仁のこと嫌いになった!?」

「嫌いになんか、なれない」


私は涙を堪えきれずに玄関で泣いてしまった。


夜になると帰ってきたリオ兄とジュン兄とお父さんが私が気にしないようにスイーツをたくさんくれた。


仁くんと別れて2週間半も経ってしまって今は期末テスト真っ只中だ。今日がテスト最終日で全てのテストを受け終えて生徒達はもうすぐやってくる夏休みに浮かれて帰っていく。


そんな中、私は1人でトボトボと駅に向かった。


電車に乗って最寄りの駅まで乗って改札を出た。

改札口の近くには吉良くんがいた。


「倉橋、ちょっと着いてきてほしいんだけど」

「分かった」


吉良くんについて行くと前に来た河川敷に着いた。

河川敷の坂を降りたところに何台かのバイクが停めてあった。

吉良くんについて行くと金髪に染めた人や、ピアスを何個も空けている人達が座っていた。


「お前か、蒼井仁の女って」

「もう彼女じゃないです」


鞄を握りしめると、隣にいた吉良くんはお腹を抱えて笑いだした。

驚いて吉良くんの方を見ると吉良くんは笑いすぎて出てきたであろう涙を拭いて私の顔を見下ろした。


「マジで別れたわけ?この前話したの適当な嘘なのに。まあ、お前のお陰で仁が喧嘩する気になったならいいけど」

「う、そ……。どこから?」

「全部に決まってるだろ。仁が料理人になりたいとか一言も聞いたことねえし、就職するのも聞いてねえ。ただ、この前喧嘩誘ったのにお前と出掛けるから無理って断られたからその腹いせだ」


