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第95話 謁見

「面を上げよ」


 宮殿の奥、謁見の間で、私、スー、そしてアインの三人が跪いていた。

 私はまた新しい紫色と黒色の、落ち着いた装飾のワンピースを着ていた。

 スーは深緑の、同じようなワンピースを、アインはいつものジャケットを着ている。

 マチネとソワレは、これまでの旅を一緒にしたわけではないので、同行しなかった。

 作法は、朝、スーに教わった。

 赤い絨毯を進んでいって、まずは正面を見ないこと。

 まっすぐ玉座を見るのは、不敬に当たるのだそうだ。

 絨毯の幅が変わる所まで来たら、足を止め、左足を引き、そのまま膝をつく。

 こうべをたれて、顔をあげていいという声がかかるまで、そのまま待つ。

 緊張して仕方がなかった。

 町娘に過ぎない私が女王陛下にお会いするということ自体が、信じられないことなのに、もしかしたら昨夜会っていたかも知れないというのだから。

 聞いたことがあるような声に、私は顔を上げた。

 玉座に座っていたのは、まぎれもなく、昨日私と言葉を交わしたモナだった。


「立って、楽にしていいぞ」


 私達はその場に立った。

 モナ、いや、アリア女王は何層にも重なった豪奢なスカートを引きながら、段差をおりて私の目の前に来た。


「昨夜は楽しかったな」


 顔が熱くなる。


「たばかって済まなかったな。だが、私としては、形式張った報告書や格式にとらわれた美辞麗句よりも、旅をした本人の生の声を聞きたかったのだ」


 女王の手が、私の頬にそっと添えられる。

 さわり心地のよい手袋が、しっとりと頬に触れた。


「私は予言を信じない。だが、そのことと、お前達がしてきた旅と時間、そして苦労を労いたいという思いは、なんの関わりもないことだ。貴重な話を聞かせてくれたこと、感謝するぞ、トリル。そしてスーブレット、アインザッツも、種族の壁を取り払い、彼らの国との関わりの門を開いてくれたこと、女王として感謝を伝えたい。たとえお前たちにその意思がなかったとしても、お前たちの旅の足跡はこの国に重大な変化と発展をもたらすだろう」


 彼女はそういって、振り返り、クプレと言った。

 声をかけられたのは、白髪まじりの長髪を波打たせた初老の男性だった。

 鋭い目つきで、どことなく近寄りがたい感じがした。


「トリル殿とアインザッツ殿には、お初にお目にかかる。私はモナルキーア王国で内政を司っている、クプレという者だ」

「ほら、こういういかめしい喋り方をする者が相手だと、昨日のような話はしづらいだろう?」


 女王が小声で言い、私に向かって片眼をつぶって笑う。

 私は、思わずクスッと笑ってしまった。


「陛下」

「分かってる、分かってる。王家らしい振る舞いをしなければな。女王陛下である私は、玉座に座ってふんぞりかえっているとしよう」


 女王はそう言って、言ったとおりに玉座に戻り、深く腰を下ろした。

 そして肘掛けに腕を預けて、手を組んだ。

 さて、とクプレ大臣が口を開く。


「大陸東側の旅、まことにご苦労様でした。そこにいるスーブレットから、おおよその話を聞かせてもらいました。古代遺跡、壁画、英雄譚、どれも興味深い話でした」


 横目でスーを見ると、彼女は小さく頷いた。

 昨日の夕方、スーがしていた仕事というのは、旅の報告だったということだ。


「赤い月の夜、鳥の嘴にて、紫眼の乙女が生を受ける。乙女が十六の年、白い馬の王子に命を救われる。ふたりは七種族の失われた絆を紡ぎ、世界に平和と安寧をもたらす……でしたか」


 大臣は、私とアインを交互に見た。

 予言の言葉が、今の私には、胸に刺さる。


「正直、私も紫眼の乙女の予言については半信半疑だったのですが、こうも順調に各種族との繋がりを築いてきたというのであれば、信じないわけにはいきません。ましてや、君達自身があずかり知らぬところでも事が動いたというのだから、なおさらです」


 大臣はそう言って、私の目をじっと見た。


「私達が、知らないところで?」


 大臣が深く頷く。


「ほんの十日ほど前のことです。クラテーレの門が、わずかばかり、開きました」

「クラテーレ? 竜人ドラグーンの国だったか。スーからは、その所在すら明らかでないというような話を聞いたような気がするが」


 アインが呟くと、大臣はまた深く頷いた。


「おおよそあの辺りだろうと予測はつきながら、そこを訪れた者はいなかった。また、モナルキーアに竜人ドラグーンが訪れたこともなかった。しかし、我が国の使者が偶然、竜人ドラグーンとの接触に成功したのだ」

