過ぎ去りしグローリー
「しかし、懐かしいよな。あの頃は毎日が楽しかったし、最高だったよな。可能ならもう一度戻りたいね」
少しずつ酔いも回り、空腹もある程度満たされたところで守がそう切り出した。思い出話に耽ていると皆そう感じたようだ。
「毎日遊んでゲームばかりしてたよな」
岩田が飲み物を飲み干す。
「そうそう!ホント、お前ら二人は毎日ゲームばっかりだったよね。一番進んでたしね。」
諒は頷きながら言う。
「今でも休みの日は対して変わらねえよ。ゲームがパチンコに変わっただけで」
岩田はパチンコのハンドルを握る仕草をした。
「まだパチやってんのかよ。俺はギャンブルは一切やらないことに決めたんだぞ。」
康隆は学生時代に競馬を嗜んでいたが、今では現金を賭けず、純粋なスポーツ競技として楽しんでいる。
「ゲームもパチンコも変わらんて。むしろ激アツ演出の興奮はゲーム以上よ。まぁ、あの頃のゲームのように一直線に夢中って訳でもないけどな。」
「それはそうだろうな。俺もあの頃が全盛期だったな。小学校から高校ぐらいがさ。」
守が腕組みをして想いを馳せ始めた。
「一所懸命に練習して、勉強して、大会で勝って、テストで良い点数取ってさ。今なんか頑張ったって中々結果が出ないもんな。」
「今は今でお金もあるし、やり甲斐もあるけど、辛いことの方が圧倒的に多いもんね。」
諒が守に同意する。同じ職業で余計にお互いの苦労が分かるのだろう。
康隆は今も昔も大きくは変わらない。今は今で、昔は昔で、良いことも悪いことも変わらない。
「全盛期があるだけいいじゃん。俺なんか今まで何も成功してこなかったんだぜ。まぁ、毎日が休みみたいな昔は今欲しいけどさ。」
康隆はそう言って、数えて二杯目になるジンジャーハイを飲み干した。かなり酔ってきた。もうアルコールはやめよう。
諒と守が少しギョッとした。
「またー、悲劇の主人公気取りかい?俺よりも良い成績だったのにさ。」
守が口を尖らせる。
「けど、結局志望校には受かったことないし、守みたいになんかの賞を貰ったり、大会で成績を残したりもしてないぞ。」
「そりゃそうだけども、お前よりも下の境遇のヤツだっていっぱいいるじゃん。」
岩田がメニューを眺めながら言う。
「下なんか見てどうすんだよ。俺は満足してないんだよ。贅沢かもしれんけどな。」
卓上のフライドポテトを口に運ぶ。
下だって上だっていくらだっている。なら上を見た方良いに決まっていると常々考えていた。ただ、それに対して努力をさほどしていないのではないか、という自分への疑念も抱いていた。
「上を見続けのは良いことだよ。でも、過去は変えられないんだから、良い思い出にしとかないとさ」
諒もフライドポテトに手を伸ばす。
過去に後悔はしていない。今の自分が形作られ、今の満足できる交友関係を作られたのも全て今ある過去のおかげだからだ。
『成功者』だったらどうなっていただろうかと考えることもある。だが、それは即ち失敗した先で出会った人々とは出会えないということでもある。それは嫌だ。
「今は、仕事はどうなんよ?」
諒が問いかけてきた。
少し言葉に詰まってしまった。
「怒られてばっかしよ。全然何の能力もないしな。頑張った結果が売上とか客からの声で分かるのだけは良いけども」
三人ともへぇ、という感じの顔だ。
「いいじゃん、いいじゃん。俺なんか頑張ったって結果を出すのは子ども次第なんだから分かりづらいものよ。達成感は分かち合えるけども、昔の方が分かりやすかったな」
守の声は尻すぼみだった。成功者の道を歩いてきた者の苦悩なのだろうか。
「確かにそれはあるね。どんなに頑張っても結果に繋がる訳でもないもんね」
諒が同意する。
すると急に岩田が笑い出した。
「お前らホントにマジメだな!俺なんか金と休みさえ十分に貰えればオーケーだっていうのに。可能なら頑張りたくねえよ。生きるための仕事であって、仕事のために生きてる訳じゃねえもん。」
岩田はいつも自分の楽しみや楽さを考えている。可能なら頑張りたくない、楽したいのだ。頑張らなくても年功序列で給料が上がるから今の職業なのだ。
「それ以外に今は生きる目標がないんだよ。悲しいことに。何か能力を身につけたいっていう理由でこの職業を選んだ訳だし。」
康隆は拳を強く握った。確かに楽して生きる道も羨ましい。しかし、それでは何もないままだ。
「肩の力抜けよ。頑張りすぎたら倒れちまって元も子もないぞ。」
岩田が今度は真面目な声色で言った。
「そうな。やっぱり成功体験ってのは大事よな。俺だってあんだけ大会で勝ってなきゃ今どうなのか分からんしな。」
守は遠くを見るかのように話した。
「やっぱりあの頃は今より幸せだったかもな。ある意味で。大きな失敗なんてものもないし、頑張れば結果がついてきたし。」
守に釣られて四人とも昔に想いを馳せ、少し黙ってしまった。
しかし、自分らしくない、と言って守が笑って雰囲気を壊した。
昔は良かった。そう思うのはよくある話らしい。だが、きっとそれは過去に栄光がある人か、現実逃避をしたい人だろう、と康隆は考えた。
康隆は嫌なことを少しでも忘れるため、寂しくなった口を慰めるためにメニューを手に取った。