1、仁くんと蓮ちゃん
「蓮、そろそろ起きないと遅刻するぞ」
「おはよう、ジュン兄」
目を開けると3歳年上の兄が隣に立っていた。兄は茶髪に青みのかかった緑の目をして微笑んでいた。
決して染めているわけでもカラコンを着けているわけでもない。私達の母親がオーストリアと日本のハーフの祖母と純血オーストリア人の祖父との子供なので私達は少しヨーロッパに寄った見た目をしている。
制服に着替えてリビングに降りた。
「おはよう」
「おはよう、蓮。朝食採って早く学校に行こう」
もう1人の兄が言った。こっちの兄は2つ年上で今は同じ高校に通っている。
それから朝ごはんを食べて髪の毛を後ろで1つに結ってリオ兄と一緒に家を出た。もう6月の下旬にさしかかって梅雨は晴れた。変わりに暑い夏がやってくる。
「蓮、前髪邪魔じゃない?俺が切ろうか?」
「いい。目、見られたら笑われるから嫌」
私が前髪を押さえて言うと兄は綺麗な顔を歪ませた。どうせお兄ちゃん達には分からないよ。明るくて社交的で皆から好かれてるような人に私の気持ちは分からない。
正直、私は根暗で陰キャのただのオタクだ。そんな私が茶髪だと浮いてしまう。それに、私は兄達よりも薄い色素で金髪に近い色味だ。なので、毎日スプレーで髪を黒く染めて目立たないようにしている。内側まで染めるのはめんどくさいので結って見えない部分は金髪のままだ。
しばらく無言で歩いていると後ろから大きな声が聞こえた。
「リオ!レン!おっはー!」
元気な声に振り向くと髪を明るく染めて爪をキラキラにしてピアスを着けた2つ年上の幼馴染みのヒナこと黄雛が大きく手を振っていた。
その隣では銀色に染めた髪に左耳にシルバーのピアス、寝癖をつけて制服を着崩したパッと見、ただのヤンキーに見える弟の仁くんが眠そうにあくびをしていた。この2人は隣に住んでいるので時間帯が被ったときは一緒に登校する。
「おはよう、黄雛、仁」
「はよ。蓮もおはよ」
「うん。ヒナ、仁くん、おはよう」
私が少し小さい声で言うとヒナと仁くんは頷いた。学校だと声が小さくて聞こえないと注意されるけどお兄ちゃんや幼馴染みはしっかりと聞いてくれる。
それから4人で駅に行って学校に向かった。学校に近付くに連れ、同じ学校の生徒が増えていく。私以外の3人は学校でも有名なので色んな人からの視線を感じる。
学校に着くと同じクラスのヒナとお兄ちゃんは一緒に教室に向かった。
「蓮、上靴履かないのか?」
「あ~、うん。履くよ。でも私、歩くの遅いから仁くんは先に行ってて」
「待ってる」
冗談じゃない!仁くんは見た目はヤンキーだけど美形すぎて怖がられつつも密かにモテてるんだよ!?私みたいな陰キャが一緒に教室に入ったら目立つだけじゃなく何を言われるか。
「どうしたんだ?“また”上靴盗まれたか?」
「あ、ううん。大丈夫。」
私は急いで上靴を履いて仁くんと少し距離をあけながら教室に向かった。
教室に入ると陽キャ女子が私の机を占領していた。なんでわざわざ私の席に座るかな?仁くんの席も隣にあるじゃん。そっち使ってよ。もうすぐチャイム鳴るのに遅刻扱いになるじゃん。
心のなかで文句を言っていると仁くんが私の手を引いて席の前まで行った。
「邪魔。そこ、蓮の席」
「ひっ!ご、ごめん。倉橋さん。」
「大丈夫です。」
陽キャ女子は私の言葉を聞いてすぐに自分の席に戻った。仁くん、睨むと怖いからな~。私は馴れたけど。でも、
「仁くん、注意してくれてありがとう。」
「お、おう。」
そう言うと仁くんは机に突っ伏した。
授業が始まって仁くんが眠気と戦っている姿を見るのは少し微笑ましかったが、結局ノートは取れていなかったので放課後貸してあげる約束をした。
休み時間、クラスの人達は仁くんが怖くて起こそうか起こさないかおろおろしていたので目立ちたくなかったので私は皆が更衣室に行ってから仁くんを起こした。