「酒の香りでな」


 くっくと笑って女王が言う。


「無類の酒好きが、届く当てのない書簡を持って西の山裾を移動していた。それはもう、そいつが歩いた後をにおいで辿れるほどだったようだ。それに誘われて、竜人ドラグーンの一人が顔を出したというわけだ」


 クプレ大臣が鼻から長く息を出した。


「務めを果たしている最中に酒を飲むなど言語道断ですが、今回はそれによって彼らとの繋がりの糸口が掴めたということです。その者の話では、ヴァレ峡谷と言われる場所を通り、その先にあるカロレ台地に竜人ドラグーンは住んでいると。美味い酒を持ってきてくれれば、歓迎してくれる、という話を聞いたそうです」


 私はスーを見て、お互いに笑顔を見せた。

 アインにも向き直りそうになって、ぐっと止まってしまった。


「訪れる者を誰にするか、いつにするかということで随分話し合ったのですが、騎士団長のバルカロールと、宮廷魔術師団長のインテルメッツォが頑なにそなたらを推してな。私としては、正式な国の使者を派遣すべきだと進言したのだが」

「却下」

「……されたということだ」


 アリア女王がクスクス笑う。


「使者を寄越しても、うまくいくかもしれない。だが、物事には流れというものがある。それは予言などと大それたものでなく、ちょっとした巡り合わせだ。そしてお前達の旅は、その巡り合わせが寄り合って美しい糸を紡いでいるだろう?」


 物事には流れがある、か。

 流れが大きく変わってしまうこともあるんだろうか。


「さて……クプレが説明した通り、クラテーレへの道は開かれている。だが、お前達の旅の行く先を定めるのは、私達ではない。当人の意見、考えを聞いた上で、決めてもらおうというのが私の出した結論だが……どうだ?」


 金色の双眸が、私を見据える。


「私、は……」

「全体の利益ではなく、個人の感情で答えていいぞ」


 どきっとした。


「……妥協点を、まだ見つけられてなくて」


 私の言葉に、彼女はふっと笑った。

 視界の端で、スーもアインも首を傾げているのを感じた。


「二人はどうだ?」


 アリア女王がスーを見る。


「私は、西に発つ前にモナルキーアで少々調べ物をしたいと考えていました。インブロリオという名、古代遺跡の残滓、数々の物語など、旅の中で気になったいくつかのことを、宮廷魔術師達の知恵と知識を借りながら整理しようと思います。ですから、すぐに旅に出るとは思っていませんでした」

「なるほどな。インブロリオという名は、そういえば……」


 女王がクプレ大臣を見る。


「はっ。私がどこかで見覚えのある名でしたので、部下にこれまでの記録を見直させているところです」

「だということだ。かの者についてはクプレに任せ、遺跡や壁画に繋がる調べ物に集中するがいいだろう」

「ありがとうございます、女王陛下」


 スーが深々と頭を下げる。

 深緑色のワンピースの裾をつまみあげてお辞儀をする姿も、様になっていた。


「ケンタウロスの戦士殿は、どうだ?」

「俺は……」


 アインが、ちらっと私に視線を落とした気がした。


「この国の、南の海岸線を見に行くべきだと考えていた」


 そんなこと、一言も言ってなかった、と思ってから、違う、と思った。

 ほとんど、アインと話をしてないんだ。


「理由は?」

「これまでの旅で、遺跡は人里を離れた、あるいは人目につかない死角にあった。北の出身であるトリルから北部の話を聞いた感じでは、そっちは十分に拓かれてしまっている」

「なるほど……モナルキーア領内に遺跡があるとすれば、南の海岸線があやしいということか。確かに、スッドは南に位置するとは言っても、海岸に面するところではない」


 アインは頷いた。

 アインは、もう、旅を始める準備をしていた。

 スーも、これまでの旅を整理していた。

 私だけが、自分のことだけでいっぱいになってしまっていた。


「話は分かったが、三者三様では身動きがとれまい。一度解散してそれぞれが動くのか、それとも全員で協力してひとつひとつを解決していくのか、明日、あらためて結論を聞くとしよう」


 女王がクプレ大臣を手招きする。

 大臣は近づいて耳を寄せ、驚いた表情になってからすぐに元の顔に戻り、ひとつ咳払いをして口を開いた。


「本日、夕刻より、宮殿内で立食のパーティを催します。各々方も、是非ご参加下さい」


 あっけにとられる私達に、アリア女王が笑って言葉を次ぐ。


「これは王命だ。断った場合は、罰を与えるぞ」

読後感と必然性を大切にしたい、作者の成井です。

今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

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それでは、また次のエピソードで。

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