第93話 報告
重く感じていた足で、気づかないうちに早足になって進んでいたらしく、オストの街には予定よりも一日早く着いた。
「少し、楽をしましょう」
スーはそう言って、オストにある宮廷魔術師の施設から馬を借り、私と二人で騎乗した。
葦毛の馬で、大きな体だった。
慣れない馬の背の高さに少し驚いたが、スーが簡単に乗馬の手ほどきをしてくれたので、なんとなく安心は出来た。
「やっぱり、馬に乗れるようになったほうがよさそうだね」
「カステロに戻ったら、一緒に乗馬の練習もしましょうか」
スーが笑って話してくれるのが、私の心に染みた。
馬は結構な速さで進んでいるように感じたが、当然と言えば当然のように、アインも、マチネも、ソワレでさえも平然とついてきた。
ケンタウロス達だけなら、旅は快適なんだろうな。
そう思うと、胸がズキズキ痛んだ。
「宮廷魔術師のスーブレットです」
スーは門の衛兵にそう言って、何かを見せていた。きっと、何か手形のようなものなのだろう。
カステロに入った私達は、まっすぐスーの家、インテルメッツォさんの屋敷に向かった。
スーの顔を見ると、屋敷の入口にいた人達が喜んでスーを迎えていた。
「父上は?」
「宮殿ですよ。執務中です」
「わかった、ありがとう」
そんなちょっとしたやりとりに、スーがお嬢様なんだということを思い出させられた。
「それでは、行きましょう」
「行きましょうって……宮殿に?」
はい、とあっさり答えるスーに、私は驚きの声を上げた。
「宮殿って、女王様がいらっしゃるところでしょ? そんないきなり……」
「いきなり陛下に会いに行くわけではないですから、大丈夫ですよ」
そう言ってスーが進むので、私は戸惑いながら続いた。
後ろにアイン、マチネ、ソワレが続いている。
大通りを歩いていると、過ぎる人達がみな上に視線を向けている。
ケンタウロスが三人も並んで歩いていれば、それも当然だろうと思った。
堀にかかった跳ね橋を渡り、衛兵にスーが説明をして、私達は白石造りの宮殿に足を踏み入れた。
当然と言えば当然だが、これまでに入ったことのある建物で一番大きい。
入ってすぐの大広間が、旅先で見てきた遺跡の広間と同じくらいだった。
「こっちです」
スーの案内を受けて、私達は宮殿の右手の方へ進んでいった。
その中の広い執務室に入ると、スーの父、インテルメッツォさんがいた。
「宮廷魔術師スーブレット、ただいま帰還しました」
スーの挨拶に、インテルメッツォさんが驚きと喜びの表情になった。
「トリル嬢、それにアイン君! よく無事に戻ったね」
「父上、実の娘もいるんですけど……」
「おお、もちろん喜んでいるよ」
顔をしかめる娘をさておいて、魔術師長は後ろのケンタウロスに目をやった。
「新しい顔が増えているね。この人達の説明も含めて、話を聞かせてもらおうか」
私達は執務室の中の、応接間に案内された。
白を基調とした石造りの間に、私とスーが座り、三人のケンタウロス達は立ったまま落ち着いた。
スーは父親に手帳を渡し、旅で見たもの、聞いたものをスラスラと語っていった。
話の中身は客観的な事実がほとんどで、憶測や感情はまるっきりと言っていいほど排されていた。
ただ、水人の国の出来事の中に、シラブルの話があまり出てこなかったのはスーの、照れという私情が大いに絡んでいるような気がしたが、知らない振りをして隣で黙って聞いていた。
「実に有意義な旅だったようだね。他の種族との交流の糸口が出来たという点では、女王陛下も大いに喜ばれるだろう」
インテルメッツォさんは満足そうに頷き、言葉を次いだ。
「陛下への報告は、私からしておこう。君達は、私の屋敷に行ってまずは体を休めてくれたまえ。スー、客室を自由に割り振って構わないから、皆さんを休ませて差し上げなさい」
わかりました、とスーが言うと、魔術師長は笑って言葉をつけたした。
「ただし、お前は屋敷に行って落ち着いたら、もう一度登城しなさい」
「えっ、私も休みたいんですが……」
「仕事があるから駄目です」
「そんなぁ……」
うなだれるスーの肩を叩いて、私は慰めた。
とんぼ返りに宮殿を出て、私達はスーの屋敷へ戻った。
「夕飯までに戻ってきてくだされば、自由に出歩いていて構いませんから。では、私はもう一度宮殿に行ってきます」
スーには悪いと思いながら苦笑してしまい、私は彼女を見送った。
女中さんが、私達一人ひとりに部屋を案内してくれて、私は随分久しぶりに鎧や剣を体から外した。
「王都に滞在している間は、こちらのお召し物をどうぞ」
女中さんから十着もの服を預かって、私は戸惑いながらも、とりあえず汗を流そうと思った。
そのための水甕が奥にあったので、私はたっぷりの水で、体の汗を拭き流していく。
時間をかけて、丁寧に、体を拭いていった。
きれいな水のおかげで、少しだけ気持ちも晴れるような気がした。
体を拭きながら、首のティアドロの石に触れて、気持ちが落ち込んだ。
割り切ってしまえればいいと分かっているのに、気持ちはうまく動かない。
経験がないからなのか、私の独占欲がそうさせるのか、まるで分からなかった。
ただ、アインがマチネとそういうことをするのだと考えると、具体的に想像できるわけでもないくせに、気分が悪くなる。
