第88話 先の話
「これれ森人の国も終わりかと思うと、さみしいれすれ」
だいぶあやしい呂律でスーが言う。
耳まで赤い顔で、すっかりヴィノに呑まれてしまっている感じだ。
「慌ただしかったが、考えさせられることばかりだった」
アインがぼつりと言って、続けた。
「役割というものを考えると、俺達の場合は、やはり予言という大きなものがある。世界に平和と安寧をもたらす役割。それは、カストラートのような闇の力を使う者を打ち倒すことだと確信できた。ただ……」
ヴィノを一口飲んで、アインはさらに続ける。
「それが終わった後、自分はどんな役割を担うべきなのだろうかと思うようになった」
私もスーも、リリコも、黙ってアインの声を聞いていた。
いつになく落ち着いた語り口に、アインが自分よりも年上だったことを思い出した。
「それは、自分で定めるしかないだろうな」
リリコが言った。
「これからの森人も、そうやって生きていくことになる。みな、それぞれが自分の命の在り方について思い悩み、自分なりに答えを出していくんだろう」
リリコの言葉を聞いて私の頭に浮かんだのは、レジーロだった。
「レジーロは、命をかけて森人の森に変化をもたらした、って言えるんだね。それが、彼の役割だったのかな」
美しい森人が、寂しそうに微笑んだ。
「トリルは優しいな。君自身の身も危険にさらされたというのに、彼の命に価値があったと言ってくれるのか」
「そんなに偉そうなものじゃないよ。ただ、そう思ったの」
私は恥ずかしくなって頭を掻いた。
リリコはこうやって自然に私を認めてくれるが、その都度照れてしまう。
「そうれす、とりる様はご立派なんれす!」
急にスーが声を張り上げた。
「みのたうろすとも、ふぉーくとも、そして、えるふとも、絆をつむいでいらっしゃるる。まさに予言にうたわれた紫眼の乙女だと、このスーは……」
「やれやれ、少し呑ませすぎたな」
リリコがスーの横に動き、彼女の脇から体を支えた。
「もう寝せた方が良さそうだ。スー、私と一緒に行こう」
えー、とスーが子どものように口を尖らせる。
「りりこ様が一緒に寝て下さるなら、いいれるけろ……」
スーのまぶたが重そうだ。
「ということだから、私はスーを寝かしつけてくるよ」
笑うリリコを、私とアインは苦笑して見送った。
少し歩いて、リリコは、そうだ、と言って立ち止まり、私達の方に顔だけ向き直った。
「二人の時間を、大切にした方がいいぞ」
思わず、アインを見る。
アインも、私を見ていた。
「私は君達よりも何十年か長く生きているから、おせっかいで言わせてもらうが、明日がいつもと同じように訪れるとは限らない。旅の身なら、分かっているだろう? 伝えるべきことは、伝えられるときに言葉にした方がいい」
それだけ言って、リリコはスーを抱えて借宿に入っていってしまった。
パチパチと、たき火が弾ける音が静かに響く。
「さすがは六十歳といったところか」
アインが静かに笑う。
「そうだね。きっと、これまでに色々なことを経験してきたんだろうね」
そう言いながらアインを見ると、彼は火を見つめ、小さく口を開いた。
「さっきの話だが」
うん、とだけ言って、次の言葉を待った。
「それぞれの種族の国を訪れ、壁画を見て、物語を聞き、カストラートの仲間を討てば、この旅は一応の終末を迎える。その旅も、もう半分が過ぎたことになる」
そうだね、と私は小さく頷いた。
「旅が終わったら、トリルはどうするんだ?」
「私は……正直、まだ分からない。最初は、当たり前にノルドに帰ると思ってたけど、旅が楽しいっていうことが分かっちゃったし……」
アインと旅を続けたい気持ちはある、と言おうとした。
けれど、アインが口を挟んだ。
「俺と旅を続けないか」
青い瞳が、私を見つめていた。
胸の中に、精一杯の勇気を組み立てる。
私は、重い唇を頑張って動かした。
「アインと、一緒にノルドに行けたらいいな、って思ってた。でも、今アインが言ったみたいに、一緒に旅を続けられたらいいな、とも思ってた。だから、その……」
一度目を伏せて、それでもなんとかアインを見た。
「よろしくお願いします……?」
ケンタウロスの戦士は、穏やかに微笑んだ。
「前にも、こうして二人で話した夜があったね」
ああ、と言ってアインが頷く。
「あのときは、今よりも、少し曖昧だったな」
「今は違うの?」
「明確だ。トリルへの気持ちは、はっきりしている。はっきりしすぎて、少し、行いに出過ぎているかも知れないが……」
アインが頬を掻く。
彼と触れ合ったいくつかの瞬間を思い出して、つい、顔が熱くなる。
「……いいよ。嫌じゃないから」
そうか、と言ってアインが体をずらし、顔を近付けてくる。
「こ、こういう人前は……!」
「誰もいないと思うが」
「で、でも……もう、駄目だってば!」
アインが、引き下がりながら頭を掻く。
気まずそうな顔をしているところを見ると、冗談だったというわけでもなさそうだ。
「あのときは、レッチの言葉を気にしてるって言ってたくせに」
「今でも気にしてはいる。だが、トリルしか見ていないのだから、問題ないだろう。スーもリリコも整った顔立ちだとは思うが、別に欲求を覚えたりはしていないぞ」
その話の展開だと、私に対しては欲情しているということになってしまう気がする。
「あの、その……」
「今すぐどうこうするつもりはないさ」
アインが微笑む。
少し安心しながら、私も笑って応えた。
今の関係よりも先に行くのは、まだ、ちょっと何かが足りない。
勇気なのか、きっかけなのか、それは分からないけれど。
「そろそろ、私達も休もうか」
「そうだな」
私は食べ終わった串や器を片付けながら、不思議な満足感を覚えていた。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