「仁くん、次体育だよ。着替えないと」
「何すんの?」
「男子はバスケだって」
「へ~。女子は?」
「バレー」
「頑張れよ」
「頑張るつもりではいる」
そう言い残して私は更衣室に行った。
それから体育が始まった。案の定ペアを組めなかったので壁とパス練習をしていた。てか、奇数だから誰かが余るのは目に見えてるじゃん。なんなの?まあ、知らない人とするよりは壁が相手の方が迷惑掛けなくてマシか。
「それじゃあ、試合するぞ。まずはAとBからな」
私はAチームなので初めから試合がある。嫌だな。
そして、試合が始まってすぐに私はレシーブの時に転けて肩を床に打ってしまった。
「試合中断!倉橋、大丈夫か!?」
「はい、まあ。大丈夫です。保健室行ってきます」
私が立ち上がるとバスケをしていたはずの仁くんが走ってきて私を抱き上げた。
「俺が保健室まで連れてく」
仁くんはそう言うとそのまま体育館を出た。ヤバい。絶対に教室帰ったら睨まれる。そもそも先生に敬語使いなさいよ。普通に恥ずかしいし。
仁くんは無言でドアを開けた。
「あら、倉橋さんに蒼井くん。どうしたの?」
保健室の斎藤先生が優しく微笑んだ。私はよく怪我をするのでいつの間にか仲良くなった。
「蓮が!床に肩を打ち付けて!」
「倉橋さん、肩のどの辺りを打ったのか教えてくれる?」
私は体操服を脱ぐと仁くんはすぐに後ろを向いた。
「少し赤くなってるけど湿布を貼っておけば大丈夫よ。この授業が終わるまではここで休憩しててね」
湿布を貼ってもらって体操服を着た。
「はい。ありがとうございます。仁くん、着替え終わったからもう大丈夫だよ」
「お、男の前で急に服を脱ぐんじゃねえよ!」
仁くんはバンッと音を立ててドアを開けて走り去った。
「すみません。うるさい幼馴染みで」
「仲が良いのね」
「はい。仁くん、見た目は怖いですけど中身はすごく優しいんです。2次元に出てきてたら推しにしてたかも」
「彼氏じゃなくて?」
「私の彼氏なんて仁くんが可哀想です。私の瞳、変なので」
「あら、私はすごく綺麗だと思うわよ。倉橋さんの青みのかかった緑の瞳。宝石みたいだもの」
「先生は優しいですね。」
「本当のことを言ったのよ」
「ありがとうございます。」
それから少し話していると授業終わりの5分前になった。
「そろそろ終わる時間なので体操服を着替えに戻ります」
「お大事に」
先生に礼をして更衣室に向かった。宝石みたい、ね。昔、仁くんも言ってくれたけどそんなの言ってくれるのはほんの数人だよ。小学生の頃、私の目の色が変だって言われたときに皆頷いてたから多分、変なんだろう。
体操服を着替えに行くとすでに数名の生徒は着替えを終えていた。私も急いで着替えて教室に戻った。
それから、午前の授業が終わってお昼休みになった。ブーブーとスマホが振動した。開くとお兄ちゃんからメッセージが着ていた。
『屋上で一緒に食べよ。仁も誘ってな』
『分かった』
私は仁くんの服の裾を引っ張ってお弁当を持ち上げた。
「屋上でか?」
私が頷くと仁くんはお弁当を持って立ち上がった。お昼休みは多少話し掛けても目立つことはないので安心だ。
屋上に着くとヒナとお兄ちゃんが待っていた。
「お腹空いた~。早く食べよ」
ヒナは全員揃ったことを確認して手を合わせた。私も手を合わせてお弁当箱のなかを見ると嫌な物が見えてしまった。
「リオ兄、里芋食べて」
「俺もそんなに好きじゃないんだけど。食べれんの兄貴だけだろ」
「俺が食べる」
「え、仁くんも苦手じゃなかった?」
「今は食べれるから。」
「ありがとう。あ、そうだ。来月公開されるヒロ恋の実写化映画のチケットが4枚当たったから1枚あげる。2枚は春雪と唯に渡して4人で行こう。あの2人も読んでるでしょ?」
