9、文化祭
今日は文化祭当日だ。私達の劇は初日の午後にあるけど他は自由時間なので好きにまわってもいいことになっている。隣国の王子様とメイドのお話だ。ちなみに劇の主演は私と仁くんだ。
* * *
当初は王子役はタクミンだった。でも、練習が始まった翌日、
「昨日の部活で接触プレーがあって捻挫してしまいました。3週間は安静です」
「大丈夫?」
「怪我はまあなんとか。でも劇は無理そう。蓮ちゃん、ごめんね。詩音監督も」
「まあ、こればっかりは仕方ないよ。代役考えないとね。裏方でレンレンとある程度身長差のある人。そうだ、じんじん!代役いい?」
『いやいや、断るでしょ』
「いいぞ。」
「ありがとう!助かる~!」
* * *
という感じで仁くんは代役をすんなりと受け入れたとさ。
頭の中で変な回想をしているとリオ兄の声が聞こえてきた。
「蓮!仁も。一緒に屋台でも見に行かないか?」
「リオ兄、生徒会の仕事は?」
「確認は終わったから。それに颯真とも仲が良いんだろ?颯真と涼香とまわろうって言ってたから蓮と仁も一緒に行こうぜ」
「いいよ」
「俺も約束はねえからいいぞ」
「じゃあ2年2組集合だから早く行こうぜ」
「うん」
そして、2年2組の教室に着くと副会長さんと颯真先輩がいた。
「会長、遅いです。あ、蓮ちゃん、おはよう」
「おはようございます」
「お~い、会長の俺より蓮への態度の方が良くないか?」
「気のせいですよ。ね、蓮ちゃん」
「そうそう。副会長、お久しぶりです」
「そんなに気を使わないで涼香って呼んで」
「じゃあ私のことも蓮って呼んでください」
涼香先輩はすごく優しくて美人な先輩で委員会のときに何度も助けてもらった。なので、先輩と仲良くなれるのが嬉しくてつい口元が緩んでしまう。
「こっちは確か仁くんだよね?黄雛の弟の」
「そう。蓮と同じクラスでこう見えてオタクなんだぜ。意外だろ?」
「へ~意外、でもないかな。黄雛がオタクなのはお父さんがアニメ制作会社の社長でその影響だって言ってたからね」
「マジすか!?アニメ会社ってAOI?俺の妹、めっちゃ好きだって言ってた」
「今や日本一有名な会社だからな」
3人の話し方から仲良しなのが伝わってくる。生徒会か、アニメしか知らないけどこんなに仲良しなもんなんだな。あ、でも3人とも同じ中学だから実は知り合いだったのかな?
それから2年2組の教室に入った。すると、生徒会メンバーの一人の谷口麻耶先輩がいた。
「いらっしゃいませ~。」
「あれ?真央は?」
「そこにいるじゃん」
「……えっ!なんでチャイナドレス!?」
「クラスの女子に『着てください』って頭を下げられて」
少し不機嫌そうに答えたのはもう一人の生徒会メンバーの谷口真央先輩だ。ちなみに、麻耶先輩の双子の弟で、身長182cmのバレー部エースだ。
「あれ?会長の妹ちゃんじゃん!初めまして。麻耶って呼んで。呼び捨てね」
「へ、あ、はい」
「ホント可愛い。真央と交換して」
「無理に決まってんだろ」
「ちぇ~、だったら真央と蓮ちゃんが結婚すれば……」
「いいね、結婚する?」
美人だなと思って私が真央先輩を見つめていると真央先輩は顔を近付けた。ビックリして後退りをすると仁くんにぶつかってしまった。
「蓮がビビってるだろ。あんま近寄んなよ」
「あ、ごめん。怖がらせちゃった?」
「いや、驚いただけです」
「真央?俺の妹に何してんの?」
「すみません!」
真央先輩はすごい勢いで頭を下げた。さすが運動部。謝り方が運動部っぽい。(訳:うるさい)
「蓮ちゃん、ごめんね」
「大丈夫です。ちょっと距離に驚いただけなので。だから、罪悪感とか感じなくてもいいですよ」
私がそう言うと真央先輩は私の頭に手を置いて優しく撫でた。
「蓮ちゃんは優しいんだね。」
「良かったです!」
「俺、本気で蓮ちゃんのこと好きになりそう」
「え!」
「蓮ちゃんは仁くんと付き合ってるの?」
