19、花火大会
仁くんがお見舞いに来てくれた翌日、風邪はすっかり治った。そして今、遅れて羞恥がやってきた。
ヤバい!仁くんとキスしちゃった。しかも事故じゃなくて自己で。恥ずかしい!
「蓮、おはよう」
「あ、ジュン兄。おはよう」
「あ、そういえば聞いたか?仁が風邪だってよ。何年ぶりだろうな。あ、でも蓮のせいじゃねえから気にするなよ。看病に来たぐらいじゃ移らねえだろ」
「……いや、ジュン兄。絶っ対に私のせい」
「?」
お見舞いに行こうと蒼井家に行くと結愛さんに私は病み上がりだからダメだと言われてしまった。ごめん、仁くん!絶対に私の風邪移した。
それから、翌日。仁くんの風邪も治って私はすぐに仁くんの部屋に行って頭を下げた。
「仁くん、風邪移してごめん」
「気にすんな」
「あと、私が訊くのも変なんだけどなんでキスしたの?好きな子の代わりとか?」
「違う」
「じゃあなんで?」
私が首をかしげると仁くんは私の腕を掴んでベッドに押し倒した。
「マジで分かんねえの?」
「分かんないから訊くんじゃん」
「蓮が好きだからだよ。好きな奴にキスしたいとか言われて我慢できる男がいるわけないだろ」
「……」
え!待って!夢!?これ、夢だよね!?
「仁くん、寝ぼけてる?」
「んなわけねえだろ。というか蓮も好きな奴以外にあんなこと言うなよな」
「……きだよ」
「なんて?」
「私、仁くんのこと好きだよ」
すると、仁くんが立ち上がってベッドからよけるとしゃがみこんだ。私もベッドから起き上がって仁くんの隣に座った。
「まだ、体調万全じゃないの?」
「いや、違え」
仁くんはそう言うと顔をあげて私を抱き締めた。私が驚きのあまり目をパチパチさせていると仁くんの鼓動が聴こえてきた。
「夢じゃ、ねえよな?」
「うん。夢じゃない」
そう言うと仁くんは少し離れて私の手を握った。そして私に目線を合わせた。
「蓮、好きだ。俺と付き合ってくれ」
「はい!」
私が仁くんの手を少し強く握ると仁くんが嬉しそうに笑った。これからはもっとたくさん仁くんの笑顔を見られるのかな?
「仁くん、大好き」
「ああ」
仁くんはそう言うと私の額にキスをした。仁くんの唇が触れた部分が熱い。
「唯たちに報告する?付き合ったよって」
「いや、からかわれる未来しかねえだろうからバレるまでは言わねえ。」
「じゃあ私と仁くんだけの秘密だね」
「そうだな」
仁くんはそう言うと私の髪を撫でた。なんか、なんとなくだけどすぐにバレそう。
それから、いつも通りアニメを観た。いつもと違うところは手を繋いで見たことだけ。
「じゃあ、仁くん。明日の花火大会、楽しみだね」
「そうだな。あ、そうだ。明日の午前は出かけるからなんか用事あったら連絡しろよ」
「うん」
それから翌日、6時から仁くんとお祭りに行くので浴衣を着てヒナにヘアアレンジをしてもらった。
「レン、着付けありがとね」
「ヒナこそ、ヘアアレンジありがとう」
「春雪は残念だったね。リオ兄がバイトの研修旅行とか」
「まあ、そうだけど沙理たちと行くからこれはこれでいいかな」
「そっか」
それから家を出て蒼井家に行った。ジュン兄は私達がリビングで着替えていたので蒼井家で待機していた。
「蓮ちゃん、ドア開けて」
「え、なんで私?」
「いいからいいから」
春雪に言われてドアを開けると見覚えのある背中に懐かしい髪色をした仁くんが立っていた。
「え!なんで黒髪!?」
「似合ってるか?」
「うん!めっちゃカッコいい!」
「そうか。良かった」
てか、ホントなんで急に染めたんだろう?私が質問をする前に唯が答えた。
「蓮が黒髪が好きだって言ってたから俺が兄貴に吹き込んだ」
ナイス!唯!いつもカッコいいけど今日の仁くんはホントにカッコいい。
「じゃあ行こうぜ、蓮」
「そうだね。唯も神社までは一緒に行くんだよね?」
「ああ」
それから結愛さんとヒナとジュン兄と春雪に手を振って蒼井家をあとにした。
「お祭りで食べるものといえばやっぱりたこ焼きだよね」
「いや、イカ焼きだろ」
「俺はチョコバナナ」
