第85話 断崖絶壁
岬の縁まで行って、下を覗いてみる。
えぐれるような形になっているのか、ずっと下がどうなっているかは分からなかった。
「リリコの魔法で、下に降りることは出来るの?」
私の言葉に、リリコは首を傾げた。
「降りること自体は、風精の力で出来ると思う。ただ、下に陸地がないと、戻ってくることが出来るかどうか……」
私達は、互いに顔を見合わせた。
「シラブルがいれば、飛び込んで見てきてもらえたかもね」
私が笑って言うと、スーが苦笑した。
「それは下が水面だったら可能かもしれないというだけで、陸地だったら即死ですよ」
「これは私の予想でしかないのだが」
リリコが口を開き、地面に線を描き始めた。
「樹海が広がっていて、その南が、今いる岬だ。だが、位置関係的に、ここから東にも西にも海岸が広がっているはずなんだ。それぞれの海岸は、進めば崖に当たっていた。ということは……」
「この岬は、それぞれの海岸を隔てる崖そのものだっていうこと?」
おそらく、と言ってリリコが頷く。
「予想が正しければ、たとえ真下が海になっていたとしても、少し移動すれば海岸にたどり着ける。アインの予想通り、この下に遺跡があるのだとすれば、少なからず陸地があるわけだから、風精の魔法で帰ってくることは出来る」
「確証がなくて危険ではありますが……」
スーがリリコとアインを交互に見る。
「お二人の考えが間違っているようにも思えませんね」
「それじゃ、行ってみる?」
私の問いに、全員がにやりと笑って頷いた。
「だが、全員で危険を冒す必要もないだろう。ここは、私が一人で降りて、状況を確認してくる。あの木の影が、あそこの石に届いたら、何か不測の事態があったのだと判断して、樹海を抜けて帰れ」
私は頷き、リリコを見つめた。
笑顔をつくってから、リリコが立ち上がり、岬の端まで進む。
『トイ、トイ、トイ。風精よ、わが身をこの崖下に安全に降下せしめよ。イン・ボッカ・アル・ルーポ』
ふわっとリリコの体が浮かび上がり、ゆっくりと下に消えていった。
私もアインもスーも、何も言わずに待った。
影が伸びる前に、帰ってきてほしい。
冒険が頓挫してしまうのも嫌だけれど、リリコに何かあるのが嫌だ。
ティコに申し訳が立たないし……
そこまで考えたところで、リリコの姿が崖下から不意に現れた。
音もなく岬の端に着地して、リリコが笑う。
「当たりだ、アイン。行こう」
同じように魔法を唱えて、私達の体は崖下に降りていく。
草一つ生えていない、切り立った崖を横目に見ながら、私達の体はどんどん降りていく。
途中で、崖が途切れた。
えぐり取られた崖は、空洞をずっと奥に広げ始めた。
伸びた足場が見つかって、私達は無事にそこに着地した。
海面よりはずっと高い位置で、しかし崖の上からは随分下がった位置だ。
上から見ても、横から見ても、下から見ても、ここにこんな空洞があるとは分からないだろう。
「こんなところが樹海の先に、いや下にあったなんて……」
リリコが呟く。
屋敷一つ分くらいの広さの土が広がっていて、先にはまた崖の壁がある。
ただ、壁の一部分が、通路のような入り口に見えた。
奥からは、見覚えのある不思議な光が漏れている。
「トリル様、あの光の感じは……」
「うん。モンテ山の遺跡の光と同じだ。もっといえば、フォンテの都の光とも、同じに見えるね」
アインが一歩前に出て、私達に半分だけ顔を向けた。
「何があるか分からん。一応、構えていくぞ」
私は頷き、剣を抜いた。
スーも二刀を構える。
リリコも、弓と矢を構えた。
アインを先頭にして、私、スー、リリコの順番で進む。
近づいてみると、入り口の通路はケンタウロスが並んで走れるくらいの広さだった。
