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28、本当の恋人


 今日はバレー部の練習試合だ。とは言っても、うちの学校は男子バレー部と女子バレー部はそれぞれ人数が少なくて、教えてくれる人も1人しかいのいので男女一緒になっていて今日、練習試合があるのは男子だけだ。


「今日の相手校って城崎だよね?蒼井、確か城崎じゃなかった?」

「うん。そうだよ」

「よかったじゃん。蒼井の試合してるところ間近で見れるよ」


親友の羽奈(はな)ちゃんがニヤニヤしながら顔を覗き込んできた。すると、体育館の扉が開いて、城崎高校の男子バレー部がやって来た。すると、うちのバレー部の男子生徒が城崎高校の生徒の方に大きく手を振った。


「唯!久しぶり!」

「久しぶりだな」


そう。この高校は私立高校ではあるけど、私たちの地元からすごく近い。たったの2駅だ。だから、同じ中学の人が意外と多い。偶然にも、バレー部の3割くらいは同じ中学だ。


今日、女子は試合がないので何人かは遊びに行っている。私はただ、試合を観戦するだけだ。体育館の2階から唯たちを見ていると唯と目が合った。その瞬間唯は大きく手を振った。


「愛理、振り返さないの?」


羽奈ちゃんに言われて小さく手を振った。後で先輩とか男子にからかわれるんだろうな。


それからそれぞれウォーミングアップを終えて練習試合が始まった。


「唯、頑張れ」

「もっと大きな声で言いなよ」

「無理」

「じゃあ、1セット目終わったら“勝ったらキスしてあげる”って言いに行きなよ。絶対勝つから」

「え、絶対に無理。そもそもキスしたこともないのに」

「……愛理たちって、付き合って4ヶ月だよね?」

「うん、一応」


すると、羽奈ちゃんは私の肩を掴んで揺さぶった。なんで羽奈ちゃん怒ってるの?


「あ~、もう!こんな可愛い愛理に手を出さずにいられるなんて意味分かんない!」

「多分、唯からしたら友達兼恋人みたいな感じだと思うし」


私が笑って答えると羽奈ちゃんは不服そうな顔をして私の腕に抱きついた。



練習試合が終わって片付けを手伝っているとキレ気味の羽奈ちゃんが唯の胸ぐらを掴んで体育館から出ていった。すると、さっきまで疲れて寝転がっていた(たく)先輩が私の隣に立った。