吉良くんは笑ってバイクにまたがった。

私、バカだな。こんな人に騙されて、好きな人傷付けて、好きな人に嫌われた。

仁くんと別れて良かったかも。こんなにバカな私と一緒にいたら仁くんの苦労絶えないだろうし。


「てかさ、仁と別れたんなら俺と遊ばねえ?」

「遊ばない」

「じゃあ仁のこと呼べよ。」

「呼んでも仁くんは来ないよ」

「じゃあ遊んでくれるよな?」


吉良くんは私の腕を掴んで笑った。

どれだけ私をからかったら気が済むんだろう。

仁くん助けて。って、振ったくせに何言ってんだって感じだよね。


「翔真、蓮から離れろ。」

「お~!仁!マジで来た!」

「蓮はお前が気安く触っていいやつじゃねえよ」


仁くんは吉良くんの腕を掴んで私の腕から離した。


「なんで、来てくれるの?」

「昔、蓮のこと絶対守るって決めたからな」


仁くんが私を抱きしめると仁くんが背中を向けてる方から金髪の人がバッドを持って襲いかかってきた。

仁くんはすぐに私から離れてバッドを持っていた人を1発殴って膝をつかせた。

他の人と仁くんが喧嘩をしていると吉良くんが私の方に目掛けて近くにあった大きめの石を投げた。

当たると思って目を閉じた瞬間、目の前に影が出来てガンっと嫌な音がした。その直後、倒れる音がして目を開けると仁くんが頭から血を流して倒れていた。


「仁、くん」

「……」


仁くんは全く動かない。吉良くんたちはバイクに乗って逃げていった。


「~っ、仁くん!」



それからのことはよく覚えていない。

お医者さんによると、パニックで私も気を失って病院に運ばれたそうだ。


仁くんのいる病室に案内してもらった。

傷の処置は終わっているそうだ。

ただ、軽い脳震盪を起こしているため、気を失っている。

何でも、頭から血を流していたのは私の勘違いで実際は額から出血していたらしく幸いにも脳に損傷はないと聞いた。

けど、4針も縫った傷痕は残ってしまうらしい。


「仁くん、また傷痕増やしてごめん。」


私は仁くんの寝ているベッドに顔を埋めた。

仁くんに残ってる傷は全部私を守ってくれたときについたものだ。

いつも守られてたのに、急に理由も言わずに振るなんて、私最低じゃん。


病室のドアが突然開いて、結愛さんと春雪が入ってきた。


「蓮、無事で良かった」

「結愛さん、なんで、私のこと責めないの。仁くんが怪我したの私のせいなのに」

「蓮は何も悪いことしてないよ」

「けど、吉良くんの言ってたこと信じて勝手に別れたし」


泣きながら顔をあげると春雪が私の手に手を重ねた。


「それ、仁兄も知ってるよ。私、たまたまその人と蓮ちゃんがどこか行くところを見ててビデオ通話で仁兄呼んだから。見てたのに助けに行けなくてごめんね」

「春雪が謝らないでよ。春雪が来たら春雪も怪我してたかもしれないじゃん」

「そうだね。けど、仁兄怒ってたよ。」


そりゃ怒るよ。勝手に嘘信じて本人に確認もせずに振るなんて。


「仁兄、蓮ちゃんのこと問い詰めたりして最低だって言ってた。蓮ちゃんが言わなかったのは、自分が隠したり我慢したりするからだって」

「……なにそれ。違うよ。仁くんに言わなかったのは気を遣わせたくなかっただけだし、別れたのも結局、自分に自信がなかったからだよ」


仁くんの手を握って泣きながらごめんと謝った。

すると、ピクッと仁くんの手が動いた。

仁くんは薄く目を開けて私の顔を見た。

私が何も言えず泣いていると仁くんが手を伸ばして私の頬に触れた。


「蓮、なんで泣いてるんだよ。どっか痛いのか?怪我してないか?」

「大丈夫」

「そうか、良かった」


仁くんはゆっくり起き上がって私のことを抱きしめた。

私が抱き返すと仁くんが私にキスをしてきた。


「な、」

「お袋、春雪、蓮と2人にしてくれ」

「行動の順番がおかしいわよ」


結愛さんは春雪の背を押して病室を出ていった。

2人になると仁くんはまたキスをした。


「俺、料理すんの好きだけどプロとかめんどくさそうだからなりたいなんて思ったことねえよ」

「ごめん」

「いや、悪い。こんなこと言いたかったわけじゃねえ」


仁くんは咳払いをして私の手を掴んだ。

もうすぐ夏休みに入るというのに、仁くんの手は冷たかった。

それとは裏腹に仁くんは真っ赤な顔で私を見下ろした。


「倉橋蓮さん、好きです。俺と、付き合ってください」


私は気付くと泣きながら仁くんに抱きついていた。

しばらくして少し落ち着いて仁くんから離れると、仁くんは私の涙を指で拭った。


「返事は?」

「はいに決まってるじゃん」

「今度は絶対離さないつもりけどいいのか?やっぱやめるなら今のうちだぞ」

「やめないよ。離さないでね」

「ああ」


仁くんは笑って私を抱きしめた。

それとほぼ同時にドアが開いてお医者さんを連れた結愛さんたちが戻ってきた。

慌てて離れようとしても仁くんがなかなか離してくれない。

こんな物理的な意味で言ったわけじゃないんですけど。


「仁くん、そろそろ離してほしいんだけど」

「離すなっつったのどこのどいつだよ」

「物理的な意味で言ったわけじゃないから。クーラーついてるけど暑いからホント離れて」

「チッ」


仁くんは舌打ちをして離れた。

うわ、めっちゃ拗ねた顔してる。

てか、離れてって言っただけなのに舌打ちしないでよ。



仁くんは夕方に退院して一緒に帰ることになった。

車の中でもなぜかずっと抱きしめられていた。

家に着いて入ろうとすると腕を掴まれた。


「離してくれないと帰れないんだけど」

「また、翔真んとこ行くかもしれないだろ」

「行くわけないじゃん!てか、連絡先も家の住所も知らないからまず行けないし」

「河川敷」

「行かないから」


仁くんはムスッとして私の顔を見た。

私、信用なさすぎじゃない?

吉良くんに自分から会いに行きたいなんて思うわけないのに。

まあ、嫉妬してる仁くんも可愛いからいいけどさ。


拗ねた仁くんと別れて家に入った。


翌日、土曜日だったので、朝は図書館で勉強をしてお昼ごはんを食べてから仁くん家にやって来た。


久しぶりに入ったな。2週間半ぶりか。

なんか既にもう懐かしく感じる。

匂いは仁くんの匂いだけど。


「蓮、夏休み海とか行くか?」

「受験生じゃん」

「言ってなかったけど、俺就職するから」

「え、」

「来年の春から一人暮らしする」


何それ。聞いてないんだけど。

え、てか、一人暮らし?

結構遠いところなのかな?