※ヒロ恋(ヒーローだって恋したい)
今、大人気のラノベ。戦隊もののヒーローを演じているアクション俳優が一般人の女の子に恋をする話。
「マジで!?サンキュ!蓮!」
仁くんは嬉しそうに言った。そう。実はこう見えてこのヤンキー、オタクである。
「いいな~。私も一緒に行っていい?チケットはもう買ったんだ」
「え、ヒナも読んでたの?いつの間に?」
「勉強の合間に少しずつ読んでて」
「いいよ。一緒に行こ。お兄ちゃんは?」
「俺もいいの?じゃあ行こうかな」
「うん。早く来月になってほしい」
「俺も」
私と仁くんがうきうきな所に釘を刺したのはヒナだ。
「期末テストが先にあるけどね。赤点取ったら補修地獄で行けないよ」
「ヒナ、勉強教えて」
「俺も」
「いいよ」
ヒナはニカッと鋭い犬歯を見せて笑った。可愛い。ヒナはギャルっぽい派手な見た目のせいで勘違いされがちだけどうちの特進クラスで入試首席の秀才だ。
そらから2週間後。テスト返しの日。帰りながら仁くんとテスト結果を見直した。
「仁くん、赤点なかった?」
「ああ。これで日曜日の映画行けるな」
「うん」
日曜日。もうエアコンをつけていないと動いてなくても汗をかいてしまうぐらい暑い。なので涼しいワンピースにした。
「蓮、そんなおしゃれしてどこ行くの?」
「ジュン兄に言ってなかった?リオ兄とヒナ達と映画見に行くの」
「なんで俺は誘ってくれなかったんだ?」
「ジュン兄は女の子と行くかなって思って。それにヒロ恋だよ。ジュン兄は知らないでしょ?」
「知らないけど。絶対にはぐれるなよ。ヒナか仁のどっちかといればチンピラは絡んで来ないと思うから」
「皆でいるつもりだから大丈夫」
「莉央、蓮を頼む」
「はいはい。蓮、そろそろ行こう」
「そうだね」
心配性の兄、潤は家の前まで出てきて手を振った。てか、そんなに心配しなくてももう高校生なのに。
それから、蒼井家のチャイムを鳴らした。
「蓮ちゃんお久~!」
「久しぶり、春雪。隣の家なのにもう2週間は会ってなかったね。中学はどう?楽しい?」
「うん!被服部でオタ友できた」
春雪は仁くんの3つ下の妹で今年、中学にあがったばかりだ。みつあみにだて眼鏡とオタクの格好をしたい変わったオタクだ。
「蓮、チケットありがとな。後、漫画も。帰ったらそっち持ってく」
「いいよ、リオ兄に持ってもらうから」
そう言うと唯は分かったと頷いた。唯は仁くんの1つ年下の弟で名前だけだとよく女の子に間違われている。私も名前だけだと男の子に間違われるけど。
「レン、OFFモードだねぇ。やっぱり金髪で青と緑の瞳っていいね!可愛い!」
「ありがとう、ヒナ」
「ママが車で送ってくれるらしいから乗って」
ヒナに押されて8人乗りの大きな車に乗った。ちなみに女子3人は後ろに乗って男子3人が真ん中の列に座った。
ショッピングモールに着いてシアターに行ってすぐに席に着いた。ヤバい、ヒロ恋の実写化。ずっと楽しみにしてた。正直宣伝とか全部抜いてほしい。
映画が終わって皆でファミレスに行った。
「ヒロ恋見ると毎回さ、私も恋したいな。って思うんだよね」
「蓮ちゃんにマジで共感!でも、相手がいないんだよね~」
春雪がため息まじりにハンバーグを食べた。
「ヒナはいいな、彼氏いて。私達姉弟の中で唯一のリア充じゃん」
「ほとんど友達と変わんないよ」
ヒナは少し照れくさそうに笑った。絶対違うやつじゃん。初恋をしたことないから早く恋してみたいんだよね。
ランチを終えて、ついでにと水着を買いに行くことになった。
服屋さんに向かう途中で人にぶつかってしまった。
「すみません。」
その人は頭を下げて言った。そして、顔を上げた瞬間、私は固まった。クラスメートで同じ委員会の近藤くんだった。誰にでも優しい陽キャだ。まあ、バレないよね?普段と全然違うし。