「いや、違いますけど」
「じゃあこの後俺とデートしてくれない?」
「はい!?」
私が声を挙げると麻耶が真央先輩の耳を引っ張った。
「あんたはこれからその無駄にいい顔を売って客儲けでしょ。せめて明日にしな」
「ちぇ、ってことで明日の午後から一緒にまわろうね」
「いや、あの」
真央先輩は看板を持たされると教室の外に追い出された。断るタイミング逃しちゃった。
「リオ兄、好きな人いるから無理ですって代わりに断っておいて」
「好きな人?誰?」
「断ってくれるまで教えない」
「断ったぞ」
「ヒナにきいて。この場で答えたくないから」
私はコソッとリオ兄に耳打ちをした。リオ兄は頷くとグッドサインを出した。
それから、午後になって私達は劇のために体育館へ向かった。
* * *
「じんじん!追加のシーンがあるんだけどいいかな?」
「俺、そんなすぐに台詞覚えれねえんだけど」
「台詞じゃないから大丈夫。」
「台詞じゃない?」
「うん。再会して思いを伝え合った後にキスシーンを入れてほしいんだよね。もちろんフリでいいよ。メイドを抱き上げて観客から見たらキスしてるように見えるようにしてくれたら」
「どうやったらキスしてるように見えるんだ?」
「それはレンレンが着替え終わってから説明するね」
* * *
「え!キスシーン!?」
「フリでいいからやってくれない?そっちの方が盛り上がると思うし」
チラッと仁くんに視線を送ると仁くんは少し気まずそうな顔をした。もしかして承諾したのかな?
「お願い!」
「まあ、いいよ。親友の頼みは断れない」
「ありがとう!レンレン!愛してる!」
詩音は私に抱き付いた。正直、嫌ってわけじゃないんだよね。相手は仁くんなわけだし。
「じゃあ練習してみようか。まず、じんじんがレンレンを抱き上げる」
「こうか?」
「そうそう。で、客席側にじんじんが背中を見せるようにしてレンレンの顔に顔を近付ける」
「こんぐらいか?」
「もう少し近付けて」
え、ウソ。もう十分近くない?と思っていると頬に柔かくて暖かい何かが当たった。そっと仁くんを見上げると耳まで真っ赤になっていた。
「わ、悪い、蓮。わざとじゃ」
「う、うん。分かってる」
頬っぺにキスされちゃった。仁くんの唇の感覚がまだ残ってる。そうとは知らない詩音はおお!と声をあげた。
「今のめっちゃ良かったよ!この感じでよろしく」
「え、この感じ?」
私は仁くんから降りて仁くんを見上げると仁くんの顔はタコみたいに真っ赤になっていた。あ、もしかして。
「仁くん、あのさ。頬っぺたなら別にいいよ。フリとか難しいし実際にした方が簡単っていうか。」
「蓮は嫌じゃねえのか?」
「う、うん。頬っぺならリョウちゃんに何回かされたことあるし」
「そうだったな」
そう言うと仁くんの顔は少し険しくなった。やっぱり嫌なのかな?まあ、嫌だったらしてこないよね。
それから30分後、劇が開演された。
最初は私とお嬢様役の子のシーンだ。
『ねえユーリ、お願いがあるの』
『なんでしょうか。メアリーお嬢様』
『今度、お友達と仮面舞踏会に行かないかと誘われたのだけれどどんな場所か先に見てきてくれない?』
『かしこまりました。それでは明日の晩に見に行かせていただきます。大体の流れが分かったらすぐに帰ってきて報告いたします』
『頼むわね』
それから、舞踏会会場にて。
『そこのご令嬢、私とダンスを踊って頂けませんか?』
『ええ、私で良ければ』
私は仁くんの手に手を重ねてダンスを踊った。
『私はルーカスと申します』
『私はユーリです』
『ユーリ、この後少し庭を散歩しませんか?』
『はい』
舞踏会が終わり、数日後にお嬢様と出掛けている最中にルーカスと出会う。
『その声は、もしかしてあなたはユーリですか?』
『なぜ私のことをご存知なのですか?』
『私です。仮面舞踏会で一緒に踊ったルーカスです』
『ルーカス様だったのですね。こんなに美しい方だとは思いもしませんでした』