「仁くん、甘いもの好きだもんね」
「じゃあ屋台は?ちなみに俺は射的」
「それは俺も」
「え~、お面でしょ」
そう言うと唯が蓮は毎年買ってるけど捨ててるだろとツッこんだ。そうして話していると天宮さんが向こうから走ってきた。
「あ、天宮」
「蒼井が見えたから走ってきた!」
「浴衣でよく走ったな」
「まあ、いつも走り回ってるからさ。あ!もしかして蒼井のお兄さん?」
「そうだけど」
「蒼井仁だ。そっちは唯の彼女か?」
「はあ!?違えよ!蓮、兄貴。俺らは先に行くからな」
「行ってらっしゃい」
唯と天宮さんに手を振ると2人は浴衣だというのに走っていってしまった。私だったら絶対に転ぶな。そんなことを考えていると仁くんが私の手に指を絡めて繋いだ。
「え!」
「どうしたんだ?」
「いや、仁くんから手を繋ぐから驚いて」
「嫌か?」
「ううん。嬉しい。それにしても黒髪似合ってる。カッコいいよ。あ、もちろん銀髪もカッコ良かったけど黒髪は見慣れてないからさらにドキドキする」
すると、仁くんは少し照れたような顔をしたかと思うと顔を背けた。
「蓮も浴衣似合ってて……可愛い」
「ありがとう!」
私は嬉しくて思わず声をあげてしまった。すると、周りの人から注目されてしまった。好きな人に褒められたからって喜びすぎだよね?恥ずかしい。
「ごめん、大声だして」
「気にすんな。周りが騒がしいからそれぐらいでもうるさくねえよ」
「そっか」
仁くんはそう言うと私の顔を見下ろした。最近少し身長が伸びたよね。私もまだ少し伸びてるから入学時と身長差は対して変わらないと思うけどなんか仁くん、大人っぽくなったな。
それから神社に着いてすぐにたこ焼きとりんご飴を買ってそれぞれ食べた。ラムネも買って飲んだ。
「蓮、ヨーヨー行くか?」
「うん」
仁くんヨーヨー釣りの屋台に行って挑戦してみた。む、難しい。すぐに紙が破れてしまってヨーヨーが釣れなかった。
「どれが欲しいんだ?」
「あの、水色のやつ」
「おっちゃん、俺も」
「兄ちゃん、彼女にプレゼントか?頑張れよ」
「ああ」
仁くん、否定しないんだ。あ、でも付き合ってるから否定しなくていいんだ。
「獲れたぞ」
「すごっ、さすが仁くん。器用だね」
「そうか?」
「うん」
すると仁くんがそうかと呟いて顔を逸らした。端から見れば急に不機嫌になったように見えるけど私からしたらただ照れた顔を見られたくないようにしか見えない。
「次は射的だね」
「ああ」
射的の列に並んで私と仁くんの番になった。正直私はお金がもったいないなというほど下手だ。隣でバンバン景品を落としていく仁くんに比べて下手な私は残り1個をいかに有意義に使えるかを考えていた。
「蓮、そんなに下に向けても当たんねえぞ」
「どこ狙ったらいいか分かんないんだもん」
「ここ」
仁くんが後ろから私の手に自分の手を重ねてコルク銃を支えた。
「これで撃て」
「うん」
私が引き金を引くと見事景品のぬいぐるみに当たりぬいぐるみが倒れた。
「やった!初めて射的で景品倒した!仁くんありがとう!」
「あ、ああ。分かったからあんまり抱きつくな」
「ごめんごめん」
そう言うと仁くんは私の手を引いてその場を立ち去った。どこ行くんだろう。もうこの当たりは屋台がないのに。
「仁くん、どこ行くの?」
「まあ、着いてこい」
いや、着いてこいって場所を訊いてるんだけど。
「神社から離れて行ってるよ」
「大して遠くねえよ」
ホントどこ行くんだろう?花火まであと少ししか時間がないのに。
「ここだ」
「なに?ここ」
「高いところの方が花火が見えやすいかと思って」
「調べてくれたの?」
「まあな」
「ありがとう」
仁くん!好き!わざわざ調べてくれるとか彼氏みたい!あ、彼氏か。なんか、付き合ってるって実感が湧くなぁ。
ひゅ~、バン!
と花火が始まった。中学生のとき、仁くんを花火に誘ってもめんどくさいと断られた。でも、私が声を掛けられたとき、いつの間にか来ていた仁くんが守ってくれた。でも、今日は変な人に声を掛けられなかった。仁くんのお陰かな?