「愛理ちゃん、今、岸に連れてかれた人、彼氏じゃないの?」

「まあ、一応彼氏です」

「一応って。仲良さそうに見えたけど」

「仲はいいんですけどね」


彼氏って言っても友達と違うのは手を繋ぐぐらいだし、正直女の子の友達と大して変わらないんだよね。まあ、唯と手を繋いだらドキドキするから違うところもあるんだけど。


「愛理ちゃんさ、彼氏のこと好き?」

「好きです。めちゃくちゃ、大好きです」

「彼氏は?愛理ちゃんのこと好き?」

「好き、でいてほしいです。」

「そこは自信持って“私のことめちゃくちゃ好きよ”って言えばいいんだよ。何なら“私以外、恋愛対象に入ってないぐらいかも”って思ってれば気が楽だよ」


私は拓先輩の裏声にツボってお腹を抱えて笑った。しかも、フリつきで言うから余計に面白いし。


「他にもないんですか?」

「あるよ。う”うん。“あいつの運命の人、私だから”」

「そんなこと言えたらカッコいいかも」

「ちなみにこれ、俺の姉ちゃんが実際に言ってた台詞」

「拓先輩のお姉さんカッコいいですね」

「でしょでしょ」


拓先輩は笑って頷いた。すると、不意に名前を呼ばれて振り返ると唯が拓先輩を睨んでいた。私が唯の肩を叩くといつも通りの表情に戻った。


「愛理、もう帰れるか?」

「うん」

「またね、愛理ちゃん」

「はい」


拓先輩に頭を下げてその場をあとにした。

それから駅に向かって、ホームで電車を待っていると不意に唯が私の肩に頭を乗せた。


「愛理、あの先輩なに?なんで愛理のこと名前で呼んでんの?」

「なんでってパパの生徒だもん」

「は?パパって?」

「あれ?言ってなかったっけ?私の両親は高校の教師でパパはうちの学校の教員なんだよ。だから、パパの生徒は私のこと名前で呼ぶの」

「何それ。初耳。嫉妬したりしてアホらしいな」


唯はハァ~、とため息をついてタオルで顔を隠した。


「え、嫉妬してたの?拓先輩に?」

「そうだよ」

「唯も嫉妬とかするんだ」


驚いているとちょうど電車がやってきた。電車に乗って開いていた2人掛けの席に座った。

私の肩にもたれ掛かって眠ってしまった。練習試合で疲れたのかな?お疲れ、唯。


「今日の試合、カッコ良かったよ」

「マジで?サンキュ」

「え、起きてたの?寝たのかと思ってた」

「甘えてただけ」

「唯、なんか変わったね。普段甘えたりしないじゃん」

「我慢してるからな」


唯はまた寄りかかって目を閉じた。ドキドキしてるの聴こえちゃってるかな?慣れてないからちょっと恥ずかしいかも。


「あ、愛理。帰って昼ごはん食べたらうち来る?」

「いいけど、なんで?私の家だったら誰もいないよ」

「いや、それは色々まずいから。」

「そう?じゃあ唯の家行くね」

「ああ」


それから、家に帰って作り置きされているおかずを食べて着替えて唯の家に向かった。

指の家に着いてチャイムを鳴らすと春雪ちゃんと黄雛さんが出迎えてくれた。


「愛理~!久しぶり~!」

「愛理ちゃん!会いたかった!」

「姉貴も春雪も愛理から離れろよ。驚いてるだろ」

「ごめんごめん」

「嬉しくてつい」


やっぱいいな。唯の家は来たら絶対に誰かいるし。うちは、彩里は学童だし、海里は部活だし、ママもパパも仕事だから休日でも全員は揃わないんだよね。日曜日は彩里はいるけど。


「愛理?入んないの?」

「あ、入ります。お邪魔します」

「どうぞどうぞ~!」


家に上がらせてもらって唯の部屋に行ってクッションの上に座った。一度来たことがあるけどやっぱり緊張するな。


「愛理、何する?」

「何、って?」


キスと言いそうになって慌てて口を閉じた。羽奈ちゃんが変なこと言うからキスって単語思い出しちゃった。


顔を手で扇いでいると唯が私の目を見つめて少し近付いた。あれ?これってキスする流れ?目って閉じた方がいいんだっけ?


慌てて目を閉じても唇には触れた感覚がない。完全に私の勘違いだ。恥ずかしい。唯からしたら友達兼恋人だろうからとか言いながらキスを期待するとか私何やってるんだろう。

唯も呆れてるよ絶対。


恐る恐る目を開けると唯は真っ赤になって固まっていた。


「まつげ長いなって見てただけで」

「そ、だよね。ごめん。変なこと期待した」

「ごめん、嘘。キスしようとした。けど、何も言わずにしてもし引かれたらどうしようって怖くなった。俺、めちゃくちゃカッコ悪いな」


唯はベッドに顔を埋めて悪いと謝った。別に何も謝ることないのに。

私は唯の隣に座って同じようにベッドに頭を乗せて唯の方を向いた。端から見たらただの変人に見えそうだな。


「唯、好きだよ」

「俺も」

「改めて言うのはなんか照れるね。というか、付き合ってから初めて言ったかも」

「確かにな」


お互い、恥ずかしくてあんまり言葉にしてなかったから恋人っぽくなってないのかも。


「愛理、岸から聞いたんだけどさ、俺、別に友達兼恋人なんて思ってないから」

「そうなの?」

「普通に、キスしたり甘えたりしたいって思ってる。けど、甘えるのとか慣れてないし、苦手だから」

「あ、」


そっか。前に熱だしたときに言ってたね。

私も甘えるのは苦手だからどうしたらいいか分からないけど、2人とも苦手とかそりゃ進展しないわけだ。


「じゃあ、今日は頑張ってくれたんだ。ありがと、唯」


唯の髪を撫でて笑うと唯はバッと体を起こして私の方を見た。急に撫でたりして嫌だったかな?なんか、悪いことしたかも。

申し訳ない気持ちでいっぱいになっていると、唯は私の手を握って自分の頬に当てた。


「えっ、と……?」

「練習試合も頑張ったからもっと褒めて」

「……よく、頑張りました。お疲れ様です」

「俺さ、これまで人に甘えてこれなかった分、愛理に甘えるつもりだから、愛理も甘えてきていいんだぞ」

「じ、じゃあ、ハグしたい」


すると、唯は手を広げた。私はそっと唯に近付いて唯のことを抱きしめた。唯の心臓の音がすごく聴こえる。なんか、めっちゃ落ち着く匂い。柔軟剤?ではなさそうだけど。唯の匂いかな?って何考えてるの!?変態みたい!しかもドキドキしながらとかバレたら本物の変態と間違えられそう。


「愛理」

「なに?」

「ボードゲームとかあるけどするか?」

「うん」


それから、オセロやジェンガをしていると急にドアが開いた。ドアの方を見ると、春雪ちゃんと黄雛さんがいた。


「愛理~!ママがクッキー焼いてくれたからリビングで一緒に食べよ~」

「はい!」


リビングに行くと甘い香りが漂っていた。昔、私のママもクッキー焼いたりしてくれたな。


「紅茶飲める?」

「はい。そういえば蓮さんと仁さんはいないんですか?」

「それがね~、蓮ちゃんと仁兄今日デートだって」

「いいな」

「だって、唯。デート誘ったら?てか、前にデートしたのいつ?」

「……クリスマス」


唯がボソッと言うと黄雛さんは唯の胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。なんか、怒ってる?


