彼らのプレゼンテーション
「そう言えば、今のプライベートはどうよ?私生活は。」
また、守が話題を振り出した。
「みんな良い人とかいるのか?」
守は自信ありげに話す。
「一応彼女はいるよ。付き合って半年くらいのね」
諒はサラッと答えた。諒にとってはそんなことは大したことではないのだ。いなければ嘆くまでもなく、いたところで激変もしない。それが桂諒という男だ。昔からしれっと付き合っては別れてを繰り返していた。
「今回は長く続きそうか?前の時は自分に夢中になってくれないって言ってきて別れたんだっけな」
守は少し笑う。
「そんなこともあったね。そりゃ、あの時は教採もあって、自分の夢に夢中だったんだもん。しょうがないさ。今も夢に向かってるけど」
諒は後頭部を掻きながら照れ臭そうに話した。
「俺は寮生活で、相変わらず趣味に没頭してるわ。女なんて一切なしよ。さっきも言ったけど、パチンコとスマホゲーばっかりだわ。」
岩田がまたパチンコのハンドルを握るジェスチャーをした。
「今のスマホゲー、と言うかオンゲは果てしないから無限にやれちゃうのよね。別に女なんてそんな興味ないし。それよりも二次元の楽しみだわ。」
岩田は昔から恋愛については興味が薄かった。風俗店には友達と経験として行ったことがある、とは言っていたが、恋人がいたことはない。恋人という関係に縛られるのが嫌なのだ。
「寮生活は金も貯まるし、貯まった金は自由に使えるし最高よ。欠点は寮がボロいのと他人と相部屋なことくらいよ。」
今度はお金のジェスチャーをした。
「確かに他人と相部屋は嫌だな。仲が良ければ別だけど、そうでもなかったらアレだし。」
守は腕組みをして相槌を打った。そして、康隆の方を向いて掌を伸ばした。
「康隆はどうよ?そういう人?」
康隆はドキッとした。この手の話題は最も苦手なものの一つだ。何故なら今まで何の進展もなく、変わらない話題だからだ。
「土井康隆二十五歳、まだ誰のモノにもなったことがありません!」
ある有名人のキャッチフレーズをオマージュして自嘲気味に答えた。
三人は小さく笑った。
「相変わらず年齢=いない歴さ。勿論、童貞のね。こんなブスでネガティブな変人を好いてくれる人間なんている訳はねぇしな。」
康隆は自分の皿にとっておいた鶏肉を大口で頬張った。崩れそうなくらいホロホロに煮込まれた鶏肉から鶏の旨味と煮込みのソースの奥深い味が口いっぱいに広がる。今話している内容とは正反対に口の中は幸せだった。
三人は康隆への声かけに少し困っているようだった。
「ちゃんと付き合ってみれば、いいヤツなんだけどな、康隆は。確かに変わってはいるけどよ」
岩田がフォローをしてくれた。
「でも、そもそもの前提にすら立てないのよ。見た目が怖いとかブスとかでさ。まぁ、昔誰かに『最初は取っ付きにくい人だと思ってたけど、喋ってみるとめっちゃいい人だって思った。でも、付き合うにつれてめっちゃ変人だって分かった』って言われたからな」
誰が言っていたかは忘れてしまった。自覚は多少はある。確かに常に仏頂面ならそうも思われるだろうし、変人だという認識もある。
「確かに変わってはいるけど、そういうのが好きな人もどこかにはいるよ。康隆は真面目で面白いしさ。」
諒が慰めるように言葉を発する。
「面倒事が嫌だから真面目ぶってるだけのめんどくさがりよ、こんなの。」
康隆はネガティブスイッチが入ってしまって、どんどんネガティブな感情しか出てこなくなってしまっていた。
「酒、煙草、ギャンブル、そして女。これら全てをやらない最高の物件ではあるんだけどな!しかも、そこそこ優しい人間ときたもんだ!でも、その代償があまりにもデカすぎるのよね」
康隆は笑い混じりに言ったが、少し悲しくなった。逆にそのせいで刺激のない人間だと感じられてしまうのではないだろうか?『チョイワル』とか『守ってあげたい系』とか『俺様系』とかが女性にはウケるのだ、というのを耳にしたこともある。そもそも顔が良くないから土俵にすら立ててないのか?
