第97話 決意
私は、翌朝の朝食が終わってすぐ、みんなに話があると言って引き留めた。
スー、アイン、マチネ、ソワレ、そしてインテルメッツォさんも居た。
「私とスーが、王立図書館で文献を調べる。アインとマチネ、ソワレが南の海岸線を調べる。インブロリオについては、クプレ大臣にお任せする。そうやって、分担したらどうかな」
アインが私をにらむように見る。
私はアインの青い瞳をはっきり見つめながら言葉を紡ぐ。
「私なりに、考えたの。なるべく早くクラテーレに向かいたいけど、気になることははっきりさせてからの方がいいと思う。壁画のこと、インブロリオのこと、モナルキーアにあるかもしれない遺跡のこと……」
アインは、何も言わず、ただ黙って聞いている。
「探索の旅は、アイン達だけの方がきっと早いでしょ。一方で、書物を調べるのは、スーが適任。私も、多少は読み書きが出来るから、手伝いは出来ると思うし」
きゅっと唇を噛む。
胸を締め付けるような沈黙が流れる。
「私が言うのもなんだけど……心配じゃないの?」
マチネが言った。
隣で膝を折っているソワレは、目をつぶっている。
「何が?」
「何がって……私が、アインとそういうことをしないかってこと」
マチネの表情は、本当に心配そうな顔だった。
彼女とは、なんのしがらみもなければ、仲良くなれるような気さえする。
「それを決めるのは、アインだから」
私はどうにか笑顔をつくってアインを見た。
アインは、相変わらず難しい顔をして私を見ていた。
「私は、トリル様の意見に従います」
スーが真面目な顔で私を見る。
「いえ……私は、トリル様を支えます。旅の仲間として、そして友人として」
ありがとう、と小さく言って、私はアインをあらためて見た。
アインは少し長く息を吐いて、目を閉じて、口を開いた。
「わかった。では、支度ができ次第、南に向かう」
アインが立ち上がり、さっさと食堂を出て行った。
私は思わず立ち上がってしまい、自分に視線が集まったのを感じた。
マチネが私を見ているのに気付いたが、彼女は苦笑して、手で払うような仕草をした。
私は食堂を出た。
「アイン!」
もう大分進んでいってしまったアインを、私は呼び止めた。
アインは振り返り、私が近くに行くまで何も言わなかった。
「私の気持ちは、変わってないから」
アインは、何も言わない。
少し、目に力が無いような気がした。
「悩み抜いて出した結論なの。みんなの前では言わなかったけど、続きがある。聞いて」
私はアインに触れられそうな距離にまで近づいて、言葉を次ぐ。
「すべての種族と繋がりをもって、闇の力の人達との戦いが終わったら、一緒に旅に出よう。それで、ケンタウロスを探すの。一年……ううん、半年だけでもいい」
「それは、俺も望んでいたが……」
「それでケンタウロスが見つかったら、マチネの望みは果たされる。私は、心置きなくアインと一緒にいられる」
「その半年で、見つからなかったら?」
私は頑張って笑顔をつくる。
朝、早く起きて、何度も練習をしたからきっと大丈夫だ。
「マチネに、協力してあげて」
アインの眉間にしわが寄る。
「そして、私の隣に戻ってきて」
そう言って私は、アインのジャケットを掴んで、ぐっと顔を引き下げさせた。
そして、彼の頬に軽く口づけをした。
「南の旅、気をつけて行ってきてね」
顔が熱い。
でも、今はこれが精一杯だ。
「俺が……」
「ん?」
「旅の中で、ケンタウロスの男として欲情にあらがえなくなったら、どうする」
「そうなったら、そうなってから、考えるよ。いっそ私の、気持ちの踏ん切りがついちゃうかもしれないし」
嘘だ。
きっと、すごく動揺する。
その事態について想像するだけで、ドロッとした感情がお腹の奥に熱を帯びる。
でも、信じる。
きっと、うまくいく。
根拠は、ないけど、そう信じるしかない。
「まずは、お互いに出来ることをしよう」
私が言うと、アインはわずかに微笑んで、踵を返して自室に入っていった。
食堂に戻るのもはばかられて、私もそのまま自室に引っ込んだ。
塩で歯を磨いて、街中を歩けそうな服を選び、それを着た。
スーの部屋に向かい、扉を敲く。
「スー、入っていい?」
「はい、どうぞ」
部屋に入ると、スーも身なりを整えていた。
「お話は、どうでしたか?」
「うん……ちゃんとできた、かな」
私は、さっきアインに伝えた考えを、スーにも話した。
「きっと、見つかりますよ。私も、出来る限りのことをします」
「うん、ありがとう」
スーがいてくれてよかった、と思う。
この人がいなかったら、たぶん、孤独感に苛まれてどうにかなっていた。
「では、トリル様の提案通り、私達は王立図書館で調べものですね」