『もし、よければ今度は』
『ユーリ!』
『すみません。主が待っているので失礼します』
『はい』
それから1週間後、ユーリが1人で買い物に来たときにルーカスと再び会って一緒に買い物をした。その後、ルーカスが隣国の王子だと知り、婚約者を決めなければならないルーカスがユーリを探しだす。
『見つけたぞ、私の愛しいユーリ』
『ルーカス様。私とあなた様では身分に大きな差があります。どうか素敵なご令嬢とご婚約なさってください』
『それは無理だ。私はあなたを愛しているからだ。たったの3度会っただけだがあなたを愛してしまった。ユーリの気持ちを教えてほしい』
『私は……。私も、ルーカス様をお慕えしております。』
『ユーリ、私と婚約していただきたい』
『はい!喜んでお受けいたします!』
私は仁くんの手をとって笑顔で言った。すると、ゆっくりと体が浮き上がって仁くんが顔を近付けて頬に唇が触れた。その瞬間、体中の熱が顔に昇ってきた。もう、客席の悲鳴は聞こえないぐらい心臓の音がうるさい。仁くんに聞こえてないかな?
それから幕が降りて皆で並んでもう一度幕が開くと割れんばかりの拍手が響いた。
礼をして舞台袖に入っていった。
「レンレン!じんじん!最高だったよ!」
「うん。ありがとう、詩音。でも、皆のお陰だよ」
「そうだね」
詩音は微笑むと頷いた。そして、視線を私の後ろに移してガッツポーズをした。
「じんじんの演技も最高だったよ!」
「どうも」
仁くんはそう言うと私の顔を見下ろした。私は仁くんの顔を見るのが恥ずかしくて手で顔を覆って仁くんから顔を背けてしまった。
「レンレン、どうしたの?」
「なんでもないよ」
「ホントに?じんじんも同じような格好してるんだけどなんで?流行ってんの?」
仁くんも?手を開いて指の隙間から仁くんの顔を見上げると仁くんも手をよけて私の顔を見下ろしたのでバチッと目が合った。すると、顔に熱が昇ってきた。
「レンレンもじんじんも顔真っ赤だよ」
「衣装がちょっと暑くて。着替えてくるね」
「俺も」
「行ってらっしゃ~い」
仁くんの顔をまともに見られない。なんであんなこと言ったの!?1時間弱前の私恨んでやる。
制服に着替えて片付けの手伝いに行くともう終わっていたので早めに帰ることができた。
翌日、2日目。今日は丸1日自由時間だ。午前中は侑希や詩音、他の友達とまわって午後からは学校案内ついでに唯とまわる予定だ。
「レンレン!フォトスタジオだって!カチューシャ着けて写真撮ろうよ」
「いいよ。どのカチューシャにする?」
「ここはやっぱりネコだね」
皆で写真を撮ってもらってスマホを受け取った。
「そろそろお腹空いたし早めにお昼食べる?」
「賛成!」
「私たこ焼き」
「私は焼きそば。レンレンは?」
「私はカレーパン」
「全部屋台にあるからグラウンド行こう」
グラウンドは人がたくさんいたのでそれぞれで買ってきて花壇の近くに集まることにした。
私が1番に着いたようでまだ皆来ていなかった。花壇の隣の階段で座って待っていると校舎裏から声が聞こえてきた。恐る恐る近付いてみると男の子の震えた声が聞こえた。
「早く出せよ。ここに来てるってことは多少は金持って来たんだろ?」
「これは、妹にお土産を買うようのお金で。今日、誕生日でお土産を楽しみに待ってるから」
「あの!何、してるんですか?」
私は校舎の影から飛び出て大声で叫んだ。声も体も震えてるけど今はそんなの関係ない。男の子の前に立って男達を見上げた。
「この子からお金を取らないでください」
「俺、今すげえストレス溜まってんだよね。君がサンドバッグ代わりになってくれるなら見逃してあげるよ」
「っ、分かりました」
「物分かりのいい子で良かった。お前、こいつに感謝しろよ」
リーダーらしき人がそう言うと男の子は走っていった。まだお金は盗られてないみたいだしこれで妹さんにお土産帰るかな?
