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懐かしきフェローズ

「おう、生きてたか〜?」

 緩い声で話しかけて来たのは岩田だった。厚手の黒いジャンパーとジーンズ姿で寒そうに両手をポケットに入れて肩を上げている。面倒くさがりな彼らしい。

 康隆が店の前で待ちはじめてそれほど経ってはいなかった。

「健康なことだけが取り柄だからな」

 康隆はいつものテンションで応え、スマートフォンを左ポケットに仕舞った。

「相変わらず気が早えよな、康隆は」

「いや、もうほぼ予約の時間だからな。逆にみんなはルーズだな、相変わらず」

 二人して少し笑った。

「遅れてすまん、すまん」

 康隆と岩田が合流して数分後、駅の方面から桂諒が加護守を連れてやって来た。どうやら電車か駅で合流して一緒に来たようだ。見るからに優しそうな顔の諒はベージュのコートにジーンズ、甘い顔をした守は黒いジャケットに白いスキニー、白いスカーフといった姿で、康隆や岩田よりも断然オシャレに気を遣っているようだった。諒の耳や服の隙間からは銀に光るアクセサリーがチラリと見える。これも彼ららしい。

 二人に会う度に思うことだが、何故彼らの周りに人が集まり、異性同性問わずにモテるのかが分かる。どうやれば彼らのようになれるかは分かるが、康隆には実行することはできなかった。どうせ自分なんて、という考えと自分の顔の作り、そして生来の頑固さが邪魔をしていた。

 揃って店内に入ると大学生くらいの若い女性の店員が出迎えてくれた。予約の名前を伝えると店の一番奥の他の席とは区切られた座敷の個室のような席に案内された。女性店員は簡単にメニューとオススメの説明をしてくれた。名物は鶏肉のホロホロ煮込みらしい。

 各々上着を脱ぎ、ハンガーにかけだす。康隆の頭は取り敢えずは何を頼もうか、という考えに支配され、先程調べていたネット上のメニューが脳裏に浮かぶ。

「取り敢えず飲み物を頼もうか?」

 腰を下ろして真っ先に声を上げたのは守だった。

「なら、『取り敢えず生』」

 諒がそれに応える。

「しょうがねえから生な」

 岩田も渋々応える。

 康隆は一瞬だけ躊躇したが、すぐに決めた。

「俺はハイボールで。ビールなんて汚水飲めたもんじゃないからな」

 康隆はビールが大嫌いだった。元々アルコールには弱いが、ウィスキーやワイン、日本酒といったものの味は好きだったが、ビールだけは一向に体が受け付けなかった。何故日本人に好まれるのか、どうして美味しいと感じるのか、というメカニズムは知っていたが、身体は理解できなかった。

「お前も難儀だなぁ。飲食やって、ビール売ってんのにビール嫌いなんてな」

 そう言って岩田が笑う。

「まぁしょうがないさ。俺たちの仲だ、嫌なものは嫌で行こう。」

 諒がおしぼりで手を拭きながら優しく言った。

「OK。」

 守はそう言ってインターホンを鳴らした。

 変わり者でも受け入れてくれる。そんな彼らのことが康隆は好きだった。類は友を呼ぶ、とも言うから、彼らもある種の変わり者なのかもしれないが。

 岩田が変わり者なのは間違いない。後の二人は『変わり者』の目からは判断できない。


 最初の飲み物と適当な軽い注文が終わり、席に飲み物が運ばれてくると久しぶりの集合の空気感は薄らいだ。

「カンパーイ」

 ハイボールの炭酸が喉を刺激し、アルコールが体内に入る感覚がした。

 一口、喉を潤したその後の第一声は守だった。彼はいつも率先した発言者だ。学校の先生に最も好かれる優等生なのだ。

「みんな仕事はどうよ?今何やってる?」

 口元の泡を舐めながら答えたのは岩田だった。

「俺は今も警察よ。未だに寮生活やってんだ。」

 彼は大学卒業後、警察学校に入り、そのまま県の警察官になっていた。彼の父親も警察官だったのだが、岩田は安定した高給を求めてこの職に就いていた。面倒くさがりな子供の頃からの彼の目標でもあった。

