第96話 晩餐会
「堅苦しいのはやめにしよう」
謁見の終わり際に、アリア女王が明朗に言った。
「椅子に座って格式張った食事など、話が弾むはずもない。暇な貴族達を集めて立食形式にして、それぞれの旅の話を聞ける形にした方が面白い」
賢明な大臣はすぐに部下を呼び、あれこれと指示をし始めていた。
「用意が出来たら、それぞれの部屋に使いを寄越す。それまで、ゆっくり休んでくれたまえ」
女王との謁見が一応済んで、私達はスーの屋敷に戻り、それぞれにあてがわれた部屋に戻った。
「陛下が立食を提案したのは、アイン様達ケンタウロスに配慮してのことだと思います」
帰り道で、スーが言った。
威厳と気品がありながら、どこか気さくな感じがするのは、やはり水人のシェーナ女王を思い出させた。
スーが、シェーナ女王について話していたときにアリア陛下を引き合いに出していたのが今になって分かったような気がした。
私が部屋に戻ると、ほどなくして女中さんが来てくれた。
「お召し物をお持ち致しました」
言われるがまま、されるがままに袖を通し、私は濃い紫色を基調にしたドレスを身に纏った。
髪を梳ってもらい、口紅もさしてもらった。
女中さんにお礼を伝えて、私は鏡の前に座る。
今までしたことがない化粧の数々を施してもらって、鏡の中の自分はそれなりに見られる姿になったように思えた。
ただひとつ、表情を除いては。
我ながら情けない顔をしていると思う。
浮かない顔というのは、正に、今、鏡に映っている顔のことだ。
考えないようにすればするほど、予言のことを考えてしまう。
「赤い月の夜、鳥の嘴にて、紫眼の乙女が生を受ける。乙女が十六の年、白い馬の王子に命を救われる。ふたりは七種族の失われた絆を紡ぎ、世界に平和と安寧をもたらす」
「ふたり」の役割は、七種族の絆を紡ぎ、世界を平和にすることだ。
確かに、これまでに辿ってきた旅の足跡を振り返ると、自分たちは各種族の関係を築いたり、深めたりすることが出来てきたように思う。
スーが報告したように、古代遺跡の壁画で分かったことなんかも重大だったとは思うが、自分にとっては村で、街で、国で出会った人々との時間こそがかけがえのないものだった。
ただ、あらためて気になり始めたことがあった。
予言の記述の終わり方だ。
記された二人がどうなるのかまでが書かれていない。
「ケンタウロスが滅びるのを、あなたは望んでるっていうのね」
マチネの言葉が胸に刺さる。
いや、ずっと刺さっていた矢が、あらためて内側を抉ってくる。
私達の旅によって、失われた絆が紡がれたとする。
しかしすぐに、その内の種族のひとつは滅びてしまった、というのでは、予言が実現したことにはならないのではないか。
すべての種族に平和と安寧がもたらされる、というからには、アイン達ケンタウロス族の復興もそこに含まれていて然るべきだ。
私の役目は絆を紡ぎ直すことで終わり、アインにはアインの、残されたケンタウロスとしての役目がまた別にあるのではないか。
「妥協点を見つけることが大切だ」
アリア女王はそう言った。
この場合の妥協点は、なんだろうか。
旅の間だけはアインを想うこと?
体の関係は仕方ないと思うこと?
私はあらためて鏡を見た。
黒い髪、紫色の瞳。
私が紫眼の乙女である証。
こう生まれついていなければ、アインに出会うことはなかっただろう。
そうしたら、こんなに苦しい思いをせずに済んだだろう。
「種族の存亡か、個人の感情か」
ひとりごちてみると、私の目の奥は、燃えるように熱くなった。
にじんだ鏡の中に、ティアドロの石が見えた。
私は首の後ろに手を回し、もらったあの日から初めて、首飾りを外し、化粧台の前にそっと置いた。
迎えが来て、私は立食の会場に向かった。
会場には相当な人数が集まっていたが、それを許容してもなお広い広間だったので、十分に歩き回りながら、テーブルに並べられたたくさんの食べ物を手に取ることが出来た。
貴族の興味は、もっぱら三人のケンタウロスに集中していた。
特に私は、予言について詳細が秘密にされていることで存在が薄くなっており、人の波に酔いそうになりながらそこそこ食事を楽しんだ。
しかし、ある程度お腹が満たされると手持ち無沙汰になり、私はテラスに出た。
ふぅ、と息をついて、風を感じる。
会場は高い層にあったが、森人の里よりは、ずっと低い。
賑わいも、ミノタウロスの酒場より静かかも知れない。
気持ちが落ち着かないのは、アインとケンタウロスのことが頭から離れないことに加えて、旅を中断しているからなのかもしれないと思った。
はぁ、とまたため息をつく。
「おや、トリル嬢」
声に振り向くと、そこにいたのはバルカロール氏だった。
