21、授業参観
今日は授業参観がある。と言っても半分ほどしか保護者は来ていない。私のお父さんとお母さんも来ていない。まあ、私が行ってないだけなんだけどね。
「蓮、はっけ~ん!」
聞き覚えのある声が聞こえた。すると、侑希が私の方を見て首をかしげた。
「あの人、レンレンの知り合い?」
私、誰にも言ってないんだけど。そう思って声のした方を向いた。するとそこには結愛さんが立っていた。
「結愛さん!なんで!?」
「なんでって、今日は授業参観でしょ?」
「そうだけど……」
すると、教室に仁くんが入ってきた。後ろには大和さんもいた。
「蓮!無事か!?」
「無事、だけど」
「お袋、どうやって知った?」
仁くんが結愛さんに向かって言うとクラス中がざわめいた。まあ、結愛さんは若見えする上に二十歳で仁くんのお母さんになってるから若いけどね。
「唯がお知らせの紙をリビングに落としてたから。せっかくだし蓮の様子見に行こうかなって」
「じゃあなんで親父まで連れてくるんだよ」
仁くんが小声で結愛さんを問い詰めた。結愛さんは『それはホント悪いと思ってる。』と言うと大和さんの肩に手を置いた。
「大和は唯のクラス行って。ほら、唯の参観ってあんまり行ったことないし」
「それもそうだな」
大和さんは頷くと教室から出ていった。
「ほら、仁も早く戻りな。授業始まるよ」
「ああ」
それから予鈴が鳴って学年主任で数学担当の鷲尾先生が入ってきた。
鷲尾先生は入ってくるなり少し顔をしかめた。その瞬間、クラス中に緊張が走った。なぜなら鷲尾先生は少し強面の先生で生徒に怖がられているからだ。ちなみに、唯の所属している男子バレー部の顧問でもある。
「号令」
委員長が少しビクッと肩を震わせて号令を掛けた。緊張のせいか委員長は嚙んでしまって何人か笑いを堪えていた。分かるよ。私も絶対に緊張して同じことすると思う。
「……それじゃあ12番、倉橋だな。この問題を書きに来い」
「え~!」
私は思わず不満を口にしてしまった。慌てて謝るとクラスメートは笑いそうなのを一生懸命我慢していた。もういっそ、大声で笑ってほしい。逆に恥ずかしい。先生が怖いからって笑うの我慢しないでよ。
「分からないなら次の問題でもいいが」
「この問題で大丈夫です」
「そうか。じゃあ次の問題は近藤」
「はい」
黒板まで行って書いたけど、合ってるか分からないんだよね。私、数学苦手だし。
「蓮と答え同じ。俺もそれになった」
「ホント!?よかった~。めっちゃ不安だった。」
「俺も」
席に戻ると先生は咳払いをして前を向いた。
「倉橋、近藤。安心していたところ悪いが間違ってるぞ」
「え、ウソ!……ですよね?」
「本当だ。符号つけ忘れてる」
「「あ、」」
「テストでこんなミスしたら勿体無いぞ。気を付けろよ」
「「はい」」
それからなんとか授業を終えた。緊張感は少しマシになっていたけどやっぱり皆自分が当てられたらって考えて緊張していたようだ。
「レンレンお疲れ~」
「うん。侑希も」
数学の教科書とノートをロッカーに戻して結愛さんの方へ行った。4限目だったので今からお昼休みだ。保護者は5限目が始まるまで校舎にいられるのでせっかくなら一緒にお昼を食べたい。
私が結愛さんに声を掛けようとすると鷲尾先生がこっちにやって来た。
「海原、息子のクラスは隣だろ?なんでいるんだよ」
「もう蒼井だってば。それと、娘同然の蓮がこのクラスなんだからいいじゃない」
結愛さんはね~と笑って私の肩に腕をまわした。
「結愛さん、鷲尾先生と知り合い?」
「私が高校の頃の担任。しかも3年連続。嫌よね~」
「お前の暴走を止められるのが俺しかいなかったからだろ」
「元ヤン仲間だもんね~」
「俺はヤンキーじゃねえ。ただ何故かビビられてただけだ」
「何故かって。どう考えても顔以外ないでしょ!授業もビビられてたし!」
結愛さんはお腹を抱えて笑った。すると、鷲尾先生は眉間に皺を寄せた。もしかしてショックを受けてる?なんか、仁くんと似てるな。なんか、急に怖くなくなってきた。
「その顔だってば!」