「あ、いえ、大丈夫です。こちらこそすみません。それでは」
「あ、待って!人違いだったらすみません。同じクラスの倉橋さんですか?」
「え、」
なんで?普段と全く違うと思うんだけど。でも、ここで認めなかったらバレないよね。嘘は悪いけどここは、
「いや、ちが」
「蓮、早く来ねえとはぐれんぞ」
仁くんが私の方へ歩いてきて肩を掴んだ。はい、アウト!バレた。完全にバレました。私だけならまだしも仁くんが名前で呼んだ時点でバレた。最悪。
「やっぱり倉橋さん!?学校と雰囲気違うね」
「そう、ですね。あの、なんで分かったんですか?」
「声と勘。なんかすれ違ったときになんとなく倉橋さんな気がしたから」
「へ~、そうなんですね」
私が適当に流していると困っていると思ったのか仁くんが私の腕を引いて歩き出した。
「仁くん、待って。近藤くんに話があるから」
「分かった」
そして、私達は近くのベンチに座った。
「皆に言わないでくれない?」
「イメチェンしたこと?」
「イメチェンっていうか、」
「蓮のは自前だ。髪も目も」
仁くんがそう言うと近藤くんは目?と首を傾げて顔を近付けた。
「ホントだ。青緑の目。カラコンじゃないの?」
「うん。倉橋莉央って分かる?」
「うん。ハーフの先輩だろ?確かオーストラリア?」
「うちのお兄ちゃん。あとオーストリアと日本」
「兄妹なんだ。じゃあなんで学校では髪を黒くしてんの?」
「陰キャなのに金髪って目立つから。それに、私の目、変だから」
そう言うとボソッと「綺麗なのにな」と聞こえた。仁くんを見ると目が合って逸らされてしまった。
「全然変じゃないと思うよ。まあ、珍しがられて目立つだろうけど」
「だよね。あのさ、皆に言わないで。お兄ちゃんのことも。目立つの嫌だし。だから、学校でもいつも通り接して」
「それはいいんだけど。でも、蒼井といると目立つんじゃねえの?」
「まあ、それはそうだね」
「余計なお世話かもなんだけど、そんなに目立ちたくないなら一緒にいない方がいいんじゃねえの?」
「矛盾してるかもしれないけど仁くんと一緒にいないなら学校に行く意味がほとんどなくなるんだよね。他に友達いないし。勉強は家でもできるし。だから、目立ちたくはないんだけど仁くんと離れるって選択肢もないの」
「だったら目立つことに慣れてけばいいんじゃねえの?例えば髪の色を黒から少しずつ明るくしていくとか」
「そうだね。髪の毛染めるのめんどうだし馴れてみようかな。ありがとね、近藤くん。」
「どういたしまして」
仁くんと一緒にヒナ達の所に戻ると遅い!と怒られてしまった。
その後、水着を買った。私の選んだ水着はフレアフリルビキニというものらしく布が多く露出度が低めだ。色はうす水色、パステルブルーともいう色にした。
「マジ楽しかったね。特にショッピングが」
ヒナは目的の映画よりも買い物に来たかったようだ。
蒼井家に着いて、唯から漫画を返してもらって家に入った。
心配性の兄、潤の姿があった。この男、珍しく遊びに行かなかったんだな。
「ただいま」
「お帰り、蓮。怪我とかしてないか?」
「なんでショッピングモールに行くだけで怪我するの?」
「だって前にスーパーに買い物に行くだけでナンパされてただろ?」
「道案内だってば。ジュン兄が変なこと言ったせいでどこか行っちゃったけど」
「どこかに行くのは後ろめたいことがあったからだよ」
「別の後ろめたいことかもじゃん!ジュン兄が可愛いとか言うから『え、どこが?全然可愛くないんだけど』って思ってどっか行ったかも」
「い~や、それはない。」
「なんでそんなの分かるの?その人達に聞いたわけじゃないじゃん!」
このようにジュン兄とは出掛ける度につまらない喧嘩をしている。でも、アニメグッズで仲直りをする。