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第92話 言葉

 それでも朝は当たり前に来て、私は服を整えて、装備を確認して、天幕を出た。

 日が昇って間もないくらいで、まだ薄暗い。

 外にいるアインは、昨夜と同じ場所に立っているように見えた。

 マチネとソワレも、昨日の場所から動いていないように見えた。

 二人が体を重ねていないことが証明されたような気がして、私は安心している。

 そういうことがあってから、元の位置に戻っただけかもしれないのに。

 私は首を振って、昨日のかまどに火をつけなおした。

 ほどなくスーも起きてきて、なんでもない話を少しして、食事の支度を始めた。


「スーだっけ? あなたのつくる食事って、おいしいわね」


 マチネが明るく言い、スーがあいまいな感じで笑う。

 ソワレも無言でどんどん食べて、どうやら気に入っているらしかった。

 アインは何も言わなかった。

 天幕をたたんで、私達はまた歩き出した。


「トリル」


 歩いていると、マチネが私の隣に並んだ。

 視線を上げると、彼女が苦笑していた。


「本当に、ごめんね。初対面の女としては、最低だったわ」

「いえ、あの……大丈夫です」


 ふーっ、とマチネが息を吐く。


「よければ、あなたたちがしてきた旅の話を、してくれないかしら」

「私達の?」

「ええ。正直、アインとあなたが、なぜそんなに想いあうことが出来ているのか、知りたいの。それが分かったからと言って、おいそれと引き下がることも出来ないんだけど……」


 想いあうことが出来ている、んだろうか。

 でも、自分の気持ちを整理するためにも、言葉にしてみた方がいいのかもしれない。


「初めて会ったのは、私がオークに襲撃されたときで……」


 一緒に王都に行ったこと。

 バルカロールさん、インテルメッツォさんから、予言について知らされたこと。

 スーに出会ったこと。

 コリーナに向かい、たくさんの素敵なミノタウロス達に出会ったこと。

 ルーラードさんの研究に苦笑したこと。

 コレペティタとの戦いと、遺跡の壁画。

 レッチと出会い、カスカータに入ったこと。

 シラブルと出会ったこと。

 水の穢れを払い、カストラートを討ったこと。

 肩に負った傷。

 アインとの口づけは、言えなかった。

 大切な思い出だから、言いたくなかった。

 水底の壁画。

 森人エルフの森でのリリコとの出会い、役割と責任の戦い。

 ハーピーとの戦い、樹海の冒険と壁画。

 かいつまんで話したつもりが、途中で何度も水筒に口をつけるほど、話しっぱなしになってしまった。

 その長い話を、マチネはずっと、静かに聞いていた。


「なるほどねぇ……それは、ちょっと一筋縄じゃ行かないわよね。どう考えても、あなた達二人の間に、特別な物語が出来てるもの」


 マチネが髪をかき上げる。

 そして、私を見つめる。


「ねぇ、トリル。あなたって、きっとまだ、男の人を知らないのよね」


 どう答えていいか分からず、私は何も言えなかった。


「そんな子に、こんな言い方をするのはよくないかもしれないけど……そんなに大げさに考えないでほしいの。ただ、アインの子種を、私に宿らせるっていうだけ。何度かすれば、それですむと思うわ。きっと、あなたが了承してくれれば、彼も応じてくれると思うのよね」

「マチネさんは、それでいいんですか?」

「マチネでいいわよ」


 彼女は笑った。


「だって、私達は同じ男を求める仲間でしょう。まぁ、男を求めるっていっても、私とあなたで意味は違うんだけど……でもね、私だって、ケンタウロスがこんな状況でなければ、こういうことはしないのよ。経験はあるし、行為自体を嫌っているわけじゃないけど、それでも誰でもいいってわけじゃないの。そりゃ、群れの中には、ミノタウロスでもエルフでもとにかくしたがる人もいたけど、私はそのときはまだ、そんなに開放的じゃなくてさ……」


 焦って早口になった彼女に、私はつい、クスッと笑ってしまった。


「あ、やっと笑ってくれたわね。よかった、あまりにもやるせなかったもの」

「えっと……」

「ああ、それでいいのか、って話よね。そうね……結論を言えば、構わないわ。もちろん、つがいになって群れをつくって、一緒に生活するのが理想だろうけど、まずは増えていくことが肝心だと思うから」

「そんなに簡単なことなの?」


 私の問いに、マチネはう~んと唸った。


「私達は多産出来ないから、ソワレにも協力してもらって、定期的に種をもらうことになるかしらね。血が濃くなる危険性はあるけど、今となっては、それは目をつぶるしかないから」

「……ごめんなさい、私、どう言っていいのか、分からない」


 私が言葉を紡ぐと、マチネは私の背中をぽんと叩いた。


「気持ちのふんぎりがついたら、教えてちょうだい。十年近くも待ったんだから、あと数ヶ月待たされたところで、どうってことないわ」


 そう言って彼女は、歩調を緩めて列の後ろに下がっていった。

 入れ替わるように私に並んだのは、アインだった。

 白い体が見えたから分かっただけで、顔は見なかった。


「マチネと、何を話したんだ?」

「これまでの旅のことを教えてほしいっていうから、話したよ」


 アインは、そうか、とだけ言った。

 私も何も言わず、そのまま歩いた。


「トリル」

「ん?」

「俺は、彼女と一緒になる気はない」


 思わず立ち止まりそうになりながら、意識して足を動かす。


「ケンタウロスという種が滅びていいとは思わない。だが、種の存続のためだけに、好きでもない女となど、とてもできん」

「でも……」

「トリル」


 思わず、アインの顔を見上げてしまった。

 見たことのない、苦しそうな表情だった。


「お前の言葉を聞きたい」


 胸が詰まる。

 次に私が発する言葉が、とてつもなく重大な結果をもたらすかもしれないんだよ。

 私の言葉。

 それは、トリルとしての言葉なんだろうか。

 それとも、紫眼の乙女としての言葉なんだろうか。


「私は……」


 私の気持ち。

 私の役割。

 私の責任。


「えっと……」


 アインの青い瞳が、私を見つめている。

 後ろの三人からは、どう見えているんだろう。


「時間が、欲しい」

「時間?」


 アインが怪訝そうな顔で私を見る。


「急にこんなことになって、いきなり私の言葉って言われても、うまく出てこないよ!」


 そんな風に言うつもりじゃなかったのに。

 なぜか、気持ちがささくれ立つ。


「そうか……そうだな。悪かった」


 アインはそれだけ言って、前を向き直って歩いた。

 休みたかった。

 セーメの里を出る前に、ブーツに疲労軽減の魔法をかけたはずなのに、私の足はこれまでに経験したことがないくらいに重くなっていた。

読後感と必然性を大切にしたい、作者の成井です。

今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

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それでは、また次のエピソードで。

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