「倉橋、俺は怖いか?」
「そんなことないですよ(さっきまでは怖かったけど)。まあ、ちょっと表情を作るのが下手なのかなって思いますけど」
「いやいや、ちょっとじゃないよ」
「蓮、弁当食べようぜ」
声の方を振り返ると仁くんと唯と大和さんが立っていた。しかも唯はめちゃくちゃ疲れた顔をしていたので私は思わず笑ってしまった。
「唯、疲れた顔してるけど大丈夫?」
「おい蓮、笑いながら訊くんじゃねえよ!」
「ごめんごめん。何の授業だったの?」
「体育。バレー」
「あ~、それで」
大和さん、親バカだからな~。まあ、私は仁くんの昔の話しとかいろいろ聞けるしいい人だから好きだけど。
「あ、鷲尾先生」
「蒼井、俺は顔が怖いか?」
「蒼井4人いますけど。まあ俺は別に怖くないですよ。黄雛も先生に初めて会ったときすぐに懐いてましたし俺からしたら生徒思いのいい先生だと思いますよ」
「うちの旦那、マジでいい奴っしょ?」
「ああ。蒼井の担任を3年間持ちたかった」
それから場所を移動して先生も一緒にお昼ごはんを食べた。そして、話題が結愛さんと大和さんの馴れ初めに変わった。
* * *
俺が結愛に出会ったのは1つ下の学年の入学式の翌週のことだった。
当時の俺は生徒会メンバーで少し人気があった。しかも来る者は拒まず、去るもの追わずだったせいで彼女ができては別れてを繰り返していた。そしてその日も校舎裏に呼び出されていた。
校舎裏に行くと複数の男子生徒が走り去っていった。さっきまで男子生徒の死角に隠れていた1人の美人な女子生徒がいた。
「あんた、気を付けなよ」
「何を?」
「あいつら、あんたのこと締めようとしてたぞ」
「助けてくれたの?」
「いや?私のお気に入りの場所でたまるなって言っただけ。だからあんたも早くどっか行け」
その子は俺を追い払うように手を払って階段に座った。
「手の甲怪我してるぞ」
「あ、ホントだ。」
「保健室行った方がいい。来て」
その子の手を引いて保健室に向かった。保健室に養護の先生がいなかったからとりあえず手を洗って消毒をして絆創膏を貼った。
「勝手に使っていいのか?」
「利用者カード書けばいいんだよ。俺、元保健委員だから」
「ぽいな」
「君、名前は?」
「海原、結愛」
「もう教室戻っていいよ」
「どうも」
海原さんは俺に背を向けると手を振って保健室から出ていった。
それから数日後、今は少し丸くなってるけど海原さんが中学の頃有名なヤンキーだったと噂で聞いた。その噂を確かめるためにまた校舎裏に行った。
そこで俺が目にしたのは野良猫に怖がられながらも猫缶をあげようとしている海原さんだ。
え、可愛い!あんな目付きしてて猫好きなのか?ギャップが可愛すぎ!
「海原さん、猫好きなの?」
「あ、あんた、なんでいんの?」
「海原さんが元ヤンって噂確かめたくて」
「マジだけど」
「そうなんだ。あ、逃げた」
猫がどこかへ行くと海原さんは分かりやすく落ち込んだ。可愛いな、この子。
「猫、好きなの?」
「動物は好き。でも、逃げられるからあんまり触ったことない」
「俺、犬飼ってるけどうち来るか?人懐っこいし触れると思う」
「いいのか!?」
「え、ああ」
ホント可愛いな。顔は元々美人だけど動物大好きなんだな。反応が分かりやすい。
放課後、校舎裏で待ち合わせて海原さんを家に招いた。リビングに行って荷物を置いた。
「あんた、蒼井って言うんだな。下の名前は?」
「あ、言ってなかったな。俺は蒼井大和」
「大和、犬は?」
「アラン!」
俺が名前を呼ぶとゴールデンレトリバーのアランが走ってやって来た。海原さんは分かりやすく喜んだ。
「触ってみる?」
「いいのか!?」
「いいよ」
「ふさふさだ」
海原さんは目を輝かせてアランを撫でていた。
「大和って兄弟いんの?」
「弟と妹が。2人とも中学生。海原さんは?」
「うちは妹がいる。今、中2」
「弟と同い年だ」
「へー」
興味なさそうな反応。動物は好きでも人間は好きじゃないんだな。
「そろそろ帰る。ありがと」
「またいつでも来て」
「散歩したい。朝ならいつでも空いてるから呼んで」