「おい、お前らこいつを押さえろ」
「はい」
私は両腕を1人ずつに掴まれた。逃げる勇気も気力ももうないって。リーダーは腕を引いて殴ろうとしたとき、リーダーが目の前から消えた。リーダーが殴り飛ばされたのだ。他の人達は慌ててリーダーをおぶって走り去った。そして、リーダーを殴った張本人に私はお姫様抱っこをされた。
「仁くん、降ろして」
「……」
「てか、なんで場所分かったの?」
「里中達と会って蓮と待ち合わせしてるのにまだ来ないって言ってたから探してたらそのガキが助けてもらったって場所を教えてくれたんだ」
「そっか。ありがとう、仁くん。あと君も」
「お姉ちゃん、おれのせいで殴られた?」
「ううん。殴られる前に仁くんが倒してくれたからどこも怪我とかしてないよ」
私が袖をめくって見せるとその子はホッとしたように泣き出して私の手を握った。
「お姉ちゃん、なんて名前?」
「蓮だよ。君は?」
「あさのそうすけ。小学4年生」
「そうすけくん、妹さんにお土産買うんでしょ早く買わないと売り切れちゃうよ」
「蓮ちゃん、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
そうすけくんは大きく手を振って校舎に入っていった。
「仁くん、怪我とか何もしてないからホントに心配しなくていいよ」
「……」
「黙ってないでなんとか言ってよ」
私が仁くんの顔を見上げると仁くんは目線を合わせず前を向いたままだ。なんか怒ってる?私、なんかまずいこと言った?
仁くんは無言のまま、教室に私を運んだ。そして、イスに私を座らせた。仁くんはゆっくりと口を開いたけどこれまでに聞いたことのないぐらい怒っている声だった。
「あいつから全部聞いた。あいつを逃がすかわりにサンドバッグ代わりになるって言ったんだよな?」
「言ってないよ。サンドバッグ代わりになってくれたら見逃してくれるって言うから分かったって言っただけで」
「頼むから、もっと自分を大切にしてくれ。蓮。あいつから聞いたときどれだけ心配だったか分かるか?」
「……ごめん」
「心配しなくていいって言われても心配になるんだよ。幼馴染みだろ?心配させろよ」
仁くんはそう言って私を抱きしめた。てか、普通にヤバい。心臓の音しか聞こえないんだけど。とりあえず離れないと。
「仁くん、心配してくれたのは分かったからちょっと離れて(せっかく怪我もなかったのにドキドキしすぎて死ぬから)」
「悪い」
「……私、お昼にパン買ったけど半分食べる?」
「足りんのか?」
「この後、唯とまわるからそのときにスイーツ買う」
私がカレーパンを半分に割って仁くんに差し出すと仁くんは受け取ろうとしていた手を止めて顔をあげた。
「……2人で?」
「え?そうだけど」
「俺も一緒に行ってもいいか?」
「まあ、いいけど。仁くんはタクミンとかチカくんとまわるんじゃなかったの?」
「別に約束してるわけじゃねえし」
仁くんはそう言うとカレーパンを受け取って口に運んだ。美味しそうに食べてるな。ちなみにチカくんとは近藤くんの新しいあだ名だ。クラスメートからコンドゥは呼びにくいと指摘を受けた侑希が新しく付けたのだ。由来は距離が近くて近藤に“近”という漢字が入っているからだ。
「それにしても、教室誰も来ないね。お昼食べるのに一番いい場所かもなのに。」
「そうだな」
「唯に待ち合わせ場所ここって教えておいたから多分その内来ると思うよ」
ついでに侑希達にも『早めに別行動する』と連絡をいれておいた。
「蓮はさ、唯のこと好きか?」
「うん、好きだよ」
「そうか」
仁くんは食べ終わると私が食べ終わるのを待ってゴミを捨てに行ってくれた。
ハァー、やっと落ち着ける。なんか今日の仁くんヤバい。なんか、変。自分から一緒にまわろうとか絶対に言わないでしょ。さっきのことで心配掛けちゃったからかな?
