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この春、無事、僕こと二宮近似は第一志望の会社に内定が決まりました、ありがとうございます。そう言わせてもらってから始めます。
思い出話。事こう言って、こう先だって述べる程、前という訳では無いのですが。このお話もまた春の事。
春にあった隣人で、同僚達との優雅な朝食の時のお話。
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都心からやや外れた所にある工場地帯。その中心に居を構える大企業、ニノ轍重鋼に僕は内定が決まった。
内定の通知メール。夢のようなあの瞬間は、脳にパチリと電撃的だったけれど、落ち着いてみると、やや時間が過ぎてみると、この企業の人間として働くのがスタンダードになってしまっている。
つまり、飽きている。そこまでは言わずとも慣れてきたと言う程度はある、確実に。
「おう、キンジ。おはよう」
そう言って、一人の同僚が話し掛ける。
岡本遺贈。中肉中背の男でパッとしない印象だけれど剣を振るう。名前が似ているのは偶然なのか、親の方針か定かでは無いが、剣を振るう。
と言っても、ちまたで噂の再燃した『伝説の人斬り』が扱うような日本刀ってわけでは無いし、そんなか危険人物とは似ても似つかない。
彼は刀を振るう。剣の道として、つまりは剣道として、竹刀を振るう。
毎晩、毎朝、自己鍛錬として竹刀を振っている男。
みんな、『イゾウ』とよぶ。
「おはよう、イゾウ」と、僕は返事をする。
自分の朝食を6人掛けテーブルの一つに置く。二人しか、いつものメンバーは来ていない訳だから、イゾウは僕の前に座った。
いつものメンバー5人。さてはて今日も集まるか。
「早いな、二人とも、イゾウはともかく、キンジも起きているとは意外だな。いや、関心、関心」
と、そうまた一人の同僚が到着と共に、声をかける。
名前は、喝改修。
何ともな名前だと、考えているかもしれない。つまりは、変な名前であると思うのかもしれない。けれど、そうだとも、否定するつもりはない、僕だってそう初見ではそう思った。
しかし、変な名前であると、そう思うけれど、これはまた不思議な事で、あの歴史上の本物のそれと、無血開城のそれと、音を拾ってみれば、一言一句同じだと言う事実がある。
喝改修。音に違和感が無いのであれば、字面が違和感なのだろうか。違和感のある言葉は並んでいないとそう思っているつもりだけれど、違和感だ、あぁ違和感だ。
「おい、キンジ」
「何だよ、カツ」
思考の間に、言葉が入れられた。紛れもない、喝改修から。
「またやっているな、今は俺の名前思考ゲームか?」
「いや、全然。考えてなんていないさ、ただ取引先の人が君の名刺を受け取った時どう思うのかなってそう思っただけ」
「考えていたんじゃないか。一旦、違うと宣言する事であたかも後ろに続く言葉がその説明するみたいにしないでくれ」
カツから返答が返る。この会話の流れはいつもの定例のようなそれで、毎朝、何かしらの思考をするのが、僕の嗜好というかなのだけれど。
毎朝、およそ昨日の朝も何かしらの思考をカツに言い当てられたはずだけれど、昨日もまたスルーしたはずだ。僕はスルーの天才だから。
「スルーの天才って何だよ、キンジ。村八分の天才ってことか?」
「村八分をそんな無視の代名詞みたいに使わないで、あれにプロなんて、天才なんて無いから。ほら、スルーと言っても、あるじゃん他にも色々」
「例えば?」
「サッカーとか?」
「お前サッカーしてたのか?」
「いや、してない」
「してないんじゃないか」
「体育の授業のサッカーでは、ボールを一度も触れた事すら無いしね」
「誇るな、ただ果敢じゃ無いだけじゃ無いか」
「違うよ、フィールドを行ったり来たりはしていたんだけど、ボールは来なかったという意味さ」
「それは、無視されてるんじゃ無いか?」
おっと、これはまだ見ぬ終着点。スルーの天才がまさか、高校時代の友人から言われたあだ名がそんな隠された意味を孕んでいたなんて。
「何をしているんです、そんなこの世の終わりみたいな顔をして」
新たに僕の背後から一人同僚がきた。
正直にいうと、助かったぜ。およそ、あと1分遅かったら僕の心は死んでいたからな。
「キンジ、図太いお前がそんな事で死ぬとは思えないけれど。それと、長石に場所開けてやれよ。そんなところで無視の天才を使われちゃ敵わんぜ」
カツに言われて、僕は異様に卓上に椀を広げてしまっているのに気がつく。うわ、どうしようか。どれからどけようか。うむ、いや、まずはどれでも良いからどけるか、このストロベリーか、バナナか、何かのフルーツっぽい何かしらの何かを。
確度の低い情報量の一つの椀を動かす。
「ありがとうございます。では、失礼」
そう、丁寧に頭を下げる。
長石。巨大な男である。巨大で、巨体。一目見て、自分より強い男なのだという事が分かる。危機判断と言うべきなのだろうか、何なのだろうか。
強さで言えば、剣道をやっているイゾウも相当な手練れであるはずだけれど。長石、この男は違う。柔和な感じが表層にベッタリと張り付いたような男。
しかし、こう嫌な言葉を使えば、嫌な奴に聞こえるかもしれないが、奴はいい奴だ。
とてもいい奴。僕と同タイミングで入社したはずだけれど、仕事もできる、気遣いもできる、何でもできる。
しかし無理にあげれないこともないが、何が出来ないかを態々上げると、低い扉にぶつかる位で、まぁこれも彼の愛嬌という良いステータスになっていると思うが。
「また、考え事ですか、キンジ君?」
そう、着座した大男からも言われた。
数瞬、それ見たことかと、この一言に追撃をカツは入れにかかってくる。
「そうなんだ。あいも変わらず、いらん事を思考するんだこの男は」
「いらん事とは聞き捨てならないな。要らないって、無駄な事なんてあるかよ。この世に無駄なんて無いんだよ」
「サッカーの時のキンジだろ?」
グサ。
ひどい事を言いやがる。くそ、絶対明日もコイツの名前をいじってやる。
「しかし、キンジ。思考するのは良い事だけれど、考え事も悪く無いけれど、ほどほどにしておくべきだと思うぞ」
「そうだぜ。仕事中でも構わずに考え事をするからな、この前は部屋の側面側が重力の下側になる場合の体感は、変わらないのかなんて、仕事中に考えてた」
カツに続いて、イゾウまでもがそう言うふうに僕をなじった。
「確かに二人の言う通り、仕事中の不注意には注意がごもっともだと思います。が、けれど、大きく見れば考える事は悪くは無いですよ」
「だから、こうするのはどうですか?」
「どうするって?」
長石のフォローあって、イゾウが切り返す。
「なぞなぞを解くなどはどうですか?」
提案する指一本が太く、宙に舞った。