「曰く付き物件、ってか?」
岩田はそう言って笑った。
上手いじゃん、と康隆も釣られて笑った。
「そもそもアタックはしたことあるのかよ?」
守は真剣な表情で聞いてきた。
また、答えにくい質問だ。
「勿論ないよ。攻撃はしたことないし、されたこともない中立地帯よ。」
康隆は一つ溜息をして続けた。
「どうせしたところでダメだろうしな。ならそのままの関係を維持した方が良いと思っちゃうのよ。そもそもしようと思ったことなんてほとんどないし。」
そう言って一人だけ脳裏に浮かんだ。肩までのセミロングの茶髪を耳にかけた少し男っぽい女の子。
「試合はやってみなけりゃ結果は分からないぞ。今はシュレディンガーの康隆状態さ。」
守はニヤリと笑った。
「孫先生が仰るには、勝てない戦はしないこと、だぞ。紀元前からそう言われてんだ。」
康隆は孫子の一節をギャグかのように言った。
動かなければ結果は出ないことは分かってはいる。だが、動くだけの自信がないのだ。ブスで、頑固で、偏屈で、ネガティブな、おまけに『成功』したことは一度もない、良いところ無しの人間なのだ。
「好きな人、好きだった人はいないの?」
諒が純粋な質問だ、という風に聞いてきた。
またあの女の子が脳裏をよぎる。だが、諒も彼女のことは知っている為、そう簡単には話題にはできない、という謎の恥ずかしさがあった。
「色んな人の色恋の話を聞いてきて、今思えば初恋だったかもなぁっていうのはあるけど。」
康隆は少し恥ずかしがりながら、思い出話をするかのように言葉にした。
三人は少し意外そうな顔をした。今まで色恋の浮ついた話が一切なかった男のその手の話だから当然だろう。守はこの話題に喜んで飛びついてきた。
「マジかよ!誰?誰?俺らの知ってる子?大学?高校?それとも中学?今でも好きなのか?」
守は興奮気味だ。岩田と諒はニヤニヤしている。
「お前らも知ってるよ。だから敢えて言わねえよ。まぁ、未練というか何というか、もし叶うならみたいな感情はゼロではないかもな。因みに、我が事ながら、気持ち悪いかもしれんけど、毎年誕生日と年明けのお祝いのメッセージは送ってるわ。まぁ、友達としてだけど。」
康隆は顔を横に逸らした。バツが悪い。
この話は大学の同期の女子にも話をしたことがある。その時は一途だ、律儀だと言われた。
「ほえ〜。康隆がそんなことをねぇ。まぁ律儀な康隆らしいと言えばらしいけど。俺らにも毎年してくれてるもんな。」
岩田がニヤニヤと目を細めてこちらを見てくる。
それよりも気持ちは少し別のところにあった。今年もメッセージを送る時期が近づいている。そろそろ何かアクション起こせよ、自分。飲みに誘うだけでもさ。恥ずかしさと自信の無さがその言葉を押さえ付ける。やっぱりダメか。いや、こうだからダメなのだ。分かってはいるが変えられない。心の中で頭を振った。こんなこと考えるのはヤメだ。
「てか、守はどうなんだよ。クソキモ童貞の話なんかどうでもいいだろ!」
康隆は強引に自分の話題から引き剥がそうとした。
守は自信ありげに息を吸って答えた。
「今同棲してんだなあコレが。もう少ししたら入籍もする予定」
「大学の時からの例の?」
諒が返す。
「そう。ありがたいことにね。」
康隆たちは口々に祝いの言葉を述べた。
そうか。世間的には家庭を持ち始める歳なのか。
康隆の周囲でも何人か結婚したらしいという情報もあった。康隆はなんだか世界に自分だけ取り残されていくかのような気持ちになった。
酔った守が惚気話を始めた。
自慢好きの彼らしい。過去の話ではないのが珍しいが。
康隆はそれをほとんど聞き流しながら、メニューを眺めた。
何かお酒を飲みたいが、既に酔いで鼓動が早くなっているのを感じている。
康隆は冷静になる為にもメニュー選びに集中しようとした。