第90話 種
「ここから街までどれくらいかな」
「そうですね……」
スーが肩掛け鞄から手帳を出す。
どうやら、簡単な地図が描かれているらしい。
「正確ではありませんが、森の西の外れくらいにいると仮定すると、北に向かって三日もすれば、オストの街に着くのではないかと思います」
「たった三日かぁ。ほんとに、ぐるっと回ってきたって感じだね」
遠くを見ても、私達が歩いてきた道は見えない。
でも、たしかにミノタウロスの国を通り、水人の国を抜けて、森人の森を歩いてきたのだ。
オークを斬り、サハギンと戦い、ハーピーを倒した。
そして、コレペティタと、カストラート、レジーロ達と対峙し、闇の力をもつ存在と相対してきた。
「ふりかえってみると、長かったなぁ」
「そうか?」
「そうかって……そりゃ、ケンタウロスにとっては、旅は日常なんだろうけど、私は初めて故郷を離れて数ヶ月も経ってるんだから、物思いにふけるくらいいいでしょ」
私が口を尖らせると、アインが笑う。
もう、と言いながら、私も笑顔になってしまう。
そして、スーが違う笑顔になっている。
「旅の中で、お二人の関係も深まって何よりですね」
「そうだな」
「そうだな、じゃないでしょ」
言いながら、つい首のティアドロに触れそうになってしまう。
どうも、何かあると石に触ってしまうのが癖になっているような感じだ。
「人前でも距離が近すぎるのは、ちょっとさ……」
「嫌か?」
アインが軽く身をかがめて私を覗き込む。
「嫌なんですか?」
スーが反対側から覗き込む。
その耳の、真珠の飾りが目に入った。
「あ、ちょっと待ってよ。そういえば、私、まだその耳飾りの話聞いてない!」
おお、とアインが声を出す。
「そういえば、フォンテの街で誰かにもらったようだったが、さて」
「そ、それはまた今度ということで……」
「何言ってんのよ、そっちから仕掛けてきたんだから……」
待て、とアインの声が低く響く。
私もスーも、足をとめて腰の剣に手を当てる。
「話は、また今度だ。何か来る」
私の目にまだ見えない。
緩やかに起伏があり、小高い丘のようになっている方を、アインはずっと見ている。
でも、大剣を構えようとはしない。
「アイン、剣は?」
アインは、いや、とだけ言葉を紡ぐ。
影ではない、ということなのだろうか。
でも、いったい、なんだろう。
こらした目に映ったそれに、私は、思わずあっと声が出た。
「ケンタウロス……?」
人が馬に乗って駆けているのではない。
馬の下肢に、人の上半身がくっついている。
しかも、二人だ。
「そういえば、レジーロがそんなことを言っていたな」
明らかに私達に向かって走ってきた二人のケンタウロスは、近づいてくるにつれてその姿がはっきり見えてきた。
前を走るケンタウロスは、長い栗色の髪をなびかせている。
後ろをついてきているケンタウロスは、私よりも短いくらいの髪の長さに見えるが、先の一人と同じ髪の色のように見える。
もしかしてと思った通り、私達の前で止まった二人は、女性だった。
長髪の一人は、胸が見るからに豊かで、それをことさら強調するような造りの皮の鎧を着ていた。目は少し鋭いが、強さの中に落ち着きがある、大人の雰囲気を全身から醸し出していた。
なんとなく、ミノタウロスのレチタティーボの雰囲気に似ているような気がした。
その瞳も栗色で、馬の胴体の部分も栗色だ。
体には、アインがそうしているように、短剣や剣など、様々な武器を備えている。
後ろの一人も、色合いはすべて、同じだった。
ただ、顔つきはどこか幼く、私やスーよりも若いような印象だった。
彼女もまた、いろいろな武器を持っている。
「ようやく見つけた」
長髪の一人が、髪をかき上げながら言葉を紡ぐ。
あらわになった腋から、豊満な胸が横から見えそうになる。
女の私でも、目を奪われるような色香だった。
「月の導きによって、ケンタウロスの男が野に出たと分かった。それでコリーナとモナルキーアの周辺をひと月も走り回ってみれば、まさに大当たりだったわ」
「月の導きって……ケンタウロスが月に尋ね続けるっていう、あの?」
女性が私を一瞥する。
「へぇ、人族なのに知ってるんだ? でも、ケンタウロスと旅をしてるんだから、聞いていてもおかしくない、か」