「綺麗だね」
「そうだな」
「来年もさ、花火大会一緒に来ない?」
「これから毎年一緒に行く」
「お祭りとかめんどくさいんじゃないの?」
「俺といたら蓮が不良に絡まれるんじゃねえかと思って別で来てたんだよ。まあ、不良じゃない奴には絡まれてたけど」
仁くんは花火を見上げながらそう言った。私は仁くんの手を強く握った。
「でも、いつも助けに来てくれてありがとう」
「これからも、蓮が困ったときはいつでも助けるから」
「じゃあ、ずっと一緒にいてくれるってこと?」
「ああ」
「なんか、プロポーズみたい」
「あ、いや、そういうのはちゃんとするから。」
なんか、ジュン兄もヒナに似たようなこと言ってたな。でも、やっぱり嬉しいんだね。
「もしかしたら私から仁くんにプロポーズするかもね」
「蓮は緊張しすぎて噛みそう」
「私も思った」
私が笑って答えると仁くんが私を抱きしめた。仁くんから体温が伝わってくる。暑いけど離れたくないなんて思ってしまう。仁くんの腕の中はすごくドキドキして落ち着かないけど安心する。矛盾してるな。
「花火終わったね」
「そうだな」
「そろそろ帰ろっか」
「ああ」
手を繋いで神社に戻ると人の少ない屋台に小さい男の子が立っていた。
「迷子かな?」
「まあ、こんな時間にガキが1人でいたらそうだろうな」
私は男の子に近づいてしゃがんだ。男の子はビクッと肩を震わせた。怖がらせたのかなと思うと男の子は私の足に抱きついた。そっか、仁くんに見下ろされて怖かったんだ。
私は隣にあったお面の屋台でヒーローのお面を買って仁くんにつけた。
「あ、仁くん結構似合ってる」
「そうか?」
「うん!ねえ、君はなんて名前なの?」
「しゃとう、りゅうせい」
「りゅうせいくん、お母さんとお父さんは?」
「ママとパパがどこか行っちゃった」
りゅうせいくんが泣き出した。迷子ってことに気付いてなかったんだ。どうしよう。どうしたら笑顔になるかな?私が悩んでいると仁くんが私から手を離してりゅうせいくんを持ち上げて肩車をした。
「りゅうせい、お前の母さん達探しに行くぞ」
「お兄ちゃん高い!」
「いや、俺は仁だ」
「じん、高い!」
「私は蓮だよ」
「れんとじんはふうふ?パパとママと同じ?」
「ち、違うよ。私たちは幼馴染みというか」
「何年後かはりゅうせいの母さんと父さんと同じになる」
仁くんってば平然とそんなこと言わないでよね。私だけ照れてるとかなんか恥ずかしいし。数分後、りゅうせいくんは眠ってしまった。
「とりあえず迷子センター行ってみようか」
「そうだな」
迷子センターに着くとりゅうせいくんの両親らしい人達が係の人に何かを一生懸命伝えていた。
「もう少し特徴を教えて頂けませんか?」
「だから、りゅうせいって名前の5歳児のイケメンだって!」
5歳児のイケメン……。
「あの~、りゅうせいくんっていう男の子なら迷子っぽかったので連れてきたんですけど」
「琉聖!良かった!連れてきてくれてありがとう!」
「カップルさん、琉聖がお世話になりました。」
かっぷる。なんか、照れる単語だなあ。
「どういたしまして。行くぞ、蓮」
「う、うん」
仁くんに手を引かれて私は迷子センターのテントを出た。すると仁くんが振り返ってお面をズラして私にキスをした。
「え!な、なんで!?」
「付き合ってるんだし普通だろ?」
「いや、そうじゃなくてなん今したのかなって」
「蓮にキスしたいと思ったから」
キスしたいって仁くんも思うんだ。てか、なんか私が黙るから変な空気になってる?
「あの、仁くん」
私が声を発したのとほとんど同時に私のスマホに電話がかかってきた。
「もしもし。唯?あ~、うん。さあ?いいって。う、うるさい!切るから!」
『兄貴とまだ付き合えてねえならキスしてみろよ。長めのやつな』
ホントに唯に言わなくて良かった。絶対にからかわれてた。
「唯から?なんて?」
「え、いや、なんでもない」
「そうか。そろそろ帰るか?」
「そうだね」
* * *
蓮に通話を切られて俺はスマホの画面を消した。兄貴のやつ、まだ告ってねえのか?そろそろくっつくと思ってたんだけど。
「蒼井、まだ帰らないの?」
「あ、わりい。ちょっと電話してて」
「いいよ」
「天宮ん家ってここから近い?」
「ん~、まあまあ。行きは叔父に車で送ってもらったけど帰りは歩きかな」
「家まで送る」
「いいよいいよ。海里、じゃなくてうちの兄もこの祭りに来てるみたいだし」
天宮は慌てて首を振った。
「兄貴いたんだな。意外」
「双子だけどね。」
「え、待って。双子!?でも、転校生って1人しか来てなくね?」
もしかして家庭の事情とかか?話しにくいこととか?