「風に当たりたいな……」
街を出歩く元気はなかったが、部屋の中に引きこもっているのも嫌だった。
私は下着も上着もすべて着替えて、長めのスカートを選んで着て、部屋を出た。
剣もナイフも持たないで歩くのは久しぶりだ。
体が軽い。
「どちらまで行かれますか」
「いえ、ちょっと外の風に当たりたくて」
でしたら中庭がいいですよ、と廊下で会った女中さんに言われて、私は少し迷子になりながら中庭にたどり着いた。
そういえば、バルカロールさんのお屋敷でも、中庭で涼んだっけ。
同じような造りの庭で、同じようなベンチを見つけて、私は腰を下ろした。
目を閉じると、このまま眠ってしまいそうだ。
風の音がする。
セーメの里で聞いた風とは違う音だ。
あっちの風は、もっと力強かったな。
「隣に座っていいかしら?」
不意に声をかけられて、私は顔を上げた。
そこには、豊かに輝く金色の髪と、それと同じように光る金色の瞳をもった女性が立っていた。
白い細身のワンピースを纏い、その上から袖の大きいジャケットコートを羽織っている。
「は、はい、どうぞ……」
「ありがとう」
流れるような所作で、女性はベンチに腰掛けた。
ふわっと花の香りがした。
横目で女性を見ると、染みや皺ひとつない美しい肌に、上に何か軽いものを乗せられそうな長いまつげ、そして整った目鼻立ちに、同性ながらどぎまぎしてしまった。
「綺麗な目ね」
微笑みながら言われ、私は、ありがとうございますと小さく返した。
「そちらの瞳も、すごく素敵だと思います」
「あら、ありがとう。あまり、この目を褒めてくれる人はいないから、素直に嬉しいわ」
ふふ、と女性が笑うと、なんだか心が落ち着くような感じがした。
「あなたが、トリルね?」
こくんと頷き、私は彼女に名を尋ねた。
「私は……モナ。モナよ。この屋敷の主人に、お世話になっている人間の一人」
微笑む彼女を見ながら、いくつくらいなんだろうと思う。
初めはスーのお母さんだろうかとも思ったが、髪の色も目の色も違うし、何よりも、とても若く見える。
でも、少し前まで六十歳を過ぎた美女を見ていたから、もう、どれくらいの見た目で何歳くらいなのかが分からなくなってしまっている気もする。
「どうして、私の名前を?」
「ああ、スーブレットから聞いたのよ。」
「スーから……」
「彼女と、いろいろな種族と関わりをもつ旅に出たと聞いて来たの」
モナはにっこりと笑った。
「それで、あなたの言葉で、その旅の感想を聞きたいと思ってね」
「……でも、何を話していいか」
「そうよね、いきなり聞かれても困ると思うわ。だから、私の質問に答える形で、話してもらっていいかしら」
強引な人だなぁ、と思いながら、不思議と嫌な感じはしなかった。
なんとなく、雰囲気が水人のシェーナ女王に似ている気がした。
押しつけがましくはないけれど、有無は言わせない感じだ。
いいですよ、と言うと、モナはそれじゃあ、と言葉を次いだ。
「ミノタウロス、水人、森人の街で、それぞれ、何が美味しかった?」
「美味しかったものですか……う~ん、ミノタウロスの街で食べたものは、どれも美味しかったです」
「全部ってことはないでしょ? 特に美味しかったのはなんだった?」
ミノタウロスの村や街で食べたのは、クーラの実、ふかふかのパン、ミルク、果実水、スープ、魚の串焼き……
あらためて思い出そうとすると、やはりどれも美味しかった気がする。
「いえ、やっぱり、全部美味しかったですよ」
「ふぅむ……それじゃあ、水人の所は? そもそも、かの種族がどんなものを食べるのかが広くは知られていないけれど」
フォンテの街で最初に食べたのは、生の魚だった。
流れで私が最初に食べることになって、素手で食べたらシラブルに驚かれて……
「魚を食べましたよ。生で」
「生で? 火を通さずに、ということ?」
「はい。もちろん、何かしらの処理はしていたと思うんですけど、塩を振って食べて……貝も美味しかったです」
ふむふむと頷きながら、モナは興味深そうに私を見つめ続ける。
食べ物に関わる仕事をしている人なのだろうか。
「森人の里では、あの……」
「どうしたの?」
「あまり、大きな声では言えないんですけど」
「うんうん」
「お酒を頂いた、というか……」
モナが、ほぉ、とにやりとした。
「トリルちゃんって、いくつ?」
「えっと……十六です」
「なるほどねぇ……まぁ、森人の里の中なら、決まりも違うからね。それで、どんな味だったの?」
「他のお酒の味は分からないんですけど、甘くて、すごく美味しかったです。スーがふらふらになるくらい飲んでましたけど、次の日は起きるのが遅かっただけで、具合が悪くはならなくって……」
「ふらふらになるほどに飲んだのに、次の日に障らなかったの?」
「はい。それをつくった人は、次の日に残らないようにつくったと言ってましたけど」
感嘆の声を上げながら、モナは私の話を楽しそうに聞いていた。
読後感と必然性を大切にしたい、作者の成井です。
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それでは、また次のエピソードで。