「あ~、なんか悪いことしちゃったな~」
「悪いことって何したんだよ」
「唯!え、今声に出てた?」
「ああ、バッチリ」
「ウソ、恥ずかし」
私が顔を手で扇ぐと唯は笑いながら教室に入ってきて隣の席に座った。
「ここ、兄貴の席だろ?」
「なんで分かったの!?」
「蓮がこの机見つめて呟いてたから」
「めっちゃ恥ずかしい奴じゃん。もしかして唯にばれてる?」
「兄貴が好きってこと以外は何も」
「それ以外の秘密ないって。……そんなに分かりやすい?」
「それなりには」
もしかしたら仁くんにもバレてたり……。はさすがにないか。仁くんって鈍過ぎるからね。あ~でも恥ずかしい。まだリョウちゃんとヒナと颯真先輩にしか言ってないのに。
私が両手で顔を覆うと唯がフッと笑った。
「そんな反応するとかマジで好きなんだな」
「……好きだよ。」
私がそう言った直後、ドアが閉まった。振り向くと一瞬だけど仁くんの顔が見えた。ドアの前から影は動いていないから仁くんはその場でかたまっているのだろう。
「え、どうしよう。絶対に聞かれたよね?」
「え、あ、まあそうだろうな。反応的に」
「どうしよう恥ずかしすぎるんだけど」
「それ以前にさ、勘違いされてる説あるくね?今の状況だと蓮が俺に告ってるみたいに見えたんじゃねえの?」
確かに。それだとまずいことに。私はガラッとドアを開けた。すると仁くんがなんとも言えない複雑な表情でドアの前に立ち尽くしていた。
「あの、今のは告白してたんじゃなくてね、推しについて話してただけだから!勘違いして変な気を遣ったりしないでね」
「推し?」
「そうそう。今季のアニメの」
「んだよ、そういうことか」
「う、うん。」
良かった。誤解が解けたみたい。唯にグッドサインをすると唯も同じように親指をたてて笑った。ホント、唯が言ってくれてなかったら誤解されてることにも気付かなかったよ。
「なあ、そろそろ移動しないか?」
「あ、そうだね。私、ヒナとリオ兄のクラス行きたい」
「俺も。兄貴はもう行ったのか?」
「まだ」
「じゃあ行こうぜ」
ということでヒナとリオ兄のクラスの出し物をしている視聴覚室に行った。すると、視聴覚室の前には列ができていて整理券を渡されていた。
「え、何やってるんだっけ?」
「映画だって。城崎の究極のラブストーリーだってよ。しかも主演が莉央でヒロインが姉貴だって!」
「それでこんなに混み合ってるんだ」
それにしてもすごい人気だな。確か隣のクラスと合同なんだっけ?そういえば3年3組でチュロス売ってたな。2組はポップコーン。1組はジュース。3年生全員で映画館じゃん。そんなことを考えていると少し前の方から声が聞こえてきた。
「あ、……ジュン」
「何だよ」
「いや、別に……」
ヒナとジュン兄の声だ。ジュン兄も来てたんだ。私達も整理券をもらって30分後の上映までお菓子を買いに行くことにした。
「潤!」
「おお!唯も来てたのか!特別にポップコーンでも奢ってやろうか?」
「マジで!潤、神!」
「蓮と仁にも奢ってやる。今はとりあえず散財しまくりたい気分だからな」
ジュン兄は笑顔で言うと歩き出した。めっちゃキレてる。あんまり映画の話題に触れないでおこう。
それから、ジュン兄にチュロスとジュースを買ってもらって視聴覚室に戻った。
しばらくして映画が始まった。
まず、リオ兄の演じるクールな生徒会長とヒナの演じる陰でイジリに傷付いているギャルが学校の帰り道に出会う。(名前は何故かそのまま)
そして、ギャルも生徒会長もお互いの前では素を見せて振る舞うようになる。
ギャルがいじられているのを生徒会長が助ける。そして、それから生徒会長とギャルが付き合ってるのではないかと噂が流れる。
