番外編①
今日はヒナのお祖母さんに会いに行くことになった。明日から、6日間、祖母ちゃん達に会いに行くためにオーストリアに行くから前日ぐらいは一緒にいたいという俺のわがままにヒナが付き合ってくれた。
「次の角を左」
「了解」
「そこにある看板で“料亭麗”って分かる?」
「え、あそこ?」
「を通りすぎる」
「驚いた」
さすがにそれはねえよな。あの店ってテレビとかでも特集されたり芸能人がこぞって通うって言われてるくらいの超有名料亭だからな。
「でも、お祖父ちゃんのお店だけどね」
「マジで!?あこ、テレビで出てるの見たことあるぞ。100年以上の老舗だろ?」
「らしいね」
「食べたことあんの?」
「おせちは食べたことある」
10年以上の付き合いだったけど初めて聞いた。蓮と莉央は知ってんのかな?
「そこの信号で曲がったら佳代ちゃん家」
「了解」
信号で曲がって少し進むと海原と書かれた表札と大きな家が建っていた。
「ここで合ってる?」
「合ってるよ。早く入ろう」
「お、おう」
近くの駐車場に車を停めてインターホンを鳴らした。すると門が開いてヒナが入っていった。広い庭を通って行くとドアが開いた。すると20代後半ぐらいの黒いスーツの男性が出てきた。
「いらっしゃいませ、黄雛さん」
「久しぶり、田中さん。こっちは私の彼氏のジュン」
「倉橋潤です。」
俺がそう言って頭を下げると田中さんは急いで家の中に入っていった。
「奥様!黄雛さんが恋人をお連れになられました!」
田中さんの声が廊下にまで響いてる。ヒナは笑いながら俺の手を握ってリビングらしい広い部屋に入っていった。部屋の中には優しそうに微笑んでいる美人な女性がいた。そしてその女性は俺に視線を向けた。
「黄雛、そっちの男の子が彼氏?」
「そうだよ。ほら、よく話してた幼馴染み。」
この人はヒナのお祖母さんだ。笑った顔がどことなく似ている。それにしても若いな。
「初めまして。倉橋潤です。黄雛さんとお付き合いさせてもらっています。」
「黄雛の好きな漫画に出てきそうなくらいカッコいい子ね」
「でしょ!自慢の彼氏だもん」
ヒナがそう言って俺の腕に抱きついた。マジで可愛い。抱きしめたいしキスしたい、けどさすがにお祖母さんの前ではな。
「潤くん、初めまして。海原佳代です。黄雛達の祖母です。」
「ジュン、佳代ちゃんを見て若いなって思ったでしょ?こう見えてももう57歳だから有り得なくはないよ」
「え!本当ですか!?もっと若いと思ってました。」
「栄養バランスのいい食事をしているお陰かよく若く見られるのよ。」
「羨ましいよね」
ヒナがそう言って俺の顔を見上げた。マジでわざとやってんのか?俺にキスさせようとしてんのか?
「私も佳代ちゃんみたいにずっと美人でいたいな」
「ヒナも佳代さんみたいに何歳になっても美人だと思うよ」
「あ、ありがとう」
「あ~、でもやっぱヒナは可愛いな。美人ではあるけど可愛い。」
するとヒナが顔を真っ赤にして両手で頬を冷やしていた。すると廊下から小さい女の子と男の子が走ってきた。
「きーちゃん!」
「快!瑠菜!久しぶり!」
「今からね、ママと瑠菜と燈路と芹那と若狭と公園行くの」
「そうなんだ。行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
男の子と女の子はヒナに手を振って部屋を出ていった。
「誰?」
「私の従兄弟。5人兄弟なの」
「きーちゃんって呼ばれてるんだな」
「優乃ちゃんが、あの子達のお母さんがそう呼んでるから」
ヒナは少し照れたように答えるとソファに座った。
「ジュンも座ろうよ。ずっと立ってるつもり?」
「あ、そうだな」
俺がヒナの隣に座ると田中さんが紅茶を俺とヒナの前に置いた。
「潤くんは黄雛のどこが好きなの?」
「優しくて可愛いところです」
「どういうところが可愛いって思うの?」
「笑った表情とか照れた表情とか、恥ずかしくて口が悪くなるのに案外素直なところとか。まあ、全部可愛いですけど」
そう言ってヒナに微笑みかけるとヒナは真っ赤になった顔を俺の胸に埋めた。
「本人の前でよくそんなこと言えるね」
「訊かれたから。これでも結構照れてるんだけど」
ヒナの頭を撫でてそう言うとヒナがウソだと呟いた。それにしても佳代さんの前でイチャつくことに抵抗はないんだな。なら良かった。
「潤くん、次は馴れ初めを聞かせてくれない?」
「ヒナが元カレに浮気されてずっと引きずってたので忘れさせるために付き合い始めたんです。でも、その後本気で好きになって正式に付き合い始めたんです」
「あら、ドラマみたいね」
「はい。それで両想いになるとか、もう運命としか思えないです」
俺がそう言うとヒナと佳代さんは同時に笑い始めた。割りとマジで言ったから笑われると結構恥ずいんだけど。
