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「と、それで終わりかい?」聞き終えて、イゾウが言った。終わりです、と長石は返す。
「何だよ、何が謎だったんだ。話は明瞭でハッキリしていないことなんて一つも無かったじゃ無いか」
このお話の面白い味が分からないところは、本当に武闘家なのか疑いたくなるけれど、違うか、武闘家だからこそ、この強さを可能性の範疇から脱せないのかもしれない。
四人の殺し屋を無傷で殺す、可能性。
「イゾウ君は達人とやらを想像しているのかもしれないが、彼らには出来ませんよ、難易度ベリーハードです」
少し強めに長石は言う。これはイゾウへの忠告とかの類ではなく、およそ条件付けなのだ。普通の人物、達人であろうと、玄人であろうと、チャンピオンであろうと、無差別級、武器も自由な状態での、無傷な脱出は不可能とあらためている。
「僕から良いかな、一つ質問を」
「あぁ、もちろん。君の為の問題なのだからね」
「それならば、聞かせてもらうけれど、彼ら、色々な殺し屋達の力関係ってのは拮抗していたのかい?つまり、大体同じ力量ぐらいだったのかな」
「それは、まぁそうだろうね。同程度だからこそ、同じ建物に、地下に沈んだそれに仲良く暮らしていた訳だからね。もちろん、相性、向き不向きはあったかもしれない」
なるほど。
「ジェノサイダー隣人については?奴はどう言った人物なんだ、そいつも殺し屋か?」
イゾウが言葉を入れる。
「彼は殺し屋では無いですね。何でも無いと言うのがピッタリかと」
濁すような長石の説明に、イゾウは怪訝そうな顔に顔を歪める。分からないが表情を作る。
「その沈んだ建物というのは、完全に外部から見る事は叶わないと言うことだよね。モグラでも無くちゃ」
「モグラでも近づかないでしょうが、そうでしょうね。真っ暗な地下は深海も同じですから」
「じゃあ、次の質問。殺し屋達は見事に敗北を、死を味わった訳だけれど、ぐちゃぐちゃというのは、つまり肉体が大きく破損したって意味なのかな?」
「まぁ、そうですね。方法は定めませんが、ぐちゃぐちゃの考え方はそれで構いません」
ふん、見えない地下の建物。引き合わされる様に集合する四人の殺し屋達。血の跡一つ残さず、消え失せたジェノサイダー隣人。
「おや、どうやら。キンジ君は分かった様ですね。ことの真相に」
「確かに分かった。一応の答えは出たということだ」
「それではどうぞ。ここからは解答編です」
5
「つまりのこれは、読者のミスリードを誘う。巧妙なお話だったというのが、オチだ」
僕はそう言った。返しはイゾウ。
「そうは言うが、どうなんだよ。俺は違和感なんて微塵も感じなかったし、殺し屋がある中央の隣人を殺そうとして、見事に返り討ちにあった様にしか、捉えられなかったが」
「それが、ミスリードなんだよ」
返す言葉に、イゾウは更に首を傾げる。
「分からん。説明求む」
「分かった。答え合わせだ。ミスリードの内容。ふと、長石の言葉を思い出してくれ、少しばかりニュアンスがぼやかされていた文を」
「どこだよ」
「嫌いな隣人がいるって所さ」
「長石はこう言った『剣客は一つ下の人物を忌避して、科学者は左側の人物を呪って、ガンマンは一つ上の人物を睨みつけ、爆弾魔は右側の人物の空想を爆破する』と、ほらね」
「ほらね、と手渡されても判断のしようもないが」
「あたかも、中心の人物を皆が取り囲んで、警戒している様なこの文。いやしかし、この文だけではそうとは言い切れないんだよ」
「は?」
「つまりさ、この4部屋だけが、並んでいたんだ」
「剣客の下には、科学者が。科学者の左には、ガンマンが。ガンマンの上には爆弾魔が。爆弾魔の右には剣客が。そう言った並びでキュッと、住んでいたんだ」
「すると、どうなるんだよ」
想像力を膨らませきれない友人は、またも頭を抱える。補助説明、伏線回収、こっちに移る。
「つまり、彼らがそれぞれに警戒していたのは、同程度の殺し屋の同業者だったと言う訳だ。外から部屋の並びを眺める事は出来ない条件。皆が、誰を思っているかは判断むずかしかろう?」
「そりゃそうだが」