『うち、倉橋が好きだよ』
『俺も蒼井が好きだ』
生徒会長とギャルはその場で気持ちを確認し合い付き合うことになる。
『莉央、あのときうちを救ってくれてありがとう』
『俺は当然のことをしただけだ。これからは遠距離になるけど俺は黄雛のことがずっと好きだ』
『うちも。莉央、大好き』
最後、卒業式後にカーテンのシルエット越しにキスをして終わった。
演出が神過ぎて普通に泣いてしまった。てか、2人とも演技が上手すぎて本当の恋人かと錯覚しちゃった。
「泣きすぎだろ。ほら、ハンカチ」
「ありがとう、唯」
「どういたしまして」
私は唯にハンカチを返すと唯は呆れたように笑って受け取った。
それから、主演2人と写真をとるチャンスがあった。それはくじを引いて整理券の数が合えば写真を撮れる。チャンスは7回だ。そういえば、さっきからずっと周りの声が私達の耳に届いていた。
『会長とヒロインの人めっちゃお似合いだよね』
『分かる!なんなら付き合ってる説ある』
『それな。理想のカップルだよね』
『キスシーンもフリじゃなくてガチだったりして』
『台詞も実は本気で言ってるなのかな?』
ジュン兄の表情がどんどん険しくなっていく。お願いだから4人の内誰かが当たりますように。1回目、2回目と外していく。そして、最後の7回目。なんと、唯が当たって私達も一緒に記念撮影を出来ることになった。もちろんジュン兄も。
すると、ジュン兄はヒナの方へ真っ直ぐ歩いて行ったと思うとヒナにキスをした。その瞬間、周りから悲鳴があがった。ヒナは驚いて目を見開いていたもののゆっくりと目を閉じるとジュン兄はヒナを抱き寄せた。
「ハァ、マジでヤバい。恥ずかしすぎるんだけど」
ヒナはそう言うとジュン兄の胸に頭を押し付けた。ジュン兄はヒナの頭にそっと手を置いて優しく笑った。
「悪いな、ムカつき過ぎて我慢できなかったわ」
「それはマジでごめん。せっかく最後の文化祭だから優勝したいねってなって私とリオなら名前で人が集まるだろうからってなって。言っておくけどキスシーンはフリだから」
「分かってるよ。んなこと。俺に黙ってたのがムカついただけ」
「言ったら観にくるじゃん?ジュン以外に告白してるところとか見られたくなかったから」
ヒナがそういってジュン兄を見上げるとジュン兄はヒナを抱きしめた。
「可愛すぎんだけど。これは本気で天使だわ」
「もう離れて。写真撮ったら片付けしないとなんだから」
そんな2人のやり取りを見ていた私達は同時に溜め息をついた。
「そこ、イチャつくのは他所でしてくれません?ちなみに家も無しで」
「何言ってんだよ唯。家ではあんまりしてねえだろ。一応家庭教師なんだし」
「あんまり、ねえ」
唯はそう言うと鼻で笑った。
それから皆で写真を撮って唯の学校案内も再開した。ヒナとジュン兄とリオ兄も一緒に。
「ジュン先輩だ!」
「ホントだ!私服おしゃれ~」
「相変わらずカッコいい」
「なんでジュンそんなにモテるんだ?」
「唯~、ひがみか?」
「違えよ。シスコンなのにモテるからなんでだろうな~って」
「さあ?俺のどこがいいんだろうな。なあ?ヒナ」
「え、」
「俺のどこが好きなんだ?」
ジュン兄がヒナに訊くと唯とリオ兄も頷いた。
「え、どこって。う~ん、優しい人なんて山ほどいるしなあ~」
「もしかしてねえの?ショックだわ~」
「そうじゃなくてなんだろう。まあ、強いて言えば笑顔?」
「疑問系……」
「なんか自然と好きになりすぎてここが好きとかはあんまりないんだよね。たまに、好きだなって思ったときは多分ポロッと言っちゃってるだろうけど」
「確かに。ヒナ、俺の事大好きだな」
「うるさい」
