別離のローティーン
中学校に入学すると学区内の他の小学校から上がってきた子たちも合わさり、同級生が一気に増えた。
苦手に感じる子も面白そうと感じる子もいた。
クラスの数が増えて物理的な距離ができたこと、授業時間が伸びたこと、部活が始まったことなどが重なり幼馴染四人の繋がりは以前よりは弱くなった。
特に、各々が新しいコミュニティに属するようになったことが大きな要因となった。クラスや部活で知り合った子と連むことが多くなったのである。諒や守はスポーツクラブが同じ子も多く、すぐにそれらの子の周囲とも打ち解けた。
康隆以外の三人は人付き合いが昔から上手だったから当たり前の流れであった。それに対して康隆はほとんど小学校の頃から仲の良かった子とばかり連んでいた。
部活は岩田と同じ卓球部に所属したが、彼は次第に実力を表していったのに対して、やはり康隆はスポーツというものに向いてなかった。だから、部活内では少し腐ってしまっていた。それでも引退まで続けられたのは、その競技が好きだからではなく、岩田やその周りに新たにできた繋がりのおかげだった。小学生の頃に通っていたスイミングスクールの時と同じである。
そうやって繋がりが薄まり、時間がなくなることで遊ぶことも少なくなった。
未だに彼らはゲームにも夢中だったため、一人の時間が増えた康隆は今まで以上にのめり込んだ。たまに遊んだ時に皆をあっと言わせるためだ。
そのことと新しく授業で教えられることに興味を持ったこと、そして定期テストで順位が出されるということに対する熱が康隆を学校でより引きこもりにしていった。
定期テストや模試の近い時期や宿題の出されている時の長い休み時間は必ず勉強をしていた。問題集の問題を解いたり、教科書のより深い部分を知るために資料集を読み込んだ。それが面白かったというのもあるが、努力が数字で結果として表れ、他人から一目置かれるというのが嬉しかったのだ。宿題は終わらせてしまえば、家でゲームをする時間を増やすこともできる。また、分からない子に教えを請われるということも嫌いではなかった。
より知っている事柄が増えるにつれて本を読むことにもよりのめり込んでいった。テストの時期が終わると必ず本を読み続ける日が続いた。この頃、家にインターネットとパソコンが導入され、今まで知らなかった情報が手に入るようになったことも大きい。昔から好きだったロボットアニメシリーズの外伝小説や話題の小説をそれによって知ることができたのだ。
部活では結果は出せなかったものの、日頃の勉強と読書によって学力で結果を残せるようになっていった。学年でも指折りの順位をいつも取っていた。
そうなれば、受験する高校の目標が高くなるのは当然のことだろう。ただ、所謂五教科と美術以外の教科の内申点は良くなかった。興味が全くなく、最低限の勉強をしなかったため、そもそも体育は苦手だったためである。そのため、志望校は地域で二番目の偏差値の高校になった。そうして勉強の目標は作られた。
中学生にもなれば、将来のこと、特に職業について考えさせられる授業が増える。
その中でも特に大きなイベントは二年生の半ばにあった職業体験である。本当に興味のある職業、またはより楽ができる職業の体験を生徒たちは選ぶ。
康隆は折角の機会だから、簡単にはできないことに挑戦しようと考えた。特段この時点ではどの職業に就きたいという気持ちはなかった。
そこで選んだのは地元のケーブルテレビの職業体験だった。
その職業体験では、ケーブルテレビの取材の同行と手伝いだけでなく、自分自身の中学校を紹介する番組を実際に撮影し、編集してケーブルテレビで放送するという貴重な体験ができた。
この職業体験には他に二人が一緒に参加したが、そのどちらも康隆とは割と仲が良い子で、その番組作りもお互いにちゃんと意見を言い合えたため、スムーズにはできた。
一つの作品を作り上げた、ということで絵を描く時と同じような達成感を得られた。しかも、この番組は同学年の全てのクラスで視聴され、面白かったという感想を幾つも貰った。その評価も嬉しかった。初めて名前も知らない人に評価をされたのである。ただ、その面白かったというのは内容もさることながら、康隆の少し変わったキャラクターもあったようだ。当時の康隆はまだ大きな失敗を知らない無垢な少年で、番組を撮影する際には初めての緊張に舞い上がり、変なことを色々しでかしてしまったのである。そうして土井康隆という少年は変人、しかも頭は良いらしい、ということで同級生内では有名になった。これにはクラスの中心になっていた子や教師の覚えの良い優等生たちも一目置くようになった。
この経験によって康隆はぼんやりとだが、将来は何かを生み出す仕事がしたいという思いを抱くようになった。自分の手で作ったものが評価され、誰かを幸せにする。それに心地良さを感じたのである。
そして、康隆の前に出にくいという殻を破るきっかけともなった。彼の人生の分岐の一つであろう。
「はじめまして!土井くんだよね?アタシ、北川優菜!学校紹介番組面白かったよ。」