「更に、消えたジェノサイダー隣人。これは元々、存在していなかったことになる。消えた訳で無く、元から消えていたんだ。血も涙も肉片も、残るはずもない」
「ジェノサイダー隣人が部屋を出るって言う同調は?」
「四人全員が襲いに出るつもりだったと言うことだろう。それぞれのターゲットを狙って」
「じゃあ、死因は、ぐちゃぐちゃって奴?」
「爆弾魔だよ。そりゃ、4部屋の範囲で爆弾なんて使ったら、みんなぐちゃぐちゃにだってなるよ」
僕は言い終えた。ここまで行ったところで、イゾウの反論も無くなり、皆の視線が大男に移る。
「……はい、見事正解です。キンジ君」
慇懃な態度から、優しげな声と、拍手が生み出される。
「少々、考える人には簡単すぎましたかね」
「いや、良い問題だったよ。本当に。今日は仕事に集中出来そうだよ」
「そうですか、それは良かった。では、そうですね。朝食もいい頃合いです。我々は仕事に向かいましょう。考えてばかりでは仕事になりませんから」
長石の声に、誰ともなく椅子を引いて、席を立つ。
良い友人のアシストを持って、僕は良い程度に頭を働かせて、今日も仕事に向かった。
6
「一応、俺から良いかい?」
友人、隣人、長石から与えられた問題。それに見事正解した考える人・キンジ。
俺はふと、その話の流れを一人聞いている中で、疑問に思った事があった。そのため、朝食の返却後、大男・長石に声をかけた。
「どうしたんです、カイシュウ君。もちろん、良いですけれど」
優しげな顔。
「いや、いやまぁ、なんて事は無いんだが」
「ハッキリしましょう。我々の仲です」
またも微笑む。
「それならば、言うけれど。古典的なミステリのトリックというかだけれど、最初にお前、こう言わなかったか『これは本当にあった話』と」
言葉に対しては、礼儀礼節に対してか、グリンと大男は回った。
「はい、言いましたね」
「いや、そうだよな」
「だとしたら?」
「だとしたら、そうなのだとすれば、その状況って言うのは一体誰が見たって言うのかなと思ってな」
「だって、誰からも見えない地下の状況だったと、条件付けられていたはずだろう?」
無言で大男はこちらを見ている。優しげな顔。そこに向かって、確信に近しく触る。
「……本当は、居たんじゃないのか。ジェノサイダー隣人という奴が」
「ほう、それは面白い仮説ですね、カイシュウ君」
また、優しげな顔。
途端、少しばかり、この優しげな男に更に踏み入りたくなってしまった。義務感の様な何かに、背中を押されて、言葉を続けた。
「お前、風呂場でたまに見かけるんだ。図体はデカいのに、たまにしか見当たらないんだが、その時に見たんだ」
「お前の傷だらけの体を」
ピリッと、大男の口角が動いた。
「だからさ、何ということではないんだが」
「つまりは、自分がジェノサイダー隣人であると。そう言いたいのですね」
確信に男は火の様に走る。
あぁ、と俺も火を足す。
「その傷、まるで歴戦のそれは」
「……ふん、確かに面白い発想。なるほど。いや、しかし、もちろんですが、この体の傷はそれ程に柔に傷つけられたものではないのですよ」
「殺し屋共にこれは出来ない。彼らは一流であれど、伝説では無いのです。絶対に出来ないのです。主軸のルートに入らない凡才どもなのだから」
この時、この男の顔が観察しえなかったのは、自分も凡才という意味だろうか、そう無理にこじつけて、無理やりに引き摺り込まれそうな自分を引き剥がす。
汗がつーっと流れた。
「お前は。」
パンッ!!意識の間を縫って、手が音を破裂する。俺は、耳から目にかけて、すぐさま痺れて、すぐさま治る。
耳からは大男の声が続く。
「自分が実はジェノサイダー隣人だった……と、言えば良いですか?面白いですかね。お話として」
スタッと、彼はトーンを切り替える。逆流する呼吸と、嗚咽が出てきて咳き込む。瞬時に、大男は優しげに介抱に回る。
背中を2度、叩いた。
「面白いのは真実じゃ無いのですよ。スピンオフはこれでお終い。小節5で終わりで構わない。ただ、仕事に移るのです、あなた方は」
小声で耳を震わせた。身を震わされた。
大きな背中が、俺の視界の中で小さくなっていく、どんどん、どんどん、まるで今生きてる世界がとてつもなく小さく縮小されたものである様に錯覚して、またされど、俺は仕事への一歩を弱く進めた。
〜終〜