そう言うとヒナはスタスタた早歩きで歩いた。ジュン兄はそんなヒナを見て『あ~いうのがツンデレってやつだよな』と訊いてきた。私が頷くと可愛いを連呼していた。いいな、ヒナ。照れつつも絶対に喜んでるじゃん。私も仁くんと両想いになりたいな。
それから夕方になると片付けが始まって唯は帰っていった。ジュン兄は後夜祭に出るそうでまだ学校に残っている。
仁くんはタクミン達のところにいってくると言ってわかれた。ヒナは後夜祭のライブに出るのでステージに向かった。
「兄貴、映画のこと言おうとは思ってたんだけど黄雛に口止めされてて言えなかった。悪かったな」
「気にすんな。それを口実にちゃんと牽制できたからチャラにしてやるよ」
「はは、牽制してたのか、」
「当たり前だろ。」
ジュン兄が笑顔で答えるとリオ兄は苦笑いを浮かべた。
「そういえば黄雛に訊き忘れてたんだけど、蓮の好きな奴って誰なんだ?」
「え、まさか莉央気付いてねえのか?」
「兄貴は知ってるのか?」
「まあな。というか見てたら分かるだろ?蓮の好きな奴って仁だろ?」
「え、そんなに分かりやすかった?」
「割と。莉央は驚きすぎだぞ」
ジュン兄に背中を叩かれてリオ兄は不機嫌そうに背中をさすった。
「マジで?」
「マジで」
「いつから?」
「気付いたのは最近だけど多分ずっと前から」
「俺、からかったりしたのウザかったよな。悪い」
「え、いいよ!謝らないで!ホントに最近気づいたばっかりだから」
私があわてて言うとリオ兄が頭を撫でて微笑んだ。
「頑張れよ、蓮」
「うん」
それから後夜祭が始まって生徒やその場に残っている人達はステージの前に並んだ。ヒナ達のライブが終わると皆でキャンプファイアーを囲んだ。
「蓮ちゃん、一緒に踊らない?ほら、劇で踊れなかったし」
「タクミン!いいよ。もう怪我は平気なの?」
「平気だよ。でも俺も蓮ちゃんの王子様やりたかったな」
「王子様じゃん。仁くんはどちらかと言うと王様だし」
「あ~確かに」
「でしょ?タクミンの方が王子様っぽいよ」
「無自覚こわ~」
タクミンははにかむように笑って言った。私、何か自覚が足りてなかったのかな?ダンスが終わるとタクミンに頭を撫でられた。
「あんまり期待させるようなこというんじゃねえよ。特に翔弥はマジだから気を付けないと何されるかわかんねえぞ」
「え?」
「おい、たくっち。蓮に変なこと吹き込むんじゃねえよ。気にしないでね、蓮」
「うん」
「俺とも踊ってくれない?」
「いいよ」
「チカくんも踊れるんだね」
「ああ。あのさ、俺の事も名前で呼んでくれない?」
「翔弥?」
「ああ」
「いいよ」
「やった!」
そんなに自分の名前が好きなのかな?そんな嬉しそうにしてくれるなんてもっと早く名前で呼べば良かったな。
「蓮」
「あ、仁くん」
「翔弥と踊ってたのか?」
「うん。あとタクミンとも」
「そうか。」
「うん」
え、何?なんか気まずくなったんだけど。え、なんで?
「あの、仁くん?」
「なんだ?」
「仁くんも一緒に踊る?」
「俺はいい」
「そう、だよね」
私は小さく溜め息をついて教室に戻った。荷物を持って準備をして教室を出た。仁くんも荷物を持ってついてきた。
「まだ後夜祭終わってないし仁くんは残ってればいいのに」
「蓮を1人で帰らせるわけないだろ。それに、もう疲れた」
「そっか。じゃあ一緒に帰ろ!」
1人で帰らせないとか言ってるけど、どうせ大事な幼馴染みだからとかそう言うんだろうな。嬉しいけどさ、なんかちょっと。ほんのちょっとだけ悲しいな。
それから電車に乗って駅から歩いて家に着いた。いつか、仁くんは私を好きになってくれるかな?そんな未来があるといいな。