「分かった」
海原さんはアランの頭を撫でて帰っていった。
それから2ヶ月ほどが経った。一度だけ一緒に散歩にも行った。海原さんが走るのが好きなことを知った。実は猫アレルギーだったことを知った。料亭の娘だったことを知った。色んな海原さんを知ることができた。お陰で、学校でも話すようになった。
「海原さん、お昼一緒に食べない?」
「いいけど」
海原さんはお弁当を持って教室から出てきた。いつもの屋上に行って並んで座った。
「大和、あのさ、ずっと言おうと思ってたんだけど、」
「ん?」
「名前で呼んで」
「結愛、ちゃん?」
「呼び捨てでもいいけど」
「でも、結愛ちゃんって呼ぶ」
「好きにしろ」
結愛ちゃんは顔を背けてお弁当を食べた。照れてるな。可愛い。
多分、この頃には完全に惚れていただろう。
梅雨に入ったある日。その日も朝からずっと雨が降っていた。雨の日ってイライラするんだよな。そう思いながら家に向かっているとバシッ、バシャッという音が聴こえてきた。その音の方へ行くと結愛ちゃんがうずくまって殴られていた。
「おい、何してんだよ。通報するぞ!」
俺が叫ぶと結愛ちゃんを殴っていた人たちは慌てて逃げていった。俺は慌てて結愛ちゃんに掛けよって救急車を呼ぼうとした。
「おい、大和。やめろ。大丈夫だから救急車なんて呼ぶな」
「でも、結愛ちゃん結構な怪我してるぞ」
「このくらい慣れてる。それより、この猫預かってくんね?」
「猫?」
結愛ちゃんが体を起こすと段ボール箱の中に小さい黒猫がいた。猫を庇ってたんだ。
「結愛ちゃん、背中乗って。救急車呼ばないんだったら、とりあえずうちで手当てしよう」
「元保健委員」
「そうそう」
覚えてたんだ。意外だな。全く興味持たれてないと思ってた。
それから結愛ちゃんをおぶって子猫も抱き抱えて家に戻った。結愛ちゃんは猫を触るとくしゃみが出るらしいから子猫をお風呂に入れてキャリーケースの中に入れた。
「結愛ちゃん、雨で濡れたし先にシャワー浴びるか?」
「いいなら借りる」
「どうぞ。服は俺の服貸すから」
「サンキュ」
結愛ちゃんに服を渡してリビングに戻った。すると、玄関のドアが開いた音がしてリビングに妹の美和が帰ってきた。
「ただいま~。お兄ちゃん、お客さん?」
「おかえり。今結愛ちゃんが来てる。雨の中その子猫守ってたみたいでびしょ濡れだったからシャワー貸してる」
「そっか。子猫飼うの?」
「いや、アランがいるしな。里親募集しないと」
子猫はすやすやと眠っていた。この子は結愛ちゃんが体を張って助けてもらったこともいつか忘れるんだよな。
「大和、風呂ありがとう。あ、美和、おかえり」
「ただいま~」
それから美和の部屋で手当てをされた結愛ちゃんはリビングに戻ってきた。結愛ちゃんはなんだか元気が無さそうに見えた。雨のせいか少し体調を崩しているのか?
「結愛ちゃん、熱計ってみて」
「いや、いい」
俺は額に触れてみた。微熱ってレベルじゃないな。完全に熱出てる。風邪引いたみたいだな。
「とりあえず家に電話して迎えに来てもらうか?」
「連絡なんかすんな」
「じゃあタクシーで家まで送る」
「マジで要らねえって!」
「結愛ちゃん、病院行くなら保険証がないと行けないんだよ。だから一度家に戻った方がいい」
「勝手にしろ」
結愛ちゃんはふんっと鼻を鳴らしてソファに横になった。本当にしんどそうだな。
それからタクシーに乗って結愛ちゃんの家に向かった。有名な料亭の裏にあるので道案内をしなくても分かってくれたようだった。
家に着くまで結愛ちゃんは俺の肩にもたれかかってぐったりとしていた。結愛ちゃんの家に着いて結愛ちゃんを抱き抱えてチャイムを鳴らした。
「蒼井と言います。結愛さんが熱を出してしまったようなので送ってきました」
すると、門が開いてスーツを着たお爺さんが出てきた。結愛ちゃんを見てすぐに俺を家にあげてくれた。
「奥様!結愛さんが帰られました!」
すると、結愛ちゃんの大人版のような女性が駆け寄ってきた。奥様って言ってたし結愛ちゃんのお母さんかな?