「悪い、変なこと訊いて」
俺が慌てて謝ると天宮がプッ吹き出してお腹を抱えて笑った。笑いすぎて少し浮かんだ涙を指で拭き取ると天宮は事情を話した。
「海里は弓道がしたくて私立の学校行ってたから引っ越してきても転校する必要はなかっただけ。県内だし。でも、私は徒歩圏内じゃなかったから転校してきただけだよ」
「弓道か。かっけえな」
「お父さんが昔からやってて今は高校の教師で弓道部の顧問なの。それで海里もやりたいって言い出して」
「天宮の両親ってやっぱり美形?」
「どうだろう。私はお父さんにもお母さんにも似てるねって言われるけど兄妹に間違えられることもあるから若見えはするかも。未だにラブラブなんだよね」
天宮は恥ずかしそうに、でも嬉しそうに答えた。うちの両親もまだイチャついてるな。うちの両親と天宮の両親なら仲良くなれそうだな。
「愛理、隣の子誰?彼氏?」
「違う違う。転校先の中学の同級生。蒼井、こっちが兄の海里。」
「初めまして。兄の海里です」
「蒼井唯です。紛らわしいから海里って呼んでもいいか?俺のことは唯でいいぞ」
「分かった。そういえば真白兄さんが迎えに来てくれたって伝えに来たんだった」
「え!やった!草履で歩き回るのしんどそうだなって思ってたんだよね」
天宮は嬉しそうに笑った。草履で走ってたから歩くぐらいならなんてことなさそうなのにな。そもそもそんなのでしんどくなるくらいか弱くねえだろ、と心の中で言っているとと天宮が笑顔で俺の頬をつねった。
「蒼井、今失礼なこと思ったでしょ?」
うわ、なんかバレてる。なんで?俺は思わず声に出してしまった。すると、天宮が俺の頬を両手で引っ張った。
「いひゃい。はなへ(訳:痛い。離せ)」
「海里~、愛理~」
「あ、咲久ちゃんだ!」
天宮が勢いよく振り向いた。俺も視線を送ると美男美女が並んで立っていた。
「なに?あの美男美女」
「私たちの叔父と叔母」
「天宮の叔父さんと叔母さん、若くね?」
「でも真白くんは37歳だよ」
「嘘だろ!?20代半ばかと思った。え、じゃあ隣の美女も?」
「咲久ちゃんは真白くんの1つ年下」
「マジで?見た目若すぎねえ?」
「だよね。私も思う」
天宮がそう言うと羨ましいなと笑った。するとその夫婦はこっちに向かって歩いてきた。
「初めまして。愛理と海里の叔父の仁科真白です」
「初めまして。俺は同級生の蒼井唯です」
すると奥さんの方が俺の手を握って目を輝かせた。
「知ってる!愛理がよく話してるからね。浜中第一中学の男バレの元エースの子でしょ?」
「そうですね」
「バレー部のエースとかカッコいいね!モテそう」
「咲久、唯くんが驚いてるから手を離してあげて」
「あはは、ごめんね」
「あ、いえ、気にしないでください」
正直、美人に手を握られて嫌な男などいないと思う。フォローとして言おうかと思ったが、旦那さんの真白さんの顔が怖すぎてそれは言わなかった。
「じゃあ俺たちはそろそろ帰るね。唯くん、気をつけて帰ってね」
「ありがとうございます」
俺は真白さんに頭をさげて天宮たちに背を向けて歩きだした。なんか、少しだけいいなと思ってしまった。結婚して何年になるのかは分からないが未だに2人は恋人みたいで好きが溢れでていた。
それから神社の鳥居を過ぎた辺りで誰かが草履で走る音が聴こえてきた。
「蒼井!待って!」
振り返ると天宮が息を切らして立っていた。そしてそのまま鳥居の前の階段をジャンプした。俺は慌てて天宮を受け止めた。
「天宮、何やってんだよ。てか、帰ったんじゃなかったのか?」
「海里だけ名前呼びはズルいなと思って。私も名前で呼んでよ」
「メッセージを送ればいいだろ」
「そうだけどさ、顔見てまたねって言いたかったから」
「それだけで追いかけてきたのか?」
「“それだけ”じゃないよ。そのために追い掛けてきたの」
「だとしても階段から飛び降りなくても」
「蒼井なら受け止めてくれると思って」
俺のこと信頼しすぎだろ。受け止められなかったらどうするつもりだったんだよ。
「蒼井、またね」
「俺のことも名前で呼べよ」
「じゃあ、唯。またね!」
「ああ、またな。愛理」
天宮に手を振って今度こそ俺は帰った。やっぱ、ヤバいわ。美少女が笑顔でまたねとか落ちねえ男いねえだろ。マジで自分で言うけど俺チョロ過ぎるわ。
気の合う友達になれると思ってたのに2人で出掛けたりしたらもうデートじゃん。ま、いっか。落とされたお返しに落とし返してやんねえとな。