「俺もまだ教師やってるよ。担任と部活の仕事がキツくてねえ。」

 諒は少し遠い目をしながらそう言った。諒は昔から先生になることを目標として今に至っている。優しく、皆に好かれる彼には向いている仕事ではあると思う。

「みんな税金の僕かぁ〜。俺は一応、飲食業やってんだ。『食』を『職』にしてんだよ。まだまだ産まれたてのドペーペーで、小さな店でだけど。」

 康隆は夢や目標があってこの職を選んだ訳ではなかった。ただ食べることと作ることが好きで、自分が最もどん底にいた時に心の支えだったのは食べ物だったし、自分自身に全く自信がなく、何かの技術を身につけられれば、多少は自己肯定感も増すのではないかとも考えたからに過ぎない。体力勝負や薄給がさほど苦には思えなかったから選ぶこともできた。未だに目的は達していないし、寧ろ調理師学校を出ていないことや、そもそもの技術のあまりの低さに、辛い思いをすることは多々あった。

「まだやってたんだ。転職したって聞いたからてっきり足を洗ったもんだと。」

 守は怪訝そうに言う。

「まぁ、前の会社は嫌で辞めた訳じゃないしな。もっと技術的なこと学べたらなあと思ってのアレだったから」

 康隆は新卒としては大手の飲食チェーン会社に就職していた。誰もが知る全国区、世界展開もする大手ということで安定もあったが、康隆はそれよりもチャレンジと自己肯定感のアップを求めたのだった。大手チェーンはやはりマニュアルやセントラルキッチン、プライベートブランドがしっかりとして、誰でも同じクオリティのものが作れる代わりに、学べる技術というものは少なかった。他にも多々理由はあったが、それが一番大きな理由だった。

「相変わらず意識高ぇなぁ。そんな技術どうこうなんか全く思わねぇもんなぁ」

 岩田は関心していた。

「いや、意識高くても何もできなかったらダメダメよ。」

 康隆は手を振って岩田の発言を否定した。

「ふーん。あ、俺も先生やってるよ。忙しいけどやり甲斐に満ちてるね。」

 守も諒と同じく、昔から教師に憧れて、その職に就いていた。

 康隆以外の三人は一応、夢、目標を叶えて今の職に就いていた。康隆は少し引け目を感じた。

「でさぁ、この間、顧問している部活の子たちが地区大会で優勝したんだけど、それは先生のおかげだ、なんて言ってくるから嬉しくなっちゃったよね。まぁ、昔の自分の経験が生きたかなあとは思うけど。」

 そう嬉しそうに語りながら守は早くもビールを飲み干した。

 いつもの自慢話が始まった。

 彼は昔からそうだ。優等生、文武両道でいくつものテニスの大会で結果を出してきた。彼はその度にその結果を自慢げに語った。

 その度に康隆は思った。でも、俺より勉強の成績悪いよな。先生から好かれているだけで。

 自慢はしなかったが、康隆はこの四人の中では一番、学区内でも指折りの五教科の成績であったのだ。それも今は昔の話だが。

 とは言っても康隆は守のことは完全には嫌いになれなかった。身近な成功者で、その口から発せられる体験は自分の知らない興味深いものだったからであろうか。

「それはすげえ。俺なんて部活の顧問やりたくて先生になったのにその他の仕事で大変でさ。例えば、テスト問題作るのに何日も遅くまでサービス残業して、その採点でも残業してるわ」

 同業者の諒が話に乗る。辛いと言いながらも少し嬉しそうだ。好きな仕事、やりたかった仕事だもんな。

「流石、天下のブラック職業様だもんな。同じブラック業種から見ても絶対やりたくないわ」

 康隆はそう言って軽く笑う。

「そう言うお前も教員免許持ってるんだらあ?」

 岩田が方言混じりに茶化してきた。懐かしい感覚だ。

 確かに康隆は教員免許を持っていた。入学した大学のカリキュラム上、教員免許取得の為の単位が必修だったからだ。本心ではどうでもいいと思っていた。

「まぁな。子供は好きだし、教えるのも好きだけど、それ以外のことが嫌いだからな〜。なんなら昔っから教師っていう生き物が嫌いだったからな」 

 康隆はハイボールを一口飲み、また続けた。

「第一、夢も目標も達成したことのない奴に、『夢や目標の実現に向かって頑張りましょう』って子供に言う資格はねぇよ。誰が俺なんかに指導されて嬉しいんだよ。」

 三人ともが、また始まった、という表情をした。最後にみんなで集まった時もこのような話をした気がする。

「相変わらず捻くれてんなぁ。」

 諒が呆れる。

「律儀なヤツなんだけど、捻くれてんだよなぁ」

 岩田は鼻の下を擦った。

「こういう捻くれ者を産まない為にも頑張らないとな!」

 守が声を張って少し笑った。

 自分なんて、というのは全くもって本心だった。

 懐かしい面々とのくだらない会話に、康隆のそんな卑下の感情よりも、温かい感情の方が大きくなってきた。


 

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