淑女と婚約破棄~わたくし、愛のために闘いますわ~
※淑女の使い方が間違っています。ご注意ください。
コメディ色強めです。心配な方は、タグをご確認ください。
「ロバート殿下、わたくし、なぜか急に耳が遠くなってしまったようですの。申し訳ありませんが、もう一度、おっしゃっていただけますか?」
王城では、第二王子であるロバートの成人を祝う夜会が行われていた。
彼は、数ヵ月後に迫った王立学園の卒業式の後、すぐに婚約者である公爵令嬢と結婚し、公爵家へ婿入りする予定になっている。
彼にとっては、今回が王族として最後の夜会になるため、盛大なお祝いになるはずであった。
しかし、なぜか会場は葬儀会場のような厳粛な雰囲気に包まれてしまっていた。
「サラーラ・ブレード!!お前との婚約は今ここで破棄する!私は、種馬扱いなど真っ平ご免だ!私は、真実の愛に生きる!!」
ロバートは傍らの令嬢を抱き寄せ、高らかに宣言した。
そもそも、今回の夜会が葬儀会場のようになったのは、第二王子のロバートが婚約者ではない令嬢をエスコートしたことにあった。
「第二王子ロバート殿下と、婚約者サラーラ・ブレード公爵令嬢!!」と登場を告げる案内の声を背に、予定にない令嬢と登場した第二王子。
その姿を見た夜会の出席者は、どのような反応をすればよいか困惑した。
「あら、浮気でございますねロバート殿下」
その時、「ごきげんよう、ロバート殿下」くらいの軽い感じで爆弾発言をしたのが、婚約者のサラーラ・ブレードだった。
彼女は、激することも嘆くこともなく、淡々と事実のみを述べていく。
「殿下の成人の夜会ですのにドレスも贈って頂けず、エスコートもしていただけませんので、王妃様にお借り致しましたドレスと国王陛下のエスコートで参りましたの」
左側に国王陛下、右側に王妃殿下を連れたサラーラは、優雅に微笑んだ。
王と王妃は冷たい目で息子を見つめているが、一言も発しない。
「父上と母上がいるのならばちょうどいい!私は、お前との婚約を破棄する!!」
王妃殿下と公爵令嬢、そして第二王子と浮気相手が一堂に会した。
夜会の出席者たちは思った。
これから修羅場になる、と。
そして冒頭に戻る。
「浮気による婚約破棄を宣言されましたわ、王妃様。見届けをお願いいたします」
サラーラは傍らの王妃を仰ぎ見る。
王妃は頷くと、サラーラから距離を取り、会場を見回した。
ちなみに王はサラーラの言葉を聞いたあと、すぐさま王族席に着いていた。その場に王妃を残して。
サラーラは王妃に向き合い、拳を胸の前に構え、礼をし、声を上げる。
「宣言いたします!わたくしは ナロー女学院 第147回生 3年A組 サラーラ・ブレード!!淑女としての名誉のため、第二王子ロバート殿下の浮気相手に『淑女決闘』を申し込みます!!!」
サラーラから突き出された拳を受け止めた王妃も、それに応える。
「宣言を受け、第124代クイーンオブ淑女『エリザベート・ナーロッパ』の名に於いて、サラーラ・ブレードの決闘を認める!!」
ロバートは、母親と婚約者の間で急に始まった宣言に困惑し、父親である王を見た。
王は、喜色満面で側近に画材やキャンバスを用意させていた。
兄である王太子は、アルコールとつまみを用意させているようで、なぜだか非常に楽しそうに見える。
周囲を見回してみれば、夜会の参加者である上位貴族たちは、なぜか準備され始めたテーブル席に着席しており、困惑して立っているのは、自身の側近候補でもある年若い上位貴族の子息や中位や下位貴族ばかりだった。
「女神様は仰いました。『淑女たれ』と。淑女にとって、愛とは勝ち取るもの。この国の法律で、そう定められております。さあ、決闘を始めましょう!」
拳を突きだすサラーラから浮気相手を庇い、ロバートがサラーラに向き直る。
「意味がわからないことを言うのは止めろ!そうやって絡んで、私に愛されたハーニィを傷付けるつもりだな!」
浮気相手はロバートの背に隠れ、ニヤニヤしている。サラーラは二人の様子を見ると、王妃に声を掛けた。
「『代理決闘』のようですわ。王妃様、よろしいでしょうか」
王妃は、ブリザード吹き荒れる氷点下よりも冷たい視線を息子に向ける。
「ロバート、この18年間、お前は一体何を学んできたのだ。
お前には失望した。
お前の名誉を回復できるのは勝利だけだ。
我が国の法律により、浮気された場合は、浮気相手と決闘をして勝たねばならない。その際、お互いに一名だけ代理を出すことができる。
よりによって、浮気相手の代理にお前自身が立候補するとは」
「母上、どういうことか説明して頂けませんか。『淑女決闘』など、私は聞いたことがありません!」
王族席では、王が頭を抱えており、王太子は腹を抱えて笑っていた。
ロバートは知らなかった、この国の「淑女」についての何もかもを。
王族から平民まで、この国の女児全てに、「義務淑女教育」がされていることを知らなかったのだ。
「この場にいるのは、決闘の宣言者と見届け人、そして決闘相手だけだ。今、この場にいる私は、お前の母ではない。
では、『淑女決闘』を開始する。制限時間は60秒!それまでに戦闘不能になるか、降参すれば負けになる」
自分が普段住んでいる王城であるが、完全にアウェーなロバートを尻目に、サラーラは静かに開始を待っていた。