「気分がすぐれませんか」
「ちょっと、食べ過ぎちゃって」
彼は相変わらずの大きな声で笑った。
「旅の中で、カストラートと戦ったとか。スーブレットから聞きました」
「こてんぱんにされちゃいましたけど」
彼が大きく首を振る。
「奴は特殊だった。おかしな力を手に入れる前からね。そんな奴と切り結んで、五体満足で生きて戻れただけ、君が優秀な剣士だったということだよ」
頷いていいやら、否定すればいいやら、分からず私は頬を掻いた。
「貴族の宴は長い。隙を見て部屋に抜け出しても、バレはせんよ」
彼にしてはかなり小声で言葉を紡ぎ、笑いながら去って行った。
テラスに出てきている他の人達を見ると、みなほんのりと赤い顔で、疲れたようにため息をついている。
貴族は貴族で大変なんだろうな。
私は会場に戻り、そのまま人の間を縫うように会場を出た。
暗い廊下を進み、部屋の近くまでくると、後ろから蹄の音がした。
誰だろう、とは思わなかった。
見なくても、アインだと分かった。
「トリル」
半身だけふりかえって、私はアインを見た。
「ごめん、ちょっと疲れたから、部屋に戻りたくて」
カカッ、と蹄を鳴らしてアインが近づいた。
アインの視線が、私の首元に向いたことに気付く。
「あ……わ、忘れたの。着付けを全部してもらったから、一度外してそのまま……」
「トリル!」
思わず、見上げる。
眉間に皺を寄せて、苦しそうな表情のアインが立っていた。
「俺は、マチネとも、ソワレとも、一緒になる気は無い。なぜ、俺を避けるんだ」
胸がずきんと痛んだ。
「気があるかどうかの問題じゃないでしょ。種族として滅びるかどうかなんだから」
アインの顔をまともに見られないまま、私は言葉を振り絞った。
「ケンタウロスの命運とトリルとの人生なら、俺はお前を選ぶ」
アインの瞳の青が深い。
「それとこれとは……」
「違わないだろう。少なくとも、お前の中で違っていない。だから首の石を外した」
反射的に、何もない首元に手を当ててしまった。
「マチネ達が現れてから、ずっと考えているだろう。そして、身を引いて、ケンタウロスの種族が生き残ることを結論にした。違うか?」
私は何も言えなかった。
喉がぐっと詰まるような感じがして、言葉が出ていかない。
「俺は、お前にとって、ただのケンタウロスのオスか? ただの、別の種族でしかないのか?」
そんなことないよ。
たまたま、好きになった人がケンタウロスだっただけ。
アインが、たまたま、世界に残された最後のケンタウロスの男性だっただけ。
でも、そのたまたまが、大きすぎるんだよ。
「今、ここには俺達しかいない。トリルがどう思っているのか、今、言って欲しい」
「言ってどうなるの? 何も変わらないよ」
「俺が知りたいんだ!」
見つめられて、私はぐっと歯を食いしばった。
はぐらかすべきかもしれない。
何も言わないことも出来る。
でも、心の蓋が、もう限界だった。
「好きだよ……」
言ってしまって、涙があふれてくる。
「私、アインが好きだ。他の人と体を重ねて欲しくなんか無い。でも、でも……」
もう、声が震えて言葉にならない。
アインが私を抱き寄せようとして、私は反射的に腕を突っ張って遠ざけようとしたけれど、戦士の力はそれよりずっと強かった。
「道はある。必ず」
目の奥から、とめどなく熱いものがあふれてきた。
どれくらい時間が経ってしまったか、分からない。
でも、ずっとこうして二人でいるわけにはいかないのは分かる。
「会場に戻って、アイン」
私はそっと力を込めて、彼を押し戻した。
「アインは主賓だもん。ずっといなかったら、騒ぎになっちゃうよ」
「トリル、俺は……」
「教えて」
私は、鼻をすすって言った。
「アインの気持ち、知りたい」
頑張って、笑顔をつくる。
「俺は、トリルが好きだ。トリル以外の女性と肌を合わせるなど、今は考えられん」
言われて、また、涙が出てきそうになる。
色々な感情が混ざり合って、なんの涙なのか分からない。
顔が熱くなってきた。
「……さ、もう戻って。私は大丈夫だから」
アインを見送って、私は宮殿を出て、屋敷の部屋に戻った。
『トイ、トイ、トイ。陽精、私が眠りにつくまで、部屋を薄く照らして。イン・ボッカ・アル・ルーポ』
唱え終わると、部屋がふわっと明るくなった。
穏やかで、優しい光だった。
鏡の前の宝物を手に取って、私はあるべき位置にそれを戻した。
少し、胸が落ち着いた気がした。
読後感と必然性を大切にしたい、作者の成井です。
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それでは、また次のエピソードで。