「蓮は決まってんのか?」

「リオ兄の行ってる大学受けるつもり」

「そうか」

「仁くんさ、一人暮らしって県内?県外?」

「県外。けど、まあ電車で40分ぐらいのとこだけど」

「そっか」


仁くんと一緒に大学生経験できると思ったけどやっぱそれぞれの進路があるんだね。

高校の進路って中学よりもバラバラになっちゃうから、今の繋がりが簡単に切れそうで怖いな。


「仁くんが一人暮らししても時々会いに行っていい?」

「ああ。」

「心配だな。まだ卒業まで半年以上あるけどさ、仁くんが一人暮らし始めたら今みたいに毎日会えなくなるじゃん?そしたら、仁くん私のことを忘れてそう。人の顔すぐ忘れるし」

「蓮のことは忘れたことねえよ。」


あ、仁くんちょっと怒った。

仁くんは後ろからぎゅうっと私のことを抱きしめてた。

ちょっと暑い。


「ちょっと離れて」

「嫌」

「いいから、」


離れて振り返ると仁くんは唇を尖らせていた。

仁くんに向かい合うように座ってキスをした。

仁くんは驚いたように目を見開いていたけど、私は気にせずもう一度キスをした。


「仁くん、私もこの2週間ずっと仁くんのこと考えてたよ」

「あ、おお」


仁くんは驚いたようにまた瞬きをした。

笑って仁くんの髪を撫でるのとほぼ同時に勢いよく部屋のドアが開いた。

ドアの方を見るとヒナが立っていた。


「レン!昨日、病院に運ばれたってマジ!?」

「え、まあ。」

「大丈夫だった!?知ってたら佳代ちゃん家泊まらずに帰ってきたのに~!」

「私は全然。仁くんが血が出てるの見てパニックで気を失っただけだから」

「良かった~」


ヒナは笑って私を抱きしめた。


「ヒナ、心配かけてごめん。私は全然平気。けど、仁くんは傷が残るかもって。しかも見えるところに」

「へ~、仁カッコいいじゃん。」

「だろ?」

「そんな、簡単なことなの?仁くん就職するって言ってたし傷があったら不利になるかもしれないのに。」


ん?てか、不利になるよね!?特に接客業は!まあ、仁くんに接客は元々向いてないけど。

けど、私のせいでついた傷が仁くんの足かせになる可能性は十分にあるよね。


「あ~、それなら大丈夫だよ。ね、仁」

「ああ、まあ。大雅(たいが)、俺らの叔父が最近起業して、人手足りねえから夏休みに手伝いに行ってそれで使えそうなら就職するだけだから。傷があるぐらい別に気にする必要ねえよ」

「そうなんだ。」

「そうそう。蓮が気にすることないよ~。じゃあ私はバイト行ってくるね」


ヒナは手を振って部屋から出ていった。

就職に問題がないのは良かったけど。

ただでさえ怖がられたりするのに、さらに怖がられてお店に入れてもらえなかったりしたら私のせいだ。


「蓮、俺に傷痕あったら嫌いになるか?」

「嫌いになんて、ならないよ。けど、仁くんが周りからなんて言われるか分かんないよ?見た目で判断する人はたくさんいるって知ってるでしょ?仁くんには同じ経験してほしくない」

「んなの気にしねえよ。俺は蓮が俺のことを好きか嫌いかしか気にならねえよ」


仁くんは私の頬を引っ張った。

見上げると、仁くんは無邪気に笑っていた。

私は仁くんの手を頬から離して握った。


「仁くんのこと、大好きだよ。ずっと。」

「じゃあ傷なんてどうでもいい」



2日後、久しぶりに仁くんと登校した。

昇降口でタクミンと侑希と翔弥と詩音に会った。

気付いて手を振ると4人で駆け寄ってきた。


「ヨリ戻したの!?」

「いつから!?」

「てか、じんじんの額どうしたの!?」

「縫い痕あるよ!?」


「色々あって、」

「勲章の傷だ」


仁くんは自慢気に額の傷を指していた。

ホントに昔と変わらず仁くんはヒーローだ。

私が気にしないように理由は伏せてくれたんだ。

私は背伸びをして仁くんの耳に口を近づけた。


「仁くん、ありがとね」

「なにが?」

「全部」


笑って靴を履き替えて教室に行った。

私が教室に入ろうとすると仁くんは私にキスをした。


「は、じんじん何してんの!?」

「牽制。蓮が他の奴から手を出されないように」

「レンレン、じんじんのせいで固まっちゃったじゃん!」

「可愛いからいいだろ。じゃあな、蓮」


仁くんはひらひら手を振ってタクミンと教室に行ってしまった。

仁くん、いつの間にそんな甘い性格になったの!?

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