これまでに見てきた遺跡よりも、通路が広いような気がする。
耳を澄ませながら、通路を進む。
後ろからは、波が崖にぶつかる音が絶え間なく聞こえてくる。
通路の壁は、光沢のある黒い金属のような壁で、磨き上げられた石のようだ。
そしてその石の中に、規則正しく光る透明な石が埋め込まれている。
「広間に出るぞ」
アインが言った。
ギャウ、ギャウ、と声がする。
何かがいる。
私達が広間に躍り出ると、中にいた影達が一斉に私達を見た。
ほとんどがハーピーだ。
他には、小さな影がいる。
オークよりもずっと小さく、サハギンほどの大きさだけれど、鱗がない。
くすんだ緑色の肌に、やせこけた細い体をして、目は黄色く、鼻が長い。
「ゴブリンか。厄介だな」
「なんで?」
「連中は、複数体で同期して仕掛けてくる。トリルはスーと組んで、隙を少なくしろ。リリコは動き回りながらゴブリンを威嚇しつつ、ハーピーを撃て」
アインが大剣を構える。
「俺が殲滅させるまでの時間を稼げば、それでいい。行くぞっ!」
蹄を鳴らして、戦士が駆けだした。
ゴブリンに比べれば、アインは圧倒的に巨体だ。
猛然と迫る人馬の戦士におののいて、ゴブリンたちは散った。
その内の一団に、アインが切りかかる。
「来るぞ」
リリコの声がした。
同時に、矢を引く音がする。
ヒュウッ、と高い音が響いたかと思うと、三体ほどのゴブリンが崩れ落ちた。
「五十は撃てるぞ」
リリコが言う。
ゴブリンが迫ってきた。
「私が右」
「では、私は左です」
五体同時に飛び掛かってきたゴブリンの、右端に狙いをつけて剣を振る。
腹部を裂いて、すぐ向き直り、奥の一体に向けて縦に振る。
そしてまた、すぐに切り上げる。
また右、ゴブリンの一団。
今度は四体。
同時。
同じように、右に体をずらしながら、剣を払う。
振り返って、二体が見える。
切っ先を向けて、一歩引く。
後ろに気配はない。
左手を後ろに回して、ナイフを一本取る。
間合いを測っている小鬼に、鋭く投げる。
肩口に命中した方と別の一体に向かって踏み込んで、腕を切る。
のけぞった首に、一閃を薙ぐ。
返す刃で、肩に傷を負った小鬼の脳天を割る。
すぐさまリリコの姿を探す。
スーと目を合わせて、二人で息を合わせてリリコの盾になる。
「助かる」
「いえいえ」
ハーピーの数は残り少なくなっていたが、その内の三体が降下急襲してきた。
奇声を発しながら足のかぎづめを向けてくる翼の影に、私は剣を構える。
スーが身をひるがえしたのと同時に、私も低く構えて横にずれる。
リリコの放った三本の矢が、三体すべての額に深々と突き刺さった。
離れた場所を見ると、アインが大剣を構えたまま、カッカッと駆けて生き残った敵を探しているところだった。
「ひとまず、殲滅できましたね」
私は剣を持ったままスーに同意した。
「ハーピーの巣窟のひとつになってた、ってところかな」
「土中だったためか、ゴブリンも沸いていましたね」
「ゴブリンが生まれるのは土の隧道の中、って迷信じゃなかったんだね」
私が言うと、スーが笑いながら頷く。
「モナルキーアでも、鉱山や地下道では目撃例が多いですからね」
確認が終わったらしく、アインが戻ってきた。
「どの影も、武装していなかったな」
「そう言われてみればそうですね。何の影響を受けることもなく、この遺跡が眠っていたということの証かもしれませんね」
私達は、誰からともなく、奥に視線を送った。
これまでに訪れた遺跡と同じ造りならば、この先には小部屋があり、そこには壁画があるはずだ。
作者の成井です。今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