容姿、立ち居振舞い、教養など、どれをとっても王族の婚約者として申し分ないサラーラは、ロバートの目から見ても完璧な淑女である。
そんな彼女と決闘をするなど、男としてできるわけがない。
そもそも自分の浮気が原因なのだが、ロバートは都合よく忘れている。
そうこうするうちに自分たちの周囲にはロープが張られ、愛するハーニィと引き離されたことに気付いたロバートは、側近候補たちに声を掛ける。
「お前たち、ハーニィを頼んだ」
「おまかせください、殿下」
「ハーニィは必ず守ります!」
「ハーニィ何か食べるかい?」
「はい、飲み物どうぞ」
「あっちで座ろうよ」
側近候補たちは、あっという間にハーニィをちやほやし出した。
ハーニィもそれを当たり前のように受け入れ、いわゆる「逆ハーレム状態」ができあがった。
当然、それを見て眉を潜める淑女たちもおり、不穏な空気が漂い始めた。
「『決闘』、かしら」
「『決闘』ね!」
「あとで『決闘』だわ」
「……『決闘』しなきゃ」
「やはり『決闘』するしかないのね」
しかし、彼らは全く気付かず、ハーニィを愛でるのに忙しかった。
王妃は、周囲の様子を確認して、用意された特別製の砂時計を手に取る。
「『淑女決闘、開始!!』」
「さあ!闘いましょう、ロバート殿下!!愛のために!!!」
「決まったぁぁぁ!サラーラの淑女アッパー!!舞い上がるロバート!!すかさず淑女右ストレート!!」
「素敵ですわ!サラーラお姉さま!」
「ロバート殿下はボディががら空きですわよ!」
「サラーラ様~!格好いいですわ!」
会場には、王妃の実況が響き渡り、淑女たちの応援、高位貴族たちの歓声が飛び交う。
「サラーラの連続淑女小キック!!ロバート動けない!嵌められた!!淑女ドロップキッーク!!淑女バックドロッープ!!!」
明らかに60秒を越えていたが、王妃が止める気配はなかった。
「ちょっと!もう60秒たってるじゃない!ロバートが死んじゃうわ!!」
側近候補たちに、ずっとちやほやちやほやされ続けていたハーニィは、彼らが自分に掛ける声が歓声で聞こえないことに我慢がならず、とうとう王妃にクレームをつけに行ってしまう。
「連続コンボが決まっている間は、ノーカウントだ。常識を知らない娘、お前さては我が国の国民ではないな!」
王妃は待機していた淑女騎士たちを呼び、ハーニィを捕らえさせる。
「こやつは淑女ではない!他国の工作員の可能性がある、調べよ!!」
ハーニィが連行されている間も、ロバートは淑女攻撃を受け続けていた。
淑女と連呼しすぎて、もはや淑女がゲシュタルト崩壊しそうだが、サラーラはロバートに攻撃する度に、身体に不思議な感覚があることを感じていた。
「何かしら、この力は一体……手のひらに力を感じるわ。強くて気高い、これが『淑女力』なの?」
「サラーラ!!撃ちなさい!今のあなたならできるはずよ!今代のクイーンになりなさい!サラーラ!!」
王妃が声を張り上げ、サラーラにアドバイスをする。
なお、ロバートはすでに意識が飛んでいるため、審判が公平でないことに気付いていない。
「『淑女衝撃波ーー!!』」
ドーンッ!!
サラーラの手のひらから出た淑女力が、空気中の淑女気と合わさった衝撃で爆発が起こる。それがロバートをぶっ飛ばし、夜会会場の天井まで打ち上げた。
「勝者!サラーラ・ブレード!!」
サラーラは泣いていた。そして、笑った。
「お母様、出せましたわ」
王妃はサラーラに駆け寄り、二人で抱き合った。
「まさか、私『淑女衝撃波』が撃てるなんて思いませんでした!お母様の十八番だった技が!私が!撃ったんですよね!夢だったんです!嬉しい!」
王妃も笑顔だった。王は王妃の笑顔を幸せそうに見ていたが、王太子はそんな王を不審者を見る目で見ていた。
「おめでとう、サラーラ・ブレード。あなたが『淑女衝撃波』を会得できたことを、先輩淑女として嬉しく思います。あなたのお母様である、第122代目クイーンも喜んでくれているはずよ!」
「おめでとうございます!」
「おめでとう!」
「新しいクイーンの誕生に立ち会えるなんて、なんて素晴らしい日なんだ!!」
会場は、割れんばかりの拍手に包まれた。
ナーロッパ王国 第147代目のクイーンオブ淑女が誕生した瞬間に立ち会えた淑女たちは、涙を流して自分の幸運を喜んだ。
高位貴族たちも新たなクイーンに敬意を表し、王や王太子までもスタンディングオベーションで讃えた。
会場は、いつまでもいつまでも、お祝いが続いていた。
天井に刺さったままの本日の主役を誰も思い出さなかったのは、仕方がないことだった。
他国の工作員のハニートラップに引っ掛かり、自国の淑女を蔑ろにした浮気者に同情の余地などない。
だって決闘負けたし。
淑女にとって、愛は勝ち取るものである。
強くなければ、愛は奪えない。
淑女理解を怠っていた時点で、ロバートの愛が負けることは決まっていたのだ。
なんでこんな作品ができたのか、私にもわかりません。
関連作品
「N4年度『異世界恋愛』後期中間考査」
https://ncode.syosetu.com/n3928hy/
↑※こちらの作品では、第二王子が埋まっている場所が少々違います。御了承ください。(投稿してから気付きましたが、そんな矛盾とか言っていたら内容自体が突っ込みだらけなので、このままでいきます。)