それだけ言って、女性はまたアインを見た。
「凶賊の襲撃から十年、海岸線に潜み続けたわ。苦難の日々だった。そして一年くらい前から、思い立って、ケンタウロスの種を存続させるためのきっかけを教えてください、と願い続けた。あなたのことで、間違いないわね」
カカッ、と女性がアインに歩み寄る。
そしてその両手で、アインの両頬に手を伸ばす。
「あなた、名前は?」
「アインザッツだ」
「素敵な名前ね。私はマチネ。あっちは妹のソワレ」
マチネの両手がアインの両頬に触れた、その時だった。
サッ、とアインの手が彼女の手を払った。
「触れるな」
にわかに緊張感が漂う。
「やだ、どうしたの? ケンタウロスは、もうこの大陸に私達しかいない。求めあうのは、当然じゃないかしら」
そう言いながら、マチネは少し下がり、妹に並びなおした。
「アインザッツ……ちょっと呼びにくいから、アインと呼ぶわ。ねえ、アイン。私達と行きましょう」
えっ、と声が出かかった。
スーも、何も言葉を告げないでいる。
「それとも……」
マチネの視線が、私に向けられる。
「何か、私達と行くのをためらう理由があるのかしら」
ふう、とアインが息を吐く。
マチネとソワレの二人が、アインを見つめる。
「俺には、このふたりと果たすべき大切な使命がある。同種族だからと、見も知らぬ者たちと行動を共にするいわれはない」
ふぅん、とマチネが足を動かし始める。
ザク、ザクと蹄で土を掘りながら、私とスーの周りを歩く。
「こっちの子、ね」
マチネが私の前で立ち止り、私の頭に手を乗せた。
思わず、私は体を動かしてそれをよける。
「ふふ、そういえば人族って、頭の上に手を乗せるのは子ども扱いになるんだったかしら。でも、どうみても、まだ子ども。男を知ってる感じじゃないわね。そっちの子は、耳の飾りを見る感じ、遠くに想い人がいるって感じだし」
「失礼ですが」
スーが口を開く。
「いえ、そちらも非礼ですから、言わせていただきます。唐突に現れて、いきなりアイン様と旅をするなど、突飛すぎませんか」
「そうね……突飛だし、性急だし、無茶が過ぎるかもしれないわ」
でもね、とマチネが言葉を次ぐ。
「無茶でもなんでも、ケンタウロスの種族の存亡がかかっている。その点において、私は必死なの」
鋭い視線を向けられ、スーが言葉に詰まる。
「待ち続けたわ、兆しを。ひと月前、満月が、まるで瞬きをするように明滅を繰り返した。あれは、確実に月の導きだった。アインとつがいになり、私はケンタウロスの群れをもう一度よみがえらせる」
マチネはそう言うと、私をじっと見た。
「あなたは、それを聞いてどう思う?」
「わ、私は……」
栗色の瞳に見下ろされて、言葉がうまく出てこない。
さっきまで、なんでもない話で楽しい気分だったのに、何がどうなって、こうなったんだろう。
「私、は……アインの気持ちが、大事だと思う」
「アインの気持ち?」
「だ、だってそうでしょ! 男女が一緒になるっていうのは、その、気持ちが通じ合っているからじゃないの? たとえ種族が同じだったとしても、お互いに愛情がなければ……」
「愛情がなくても、子は宿せるわ」
「だ、だけど……」
「私が彼の子を宿さなければ、ケンタウロスという種は滅びるのよ」
「でも……!」
「ケンタウロスが滅びるのを、あなたは望んでるっていうのね?」
何も言葉が出てこない。
でも、も。
だって、も。
子供じみた泣き声すら、出ていかない。
正しすぎる。
彼女の言っていることが、あまりにも、私にとって正しすぎた。
「やめろ!!」
アインの怒号が響いた。
今まで聞いたことのない、強い響きだった。
思わず、私の体がびくっと震えた。
「……二人で話したい」
「いいわよ。もちろん、そのまま、することをしてしまっても構わないし」
アインとマチネは、私達から離れて、姿が見えない丘の向こうまで歩いて行ってしまった。
残された私とスー、そして妹のソワレは、何も言わずに風に吹かれた。
読後感と必然性を大切にしたい作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