三年生になってクラス替えのあったその日の休憩時間、彼女は席に座ったままの康隆に話しかけてきた。
彼女は肩にかからない程度の長さに揃えた茶色がかった髪をした少し男勝りな女の子だった。顔の横の髪は邪魔なのか、よく耳の後ろにかけていた。
あの映像を観て康隆のことを知ってくれていたようだ。
「アタシのこと知ってる?塾も一緒なんだけど。」
康隆は中学校になって大手の学習塾に通っていた。喋ったことは今までなかったが、その塾で彼女のことは何度も見かけていたし、彼女の従兄弟である中学校の同級生とは仲が良かったので、名前は知っていた。
だが、そんな初めてだけど、初めてではない挨拶とあまり深く接したことのない女子という存在に康隆は少し戸惑ってしまった。
「知ってるよ、北川優菜ね。一年よろしく。」
優菜は明るく笑った。笑うと目が細くなるようだ。
何か話題はないだろうか。そう考える社交性ぐらいは康隆にもあった。
「桂諒って知ってる?知り合いだってアイツから聴いてるけど。」
「知ってるよ。何度か塾で喋ったことあるもん。」
「そうなんだ。アイツとは幼馴染で、もう十年来の仲なんだ。世間って結構狭いな。」
「十年って凄いね。」
また目が細くなった。
優菜はクラスの中心人物の隣、という感じの立ち位置で、殻を破った康隆とは似た立ち位置だった。しかも、男女の隔てなく仲の良い子がおり、男子と話すのも上手かった。
康隆も優菜とは話がしやすく、クラスでは勿論、塾でも良く話をした。
文化祭や体育祭、合唱コンクールの時はクラスの中心人物を助けるという位置の中で協力し合うことも多かったし、勉強を教えてあげることもたまにあった。
康隆が三年生の時のクラスは仲が良かったが、その中でも康隆を含む中心人物たちは仲が良く、初めて女友達と呼べるものもできた。
康隆からすればチームとして達成感を得られ、自分の役割もしっかりと感じられたこの時期は数少ない所謂『青春』と呼べた。
中学校生活も終盤に差し掛かり、高校授業が迫ってきた。
志望校を決定する最後の三者面談でも以前決めた志望校には受かる可能性は十分にある、と受験は止められなかった。
康隆本人も模試の判定も良く、当日しくじらなければ大丈夫だ、という自信があった。
受験校が確定すると、仲の良い友人たちの間ではやはりどこを受験するのかという話が良く出た。
岩田はあまり勉強に熱心ではなかったため、少し簡単な高校を、諒と守は地域で三番目くらいで、康隆の第二志望校の高校を、優菜は同じく地域で三番目くらいの別の高校を志望していた。
この話をし、康隆の志望校と優菜の志望校が一切被っていないことを知ると、優菜は少し暗い顔をした。康隆も折角の友達と確実に別々の進路になると思うと少し辛かった。
受験本番のテストの時、あまりの緊張で康隆は不安だらけになった。面接の時は待たされている間、心臓が破れてしまいそうだった。解答速報を基にした自己採点では十分に受かる可能性があった。不安はあったが、少し自信がつき、第二志望校のテストは余裕を持って解答することができた。
あとはもう神頼みだった。
結果が発表されるまでの一週間、勉強から完全に解き放たられた康隆はクラスの中心人物たちと男女一緒に遊園地に遊びに出かけた。
受験を終え、縛るもののなくなった子どもたちは何も考えずにジェットコースターやお化け屋敷を満喫した。受験後は中学校に入って最も何にも縛られない期間だ
康隆は高所恐怖症のため、ジェットコースターを降りた時には手が震えていたが、お化け屋敷では女子の先頭に立ってなるべく驚かないように歩くことができた。
また康隆はこの時に両親に携帯電話を買ってもらった。幼馴染連中は勿論のこと、この時一緒に行った友人たちとはすぐに連絡先を交換した。今まで他の子が持っていて、自分が持っていなかったものを手にし、より友人たちとの繋がりができたのは嬉しかった。特に、優菜が自分の携帯電話を持って彼女の連絡先を登録している楽しそうな横顔は目に焼き付いた。
受験の結果が発表された。
康隆の受験番号は第一志望校にはなかった。
何度確認しても、その番号が浮き出てくることはなかった。
第二志望校には受かってはいた。今までの模試などの結果からすれば当然だと思えた。
康隆は絶望した。
今までの勉強は、努力は何だったのか。いつも自分よりも低い点数だった『優等生』な同級生は受かっている。内申点が低かったのがいけなかったのか。
後になって知ったが、この年の合格者の内申点は平年よりも高かった。この地域では内申点と筆記の点数で最終的な点数が決まるが、内申点は二倍されて換算される。そのせいだったのだろうか。
いづれにせよ、康隆の初めての大きな挫折は耐え難いものだった。
入学式までの間、無気力にダラダラと過ごすことになった。
そして、彼が理由のない笑顔を失い、仏頂面が固定する一因になった。
行動を起こし、前に出れば結果が出る場合もある。しかし、努力は残酷にも裏切る。自信など無意味なものだ。
所詮自分は晴れやかな主人公にはなれない、脇役か噛ませ犬なのだと康隆は思うようになった。