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第89話 また逢う日まで

「スー、もう起きよう?」


 私は甕の水で顔を洗ってさっぱりしてから、スーに声をかけた。

 太陽はもう高い位置を目指して登っているが、珍しくスーが起きなかった。

 何度か声をかけてはいるが、まだ寝息を立てている。


「お父さんも、こういう日があったっけ」

「そろそろ起きたか?」


 扉を開けて、リリコが顔をのぞかせた。


「ちょっと、振るまい過ぎたか。次の日には残らないように出来ているはずなんだが」


 頬を掻きながらばつが悪そうにするリリコに、私は笑って口を開く。


「楽しかったのもあるだろうし、いよいよモナルキーアに帰るっていう安心感もあるのかもしれない」


 私は寝息を立てるスーを見る。

 カストラートとの戦い以降、私に怪我をさせないようにとずっと気を張っていたのは、私が一番分かっている。

 結果として、森人エルフの森での戦いは回数が多かったように思うが、終わってみれば大きなケガはない。

 所々、虫に刺されたところがかゆいくらいのものだ。


「でもまぁ、あんまり寝せとくわけにもいかないか」

「ティコがいれば、いい目覚ましをしてくれるんだがな」

「ティコが?」


 私が聞くと、リリコはくすくす笑った。


森人エルフのつくったもののひとつに、フラウトという木筒があるんだ。大切な儀式のときなんかに空気を入れて音を出す道具なんだが、ティコが吹くとどうしても調子っぱずれな音が出て、目が覚める」

森人エルフの楽器か。聞いてみたかったな」

「森を出るときに、持っていくさ。私も、自分のフラウトがあるから」


 うん、と私が頷くと、リリコも笑って頷いた。

 んん、と声がして、見るとスーが体を起こしていた。


「トリル様、リリコ様……もう朝ですか?」


 私とリリコは横目で目を合わせて、声を出して笑う。


「もう、昼前だぞ、スー」


 リリコの言葉に、大きな目をさらに大きくして、スーが慌てて体を起こす。


「も、申し訳ありません! すぐに支度をしますから!」


 今までに見たことがない速さで服を整え、ブーツをはき、ベルトと装備をつけていく。


「あの、アイン様はどちらへ?」


 カチャカチャいわせながら、スーが言葉を紡ぐ。


「ヘルデンさんとレガートさんに挨拶してくるって」

「すみません、本来なら揃っていくべきところを……」

「いや、彼らがアインを呼んだんだ。少し話があるといって、私を寄こしてな」


 そうでしたか、と言っている間に、スーは支度を済ませた。

 心なしか、いつもよりも髪を結う位置が真ん中からずれているような気がするが、黙っておこう。


「お待たせしました」

「何かおなかに入れなくていい?」


 スーが腹部に手を当てて、首を横に振る。


「昨夜、だいぶ頂いたので……」

「では、用を足して顔を洗ったら、ティコの家の前に来てくれ。スー、目やにが付いているぞ」


 さっと頬に触れて、リリコが颯爽と借宿から出ていった。


「格好いいよね、リリコ」

「私とは、対極的です……」


 うなだれて、スーが水甕に顔を洗いに行った。

 スーを先に出して、最後に借宿の中をぐるっと見る。

 エルフの里で過ごした時間は随分短かった気がするが、その分濃厚だった気もする。

 カスカータでは療養のための期間が長かったから、なおさらそう思うのかもしれない。

 スーに声をかけ、ティコの家の前の広場に行くと、アインはもう戻ってきていた。

 ヘルデンとレガート、それにティコもいる。


「ではな、アイン」

「ああ、世話になった」


 レガートとヘルデンがアインに声をかけ、アインは笑みで返した。

 何か、友情のようなものが生まれているような感じだった。


「ふたりと、どんな話をしてたの?」


 隣に来たアインに小声で聞くと、アインはふっ、と笑っただけで何も言わなかった。


「絶対、絶対、また遊びに来てね」


 ティコの目に涙がたまっている。


「もちろん。今度来たら、ティコのフラウトを聞かせてね」


 目元をこすりながら、ティコが頷く。


「これ、トリルにあげる」


 ティコが私に差し出したのは、木でつくられた小さな笛だった。


風精ウェントゥスの魔法がかかってて、森の外れで吹いても私には音が届くようになってるから」

「うん。今度森に来たとき、使わせてもらうね」

「今度訪れるころには、里はもう少し落ち着いているはずだ。ぜひ、季節の祭りの頃に訪ねてくれ」


 レガートが言う。

 私は大きく頷いた。


「これから、少なからず人族の街を訪れる森人エルフが増えると思う。その時は、よろしく頼む」

「人族の中にも、良い人もいれば悪い人もいます。お互いに、少しずつ知り合っていきましょう」


 スーがお辞儀をして答えた。


「森の外れまで、送るよ」


 リリコが一歩歩み出ると、ティコも進んだ。


「やっぱりティコも行」

「さぁ、もう朝も遅くなってしまった。行け、行け」


 ティコの口を抑えながら、ヘルデンが笑う。


『トイ、トイ、トイ。風精ウェントゥスよ、我らを里の下の地に無事着地せしめよ。イン・ボッカ・アル・ルーポ』


 リリコと、私達三人の体が宙に浮き、私達は里を出た。

 森の外れまで、私達はほとんど何も話さなかった。

 それでも、居心地の悪さはなかった。

 なんとなく、心地よい沈黙を噛みしめながら、森の外れはあっという間に目の前に来た。


「トリル、スー、アイン」


 リリコが口を開いて、私達は彼女を見た。

 美しい、鋭い草色の双眸が、私達を見つめている。


「君達の行いは、セーメ、ラーモ両方の里で長く語り継がれる。それは、語り部という役割を担うものによってではなく、その行いを語り継ぎたい者たちによって」


 私は頷いて応えた。

 リリコが続ける。


「私も守護者の役割を終えたら、旅に出る。君達の旅が終わる前か、その後かは分からないが、再会したときには、あらためてよろしく頼む」

「モナルキーア中央にある王都カステロに来たら、宮廷魔術師の館を訪ねてください。私の名前を出せば、取り次いでもらえますから」


 スーの言葉に、リリコが頷く。


「承知した」


 私はリリコに近づき、リリコも私に歩み寄って、私達は抱き合った。


「さよなら、美しい森の、凜々しい守護者。またね、リリコ」

「ありがとう、紫色の瞳をもった、可憐な乙女。いずれ、また」


 森を出て、私は何度も振り返った。

 何度振り返っても、リリコはずっとそこに立っていた。

 お互いの姿が見えなくなるまで、ずっと。

 あるいはそれからも少しの間、リリコはずっとそこにいたのかもしれない。

作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

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それでは、また次のエピソードで。

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