「そうね。運命ね。結人さんとの出会いを思い出すわ」
「結人さんってヒナ達のお祖父さんですか?」
「そうよ。結人さんとの馴れ初めを聞いてくれる?」
「はい」
俺とヒナが頷くと佳代さんは話し始めた。
~~~
私と結人さんは高校生の頃の先輩と後輩なの。私は名家の次女だったけどわがままを言って普通の高校に通わせてもらっていたの。
そんなある日、お弁当を忘れて初めて購買部に行ったのだけどパンが売り切れてしまっていて困っていると結人さんが話しかけてくれたの。
「どうしたんですか?もしかして購買部でパンを変えなかったんですか?」
「はい」
「パンはいつもすぐに売り切れてしまいますからね」
「初めて買いにきたので知りませんでした」
「もし、よければ僕の弁当を一緒に食べませんか?たくさんあるのでいつもお腹いっぱいになってしまうので食べるのを手伝ってください」
って結人さんがお弁当を渡してくれたの。それからはよく一緒にお昼を食べるようになったわ。
でも、ある日。私の姉が一回り以上年上の一流企業の御曹司と婚約することになったけれど姉は当時、好きな人がいてその人と駆け落ちをしてしまったの。それで相手の方が自分の顔に泥を塗ってしまうからと姉の代わりに当時16歳になったばかりの私と婚約すると言い出したの。
両親は家柄が釣り合うのだから断るなと祖母に言われて断ることはできなかったわ。私は仕方なく同意して式の日取りまで決まった。でも、自分一人で抱えるのが重くて式の数日前、結人さんに話してしまったの。
そして式の当日。チャペルで誓いの言葉に私が返事をする直前、結人さんがチャペルのドアを開けて入ってきたの。
「小野寺さん!」
「結人さん!?どうしてここに?」
「小野寺さんを迎えに来ました」
結人さんは家に仕えてた使用人達に取り押さえられて結婚式は中断。私と両親、相手の方とその両親、そして結人さんと結人さんの両親を交えて話し合うことになったの。
「君は私の婚約者とどういう関係だ」
「高校の先輩です。小野寺さんは結婚したくないそうです。どうか小野寺さんと別れてください」
「結婚については彼女が了承した。それは君が決めることではない」
「彼女が結婚したくないなんて言えるわけないだろ!了承したと言ってもそれ以外の選択ができなかっただけだ!彼女はまだ16になったばかりだぞ!自分よりも年も役職も上の相手に意見を全て言えるわけがないだろ!」
そのとき、結人さんがすごく怒ってね婚約者が狼狽えてる隙に私を近くの公園に連れ出してくれたのよ。
「小野寺さん、あれでも婚約を解消できないようなら僕が別の方法を考えます。必ず、あなたを自由にしてみせます。僕はあなたを愛していますからあなたを守るためならなんでもします」
「結人さん。じゃあ、私が逃げようって言ったら私と駆け落ちしてくれますか?」
「もちろんです」
「じゃあ、明日の夜に高校の最寄り駅に集合でいいですか?」
「はい」
翌晩、結人さんは本当に来ていて私達は取りあえず行けるところまで電車で行くことにしたの。翌日は宿に泊まったわ。少し悪いことをしてるみたいですごくドキドキしたのを覚えてる。でも、その翌日。お祖母様が宿にやってきた。
「佳代、帰りますよ」
「嫌です。お祖母様、私はあの方とは結婚したくありません」
「それはもう結構です。昨日、先方が婚約を破棄されたのでもうあなた達は婚約者ではないのです。それよりも、佳代には申し訳ないことをしてしまいました。海原の坊っちゃんもご迷惑をおかけして申し訳ありません」
それからお祖母様と和解をして家に戻ったの。家に戻ると両親も頭を下げたわ。それからはすごく自由になった気がしたの。
「海原結人さん、孫のわがままに付き合ってくださってありがとうございます」
「わがままではないです。僕は小野寺さんを、佳代さんを愛していますから。愛する人を守るためなら駆け落ちだろうがなんだろうが付き合います」
「結人さん、。私も愛しています」
「でしたら結人さん、佳代。婚約なさりますか?」
「僕で良ければぜひ」
「もちろんです。結人さんじゃないと嫌です」
~~~
「という感じで婚約して高校卒業と同時に結婚したのよ」
「佳代ちゃん、大恋愛だったんだね」
「でしょ?あの日、お弁当を忘れてなかったら出会えなかったのかなって思うと運命みたいに思えてきて」
「運命だよ。絶対。私も佳代ちゃんとお祖父ちゃんみたいな夫婦になりたいな」
「俺と?」
俺が首を傾げるとヒナはまた顔を真っ赤にして俺の胸に顔を埋めた。あ~もう!可愛いすぎる。
「ヒナさ~ん、俺の反応見て佳代さんがすげえ笑ってるからやめてくれません?」
「無理。今めっちゃ顔赤い。」
「だから俺もそうなんだって」
「ホントだ。めっちゃドキドキしてる」
