第91話 平行線
どれくらい時間が経っただろうか。
短いような気もするし、長いような気もする。
「あなたは、どのように考えているのですか?」
スーが、ソワレの方を向いて口を開いた。
姉と違って気弱そうな、目じりの下がった目で、ソワレが私達を見る。
「私は、お姉ちゃんの願いが叶ってほしいと思ってるだけ」
小さな声だった。
強い風が吹いたら、かき消されてしまうそよ風のようだった。
「生まれてすぐに襲撃があって、群れのことなんて、私は記憶にない。ずっとお姉ちゃんと一緒だった。だから、お姉ちゃんが幸せになってくれるなら、あとのことはどうでもいい」
この人は、まだ十歳くらいということなのか。
道理で、顔があどけないとは思った。
「あなたも、アインの、その……」
「子種?」
「う、うん……それが、欲しいと思ってるの?」
「お姉ちゃんが、それを望むのなら」
種族の存亡なんて、考えたこともない。
自分が結婚してもしなくても、子供が出来ても出来なくても、他の誰かが人族の歴史を続けていく。
なんとなく、そう思っていた。
いや、そんなことは、当たり前のこと過ぎて、あらためて考えたことなんてなかった。
でも、彼女たちは違う。
種族がこの先も生き残っていけるかどうかを、真剣に、自分の人生の一部として考えている。
「トリル様……」
「ごめん、スー。今は、ちょっとうまく話せない」
「……はい」
「ごめん……」
スーを傷つけたいわけじゃない。
でも、頭の中がぐちゃぐちゃで、何をどう考えたらいいのか分からない。
何が正しくて、何が間違っているのかが、全然分からない。
「戻ってきた」
ソワレが呟いた。
アインとマチネが、並んで歩いて戻ってきた。
さっきよりふたりの距離が近い気がする。
いや、そう見えるだけだろうか。
もう、よく分からない。
「ひとまず、一緒に行く」
アインが言った。
アインが私を見ているような気がしたけれど、アインの目を見れない。
「どこまでですか?」
スーが尋ねる。
その声に、元気はない。
「王都だ。そこで、他のケンタウロスの情報を集める」
「どういうこと、お姉ちゃん」
「だって、アイン以外のケンタウロスが現れた兆しかもしれないって言うんだもの。他にはいないっていう証明なんて出来ないんだから、アインがその気になってくれるまでは待つしかないわよね」
ほっと息をついて、それをマチネに見られてしまった。
「安心した?」
「……いや、別に」
私はうつむいたまま言葉を紡いだ。
この人に対して、恨みかなにかがあるわけじゃない。
でも、うまく話せない。
すると、マチネが私の前に膝をついた。
膝をつく、というのはケンタウロスにとって礼儀を示す姿だということを思い出す。
「ちょっと、初対面の印象が悪すぎたわね。焦り過ぎて、あなたたちをないがしろにしてしまったことを、心から謝るわ」
私は何も言えないままだったが、マチネは言葉を次ぐ。
「アインは、私があなたを傷つけたことを心から怒ってた。正直、ケンタウロスの男なんて、すぐに種を注いでくれるものだと思ってたけど、彼は違ったみたいね。一途に、あなたのことを想っている」
聞いた瞬間、アインを見られたらどんなにいいだろう。
でも、出来なかった。
「あなたから彼を奪ってやろうと思ってはいないわ。でも、私は私の望みがある。そのためには、彼の協力が必要なの」
「そんな勝手な……!」
スーが口を開いたが、マチネがすぐにそれを制する。
「種の存続か、個人の感情か、どちらを大切にしているかが違う時点で話はずっと平行線よ。だから、私はアインが協力してくれるまで待つことにした。妥協点としては、適切だと思わない?」
「それは……」
「適切かはわからん。だが、今出せる結論は、それしかないと思った」
アインが言葉を紡ぐ。
「まず、オストまで行こう」
ふり絞って、言葉を吐き出した。
私が歩き始めると、スーが横に並んだ。
「ごめん、スー。さっきは……」
「いえ、大丈夫です。私は」
「……方向、こっちで合ってる?」
私が小さく笑うと、スーも小さく頷いた。
後ろでマチネとソワレが話している声が聞こえる。
アインは、私達とマチネ達の間を歩いている感じがする。
私達は何も言わずにただ歩き続け、夜になったら、何も言わずに野営の準備を始めた。
「人族は賢いね。野原で寝るために、いろんな道具をこしらえてるんだもんね」
マチネが笑って、私達が天幕を張るのを見物していた。
途中からは手を貸し始めた。
「一応、旅の仲間だからさ。手伝うよ」
彼女はそう言って、天幕の準備だけでなく、火起こしも、食事の支度も、獲物の調達も率先して行い、驚くべき手際で支度を終わらせた。
「この骨の部分は、こっちから力をいれると肉が外れるの」
私もスーも、おそらくアインも知らなかった知恵を披露しながら、快活にマチネは話す。
彼女の性格は、これが本来なのだということがなんとなく分かる。
ただ、必死なだけだ。
自分の使命に対して、必死なだけ。
彼女は、彼女自身に、ケンタウロスの種族を存続させるという役割を選び負わせている。
スーは、ぎこちないながら、マチネの話に応対した。
時々、私に気を遣って呼びかけてくれながら、話を広げようとした。
途中、いいようもなく泣きたい気持ちに襲われながら、私は適当に相槌を打ち続けた。
「見張りは俺がやる」
食事が済むと、アインはそう言って天幕から少し離れたところに立った。
大剣を地面に突き刺して、腕組みをして、そのまま動かなくなった。
「月も出てるから、気を張る必要もないけど……ソワレ、私達は寝るとしましょうか」
無言でソワレは頷き、二人はアインとはまた離れた場所で腕組みをして止まった。
私とスーは、天幕に入り、横になる。
「トリル様、大丈夫ですか?」
「分からない。ごめんね、自分でも、どうしていいのか、よく分からないの」
はじめての感情の渦に戸惑う。
「アイン様と、少しお話してはいかがですか?」
「うん……」
それは、何度も考えた。
でも、何を話していいのか、分からない。
私を安心させてくれる言葉があるなら、アインから声をかけてくれる気もする。
そうしてこないということは、そうではないのかもしれない。
「アイン様は、トリル様のことを心から想っていらっしゃいますよ」
スーの言葉に、目が熱くなる。
思わず、両手で胸の石を掴む。
「でも、ケンタウロスが……」
最後まで言葉にならなかった。
涙があふれて、止まらない。
スーが私の横に来て、ぎゅっと抱きしめてくれた。
天幕の外に声が漏れないように、どうにかして声を殺す。
泣かないようにするのは、とても無理そうだった。
喉の筋肉がひっぱられて、締まって痛い。
スーは何も言わなかった。
分かってるからだ。
私のは、個人の感情。
アインが好きで、誰かにとられたくないという、ただのわがままだ。
マチネのは、種としての使命。
数少なくなってしまったケンタウロスという種族を存続させようという、崇高な志だ。
どちらが優先されるべきかなんて、分かってる。
勝ち目なんてあるはずない。
いつの間にか眠りに落ちてしまうまで、私の目からはずっと涙が流れ続けた。
読後感と必然性を大切にしたい、作者の成井です。
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それでは、また次のエピソードで。