「結愛はどこに居たの!?この子、数日前から家に帰ってなくて。心配で心配で。」
「え、結愛ちゃん、家出してたの!?あ~、だから連絡するなって言ってたのか~」
「うるせえ。こっちは2日飯抜きで死にそうなんだよ。てか、マジで頭痛え。響くから黙れ」
「はいはい」
結愛ちゃんの部屋に案内されてベッドに下ろした。すごい結愛ちゃんの部屋って感じだな。部屋から結愛ちゃんを感じる。動物のぬいぐるみたくさんあるな。今度、動物園に誘ったら来てくれるかな?
「蒼井さん、ちょっといいかしら」
「あ、はい」
結愛ちゃんのお母さんに呼ばれて俺は廊下に出た。
「名前、何て言うの?」
「蒼井大和です」
「大和さんは結愛とどういった関係なのですか?」
「俺が高校の先輩ですけど、友達です」
「お付き合いはされてないのですか?」
「そうですね。恥ずかしながら完全に俺の片想いです。まあ、結愛ちゃんと俺じゃどっちみち全然釣り合わないと思いますけど、いつの間にか好きになっちゃったんですよね」
って結愛ちゃんのお母さんの前で言うことでもないか。普通、初対面の相手から娘に片想いしてますなんて言われたら引くよな。
「応援するわ。結愛の相手なんて大和さんぐらいじゃないと務まらないだろうし」
「あ、ありがとうございます……?」
結愛ちゃんの部屋に戻ってスマホを持って帰ろうとすると、スッと結愛ちゃんの腕が伸びて俺の手首は掴まれた。
「帰んな。」
「え、」
「母さんと何話した?」
「特に何も」
「あっそ。じゃあもう帰っていい」
「また明日」
それからあっという間に梅雨が明け、夏になった。子猫は高校の中で里親が見つかり無事に引き取られた。そして俺は、毎日のように結愛ちゃんのクラスに通っている。
「結愛ちゃん、好きだ。俺と付き合って」
「無理」
「今日もダメか~。もう20回目の告白なのにな」
「好きとか分かんねえって言ってんだろ。何回も同じこと言わせんな!」
「でも、めんどくさがって無視したりしない結愛ちゃんって優しいよな。そういうとこが好き」
「マジでうるさい!もう黙れ!」
「あれ?照れてる?結愛ちゃん可愛い」
みたいな感じでずっと告白してたけどなっかなか振り向いてくれないのが結愛ちゃんで、動物園デートで告白しても振られたんだよな。
それから、夏休みに入る直前。結愛ちゃんのクラスに行ったときに俺の元カノが来て思いっきりビンタされたんだよな。それで、結愛ちゃんが「私の大和に手出すな!」って怒ってくれたんだ。
「結愛ちゃん、怒ってくれてありがとな。俺、やっぱ結愛ちゃんが好きだ。本気で。俺と付き合ってください」
「いいよ。私も大和のこと好きだ」
「え、」
「驚きすぎ」
俺は結愛ちゃんが笑ったところをその日初めて見た。臭い台詞だけど、本気で、無邪気に笑う結愛ちゃんの笑顔を守りたいと思った。
* * *
「……て感じだな。」
「結愛さんはいつ大和さんを好きになったの?」
「いつの間にか気付いたら」
「じゃあ、どこが好き?」
「好きなことを好きって言えるところ。あの頃の私は大勢の前で動物大好き!なんて言えなかったから、生徒会で目立つ存在なのに堂々とアニメのグッズ着けてたり私の教室来て告白したり。なんか、私ができないことを大和は普通にできるからそれがカッコいいなって」
結愛さんは照れたように笑った。確かにこのギャップはヤバい。
「結愛、俺のこと大好きだな」
「え、うん」
「は、へ、」
大和さんはまさかの返事に驚いたのか顔を背けた。こんなやり取りしてるけど、この2人ってもう結婚19年目なんだよね?ラブラブだな。
「ご飯も食べ終わったし、そろそろ帰るわ。大和、帰りに夜ご飯の買い物寄っていい?」
「ああ」
結愛さんたちは手を振って帰っていった。先生も次の授業の準備のために帰っていった。私と唯と仁くんも教室に向かっていた。
「結婚してもう19年目なのに結愛さんと大和さん仲良しだよね。まあ、うちのお父さんとお母さんもだけど。ああいう夫婦憧れる」
「蓮も兄貴と結婚したらあんな感じかもな」
「ないない。あるとしても逆だね」
「そうか?」
「うん」
仁くんがそんな甘々な態度取ったりするとか考えられない。私が仁くん好きすぎてデレデレしちゃうかもだけどね。