「勝手に決めちゃったけど、スーはそれでいい? 仕事もあるのかな、ってちょっと心配だったんだけど」
「国のためにすべきことより、今は、友人の傍にいたいですね。私、トリル様と違ってわがままなんです。知りませんでした?」
ふふ、とスーが笑う。
私も、つられて笑ってしまう。
「父にも、できる限りのことは協力すると言ってもらっていますし。クプレ大臣は王都にある書物をすべて一度以上見たことがあると言われている賢人ですから、きっと数日の内に何か情報を得られるでしょう」
「それじゃ、アイン達が帰ってくるまでに、私達も何か新しい発見をしなくちゃね」
私達は頷きあって、一緒に部屋を出て、屋敷を入ってすぐの広間でアイン達を待った。
ほどなくして、アインとマチネ、ソワレの三人が支度を終えて出てきた。
「一週間ほどになると思う」
アインが言った。
「ただ走るだけなら半分で済むだろうが、人が踏み入らない場所はあらかた見て回りたいからな」
私は頷いた。
「私とスーは、今まで見てきたものに繋がる資料を探してみるよ。収穫があるかどうかは分からないけど」
「それは、俺の方も同じことだ」
アインが笑った。
彼の笑顔を、久しぶりに見た気がした。
私も笑った。
アインの前で、普通に笑えたのは、久しぶりだ。
次の瞬間、アインが私を抱き寄せた。
私は抵抗することなく、抱き寄せられた。
そしてアインは、何も言わずに広間を出ていった。
「トリル」
マチネが近付いて来て言った。
「少なくとも、旅の危険から彼を守ることは約束するから」
「一番危険なのはマチネだけどね」
私が笑って言うと、マチネは驚きの表情を浮かべてから、噴き出した。
「あはは、そうかもね」
そう言って、ケンタウロスの美女は言葉を次ぐ。
「アインがあなたに惹かれたのが、よく分かる。あなたは、魅力的だわ」
手をひらひらさせて、マチネも広間を後にした。
妹のソワレは、何も言わず、姉についていった。
これでいい、と私は自分に言い聞かせる。
アインが大切だし、ケンタウロスという種族も大切だ。
紫眼の乙女の役割ということではなく、私という人間が、あらゆる種族みんなと繋がっていけることを望んでいるから、これでいい。
「それじゃ、王立図書館に案内してもらっていいかな」
「もちろんです」
笑顔のスーに連れられて、私は屋敷を出た。
王立図書館は、宮殿にほど近い場所にあった。
白い石壁が高く、広くそびえている。
入り口には衛兵がふたり立っていて、スーが許可証を見せて通してもらうことが出来た。
ノルドの図書館は、町の一角にあるくたびれた建物でしかなかったので、あまりの違いに目が丸くなる。
「まるでお城だね」
歩きながら小声でスーに言うと、スーは笑った。
「それはそうですよ。だって、王族か宮廷魔術師、近衛騎士団くらいしか基本的には入れない場所だったんですから。アリア陛下が、定期的に一般開放しているので、多くの人が入れるようにはなってきましたけどね」
そうなんだ、と感心しながら私達は書架にたどり着いた。
所狭しと並べられた背の高い本棚に、本がぎゅうぎゅう詰めになっている。
私が知っている本棚は、どれも空間が広がっていたので、新鮮な光景だ。
「こっちです」
スーが私の手を引いて、二階の書架に進んだ。
「禁書有、要許可」と書かれた札を見ながら、私達は少し暗くなった書架に入る。
「一般的な書物に、私達が求めていることが書かれているとは思えません。このあたりの本を、片っ端から読んでみましょう」
「でも、私、読み書きは出来ても、さすがに古い言葉は読めないよ」
「私が古い言葉のものを担当しますから、トリル様は今の言葉に直されているものを当たっていってください」
こうして、私とスーの書籍調査が始まった。
どの本も埃まみれで、長年誰の手にも触れてきていなかったことは明白だった。
壊したりしないようにと丁重に扱って、目を通したら棚に戻す。
関係ありそうなところに差し掛かるとゆっくり読み、そうでなさそうなところはどんどん読み飛ばしていく。
そんな読み方で進めていくと、途中、司書に声をかけられた。
「がんばってるわね、スー」
顔を上げると、亜麻色の髪を長く伸ばした、透き通った緑色の瞳の女性がいた。
「母様」
スーが言う。
司書はスーの母親で、手には私達の昼食にとパンとお茶を持ってきてくれていた。
確かにスーの顔立ちに似て、優しそうな雰囲気の人だった。
お礼を言って昼食をとり、それが済むとまたすぐに本を読み漁った。
あらためて、本棚を見る。
結構な長期戦になりそうだな、と思った。
読後感と必然性を大切にしたい、作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