「マジで今は離れて。じゃねえとキスすんぞ」
「別にいいよ」
「俺がよくねえんだよ。」
マジで押し倒しそうなのを我慢してんだから早く離れてくれねえと理性がもたねえよ。しかもそれを見て佳代さんは笑ってスルーしてるからな。口調からしていいとこ育ちなのはすごく分かったけどこの親にしてこの子ありって感じでマジで結愛さんにそっくりな性格なんだろうな。
誰か助けてくれ!と心の中で叫んでいると落ち着いた低い声が響いた。
「黄雛、元気にしていたか?」
「お祖父ちゃん!」
ヒナは俺からやっと離れて振り返った。マジでヤバかったわ。ヒナのお祖父さんに感謝だわ。
「初めまして。黄雛さんとお付き合いさせていただいています。倉橋潤です。今は短大で建築を学んでます」
「これはご丁寧にどうも。黄雛の祖父の海原結人です」
「結人さんとお呼びしてもいいですか?」
「はい」
「先程、佳代さんからお二人の馴れ初め話を伺ったのですがお二人は若くご結婚されたのですよね?若く結婚するとどんな苦労がありますか?」
すると結人さんは驚いた顔をして佳代さんに視線を向けた。
「佳代さん、話されたのですか?」
「ええ、まあ。惚気を聞かされたので私も惚気てみようかと思いまして。ダメでしたか?」
「いいえ。少し恥ずかしかっただけです。それで、質問の答えですが僕たちではなく結愛と大和さんに訊かれた方が良いと思います。僕たちは義祖母や実家、義実家の援助が大きく特別大変な苦労をしたわけではありませんから」
結人さんがそう言うと向かい側のソファに座った。
「ところで、どうして急にそんな質問をされたのですか?」
「俺、いえ僕は、若い内にヒナと家族になりたいと思ったからです。焦っているわけではなくただ単純にそう思って」
「そうですか。黄雛、好い人に出会えて良かったな」
「そうだね。まあ、ここまで考えてくれてたのは驚いたけど。でも、嬉しいよ。ありがとう、ジュン」
そう言ってヒナが少し照れくさそうに笑って俺にもたれ掛かった。マジで可愛すぎんだろ!上目遣いとかずりいわ。俺はヒナの唇に唇を重ねた。
「ヤバい。マジで恥ずい。」
「さっきいいって言っただろ?」
「言ったけどさ、まさかホントにするとは思わなくて」
「だろうな」
俺達のやり取りをみていた佳代さんと結人さんは優しい笑みを浮かべて俺達を見比べた。
「私達の新婚時代を思い出しますね」
「そうですね」
そう言って笑いあった。本当に素敵な夫婦だな。お互いを尊敬し合って、愛し合っているのがこっちが恥ずかしくなるくらい伝わってくる。
ヒナは俺の顔を見上げて照れくさそうに笑った。俺もヒナに笑い返した。ああ、幸せだな。
* * * ~帰国後~
俺は旅行から帰ってきてすぐにお土産を持って蒼井家に行った。チャイムを鳴らすとヒナが玄関から出てきた。
「ジュン!」
「ヒナ!会いたかったぞ!」
俺が思いきりヒナを抱きしめるとヒナも抱き返してくれた。嬉しくて調子に乗った俺はヒナに唇を重ねた。ヒナが真っ赤になって固まっていたので会えなかった日にち分キスをするとヒナは力が抜けたようにその場に座った。
俺はヒナを抱き上げて蒼井家にお邪魔させてもらった。ヒナは真っ赤な顔で俺の口を押さえていた。
「ゆおはん、おいやえもってきまひた(結愛さん、お土産持ってきました)」
「ああ?なんて?」
俺はお土産の袋を結愛さんに渡した。
「潤、あんまりイジめんなって言っよな?」
「ハア、死ぬかと思ったわ。てか、イジめてないですよ。会えなかった日数分キスしただけです」
「ホントにそれだけ?」
「はい。まあ、ちょっと長かったかなとは思ってますけど。言っておきますけど拒否られて無理矢理したわけじゃないですからね!」
「安心しな。そこまでの奴とは思ってないから」
俺はホッと溜め息をついてヒナをソファに座らせた。ヒナは少し落ち着いたのか俺の手を握って笑った。
「おかえり、ジュン」
「ただいま」
俺がそう言って笑うとヒナも笑った。それからヒナへのお土産を紙袋から出していると名前を呼ばれて振り返った。すると、ヒナがキスをした。まさか、今ヒナからされるとは思ってなくて不意打ちに驚いて尻餅を着いた。
「ジュン面白すぎ!てか、顔真っ赤。照れて、ん」
俺はヒナの言葉を遮ってキスをした。ダセえとこは見られたな。まあ、そんなのは気になんないくらい会いたかったけど。
「照れてんのはどっちだよ。それと今度は俺らが旅行だから準備しとけよ。結愛さん、お邪魔しました」
「はいは~い」
結愛さんに頭を下げて蒼井家を出た。
やべえ!キスで耐えれて良かったわ。結愛さんいんの忘れてた。さすがに引かれたかも。もし、キモいって思われてたら立ち直れねえ。辛いけど旅行中はなるべく手を出さないように頑張ろう。