「あの、黄雛さん」

「愛理ちゃん!紅茶入ったって!一緒にクッキー食べよ!」

「いや、でも、唯と黄雛さんが」

「あれは唯兄の自業自得だよ~。唯兄も自覚はあったみたいだし?」


春雪ちゃんは笑って隣に座るように促した。結愛さんに紅茶の入ったカップをもらって先にクッキーを頂いた。


「美味しいです」

「良かった。てか、敬語じゃなくていいのに。堅苦しいの嫌い」

「あ、分かり、分かった」

「可愛い~!ホント唯にはもったいな~い!」


結愛さんは笑って私を抱きしめた。って、結愛さんの胸に押し付けられてるせいで息が苦しい。

すると、唯が私の手を引いて後ろから抱きしめた。


「母さん、そろそろ愛理のこと離して」

「あれ?黄雛と話は終わった?」

「うん、まあ。」

「唯、黄雛さんとなんの話してたの?」

「えっと、その、」

「話しづらいことなら無理して話さなくていいよ。単純に気になっただけだから」


私は笑って唯から離れた。そして席についてまたクッキーを食べ始めた。このクッキーホント美味しいな。今度作り方訊いて家で焼いてみようかな。


「唯、食べないの?」

「食べる」


唯は向かい側の席に座ってクッキーを食べ始めた。



それから、もう5時になってそろそろ帰ることにした。


「じゃあ、もう5時だしそろそろ帰るね」

「待って、愛理。送ってく」

「いや、いいよ。もう薄暗いし」

「だから送ってくって言ったんだけど」

「私、中学まで合気道やってたから大丈夫だよ」


笑って荷物を持つと唯が腕を掴んだ。


「送るから」

「……分かった」


結愛さんたちにお礼を言って唯の家を出た。


唯は、家に向かう途中にある公園に行ってベンチに座った。すると、唯は申し訳なさそうな顔をして私の方を見た。


「唯、どうしたの?」

「愛理、悪い。俺、付き合うとか初めてで」

「え、知ってる、けど」

「俺さ、部活とかばっかで全くデートとかしてなかったよな」

「そうだね」


頷くと唯はさらに申し訳なさそうな顔をした。


「バレンタインも駅で会うだけだったし、春休みもずっと部活とかで全く出掛けなかったし。確かにそれじゃ友達と変わらないよな」

「うん。でも、それが唯じゃん。バレー大好きで、休みの日も自主練したり。唯のそうやって何かに打ち込めるところ、好きだよ」

「愛理はさ、デートしたいとか思わないのか?」

「う~ん……」


思うって言ったら唯はすごい罪悪感感じるんだろうな。


まあ正直、時々でもいいから休みの日に出掛けたりしたいとは思うけど、唯が大好きなバレーを我慢するかもって思ったらなかなかデートには誘えないんだよね。


なんて答えたら唯は罪悪感を感じることがないんだろ。悪いことしたって思わないでほしいんだよね。私が勝手に我慢してるだけだし。


「私は……」

「姉貴の言う通りかよ。俺が我慢させてんじゃん。……愛理ごめん。こんな彼氏で」


唯、震えてる。私が勝手に我慢したせいで唯のこと傷付けたの?


「ごめん、唯。私、自分の気持ち伝えるの苦手で。我慢したのは、私のわがままで唯が我慢することになるんじゃないかって思って。だったら、私が我慢した方がいいって思って」


唯を傷付けた申し訳なさで涙が込み上げてきた。唇を噛んで泣くのを我慢していると唯が私の頬に手を当てて顔を上に向けた。

そして、ゆっくり顔を近付けてキスをした。


「また我慢しようとして」

「え、え!え!!」


さっきまで溢れそうだった涙はどこかに行って唯にキスされた驚きでいっぱいになった。すると、唯は私をそっと抱きしめた。


「愛理、我慢するなとは言わない。頑張って我慢してても見抜くから。だから、愛理は今まで通りでいいよ。俺が変わるから」

「本当の私を知ったら嫌いになるよ。面倒だし、わがままだから」

「これまで上2人と妹に振り回されてきたんだぞ。ワガママも面倒も慣れてる。むしろ、適役すぎるだろ」

「そうだったね」


それから、家まで送ってもらった。


今日でやっと本当の恋人になれた気がする。唯、大好きだよ。

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